次の日の早朝、ハチマンは、アスナに連絡を取り、宿を訪れていた。
「ガイドブック、完成したんだ」
「ああ。明日は北の方に行くつもりなんだが、一緒にどうだ?」
「うん、わかった」
「あとすまないんだが、牛乳を少しわけてくれないか?」
「あ、うん、ちょっと待っててね」
アスナが牛乳を取りに向かうと、後ろからハチマンがぶつぶつ言っているのが聞こえた。
「これでやっと……ソウル……クが………」
アスナは、ソウルって何だろうと思いつつ、ハチマンに牛乳を渡した。
「おう、ありがとな。今日はこれから出かけるのか?」
「うん、まず教会を覗いてみて、それから町の探索かな」
「気をつけてな」
「うん、ハチマン君もね」
ハチマンが帰っていく後ろ姿を見て、アスナは、何か上機嫌だなと感じた。
(何かいい事でもあったのかな)
それをなんとなく嬉しく思いつつもアスナは、教会へと足を向けた。
窓から中を覗くと、年配の人や、アスナより少し年下であろう子供たち、
そして数人の穏やかそうな大人がいて、うまくやっているように見えた。
(良かった。今のところうまくいってるみたい)
教会の入り口から話し声が聞こえ、アスナがそちらに目を向けると、
そこにはとても背が高く、体格のいい、黒人の青年がいた。
その青年は、入り口の中にいる人物と話をしているようだ。
「エギルさん、いつもすみません」
「いえいえ、これくらいしかお役にたてませんが……」
(あの人エギルっていうんだ、大きいなぁ。話からすると、きっと優しい人なんだろうな)
アスナは、気は優しくて力持ちだね、と思いながら、エギルの名前を心に留めた。
そして足の向くまま、色々な店を見てまわった。
私服をいくつか見てまわり、露天で食べ物を買う。
(衣食住のうち、食だけはなんともいえないなぁ……
自分で料理スキルを上げたら、もっとおいしい物が作れるのかな)
アスナは料理スキルをとろうと決め、宿に戻った。
(服もいっぱい買えたし、リフレッシュリフレッシュ)
久々に穏やかな日を過ごせたアスナは、また明日から頑張るぞと気合をいれ、
その日は早めに眠りにつくのだった。
一方その頃、一日試行錯誤していたハチマンは………
「ついに出来た………」
念願のドリンクを完成させ、久しぶりの味わいに酔いしれていた。
次の日二人は、予定通りに北を目指した。
途中いくつかの村にガイドブックを置きつつ、二人は谷あいの町、トールバーナに到着した。
「ここは結構広いから、手分けするか」
「そうだね、それじゃ私はあっちかな」
「俺はあっちに行くわ。終わったらそうだな……あそこの噴水に集合な」
「うん!それじゃ後でね!」
アスナは順調にガイドブックを配っていった。
そして最後の道具屋にガイドブックを配り終えた時、突然プレイヤーに、声をかけられた。
「あの、それは何ですか?」
「あ、はい、色々な情報が載ったガイドブックです。宜しければ一つお持ち下さい」
そう笑顔で答えるアスナの顔を、フードごしに見たそのプレイヤーは、驚いていた。
「女の子……」
そのプレイヤーも、自分のフードの前を軽く開け、嬉しそうに自己紹介をした。
「はじめまして、あたしはリズベット。良かったら、リズって呼んでね!」
「はじめまして、私はアスナだよ。よろしくねリズ!」
「良かった~女の子がちっともいないから、ちょっと寂しかったんだ」
「うん、私も私も!」
二人はすぐに意気投合したようで、久々のガールズトークに花を咲かせた。
内容はゲーム内の事ばっかりだったので、
それを本当に、ガールズトークと言っていいのかという問題はあったのだが。
気が付くと、結構な時間が経っていたようだ。
アスナは、遠くからハチマンが歩いてきているのに気が付き、
ちょっとまっててねリズ、と言ってハチマンに駆け寄っていった。
「ごめんハチマン君、待たせちゃったね」
「おう、何かあったかと思って、様子を見にきたわ」
アスナはリズベットと知り合った事を説明し、ハチマンをリズベットの所へ連れていった。
「あ~、ハチマンだ。よろしくな、リズベット」
「あ、リズでいいよ、よろしくね、ハチマン!」
「わかった、リズだな」
なんとなく、ハチマンをうさんくさいなと思ったリズベットは、
唐突に二人に質問をした。
「で、二人は付き合ってるの?」
「もう~からかわないでよ、リズ」
困っているアスナをちらりと見て、ハチマンは、いつもの彼らしい説明を始めた。
「あー、なんていうか、ただの友達だな。
そもそも俺みたいなのが彼氏だと思われたら、アスナに悪いだろ」
「ハチマン君」
アスナから怒気を感じ、ハチマンは、俺みたいなのの彼氏だと間違えられたら、
当然そうなりますよねといつもの通り思い、素直に謝る事にした。
「その、なんか悪いなアスナ、不愉快だっただろ」
「ハチマン君やっぱりわかってない。私が怒ってるのはハチマン君の勘違いにだよ」
アスナはさらに言葉を続けた。
「ハチマン君、確かに私達は付き合ってるわけじゃないけど、
それを訂正するのに、ハチマン君が自分を悪く言うのは私は嫌。
私は少なくとも、ハチマン君を大切な友達だと思ってるよ。
だから、そういうのはもうやめよう?」
「………そうだなアスナ、俺が悪かった。
というわけで訂正する。アスナとは友達だ、リズ」
その光景を見てリズベットは、自分が間違っていたと思い、楽しそうに笑った。
「おっけ~友達ね!アスナ、からかってごめんね?で、二人はこれからどうするの?」
「予定では、この周辺で探索と狩りかな?」
「そうだな、そんな感じだ」
「あの、それじゃあさ、迷惑じゃなければ、私も一緒に行ってもいいかな?
何度かパーティで狩りには行ったんだけど、変な男ばっかりでさ……」
「あ~、確かにリズは、、幸が薄そうだしな」
「ハチマンひどい!」
「ハチマン君、正座」
本当に正座をしようとするハチマンをアスナが慌てて止め、
それを見たリズベットは大笑いした。
リズベットにとって、それは久しぶりの心からの笑いだった。
「で、どうかな?」
「俺は別に問題ないぞ。アスナはどうだ?」
「私も問題ないよ。よろしくね!リズ」
こうしてその日は三人で行動する事になった。
「リズ、スイッチとPOTローテは分かるか?回復アイテムは足りてるか?」
「うん、前教わったから大丈夫。アイテムも問題ない」
「それじゃ行くか。あっとその前に、リズの武器って何だ?」
「今はメイスかな。なんかこれが一番しっくりきたの」
「しっくりか。もしかしたら鍛冶とか向いてるのかもな」
リズベットはそんな事を言われたのは初めてだったので、意表を突かれた。
今までちょこちょことアドバイスをくれた人はいたが、戦闘に関してばかりで、
そういった別の視点でのアドバイスをもらったのは初めてだった。
今までは、ただ戦っていればいいのだと思っていたリズベットは、
この時はじめて、戦闘以外の事に目を向ける機会を得た。
「鍛冶かぁ……やってみようかな」
「おう、いいと思うぞ。こんな状態になっちまって、大変なのは確かだが、
クリアのためには、戦える人間だけが必要なわけじゃないからな。
情報を集める人。武器や防具を作る人。裁縫や料理で日常を支える人。
みんな大事で、攻略には無くてはならないからな」
「そうだね!私、頑張ってみる!」
「おう、その意気だ!それじゃインゴット系も落とす、ワーム狩りにするか。
あ~、二人とも、ちょっとコワモテのミミズとか平気か?」
「あはははは、ハチマンコワモテって。私は平気。アスナは?」
「私も平気だよ」
「ま、モグラ叩きみたいなもんだから気楽にいこう。それじゃこっちだ」
その後三人は、周辺のクエストをこなしつつ、ワームでレベルを上げた。
ドロップしたインゴットは、全てリズベットがもらう事となった。
ハチマンとアスナからすれば、鍛冶師としての門出の祝いのつもりであった。
リズベットは最初遠慮していたが、二人の気持ちが嬉しくもあり、結局全て受け取った。
まだまだ素人レベルではあるが、こうしてリズベットは、彼女なりの第一歩を踏み出した。
日も落ちてきたので、三人はトールバーナに戻り、宿をとることにした。
ハチマンは一人で。アスナとリズベットは、同じ部屋という事になった。
「あーなんか久々楽しかった!あそこでアスナに声をかけた自分を褒めてあげたい!」
「リズが楽しそうだったから、私も楽しかったよ!」
女の子同士の付き合いに飢えていたのか、二人は様々な話をした。
個人情報は伏せつつ、アスナがハチマンとの出会いから、
男だと間違われて宿に連れて行かれた話、友達になった話を聞かされて、
リズベットは、ドラマみたいと大笑いしていた。
そして話がお風呂の話題になると、リズベットが即座に食いついた。
「私もお風呂入りたい!」
「うん、いつでも来てねリズ」
アスナは、以前ハチマンに言われた通りになったなと思いながら、その時の話をした。
そして話が一段落した時、リズベットが真面目な顔でアスナに語りかけた。
「アスナごめん。私、最初ハチマンの事を遠くから見た時、
アスナが変な男に騙されてるんじゃないかって一瞬思っちゃったんだ。
でも話してみて、一緒に行動して、今こうして話を聞かされて、
私の目は曇ってたんだなって本当に思った。ごめんなさい」
アスナはぽかんとした後、笑い出した。
「ハチマンって、優しくていい奴だね」
「うん、捻くれてるけどね!大切なお友達なの!」
とても嬉しそうに笑っているアスナを見てリズベットは、
今日のこの二人との出会いをとても喜ばしく思ったのだった。