「ユイ、周囲に俺達を監視している奴はいるか?」
「見当たらないみたいです、パパ」
「そうか。やっぱり追撃の心配はしなくて良さそうだな」
「それじゃ、心置きなく前へ前へ、だな」
「よし、ユキノ達と合流だ。行こうぜ二人とも」
ハチマンはそう二人に声をかけたのだが、
リーファは首をかしげながらウィンドウを操作したまま動かなかった。
「ん、リーファ、どうかしたのか?」
「うんそれがね、新しい情報が無いか聞こうと思って、
さっきからレコンにメッセージを送ってるんだけど、ずっと返事が無いんだよね」
「休憩とかで落ちてる可能性とかは無いのか?」
「うーん、表示だとゲーム内にいるんだよね……」
「確かにちょっと気になるが、まあレコンからの連絡を待つしかないな」
「そうだね……まあいっか、それじゃ行こう」
「おう」
三人はレコンとのコンタクトを諦め、ルグルー回廊に突入した。
「ハチマンは後方の警戒を頼む。リーファは案内があるから先頭かな」
「モンスターが出たら、なるべく瞬殺ね」
「リーファ、キリト、その時は二人に任せた」
「了解」
「まあこの辺りの敵はそんなに強くないしね」
どうやらリーファの話だと、この辺りのモンスターも問題なく倒せそうだ。
だがハチマンは、出来るものならモンスターを回避して進みたかったので、
ユイに周囲の敵の状況を尋ねる事にした。
「ユイ、周囲にモンスターはかなりいるのか?」
「いいえパパ、どうやらこの辺りのモンスターは、ほぼ狩りつくされているみたいです」
「なあ、ユイは壁の向こうの敵も感知出来るのか?」
「はい、それは問題ないです」
「もしかして、ユキノ達が倒したのかな。なあリーファ、普段この辺りには、
モンスターはどのくらいいるもんなんだ?」
「うーんそうだね……少なくとも四人で狩りつくせるような数ではないかも」
「何だと?」
その答えを聞いたハチマンは、嫌な予感がした。
「何か気になるの?」
「なあリーファ、大体でいいんだが、リーファの体感だと、
どのくらいの人数がいればこんなに敵が少なくなると思う?」
「うーん、ユイちゃん、今私達の周囲には、敵がまったくいないの?範囲はどれくらい?」
「そうですね……感知するだけなら、百メートルってところですね」
「このマップの地形で百メートル以内に敵がいない、か……
なんとなく、十パーティくらいいないとそうはならない気もする……あっ」
リーファもなんとなく、ハチマンの言いたい事が分かったようだ。
「そういう事だ。サラマンダーの大部隊が動いているな。
しかもどうやら、リーファの感覚が正しければ、十パーティ以上の大軍勢だ」
「でも、たかだか七人を倒すために、そんな大人数を動員するもんなのか?」
「うーん……いくらユキノが恐れられてるって言っても、確かに過剰な戦力かも」
「やっぱり嫌な予感がするな。モンスターがいないなら周囲を気にする必要も無いし、
ペースを上げてとにかく早くユキノ達と合流しよう」
三人はとにかく移動を最優先とし、走る速度を上げた。
その甲斐あってか、しばらく進むとリーファが、まもなく湖に着くと言ってきた。
同時にユイも、ユキノ達を感知したようだ。
三人はユイに案内役を任せ、無事に魔法で隠れていた四人と合流する事が出来た。
「すまん、待たせたか?」
「いいえ、予想よりかなり早かったと思うわよ」
「モンスターにまったく遭遇しなかったんでな」
「……何ですって?」
「ユキノ達はモンスターに遭遇しなかったのか?」
「私達は何度か遭遇したわよ。橋の方を偵察して、その後はずっとここに隠れてたから、
多分その間に敵が増員されたのか、あるいは通過したのね。
ごめんなさい、もう少し気を付けて観察すべきだったわ」
「橋には何人くらいの敵がいたんだ?」
「さっき確認した限りでは、三十人ほどね」
「リーファの推測だと、十パーティ以上いるかもしれないらしいぞ」
「じゅっ……」
ユキノが珍しく言葉に詰まり、焦ったような顔を見せた。
「それだと、最終的には百人以上になるかもしれないわね」
「まあ、全員が待ち伏せしてる可能性は少ないだろ。明らかに過剰戦力だしな」
「……そうね。何故そんなに動員されてるのかはわからないけど、
今はとにかく目の前の敵に集中しましょう」
ハチマンは頷き、ユキノに色々と状況を確認する事にした。
「ところで奇襲とかは出来そうか?」
「無理ね。地形的に正面からぶつかる事になるわ」
「そうか……キリト、リーファ、二人は移動で疲れてないか?」
「俺は問題ないぜ、ハチマン」
「私も平気よ。今すぐ戦えるわ」
「了解だ。よし……それじゃすぐにでも行くか」
「おう!」
「ヒ……ハチマン、頑張ろうね!」
「ユイユイ、ゲーム内ではハチマンだぞ。そろそろ慣れろ」
「う、うん」
「お兄ちゃん、ほら行くよ!」
「先輩、早く早く」
「お、おう、何かお前ら好戦的になったんだな……」
「みんな成長したのよ」
「成長の方向が間違ってる気もするが……まあいいか。いくぞ!」
こうして七人は、堂々と橋へと歩き出した。フォーメーションは事前に決めていた通り、
前衛中央がユイユイ、その左右にキリトとリーファ、
全体の中央にユキノとイロハが陣取り、左右をハチマンとコマチが固めていた。
すぐにハチマン達に気付いたのか、サラマンダーの軍勢が橋の上に姿を現した。
どうやら事前情報通り、敵は三十人ほどのようだ。
「なあユキノ、一応相手に探りを入れてみた方がいいか?それともいきなり攻撃するか?」
「そうね、情報は多いにこしたことはないし、
とりあえずある程度名が売れている私から話してみるわ」
「確かに無名な俺が何か言っても相手にされないだろうしな。内容は好きにしてくれ」
「わかったわ、任せて頂戴。この際私の二つ名も有効に利用させてもらうわ」
「いいのか?嫌いなんだろ?」
「有効な手段があるのに、感情でそれを使わないのは愚か者のする事よね」
「ははっ、そういうとこ、いかにもお前らしいな。それじゃ任せるわ」
「ええ」
ユキノは一歩前に出て、堂々と名乗りを上げた。
「始めまして、サラマンダーの皆さん。私の名はユキノ。【絶対零度】のユキノよ」
「これはご丁寧な挨拶痛み入るね。俺の名はカゲムネ。サラマンダー軍の指揮官の一人だ」
「あら、てっきり返答無しに襲い掛かってくるものだとばかり思っていたけど意外だわ。
一応聞くけど、あなた達は私達を待ち伏せていたって事でいいのかしら?」
「ああ。残念ながらその通りだ」
「そう。【絶対零度】を倒したという名声狙いなのかしら?
それにしては随分と人数を集めたみたいだけど、それで本当に名声が高まるのかしらね」
「まあ名声のためなら、そちらと同じ人数で正々堂々と挑まなくては意味が無いだろうね」
「あら、大の男が女性を取り囲んで倒そうとするなんて、
とても恥ずかしい事だという自覚はあるのね」
「返す言葉も無いが、こちらにも色々と事情があるんでね」
(思ったより冷静ね。色々な事情ねぇ……もう少しつついてみるべきかしらね)
「ご存知の通り、私はか弱いヒーラーよ。
おたくのユージーン将軍のように、一人で戦局を一変させる力は無いわ。
私に出来るのは、仲間が長い時間戦えるように戦線を維持する事くらいよ。
その私をここで足止めしようとする事に、どんな意味があるのかしらね」
「まあ俺は上の指示に従うだけだから、その辺りの事情は残念ながらよくわからない」
カゲムネは、誘導尋問には乗らないよ、という風にそれだけ言った。
「分かったわ。あなたの時間稼ぎにこれ以上付き合うわけにもいかないし、
ここは戦って通らせてもらう事にしましょう。
どうやらその方が、あなた達にはとても都合が悪いようだしね」
「何だ、時間稼ぎだって、最初から分かってたんだな。
まあバレているなら仕方ない、これから全力でお前らを足止めさせてもらう。
絶対零度のパーティに、あのリーファが加わるのは確かに脅威だと思うが、
こちらも事前に情報を得て、入念に対策は立ててきたのでな。
そこの男二人が何者かは知らないが、所詮無名のプレイヤー、特に大きな影響は無いだろう。
例えお前らを倒す事が出来なくても、きっちり足止めだけはさせてもらうぜ」
「あら、無知ってやっぱり怖いわね。二人が何者かは身をもって味わいなさい。
そして死んで街に戻ってから、自分の愚かさを悔いるといいわ」
カゲムネはそれには答えず、黙って右手を上げ、前へと振り下ろした。
その合図と共に、後方から重装備に身を固めたサラマンダーの部隊が前に出てきた。
その部隊は何と、全員両手に盾を持っていた。
「完全に防御に徹して時間稼ぎをするつもりなのね。
そこまでして私達を先に進ませたくない理由にとても興味が出てきたわ。
さあみんな、あの愚か者どもに鉄槌を下すわよ!」
そのユキノの言葉に、おう!と答えたチームハチマンの面々は、戦闘体制をとった。
こうして、一部の者にとっては悪夢となる、ルグルー回廊の湖上での戦いが始まった。