次の日の午前の部の狩りは、久しぶりにハチマンが参加しており、
それだけでメンバー達の士気はかなり高まっていた。
「よし、今から薬を配るからな、必要な時は躊躇いなく使ってくれ」
ここまでの戦闘で、ハチマンがそんな行動をとった事は無かった為、
他の者達は、随分慎重だなと考えたが、
ハチマンが仲間に指示して取り出してきた薬の量を見て、その顔色を変えた。
「おいおいハチマン君、こんなにかい?」
スプリンガーが代表してハチマンにそう尋ねてくる。
「はい、今日はかなりハードになると思いますので」
「………君達がハードって言うなんて、ちょっと怖いな」
若干怖気づくような事を言うスプリンガーの背中を、だがラキアがバシッと叩いた。
「ふん!」
「痛っ!おいラキア、お前、馬鹿力なんだからもうちょっと………」
その瞬間にラキアの目が鋭くなる。
「………分かった分かった、馬鹿はお前じゃない、俺だってば」
「むふぅ」
ラキアは満足そうにそう言ってハチマンの背中に負ぶさった。
「あっ、ラキア、ずるい!」
それを見たプリンもハチマンに擦り寄ってくる。
そんな二人の様子を見ている女性陣は、ぐぬぬ状態になるかと思いきや、
とてもそんな余裕はないらしく、大量の薬品を配っている。
「これは凄いですね………」
「どうなるのか想像もしたくないよ………」
その様子にヒルダとファーブニルも畏れおののく。
そしてハチマンは、仲間達に檄を飛ばした。
「それじゃあ狩りを開始する、コマチ、レコン、頼むぞ」
「はい!」
「任せて!
そして最後にハチマンは、傍らにいたシノンに声を掛けた。
「シノン、
「任せて、
「ハチマンさん、頑張りましょうね!」
「おう、ユナはあんまり無理するなよ」
「しますよ、今しないでいつするんですか!」
そのシノンの更に横にいたユナが、やる気満々な表情でそう答えたのだった。
五日の朝、早めにログインしたハチマンは、
同じく一旦街に戻っていたウズメ、ピュアと合流し、狩り場へと移動しようとしていた。
二人は騒ぎにならないように、一応フードを被っている。
そんなハチマン達に、声を掛けてくる者がいた。
「あっ、ハチマンさん!」
「ん………?」
振り返ると、そこにいたのはユナであった。
「おお?ユナか、久しぶりだな」
ハチマンは『ハイアー』のメンバーに、交代でユナを見張らせていたのだが、
特におかしな報告は上がってきていなかった為、完全に油断していた。
(まさかこのタイミングを狙ってたのか?いや、さすがにそれは無いか)
ユナは実際、狙っていたというか、張り込んでいただけである。
『ユナは朝からここでぼ~っとしてた、きっとハチマンを待ってたんだと思う』
その時ハチマンにメッセージが届く。辺りを見回すと、建物の陰にモエカがいた。
ハチマンはモエカに頷くと、少しユナと話をする事にした。
「ユナ、こんな所でどうしたんだ?誰かと待ち合わせか?」
「ううん、邪神広場にどうやって行こうかなって思って、
どこかのギルドに便乗出来ないか観察してたらハチマンさんがいたから声を掛けてみたの」
ユナはハチマンを待ってたと直接的に言うのが躊躇われたのか、そう無難な返事をした。
だがハチマンは自分で質問したにも関わらず、そのユナの返事に反応しない。
見るとハチマンの目は、ユナの着ている服に釘付けになっていた。
(あっ、エイ君の言った通りだ、見てる見てる)
ユナはそのハチマンの視線に、
かわいいって思ってもらえてたらいいな、などと暢気な事を考えていたが、
ハチマンは内心で、やはり、と思っていた。
(………これはわざわざカスタマイズしたのか、そういえばそんな機能があったな。
でも目的は何だ?そもそも同じくSAOにいた者じゃないと、
これを再現するのは不可能なはずだ)
ユナが今着ている服は、かつてユナがSAOで着ていた服と酷似していた。
再現した鋭二はあまり意識していなかったが、実はこの服装、
血盟騎士団の制服をベースにしており、細かい部分のデザインを変えた上で、
スカートこそ赤のままだったが、上着の色は黒となっている。
茅場晶彦が言っていた通り、かつてのSAOの外見データは完全に消去されており、
陽乃がサルベージしたSAOのスクショデータのいくつか以外に残っているのは、
各プレイヤーの移動ルートを示すものだけな為、完全に再現出来ているとは言えないが、
それでも特徴的な部分はしっかり再現されている。
(細かい所が違うな、ユナの事を知ってた奴なら大体再現出来るってレベルか………、
でもまあこのユナの近くに、他のSAOサバイバーがいる可能性は高い)
そう思いつつも、ハチマンはそれ以外の可能性についても考えていた。
それは、このユナが真にあのユナであるという可能性である。
(それを証明する為には………)
そう考え、ハチマンはユナのスカートに手を伸ばした。
実はこの服のスカートの部分には、ハチマンとユナしか知らない秘密が隠されている。
「悪いユナ、ちょっとスカートの裏地を見せてくれ」
「ふっ、ふええええ?」
ハチマンにそう言われたユナは一瞬で顔を赤くし、
それを見ていたウズメとピュアも、そのあまりな言葉に全く反応する事が出来なかった。
「それじゃあ見るぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
ユナはそう言ってコンソールを開くと、恐ろしい勢いで何か操作をし始めた。
「オ、オーケーです!」
「おう」
そしてハチマンは、ユナのスカートをゆっくりまくり上げていく。
ウズメとピュアはそこまで来てハッとした顔をし、慌ててハチマンを止めた。
「ちょ、ちょっとハチマン、何してるの!?」
「ハチマンさん、え、えっちなのはいけないと思います!」
そのせいで二人の顔を隠すフードがめくれ、そこで初めてユナは二人の顔を見た。
「えっ………!?フ、フランシュシュ!?」
「「あ」」
二人は慌ててフードを被りなおし、ユナは呆然としたが、
そんな状況をぶった切って、ハチマンは二人にこう答えた。
「いや、もう確認は済んだ」
そう言ったハチマンの手は、既にユナのスカートから離れている。
「あっ、そ、そう」
「良かった………」
一方ユナは、色々な事が起こりすぎて、何から突っ込めばいいのか迷っていた。
この辺り、AIなのに実に人間臭いが、
これは茅場製AIの良い意味での曖昧さが発揮された結果である。
それでもユナは判断を下し、最初にハチマンに問いかけた。
「ハチマンさん、あの、私のスカートに何か………?」
「ん?そうだな………そのユナの着てる服と全く同じ服をな、昔見た事があるんだよ」
「あっ、そうなんだ」
「でな、その服には、スカートのここ、この裏の部分に、とあるマークが入っていてな、
それがあるのかどうか、確認しただけだ」
実はそこには、血盟騎士団の十字のマークが縫いつけられていた。
だが赤地に赤の生地を縫いつけてあった為、
かつてハチマンとユナ以外に、それに気付いた者はいない。
(やっぱりこのユナは、本人じゃないんだな)
ハチマンはそう考え、遠くを見るような目をした。
(ユナ、お前は一体どこにいるんだ………)
そんなハチマンを見て、何か心に響くものがあったのか、
ユナがそっとその背中を抱いた。
「「あああああ!」」
当然ウズメとピュアが絶叫するが、ユナは二人の事は気にせず、ハチマンに話しかけた。
「ハチマンさん、何か寂しそう」
「ん、ああ、すまんすまん、心配させちまったか?」
そう言って振り返るハチマンはいつも通りの笑顔になっており、
ユナは安心してハチマンから離れた。
「ううん、それよりこの服、どうかな?」
「ん?ああ、凄くユナに似合っててかわいいな」
「やった、ありがとう!」
そんな二人を見て、ウズメとピュアはぐぬぬ状態であった。
「ねぇピュア、さっきあの子、ハラスメント警告の設定をオフにしてたよね」
「ですね、あの動きはそんな感じでした」
何故それが分かるかと言うと、先日二人も同じ設定をしたからである。
「で、ユナは邪神広場に行きたいのか?」
「うん!クエストは受けてないけど、この機会に大きく経験値を稼ぎたいなって!
でも私ってソロだから、中々参加しにくくって、可能ならハチマンさん達に、
どこか臨時で入れてもらえる知り合いのギルドを紹介してもらえたらって」
「って事は、ギルドに入りたい訳じゃないんだな?」
「う、うん」
「ならとりあえずうちのレイドに混ざるといい」
ハチマンはにこやかな表情でそう言った。その流れを見て、スッとモエカが姿を消す。
これ以上ユナの監視は必要ないと判断したのだろう。
「い、いいの?やった!」
「ただし行くのは邪神広場じゃないし、狩るのも邪神じゃないけどな」
「そうなの?でも全く問題なし!」
「そうか、それじゃあ行こう」
「うん!」
こういう経緯で、ユナがヴァルハラの狩りに参加する事となったのだった。