その頃八幡は、マネージャーとしてフランシュシュのミニライブに参加していた。
実は今回のライブの客は、多少の招待客を除けば残りは全て佐賀県民という、
ある意味チャレンジャーな企画なのであった。
「………よくこんな企画を通したもんだよな」
最初この話を聞いた時、八幡は、これを考えた奴は頭がおかしいんじゃないかと思った。
だがいざ開演してみれば、千人規模の小さな会場とは言え、その席は全て埋まっていた。
「凄えな佐賀県民………」
調査によると、客席の二割ははるばる九州から訪れてきてくれた客であり、
残りの七割は首都圏在住の佐賀県民、そして最後の一割が招待客という比率になっていた。
「さて、時間か」
八幡が今いるのは舞台袖であったが、そこにフランシュシュのメンバー達が姿を見せた。
「準備完了!」
「八幡、どう?かわいい?」
「おう、かわいいかわいい」
「むぅ、適当だなぁ」
「もう集中しろ愛、それとみんな、楽しんでな」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
フランシュシュの一同は、元気一杯にそう答えた。
「あ、あと愛と純子とゆうぎりさんは、歌ってる最中にこっちにアピールしないように。
演者が歌ってる最中に真横を向くとか絶対に駄目だからな」
「え~?」
「そ、そんな事しませんから」
「仕方ないでありんすね」
八幡の釘刺しに、三人は心外だという反応をしたが、
少なくともゆうぎりはそのつもりだったらしい事が分かる。
「………ゆうぎりさん」
「主さま、野暮な事はいいなまんし、もちろん冗談でありんす」
「………ならいい、よし、それじゃあゴーゴーゴゴーゴーゴーゴゴーゴー!」
それは幸太郎がよく言う言葉であり、一同は八幡にそう言われた瞬間に、
反射的に舞台袖を飛び出した。
「あけまして、おっめでと~ございま~っす!」
そしてさくらの元気な挨拶でステージが始まった。
こうなるともう、八幡は見ている事しか出来ない。
「ふう、何か肩の荷がおりたな、俺も楽しませてもらうとするか」
会場は凄まじい盛り上がりを見せており、
特におかしな事も起きず、ミニライブは順調に推移していった。
「愛の奴………」
だが何曲目かで、愛が合法的にこちらにアピールしてきた。
ダンスの流れで八幡の方を向いた時にウィンクするといった程度の、
かわいらしいアピールであった為、さすがの八幡も怒る気にはなれず、苦笑するに留めた。
「やれやれ、まったくあいつにも困ったもんだな、
まあ盛り上がってるから別にいいんだ………が………ん?」
その時八幡は、客席の最前列に、一人浮いている客がいる事に気が付いた。
その客はサングラスをかけ、ぎこちない動きでサイリウムを振っていたが、
何故かその足元には大きなバッグが置かれている。
「んん~?あいつ、どこかで見た事があるような………」
八幡はうんうん唸ったが、相手の目が見えない為、にわかには思い出せない。
「むっ」
その時八幡は、ファスナーが少し開いたそのバッグの中で何か動いた気がした。
「何だ………?まさかペットでも連れ込んでるのか?」
八幡は、もし何かあったら直ぐに客席に行って対処しないといけないと考えたが、
その心配は杞憂だった。曲の合間にその客がバッグの口を大きく開いた為、
中に何が入っているのか分かったからである。
それは、白っぽい髪の色をしたぬいぐるみであった。
「ふう、ペットじゃなかったか、しかしぬいぐるみ、ねぇ………」
実はそこにいたのはSAO時代の八幡の元部下である、ノーチラスこと後沢鋭二である。
そしてバッグの中にいたのは、いわゆる学ユナこと、ユナのぬいぐるみである。
オーグマーの発売と同時にユナはデビューする予定となっており、、
今日はアイドルのライブについて学ぶ為、ここに見学に来ていたと、
まあそういう事なのであった。
「ユナ、どうだ?」
「凄く参考になるよ、ありがとう、エイ君」
「それなら良かった、無理して来た甲斐があったよ。ちなみにユナはどの子が好きなんだ?」
「えっとね、水野愛!」
「ほう………」
「あの子と仲良くなれたらなぁ………」
学ユナの目的はとにかく色々学ぶ事であり、そこに悪意は全くといっていい程存在しない。
だがユナの背後にいる者達は、学習だけではなく、
記憶の収集という観点の研究も進めていた。
(あの子の記憶が手に入れば、ユナにとっては最高の教材になるかもしれないな)
その思考は既に、人として何か大事な物を失っていると言わざるを得ない。
だがユナしか見ていない鋭二は、その自分の思考の異常さに気付かない。
「あっ」
「ん、どうした?」
その時ユナが、驚いたような声を上げた。
「舞台袖にいるマネージャーっぽい人、何かハチマンさんっぽい!」
「え?」
鋭二はALOで、ユナがハチマンと接触した事は聞かされていた。
だがALOはSAOとは違い、キャラの顔はSAO時代とは微妙に違っているはずだ。
確かにスキャンすればリアルの顔を再現する事も可能だが、
少なくとも鋭二が動画などで見たハチマンの顔は、
かつて上司だったハチマンの顔とは微妙に違っていたはずだ。
「どうしてそう思うんだ?」
「う~ん、勘?」
学ユナはその名の通り、学習能力に特化している為、
歩き方や何気ない仕草から、ゲームのプレイヤーの中身を言い当てられる可能性がある。
鋭二はそう思いつつ、チラチラと舞台袖に視線を走らせた。
「う………」
その甲斐あってか、遂に鋭二の視界に八幡が入った。
というか、サングラス越しに目が合い、鋭二の心臓がドキリと跳ねた。
その姿は忘れもしない、SAO時代そのままであり、鋭二はあれは八幡本人だと確信した。
「どうしたの?」
「………いや、何でもないよ、ユナ」
鋭二はもしここで八幡の事をユナに伝えたら、
最悪ユナが、出待ちするとか言い出しかねないと思い、
八幡本人を確認した事をユナに伝えなかった。
そもそも八幡は、鋭二達の計画の最終ターゲットの一人である為、
こういった機会に安易に接触するのは問題がありすぎる。
そしてミニライブが終わり、鋭二はユナをバッグに押し込め、そそくさと会場を後にした。
「目的は達成したな」
「うん、帰ったらあっちの私にデータを渡して、実際に踊ってもらおうね」
「ああ、そうだな。ところで最近ALOで、ハチマンさんと接触とかしてるのか?」
「う~ん、それがね、ほら、私ってソロじゃない?多分邪神広場にいるとは思うんだけど、
基本今のあそこってギルド単位じゃないと参加出来ないから、中々行きにくいんだよね」
「ふ~ん」
一応今のALOがどうなっているのか、情報としては理解している鋭二だが、
そういった単語に関してはさっぱりなので、こういう時は、どうしても生返事になる。
「まあ今度様子を見に行ってみるよ」
「そうだな、まあ頑張れ」
基本、鋭二は悠那を八幡に近付けさせるのは嫌である。
SAOの終盤で、悠那が自分よりも八幡に、より好意を持っていたのを理解していたからだ、
だが今自分達が成長させている白ユナは、
八幡に対して恋愛的な意味での好意を持っていないはずだ。
それは学ユナについても同様であり、
鋭二は今のユナ達がいくらハチマンと接触しようと、心が疼く事は全くない。
もちろん自分に対しても、恋愛感情が全く無い事は分かっているが、
少なくとも最近かなり、かつての悠那に似てきた白ユナにとって、
友人と呼べるのは自分だけであり、鋭二は自分のその立ち位置に満足しているのだ。
だから鋭二は、SAO時代のユナの話が出てくる可能性の高い、
ハチマン達との接触を、学ユナに積極的に勧めていく。
「それならこの前俺がカスタマイズを手伝った、あの街着を着てったらどうだ?」
「あれかぁ、ハチマンさん、褒めてくれるかな?」
「ああ、きっと褒めてくれるさ」
その鋭二が手伝ったという服は、課金要素の一つであり、一着百円で、
何の能力もないおしゃれ着としての街着を自由にデザイン出来るという物であった。
これが案外好評であり、人にとっては万単位でお金を注ぎ込んでいる者も存在する。
「そっか、なら着ていってみる!」
鋭二は学ユナのその言葉にほくそ笑んだ。
その服は、かつてSAO時代にユナが着ていた服と、同じデザインなのだ。
(これでハチマンさんがユナについて、何か話してくれれば儲けものだな)
鋭二は突き進む。他者の記憶による、AIユナの補完計画を。
その目的の為に、白ユナも学ユナも、自分に協力してくれると信じ込んでいる。
だが鋭二は知らない。自分がかつて学ユナに伝えた、悠那に関する説明の中の一言が、
今のユナの人格に致命的な悪影響を与えている事を。
鋭二は気付くべきであった。『褒めてくれるかな?』という言葉が出た時点で、
学ユナ、ひいては白ユナの、ハチマンに対する好意が膨れ上がっている事を。
鋭二がかつて伝えたその言葉、『ちょっとミーハーな所がある』は、
鋭二と重村教授の計画を、微妙に狂わせていく。