そして次期社長室で迎えた元日の朝、八幡はまだまどろみの中にいた。
いつもなら既に目覚めている時間なのだが、アルコールが入っているせいもあり、
まだ頭がしっかり働いてくれないのである。
その時夢うつつな八幡の耳に、パシャパシャとシャッターのような音が聞こえてきた。
(何だ………?)
「お・は・よ・う」
「ご・ざ・い・ま・す」
同時にどこかからそんな声が聞こえた気がした。
だがその声はとても小さな声だった為、八幡は空耳だと思い、特に何も反応しない。
直後に何かが体をまさぐる気配がし、八幡は何となくその何かを思いっきり抱いた。
途端に息を飲む気配がし、右腕と左腕、それぞれの中で何かがもそもそと動いた。
「ん………?」
ここで八幡の脳が少し覚醒したが、腕の中の二つの物体が、
まるで抱き枕のように抱き心地が良かった為、
それが再び眠気を誘い、八幡は再びうとうととし始めた。
そんな八幡の耳に、ぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。
「ど、どうしよう」
「明日奈、顔がにやけてるわよ」
「ハ、ハレンチです………」
「純子、ニヤけすぎ。あと羨ましい………」
(………………ん?この声は明日奈と雪乃、それに純子と愛?)
八幡の脳が、何かがおかしいと警鐘を鳴らす。
だが警鐘よりも眠気が勝り、八幡の体は全く動こうとしてくれなかった。
(これが明晰夢って奴か………?でもいい匂いがする)
八幡は両腕に力を込め、抱き枕を抱き寄せ、交互にその匂いを嗅いだ。
その瞬間にまたシャッター音が聞こえ、遂に八幡の脳が完全に覚醒した。
「なっ、何だ?」
慌てて体を起こすと、八幡の腕の中には明日奈と純子がいた。
「………………へっ?」
見渡すと、他にも室内には雪乃、クルス、理央、かおりの寮住まい組がいた。
その横には愛の姿もある。
「え、何これ?どういう事?」
しばしの沈黙。そして純子が頬を染めながら、何故かひそひそ声で囁いてきた。
「お、おはようございます」
「………………あっ」
八幡は動画でこういう番組を見た記憶があった。
「まさかこれ、寝起き………ドッキリか?」
「あっ、はい」
これは昨日の忘年会の雑談で、昭和脳の純子がたまたま言った話を実現しようと、
その場にいた者達が示し合わせた結果である。
雪乃の手引きで次期社長室に侵入した一同は、八幡の寝顔を見てニヤニヤしつつ、
その寝顔を写真に収めて悦に入っていた。
そしてそろそろ起こそうと、代表して明日奈と純子が声を掛けた瞬間に、
二人が八幡に捕まったと、まあそういう事らしい。
雪乃のその説明を聞いた八幡は深いため息をついた。
「はぁ………いや、まあいいけどよ」
「それよりも八幡君?」
「ん?」
「いつまで二人を抱き締めたままでいるつもりなのかしら?」
「あっ、そうだった、すまん!」
八幡は慌てて二人から手を離したが、
二人はお互い顔を見合わせ、その場を動こうとしない。
「明日奈!」
「純子!」
そんな二人を雪乃と愛が八幡から引き離す。
「てへっ」
「ご、ごめんなさい」
その瞬間に、これを好機と思ったのか、クルスと理央が八幡の懐に飛び込んだ。
「八幡様、私の方が抱き枕としての性能がいいですよ」
「た、多分、私も!」
「こら!」
その二人はかおりが即座に排除した。
「二人とも、もう出かけるんだからいい加減にしなさい」
「「はぁい」」
二人はあわよくば、程度の気持ちだったのだろう、返事をして素直に立ち上がり、
そのままいそいそと八幡に着替えを持ってきた。
「ささ、八幡様、このマックスがお着替えのお手伝いをしますね」
「私も私も!ほら八幡、脱いで脱いで」
「おわっ、やめろ!寒い、寒いっての!」
八幡はいきなり脱がされそうになり、必死に抵抗した。
だが先ほどは止めてくれた雪乃や愛、それにかおりが何故か二人を止めてくれない。
「お、おい雪乃!愛!かおり!」
「………残り時間を考えると、この際仕方がないわね」
「八幡ごめん、もうそろそろ予定の時間だから………」
「雪乃がそう言うなら仕方ないと思うんだよね」
三人は八幡の呼びかけに応えてはくれないようだ。
「あ、明日奈、こいつらを止めてくれ!」
「ごめん、止めたいのはやまやまだけど、本当にもう出かける時間だから」
「分かった、自分で着替えるから!」
「そうですか?それじゃあ仕方ないですね」
八幡の必死の訴えでやっとクルス達が止まり、理央が舌打ちをした。
「チッ」
「今お前、舌打ちしたよな!?」
「何?気のせいじゃない?」
「くっ、図太くなりやがって………」
八幡はそう言いつつも、寒い為にさっさと着替えようとして、その手を止めた。
「………おい」
「何かしら?」
「着替えたいんで全員部屋から出てって欲しいんだが」
「大丈夫よ、みんな、目隠ししましょう」
その雪乃の音頭に従い、その場にいたほとんどの者達は目を手で隠した。
「………まあいいけどな」
八幡は雪乃に口で勝つ事の困難さを知っている為、説得するのを諦めた。
そして上着に手をかけ、首の辺りまで上げたところでピタリと手を止めた。
「………おい」
「何かしら?」
「その手、隙間だらけだよな?絶対こっちが見えてるよな?」
「何の事かしら、遂に脳が腐ったの?」
「………まあいいけどな」
室温は適温ではあったが、やはり裸同然の姿で長時間いるのは辛い為、
八幡は女性陣の視線を気にせず着替え始めた。
「は、八幡君、もう少し、もう少しこっち向きで!」
「明日奈、お前、まさか飲んでないよな?」
「何それウケるし」
「久々に聞いたなそれ」
「昔と比べると随分筋肉質になったのね」
「雪乃さぁ、お前、絶対見えてるよな?」
「八幡様、男らしいです!」
「マックスはさぁ、せめて隠してるフリはしような」
この言葉通り、クルスだけは一切何も隠さず、八幡をガン見している。
「八幡、ちょっとは隠そうよ」
「おい理央、誰のせいでこうなってると思ってやがる」
「は、八幡、着替え終わったら教えてね」
「俺の味方は愛だけか………」
「おはようございます」
「純子、それはもう終わったから」
こうして朝からどっと疲れる事になったが、
とにもかくにも八幡は出かける準備を終え、
参加出来る者達と連れ立って柳林神社へと向かう事となった。
「ん、あれ、紅莉栖?」
「くっ、殺せ!」
「いきなり何だよ………」
柳林神社にはさすが正月らしく、それなりに人がいた。
そしてその応対をしている者の中に、巫女服姿の紅莉栖が混じっていたのだった。
「お前、何してんの?」
「見て分からない?手伝いよ、手伝い」
「キョーマはいないのか?」
「岡部も手伝いさせられてるわよ、後で顔を出してあげて」
「おう、分かった」
そんな八幡一行に気付いたのか、向こうから顔立ちの整った巫女が駆け寄ってきた。
「八幡さん、あけましておめでとうございます!」
「お、るか君、正月から頑張ってるみたいだな、ウルシエルとは大違いだな」
「いや、私もここにいますからね?」
一見すると美少女にしか見えない漆原るかが、
紅莉栖と共に巫女服で甲斐甲斐しく働いている。だが男だ。
その後ろからえるが姿を見せ、頬を膨らませながら八幡を睨んだ。
「何だ、お前もいたのか」
「当たり前じゃないですか!弟だけ働かせたりしませんよ!」
「ふ~ん、あ、るか君、これ、お年玉な」
事前に準備していたのか、
八幡は懐からALOの図柄のポチ袋を取り出し、るかに差し出した。
「えっ?いいんですか?ありがとうございます!」
「わ、私には!?」
「何でお前にあげないといけないんだよ………と言いたいところだが、
まあ約束だからな、ほれ」
八幡はそう言いながら、『えるへ』と書かれているポチ袋を取り出した。
「やった!」
「それじゃあぽいっと」
八幡はそれを容赦なく賽銭箱に放り込んだ。
「あああああ!何するんですか!」
「だってこうしろってお前が言ったんじゃないかよ」
「た、確かにそうですけど!ぐぬぬ、こうなると、中から出せるのはしばらく先に………」
だが自分がそう言ったのは確かな為、えるは落ち込みつつも、
その八幡の行動にそれ以上抗議は出来なかった。
「よし、それじゃあみんな、お参りしようぜ」
順番にお賽銭が投げ込まれ、参加者達がかわるがわる願い事をお祈りしていく。
八幡も、先ほどのえるへのお年玉とは別に賽銭を投げ込み、
仲間達に囲まれながら、神様にお祈りをした。
「少し騒がしいですが、こんな幸せな日々がいつまでも続きますように」
八幡がえると約束したのは第698話ですね!