ここで舞台は数日前へと遡る。八幡が柳林神社にお参りした、その少し前、
コミマ会場にて、『ハイアー』のメンバーのリアル活動が行われていた。
目的は当然、『セブンスヘル』の二人の確保である。
「………いたわ、確かにあいつらよ」
唯一はっきりと『セブンスヘル』の顔を知っている薔薇がそう太鼓判を押した。
「了解、監視に入る」
「し、仕掛けるのは今日のイベントが終わってからでオケ?」
「そうだね、運営さんに迷惑はかけられないもんね」
「それじゃあ手はず通りに」
同行していた萌郁、フラウ、明日香の三人が、ここから交代で二人を見張る事になる。
「ごめん、それじゃあ後はお願いね」
「うん」
「頑張って下さい!」
「健闘を祈る!ビシッ!」
薔薇はソレイユの企業ブースで仕事がある為、ここで一旦離脱である。
そこに丁度蔵人から連絡が入った。
『おい明日香、今ダルと合流したぞ、やっと手が開いたらしい』
「こっちは目標を監視中、頃合いを見て接触お願い~」
『あいよ』
企業ブースでセッティングを終えたダルが、蔵人と合流し、
二人はこれからセブンスヘルのブースに向かう事になっていた。
その目的は、ファンを装った顔繋ぎである。
そして遠目に見守る三人の目の前で、蔵人とダルがブースに近付いていった。
「すみません、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「いらっしゃいませ」
「はい、喜んで!」
ここまで同人誌を買ってくれた者はまだいなかった為、二人は嬉しそうにそう答えた。
「お、新刊があるんですね、これは楽しみだ」
表紙を見ると、そこには相変わらず一目で八幡本人だと分かる絵が書かれている。
画力的にはこの二人、やはり相当に上手い。
ALOの同人誌などというマイナーなジャンルに拘っていなければ、
二人の本はもう少し売れる事だろう。
「すみません、これ下さい」
「ありがとうございます!」
購入をキッカケにし、そのまま蔵人とダルは、二人と雑談を開始する。
「先生達も、ALOはプレイされてるんですよね?」
「ええ、まあ」
「しがない中堅プレイヤーですけどね」
「なるほどなるほど、今回のイベント、いきなりハードですよね。
うちは少数ギルドなんで、正直全然狩りが捗らなくて………」
「それなら合同チームに参加するのもありかもですね」
「えっ、そんなものが?」
「はい、邪神広場で毎日やってると思います、
それに参加すれば多少楽になるんじゃないかと」
「そうなんですか、分かりました、仲間と相談してみます!」
四人の会話は実に和やかに進行した。
どうやらこの二人、ゲームの中とは違っていい人のようだ。
「それじゃあ次にこういった機会があった時に、
またお会い出来るのを楽しみに待ってますね、また!」
「ありがとうございました!」
蔵人とダルは、そのまま仲間達と合流した。
「先輩、あの二人、どうだった?」
「拍子抜けするほど普通だったわ、
ああいうのが色々やらかしちまうんだから、ネトゲってのは怖えよなぁ」
「だねぇ。で、それの内容は?」
「タイトルは、『タンクたん、くっ殺』だそうだ」
「タンク?って事は………」
明日香が本を開くと、そこにはユイユイ、セラフィム、アサギの、
あられもない姿が見事に描かれていた。当然襲っているのはハチマンである。
「相変わらず絵は上手い………」
「ネーミングセンスはいまいちだな」
「だがそれがいい」
「お、フラウたん、分かってるね」
一同はその新刊を資料としてソレイユブースに持ち込み、
保管を頼んだ後、再び交代で、逃げられないように二人を見張る事となった。
そしてこの日の閉館時間が訪れ、
二人が外に出てきたのを、蔵人が偶然を装ってキャッチした。
「あれ、先生方、今帰りですか?お疲れ様です」
「あれ、本当だ、偶然ですね」
「戦果はどうですか?」
「まあそれなりに?」
そう言って蔵人は、
小道具のリュックと紙バッグにいっぱいの同人誌やら何やらを二人に見せた。
これは実はダルの戦利品を借りたものである。
「おお、大漁ですね」
「良かったら見てみますか?」
「いいんですか?」
「ええ、お二人だと、他のサークルを回るのもきついでしょうしね」
「それじゃ遠慮なく………」
「それならあそこの店ででも………ああ、もちろん俺の奢りで」
蔵人は巧みに二人を誘導し、近くにあった店に入った。
「本当にいいんですか?」
「ええ、これも何かの縁ですから」
蔵人は微笑みながらそう言い、店の奥にある個室へと向かうと、二人を接待した。
こんな待遇を受けるのは初めてだった為、二人が浮かれてしまったのは仕方がないだろう。
だが世の中はそう甘くない。
「お待たせしました」
しばらくして、ウェイターとウェイトレスが注文の品を運んで個室に入ってきた。
その顔を見た瞬間に、二人は肝を潰した。
「お、お前は、ハ、ハチマン………」
「ロザリアの姉御まで!?」
「おおっと、本番はこれからだってのに、もう席を立つおつもりですか?先生方」
二人は慌てて立ち上がり、逃げ出そうとしたが、そんな二人を蔵人が制した。
「あ、あんたは………」
「おっと、これは自己紹介が遅れて申し訳ありません、俺はこういう者です」
そう言って蔵人が差し出してきた名刺には、こう書かれていた。
『ソレイユ社長付、針生蔵人』
「なっ………」
「だ、騙したのか!?」
「人聞きの悪い、俺は本当にあんた達の才能を買ってるんだって」
途端に蔵人の口調がざっくばらんなものに変わる。
「さ、才能?」
「ここからは俺達が話そう」
そう言って、八幡と薔薇が前に出てきた。
「こうやって本来の姿で会うのは久しぶりね」
「おう………いや、は、はい」
「お久しぶりです………」
ゲームの中では薔薇を散々裏切り者扱いしてきた二人だったが、
こうして直接会ってみると、気圧されてしまうようで、とてもそんな事は出来そうにない。
「そう固くならないの。今日はあんた達にとっていい話を持ってきたんだから」
「い、いい話?」
「そうだ。二人の出した本は見させてもらった。内容についてはその、自重しろとは思うが、
絵に関しては素直に素晴らしいと感心した。
特にうちの社長がお気に入りでな、こうして足を運ばせてもらった」
「う………」
「俺達はとっくにマークされてたって事か………」
二人は無職であり、
国からの補助金の残りと同人誌の細々とした収入で何とか暮らしている状態であった。
そんな二人が天下のソレイユに逆らったところで何が出来るはずもない。
ゲームの中でなら対抗も出来たが、こうなるともう、蛇に睨まれたカエル状態であり、
相手の言う事に素直に従う他はない。
唯一の希望は、先ほど薔薇が言った、『いい話』という部分であったが………。
「そんな顔をしないでくれ、多分二人にとっては本当にいい話なんだからよ」
八幡は笑顔を見せ、二人は多少肩の力を抜く事が出来た。
「えっと、その、お話というのは………」
「その前に自己紹介をしておこう。俺は八幡、比企谷八幡だ」
「えっ?」
「まさかの実名系?」
「言うな!あれは事故だったんだよ事故!俺だってもっと格好いい名前にしたかったんだ!」
八幡は顔を赤くしながらそう言い、そんな八幡を薔薇が宥めた。
「ほら、どうどう、あんた達もあんまり八幡をいじめるんじゃないわよ」
「あっ」
「す、すみません姉御………」
その薔薇のいかにもお姉さん風の態度にイラっとしたのか、
ここで八幡が薔薇の本名をカミングアウトした。
「保護者面すんな小猫」
「うっ………」
「いいかお前ら、こいつの本名は薔薇小猫、いいか、小猫だ。
今後はこいつの事は、小猫の姉御と呼ぶといい」
「「こ、小猫の姉御!」」
「………あ、あんた達、殺すわよ」
「「「ひぃ!」」」
三人はそう悲鳴を上げたが、その顔はどう見ても面白がっていた。
そのまま笑いあった三人には連帯感のようなものが芽生え、
場は途端にリラックスした雰囲気になった。
「えと、俺はヤサ………綾小路優介です」
「バンダナこと、武者小路公人っす」
ここで二人が自己紹介した。
「おお、格好いい名前だな………」
「本当にね」
「で、そろそろ本題を………」
「おう、二人とも、もし良かったら、うちの専属絵師にならないか?」
「えっ?」
「せ、専属絵師………?」
「そうだ、実は今度、ALOのガイドブックを出そうって話があってな、
そのイラストの全てを二人に担当してもらおうと思ってる」
「ま、マジっすか!?」
「マジだ」
「おぉ………」
二人はその思いもかけない提案に飛びついた。
「やります、是非やらせて下さい!」
「お願いします!」
「おお、やってくれるか」
八幡は優介と公人に頷くと、わざと微妙な顔をした。
「だが一つ問題がある。うちが必要としているのはお前達だけだ。
これまで二人と苦楽を共にしてきたであろう、他の奴らは必要ないんだ。
だから二人には、結果としてそいつらを裏切ってもらう事になるんだが………」
言いづらそうにそう言う八幡に、だが二人はあっさりとこう答えた。
「あ、別にいいです」
「確かにつるんでましたけど、別にそこまで仲良くないんで」
「えっ?でもお前ら、前にスーパーの前で仲良くたむろしてたんだろ?」
「いつの話ですか?」
「こいつに見覚えないか?」
そう言って八幡が二人に見せたのは、遠藤貴子の写真であった。
「あ、ああ~、前にちょっと話したような?」
「あの時見たのって、やっぱりあんただったのか!」
「おう、そっちからもお前達の調査は進めてたんだが、空振りだったけどな」
「あそこには一度しか行かなかったんで」
「そうか、まあ結果的に二人の才能が知れたから、この方が良かったよな」
二人はその言葉に素直に頷いた。
「そんな訳で、こっちの事は気にしないで下さい」
「こうなった以上、スパイでも何でもしますよ!」
「そうか、それじゃあ遠慮なく頼むわ。ゲーム内での連絡はグウェンを通して頼む」
「えっ?」
「グウェンもヴァルハラのスパイなんすか?」
「なったのは最近だけどな」
「マジか」
「パねぇ………」
二人はだが、嬉しそうにそう言った。
敵なら恐ろしいが、味方なら頼もしいという心理である。
「それじゃあ詳しい話は小猫としてくれ、今日はいい結果になって本当に良かった」
八幡は二人に手を差し出し、優介と公人はその手をしっかりと握った。
「八幡兄貴、これからお世話になります!」
「兄貴、絶対に気に入ってもらえる絵を二人で描いてみせますから!」
「おう、期待してる」
こうしてヤサこと綾小路優介と、バンダナこと武者小路公人はソレイユの軍門に下り、
『武者小路小綾』という名前で今後は活動していく事になったのだった。
それに伴い二人もソレイユの寮に引っ越す事となり、二人の生活はこの日から一変した。