ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1090話 本気の三日間

「次、来るぞ!」

「みんな、止めるよ!」

「イロハ、あの辺りに範囲魔法」

「遠隔部隊は弾幕を張って!敵の足を十秒止めるよ!」

 

 戦場は今や、阿鼻叫喚の地獄………とはなっていなかったが、

敵の数の多さによって、凄まじい混雑ぶりを見せていた。

 

「攻撃、とにかく攻撃!」

「これが終わったら休憩にするから、みんな頑張って!」

 

 味方は敵を囲むように布陣しており、敵は敵が邪魔で全力を発揮出来ない為、

数の差はあっても、ヴァルハラ連合軍が崩れる気配はまったく無かった。

 

「遠隔部隊、魔法部隊、一旦攻撃やめ!五分後に再開!」

「それまで前衛陣が切り込む、我に続け!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 ここでハチマンが魔法使いチームや魔法銃を撃つ為のMP補充の時間をとり、

キリトがそれに合わせて突撃の指示を出す。

エギルやクライン、フカ次郎やクックロビン、それにラキアら前衛陣が、

その後に続いて敵に突撃をする。

敵は魔法や遠隔攻撃で手負いの者が多く、数合切り結べば死亡する為、

今この戦場は、斬って斬って斬りまくれ状態となっていた。

 

「あと一分で離脱しろ!」

 

 ハチマンが再び指示を出し、それに合わせて前衛陣が引き始める。

タンクはその撤退をフォローし、後衛は合図があり次第すぐに攻撃しようと、

魔法や遠隔攻撃の構えをとって待ち構えていた。

 

「全員撤退を確認!」

「よし、撃てえ!」

 

 そこから再び後衛から攻撃が始まり、戦場にいた敵は、それで全て塵と化した。

 

「よし、それじゃあみんな、ここで休憩にしよう!」

 

 敵がいなくなった事で、ハチマンからそう指示が出る。

こんな事を何度繰り返しただろうか、休憩時間を長めにとっているにも関わらず、

その討伐数は、既に千五百体を軽く突破していた。

 

「ぷはぁ、これはきつい!」

「でもその分経験値とか半端ないね」

「これがヴァルハラの本来の狩りか………」

「うん、まあソレイユさんがいるいないで大分ペースが変わるんだけどね」

「ああ、それ、分かる………」

 

 邪神広場組と違い、全員が同じレイドで戦い続けている為、

経験値に関しては、こちらの方がかなり獲得量が多くなっている。

その分しっかり休憩している事もあり、疲れを見せている者はほとんどいない。

むしろ、始める前よりも元気になっている者もいた。

 

「ハチマンさん、経験値が凄いよ!」

「そうか、それなら良かったわ、ユナ」

「で、相談なんだけど、今の私のステータスがこんな感じで………」

 

 ユナはそう言って、無防備にハチマンに、自分のステータスを可視化して見せ始めた。

ハチマンはその態度に面くらいながらも、丁度いいと思い、

ユナのステータスを隅々まで精査したが、当然歌唱スキルは存在しない。

 

「ふ~む、今のユナはどんな戦闘スタイルなんだ?」

 

 さすがに指揮をとりながらユナの様子を観察するのは無理だったらしく、

ハチマンはユナにそう尋ねた。

 

「今の?ふふっ、変なの、まるで昔があったみたいな言い方だね」

「そ、そうだな、悪い」

 

 思わずそう言ってしまったハチマンに対し、ユナの態度はまったく普通であった。

 

「えっとね、片手直剣かな、だからSTRを多めに上げてるの」

「ほう」

 

 そんな会話を聞きながら、ひそひそと言葉を交わしていたのはアスナとエギルである。

 

「やっぱり別人だよな」

「うん、よく似てるけど何かが違うね」

「戦闘スタイルも、師匠に似た部分が全然無い」

「でもあの服………遠目でチラッと見た事があるけど、

あれってハチマン君があげた服とほぼ同じデザインだね」

「謎だよな………」

「謎だね………」

 

 その会話の間、ハチマンはフカ次郎を呼び、ユナにアドバイスをしていた。

キリトの場合はかなり特殊な為、参考にならないと判断したのである。

 

「そしたらバランス的には………」

「ふむふむ」

「で、この数値がこうなるとこのスキルが………」

「なるほど!ありがとうございます、フカ師匠!」

 

 こんな感じで、話す度にハチマンは、ユナに対する違和感がどんどん増していった。

ユナがハチマン以外を師匠と呼ぶ事はありえず、

アスナとエギルもその事を分かっていた為、激しい違和感を感じていた。

 

「ハチマンさん、凄く参考になりました!」 

「お、おう、それなら良かった」

「で、一つお願いが………」

「ん、何だ?」

「さっき言ってたマーク、私の装備に付けてもらう訳にはいきませんか?」

「ああ、そういう事か………お安い御用だ、ただし一つ条件がある」

「何ですか?」

「もしそのマークを誰かに見られた時、おかしな反応をした奴がいたら教えてくれないか?」

「はい、分かりました!」

 

 ユナの近くにいるSAOサバイバーは、ユナに自分の事を口止めしているかもしれないが、

こう言っておけば、ユナがうっかり口を滑らす可能性もあると、ハチマンは考えたのだった。

 

「それじゃあ………お~いスクナ、ちょっといいか?」

「………何?どうかした?」

「ちょっと頼みがあるんだけどよ」

 

 そのユナの頼みを聞いたスクナは、それくらいはお安い御用だと頷き、

一瞬でその作業を終えてしまった。

 

「はい、どうぞ」

「うわぁ、ありがとうございます!ハチマンさん、見て下さい!」

 

 そう言ってユナは、躊躇いなくハチマンに向けてスカートをたくし上げ、

ハチマンは慌てて横を向いた。

そして凄まじい勢いでこちらに走ってきたアスナが慌ててそのスカートを下ろした。

 

「いきなり何するの、ユナちゃん!」

「ご、ごめんなさい、わざとですけどちょっと大胆すぎましたね」

 

 ユナはアスナに謝罪にならない謝罪をし、ぺろっと舌を出した。

 

(こ、こういう所だけはユナちゃんそっくりなんだ………)

 

 アスナはその事を一瞬懐かしく思いつつも、

一体何の為にそんな事をしたのかユナに尋ねた。

 

「あ、えっと、ここにマークを入れてもらったので」

「マーク?」

「血盟騎士団のマークだ、オリジナルにも付いてたんだよ」

「そうなんだ?」

 

 その事を知らなかったアスナは、ユナのスカートをしげしげと見つめた。

 

「えっと………見ます?」

「あ、うん」

 

 アスナは他からの視線をガードし、ユナのスカートを覗きこんだ。

 

「本当だ、懐かしい」

「まあこんな感じです」

「へぇ………」

 

(本物のユナちゃんだったら、きっとこの事は誰にも言わなかっただろうなぁ)

 

 アスナはそう思い、ユナの顔をじっと見つめた。

 

「やだ、恥ずかしいです」

 

(絶対に別人………なんだけど、記憶喪失の本人って言った方が実はしっくりくるんだよね)

 

 アスナはそんな事を思いつつ、二人から離れ、そして狩りが再開された。

 

「よし、やるぞ!」

 

 ここからは延々と、先ほどと同じ光景が繰り広げられたが、

徐々に慣れてきたのか、段々と戦闘に余裕が出てくるようになった。

 

「いい感じだな」

「うん、そうだね」

 

 こういった戦場だと基本ハチマンの隣に付くリオンも、

同じ事を感じていたらしく、そう言った。

 

「しかし今回のイベントは、プレイヤーの平均値の底上げをしてるような気がするよな」

「あ、それ、私も思ってた」

「って事はこの先、この前の恐竜どもなんか相手にならない強敵が出てくるのかもな」

「うん」

 

 そんな会話をしながら、ハチマンはユナではなく、ウズメとピュアの方を見ていた。

 

(ユナの事は気になるが、あのユナはユナじゃない、

俺にとって今大事なのは、あの二人の方だな)

 

 そんなハチマンに気付いたのか、ウズメが激しくハチマンに手を振ってくる。

それを見たピュアも、負けじとハチマンに手を振ってきた。

 

「アイドルと仲良くなれて、随分嬉しそうだね、ハチマン」

「は?いやお前、俺とアサギが仲良くなった時は、そんな事全く言わなかっただろ」

「アサギさんは彼氏持ちじゃない、あの子達とは違うの!」

「そう言われてもな………」

 

 リオンは、フン、と拗ねたように顔を背けると、状況を見ながらキリトに合図を出した。

 

「前衛陣、突撃準備!」

 

 そんなリオンを見ながらハチマンは、こいつも成長したなぁ、などと感心していた。

 

「ん、何?」

「いや、お前も成長したなぁ、と」

 

 その瞬間に、リオンは慌てて自分の胸を抱いた。

 

「な、なななな、何で知ってるの?まさかこっそり触った?触ったんだよね!?」

「お前が何を言ってるのかさっぱり分からん………」

 

 ハチマンはもちろんその意味を分かっていたが、そんな地雷に飛び込むような事はしない。

 

「よし、撃ち方やめ!キリト、突撃だ!」

「ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ!」

「はいはい後でな、今忙しいんだよ」

 

 こんな感じで狩りは進み、この日、ヴァルハラの討伐数は実に一万二千体まで到達した。

まさかの討伐数、倍増である。次の日も、またその次の日も同じ感じで進み、

遂にヴァルハラ連合軍は、クエストクリアとなる二万体を達成する事となった。

対する七つの大罪は、まだ討伐数、一万五千であった。




本気といいつつどこか緩い。

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