三日間全力でALOに集中した八幡であったが、
さすがに休みだからといって、毎日遊んでいる訳にもいかなかった。
今日はVRオフィスの展開の一環として、VRレッスンスタジオの稼動試験の為、
八幡はフランシュシュのメンバー達と共に、ソレイユの開発部にいた。
「みんな、今日は試験に協力してもらって本当にありがとう」
「いいっていいって、いずれ自分達が使うものだし、なぁさくら?」
「うん、どんな感じか凄く興味があります!」
「ならいいんだが………」
そう言いながら、八幡は自分の左右で牽制し合っている愛と純子を見てため息をついた。
ちなみにゆうぎりは、さくらの横で八幡に色目を使っている。
「………はぁ」
だが八幡を悩ませているのはそれだけではない。
何故かこの場に、本来ここにいるはずのない人物が紛れ込んでいたのだ。
「………おい詩乃、何でお前がここにいる」
「仕方ないじゃない、働かざる者食うべからず、
年末だからって、ずっとバイトをしない訳にはいかないのよ」
「その理屈は分かるし、正直うちも助かるけどよ………」
その人物とは詩乃であった。詩乃はどこから聞きつけてきたのか、
しれっとした顔で開発室に居り、八幡を待ち構えていたのである。
「バイトなら自宅からログインしても良かったんじゃないか?」
「何よ、私と会えて嬉しい癖に、素直じゃないわね」
「………はぁ、お前のその強気さはどこから来てるんだろうな」
そのやり取りを見ながら、愛と純子は目を丸くしつつも、
八幡が本気で嫌がっていないのを悟り、参考になるなぁと、詩乃に尊敬の目を向けていた。
ゆうぎりもゆうぎりで、こういうプレイもありでありんすな、などと不穏な事を考えている。
「………まあいい、で、紅莉栖と理央は、アルゴの助手って事でいいんだよな?」
「まあそんな感じよ」
「フランシュシュの練習風景に興味があるとか、そういうんじゃないからね」
「………ミーハーどもが」
八幡は、このままこのメンバーで進めるのかと少し頭痛を感じつつ、
予定通り、システムの説明から入る事にした。
「正直ただ踊るだけなら何の問題も無いんだ。
場所の提供だけならアミュスフィアさえあれば、十分もかからずに用意出来る」
「「「「「おお」」」」」
どちらかというとこういった事に疎いのだろう、
愛と純子以外のフランシュシュのメンバー達は、感心したような声を上げた。
愛と純子はALOをやっている為、そこまで驚いたりはしない。
「で、今回試して欲しいのは、追加で付け足したシステムの方だ。
ミラーとマリオネット、この二つだな」
八幡はそう言って、詩乃にアミュスフィアを差し出した。
「………何よ」
「そろそろ休憩は終わりだろ、出番だバイト」
「えっ?こっちのに参加していいの?」
「アルゴ、いいよな?」
「もちろん構わないゾ」
「だそうだ、とりあえずこっちにログインしてみてくれ」
「分かったわ」
そして詩乃がログインすると、モニターにその姿が現れた。
普通にレオタード姿であり、その脚線美にフランシュシュの者達も感心した。
「いい肉付きをしてはりますなぁ」
「スラっとしてるね」
「そうか?大根じゃないか?」
『聞こえてるわよ、八幡』
「うげ、そうだった………」
どうやら中には外の声が聞こえるらしい。というか、映像も見えていたりする。
逆にこちらから中の映像を見る事も出来、
レッスンスタジオの中にいるのと、その感覚はほとんど変わりない。
『で、どうする?』
「先ずはマリオネットからだ。詩乃、力を抜いておいてくれ」
『分かったわ』
そしてフランシュシュの曲が流れ始め、同時に詩乃が動き出した。
『うわ、何かおかしな感じ』
「うわ、うわぁ、振り付け完璧じゃない!」
「凄い凄い!」
「これなら今すぐフランシュシュに加入してもやっていけますね」
「ちなみにこれは、みんなの動きをトレースさせてるだけだからな」
「えっ?」
「そうなんだ?」
「これの目的としては、『曲の動きを体に覚えさせる』って感じだな。
なので初めての曲でも、どういう動きをすればいいのか、
イメージしやすくなると思うんだが、どうだ?」
その八幡の言葉にフランシュシュのメンバー達は、ざわっとした。
「これはいいかも?」
「そう思うんだけど、ちょっと体験してみたい気はするね」
「そう言うと思って準備はしてある。『あっつくなぁれ』の振りを完璧にプログラム済みだ」
「ちょ、ちょっとやってみたい!」
「オーケー、それじゃあ詩乃、一旦ログアウトだ」
『分かったわ』
そして詩乃が目を覚まし、代わりにフランシュシュがシステムにログインした。
『うわぁ………』
『衣装まで準備されてるんだ』
「それじゃあみんな、定位置に移動して体の力を抜いてみてくれ」
『オッケー!』
「んじゃアルゴ、宜しく頼むわ」
「がってん承知だゾ」
そして曲が開始され、一同の体が勝手に動き始めた。
せっかくだからとみんな、曲に合わせて歌い出す。
「うわ、うわぁ、詩乃ちゃん、凄いね!」
「動きが完璧に揃ってるわね………」
「みんな、中はどんな感じだ?」
『う~ん、いつもやってるのと微妙にズレる部分があるね』
「ははは、まあこっちが正しいんだけどな、
あまりにも完璧すぎてもそれはそれで気持ち悪いだろうから、
それくらいのズレはあっていいと思うぞ、ね?巽さん」
振り返ると、いつの間にかそこにはマネージャーの巽幸太郎が控えており、
幸太郎はニカッと笑って八幡に親指を立てた。
「まあ使い方は色々あると思うが、新曲の動きを最初に大雑把に体に叩き込むってなら、
これ以上のシステムは無いと思うんだよな」
『うん、確かにそうかも』
『こっちで動きを覚えて、後はリアルで調整すれば、いい踊りが出来そう』
「なら良かった、それじゃあせっかくだし、このままミラーいくか」
八幡はそのまま愛に、適当なダンスを踊ってくれるように指示し、
愛は即興でダンス姿を八幡に披露した。
『どう?』
「そんなもんだな、それじゃあ………」
『違う、かわいいかどうかって意味で、どう?って聞いたの!』
「………」
八幡は困った顔で紅莉栖や理央、詩乃の方を見た。
「八幡、アイドルを乗せるのも大事な仕事よ」
「ほら、笑顔笑顔!」
「まったく、そういうとこ、八幡は駄目よね」
「くっ………」
八幡は三人に駄目出しされ、やや落ち込んだ表情を見せながら、
すぐに気持ちを切り替え、愛に向かって言った。
「おう、愛はやっぱり踊ってる時が一番だな、かわいいかわいい」
『やった!』
愛はそれで笑顔になり、八幡はホッと胸を撫で下ろした。
「それじゃあミラーいくぞ、ちょっと横にズレてみてくれ」
『あ、うん』
直後に先ほど愛が立っていた位置にもう一人の愛が姿を現し、
先ほどの愛とまったく同じ動作を繰り返していく。
『うわぁ………』
『凄い凄い!』
『全員で合わせた動きとか、直ぐにチェック出来るんだ?』
「まあそういう事だな、この二つが出来るだけで、
かなりレッスンの効率が変わってくると思う。それに体も疲れないからな。
まああんまりこっちに頼りすぎると、筋力が落ちちまう可能性が高いから、
これだけでレッスンを終わらせるってのは問題があると思うが、絶対に使い所はあるはずだ」
『ですね!』
その筋力の問題も、いずれニューロリンカーを組み合わせる事によって、
劇的に改善出来る訳だが、今の段階でその事を伝える事は当然出来ない。
『これは本格的に導入されるのが楽しみでありんすな』
「まあやろうと思えばすぐ出来るんで、他のグループとも相談してみて、
欲しい機能を色々付けたしたら、出来るだけ早くに導入しますよ」
『八幡さん、さすがですね』
「いや、俺はアイデアを出すだけで、実現はみんなに任せっきりなんだけどな」
「それじゃあハー坊、次の機能を試してもらおうゼ」
「だな」
『まだ他にも何かあるの?』
「これは簡単だ、トリップだな」
八幡がそう言った瞬間に、フランシュシュは東京ドームの特設ステージに立っていた。
『うわぁ!』
「次は武道館だ」
『おおおおお』
その言葉に合わせ、パッパッと場面が切り替わる。
「ブロードウェイ」
『きゃああああ!』
「アルピノ」
『佐賀のアルピノまで!?』
「ついでにソレイユ前」
『うわぁ!』
「このように、ここにいながらにして、どこででも練習する事が可能だ」
『凄い凄い!』
『ソレイユに移籍して正解!』
『マネージャー、えらい!』
その言葉に幸太郎が照れたような表情を浮かべる。
このように、ソレイユは売り物になる新システムを次々と市場に投入し、
更にはそれ専門の資格まで創設する事で、
どんどんその勢力を伸ばしていく事となる、これはその一例であった。