ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1089話 回想~最後の会話

「おい、歌姫がまた歌ってるぜ」

「相変わらずいい声してるよなぁ………」

「ちょっと聞いてこうぜ」

 

 第四十八層、リンダース。リズベット武具店が存在するこのフロアで、

ユナは今日も歌い続けていた。

観客達はその歌に静かに聞き入っていたが、歌が終わると拍手喝采をした。

 

「ユナちゃん、最高!」

「現実に戻ったら絶対プロになってくれよ!」

「絶対にライブに行くから!」

 

 そんなユナの事を、嬉しそうに、だが微妙に複雑な表情で眺めている者がいた、

後沢鋭二こと、血盟騎士団のノーチラスである。

 

「悠那………」

 

 ノーチラスは、ユナの事をそう本名で呼んだ。

ユナを守る為に血盟騎士団入りしたノーチラスは、

もっと強くなりたいと思い、仲間達と日々出撃を繰り返していた為、

最近ではユナとの交流の機会が目に見えて減っていた。

ノーチラスは、自分がいないせいでユナが寂しがっているのではないかと気を揉んでおり、

実際ユナも、ノーチラスの目からは寂しそうに見えたのだが、

これは全くの誤解であり、ノーチラスへの恋愛感情が無いユナは、

ただ、退屈そうにしていただけであった。

ところがある日、狩りから帰ってきたノーチラスに、ユナがこんな事を言った。

 

「今日ね、面白い人と知り会ったの」

 

 その日を境に、ノーチラスへの態度は全く変わらないが、

ユナはどんどん一人のプレイヤーに夢中になっていった。

 

「………ハチマン」

 

 歌い終わった後、ユナが近くで寝ていた一人のプレイヤーの所に走っていき、

迷惑そうにするそのプレイヤーに嬉しそうに話しかけているのを見て、

ノーチラスは奥歯をギリリと噛み締めた。

ノーチラスはハチマンに嫉妬していたが、同時に諦めにも似た気持ちも抱いていた。

何故ならハチマンがユナに色目を使っているようにはどうしても見えなかったからだ。

最近はずっと、ハチマンが寝ている場所にユナが押しかけ、

その近くでわざとハチマンに聞かせるように歌っているのをノーチラスは知っていた。

一度その事を指摘したら、『エイ君には関係ないでしょ!』と怒られ、

それ以降、ノーチラスはユナの行動に口出し出来なくなったのだった。

 

「ん、終わったのか」

 

 ユナが寄ってきたのを察知したのか、ハチマンはあくびをしながら伸びをし、そう言った。

 

「えええ?私の歌、聞いてなかったの?」

「いや、俺の脳にはちゃんと届いてたぞ、うん、いい歌だった」

「そっか、それならいいけど」

 

 ユナは嬉しそうにそうはにかむと、声を潜めつつ、続けてハチマンにこう言った。

 

「で、師匠、戦闘の訓練についてなんだけど………」

「おう、攻略が終わったばかりでしばらく暇だから、今日辺り行ってみるか」

「うん!」

 

 そう言ってハチマンは立ち上がり、

ユナはまるで子犬のようにハチマンにじゃれつきながら、その後に続いた。

そんな二人の姿を、ノーチラスは黙って見送る事しか出来なかった。

 

「あれ、ノーチラス君?」

「あっ、副団長!」

 

 そこに現れたのはアスナであった。

慌てて敬礼するノーチラスに、アスナは無邪気な表情でこう尋ねてきた。

 

「ねぇ、ハチマン君を見なかった?」

「あ、えっと、彼はユナと一緒にどこかに出かけていきました」

「あ~、戦闘訓練か、それじゃあまた今度でいいかな」

 

 ノーチラスの知る限り、アスナとハチマンはゲーム開始からの付き合いであり、

まだ正式には付き合っていないというのが信じられないくらい、

どこからどう見ても両思いな関係であった。

だがそれにも関わらず、アスナが嫉妬の表情を見せる事は全くなく、

ノーチラスは思わずその事についてアスナに尋ねた。

 

「あ、あの、副団長は、あの二人の事が気にならないんですか?」

「え~?う~ん、そういうのは無いかな」

「そうなんですか?」

「うん!」

 

 アスナはそれ以上、深くは語らなかったが、

その表情からは、ハチマンへの深い信頼が見てとれ、

ノーチラスは自分の事を、何と小さい人間なのかと恥ずかしく思った。

そもそもSAOにはハラスメント機能があるのだ、何か間違いが起こるはずはない。

もっともユナは、ハチマンに対してだけは、既にその機能をオフにしていたのだが、

ノーチラスはその事に関しては思い至らない。

 

「変な事を聞いてしまってすみません」

「ううん、それじゃあ私は行くね、ノーチラス君もあんまり無理しないでね」

「それは………はい、自分に出来る事を精一杯頑張ります」

 

 この時点でノーチラスがVR環境に不適合な事は分かっていた。

だがアスナはノーチラスをボス戦のメンバーから外しはしたものの、

血盟騎士団から除名するような事はしなかった。

むしろその前段階での攻略部分について、ノーチラスに仕事を任せてくれたくらいである。

 

「それじゃあまたね」

「はい、またです」

 

 そして二人は分かれ、ノーチラスは掘り出し物が無いか探してみようと、

前線近くの店を回ってみようと思い、歩き出した。

 

 

 

 ハチマンとユナは、人気の無い狩り場を選んで二人でそこに篭っていた。

そう聞くといかがわしさが満点だが、もちろんそれには理由がある。

 

「よしユナ、大分歌姫スキルに慣れてきたみたいだな」

「うん、もう戦闘中でも辺りに気を配ったまま歌えるよ!」

「まあレベル自体はまだまだ低いんだ、油断だけはするなよ」

「もちろん!」

 

 ユナの歌姫スキルに関しては当分秘密な為、

どうしても狩り場の選択には気を遣う事となる。

この事を知る唯一のプレイヤーであるエギルもたまに一緒に来てくれるが、

店の事がある以上、どうしても毎回という訳にはいかない。

もっともユナがハチマンと二人きりである事を望んでいる為、

エギルが気を遣って参加しないという事も多々あるのはハチマンには秘密である。

 

「師匠、次は七十四層だよね?」

「おう、明後日にちょっと、アスナとキリトと三人で様子見に行くつもりだ」

「三人で?無理しないでね?」

「そっちはまあ平気なんだけど、血盟騎士団のあいつがなぁ………」

「あっ、あのクラディールって気持ち悪い人!」

 

 ユナはハチマンとアスナがクラディールと揉めている現場を、何度か目撃していたのだ。

 

「おう、それだそれ、今度ヒースクリフに文句を言ってやらないと………」

「あはははは、頑張って、師匠」

 

 

 

 その会話から数日を経て、ハチマンを取り巻く環境は激変した。

 

「ユナ、悪い、俺はしばらく攻略を休んで、アスナと一緒に休暇をとる事にした」

「あ、うん、大変だったね………」

 

 七十四層のボス攻略から、ハチマンの電撃的な血盟騎士団入り、

そしてクラディールに殺されかけた流れに、ユナは何も関わる事が出来ず、

ただ外から眺めている事しか出来なかった。

 

「でな、今度アスナと結婚する事にした」

 

 その言葉にユナは、遂にその時が来たかと諦めにも似た感情を抱いた。

自分も頑張ってアプローチしてきたが、

ハチマンの気持ちが自分に向いた事が一度も無い事を、ユナは知っていた。

 

「そっか、おめでとう、師匠!」

「おう、ありがとな」

 

 ハチマンはそう言って去っていき、残されたユナはその日、一人で泣いた。

だが次の日にはそんな態度はおくびにも見せず、またハチマンにまとわりつき始めた。

 

「ユナちゃん、これは私の旦那様なんだからね!」

「分かってます!私は弟子として、師匠のお世話をしてるだけです!」

 

 ユナはアスナ相手に一歩も引かず、アスナもそれを喜んでいるようなフシがあった。

 

(二人とも、実は仲良しだよな………)

 

 ハチマンは二人の関係にはあまり口出しせず、好きなようにさせていた。

 

 

 

「ねぇ、ハチマン君、そろそろユナちゃんの装備も更新した方が良くない?」

 

 休暇中、三人で軽く狩りに出かけていた最中に、いきなりアスナがそんな事を言ってきた。

 

「確かにそろそろ上の装備が使えるかもしれないな」

「やった、新装備の季節!」

「ユナちゃん、ハチマン君が、きっとかわいい服をプレゼントしてくれるよ」

「師匠、それなら師匠とどこかがお揃いの奴がいいです!」

「二人とも、ハードル上げるなって………」

 

 ハチマンは二人の会話に途方にくれつつも、この事をアシュレイに相談しに行った。

 

「ああ、あんたの弟子の装備?どんなのがいいの?」

「そうですね………」

 

 アシュレイは、ユナがハチマンの弟子という事だけは知っていた。

これまでも何度か装備の更新を頼んでいたからだ。

 

「俺とお揃いな部分があって、かわいい装備、だそうです」

「あはははは、大雑把でいいからデザインしてみてよ」

「それじゃあ大体こんな感じで………」

 

 そうして出来上がったのが、鋭二が記憶を頼りに作り上げた、例の装備であった。

 

 

 

「わぁ、師匠、かわいい装備をありがとう!

これって、師匠の参謀服と、血盟騎士団の制服を混ぜたようなデザインだね」

「色違いだから、気付く奴は少ないだろうけどな。

あと、仲間だって印に、スカートのここの裏に、血盟騎士団のマークを付けておいたわ」

「えっ、どれどれ?」

 

 そう言ってユナは、大胆にスカートをまくり上げた。

思いっきり下着が見えてしまっているが、ユナはそれを気にした様子はない。

 

「おいユナ、ハラスメント警告が出ちまってるからやめろ!」

「あっ、本当だ、赤地に赤だから目立たないけど、血盟騎士団のマークだ!」

 

 その言葉を無視し、ユナは嬉しそうにそう言ってスカートを下ろすと、

抗議するような視線をハチマンに向けた。

 

「………何だよ」

「師匠、何で私を対象にしたハラスメント設定をオフにしてないんですか!?」

「へっ?」

「私はそんなの、とっくにオフにしてますよ?本当に何やってるんですか師匠!」

「それは俺のセリフだよ、お前、何しちゃってるの?」

「師匠と弟子なんだから、それくらいの接触はいくらでもあるじゃないですか!

そういう時に、毎回『いいえ』を押すのが面倒なんです!」

「そ、それは確かにそうかもだが………」

「だから師匠、そういう時の為に師匠も切っておいて下さい!」

「お、おう、分かった………」

 

 そう言ってハチマンが何か操作を終えた瞬間に、

ユナがハチマンの胸に飛び込み、思いっきり抱きついた。

 

「おわっ!」

「師匠、素敵な服をありがとうございます、私、一生大切にしますね!」

「一生?それは駄目だろ、ゲームをクリアするまでにしとけって」

「あっ、そうでした!それまで大事にします!」

「もっとも九十層を超えてきたら、また改造するつもりだけどな」

「うう~、師匠の意地悪!じゃあそれまでで!」

 

 拗ねるユナの機嫌を直すつもりか、ここでハチマンが、優しげな瞳でユナに言った。

 

「ユナ、その格好、かわいくて似合ってるぞ」

 

 その瞬間にユナは、再びハチマンに抱きついた。

 

「ありがとう師匠、愛してます!」

「おわ、やめろって、アスナに怒られるから!」

「その時は私が守ってあげます!」

「はぁ………まあ頼むわ、それじゃあまたな、ユナ」

「はい、またです!」

 

 ユナはそう言って、嬉しそうに微笑んだ。これがハチマンとユナの最後の会話である。


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