(くそ、マジかよ………)
ハチマンは、レイヤの言葉に一瞬落ち込んだが、すぐに気持ちを切り替えた。
(いや、待て待て、こんな武器の押しつけみたいなクエスト、通常ではありえない。
何か解決する方法があるはずだ)
この時レイヤが何か言いかけたが、考えに耽っていたハチマンはその事に気付かない。
「レイヤ様、質問を重ねる事をお許し下さい」
「っ………うむ」
「今回の依頼ですが、私が信頼する別の者に引き継がせる事は可能ですか?」
「そなたと同じくらいの実力の持ち主であればそれは構わんが………」
(よし、これでキリトに丸投げ出来る。
レイヤが色仕掛けっぽく色々言ってきても、それも一緒に丸投げだ)
ハチマンはそう考え、悪い顔をした。
それに気付いた仲間達の方から、黒い………という言葉が聞こえてきたが、
上機嫌なハチマンは当然それをスルーした。
「それでは今仲間を呼びます、しばしお待ちを」
「誰を呼ぶつもりじゃ?」
「キリトという者です、レイヤ様とは既に知己だと伺っております」
ハチマンは澄ました顔で、レイヤにキリトを売った。
「キリト………ああ、あの者か、ならばそなたと変わらぬ実力を誇っておろう、
それならば妾に全く異存はない」
「ははっ!」
ハチマンはこれで何とかなったと意気揚々とキリトにメッセージを送った。
『レイの持ってた武器はレーヴァテインだった。北欧神話の最強武器の一つだ。
キリト、もちろん欲しいよな?』
そう送信した直後、ハチマンは舌足らずだったと思い、更にこう送信した。
『もちろんエクスキャリバーと二刀流でな。伝説の武器の二刀流、最高だな!』
(エクスキャリバーは渡さないとか思われたら困るしな)
それから待つ事しばしで、キリトから返信が来た。
『え、何か罠っぽいからそっちはいらない』
「キリトおおおおおおおおおおおおお!何でこんな時だけ勘がいいんだよおおおおおおお!」
実はこれは、ホーリーの入れ知恵であった。
キリトにメッセージについて意見を聞かれた時、ホーリーはこう答えたのだ。
『レーヴァテイン取得クエを見つけた、すぐに来てくれ、と言えばいいのに、
ハチマン君がこんな書き方をするという事は、何か裏があるんじゃないかな』
それでキリトは警戒し、ハチマンに断りのメッセージを送ったと、まあそんな訳であった。
ハチマンの絶叫を聞いて、薄々事情を悟ったのだろう、
シノンはハチマンを指差して大笑いし、セラフィムがドンマイですと声をかけてくる。
「くっ………」
悔しげに二人の方を見たハチマンの視界の隅に、ユウキが映った。
「あああああ!そうだ、ユ、ユウ!」
「あ、ボクは別にいらないよ、これがあるからね」
ユウキは自身の愛剣『セントリー』が気に入っていた為、即座にそう断り、
ハチマンは万策尽きたとばかりにその場に蹲った。
「く、くそ………」
「その様子だと、断られたようじゃの」
「………はい、拒否されました」
「ならば是非もなし、我が愛はそなたの物じゃ、言祝ぐがよい」
「………身に余る光栄、全力で事に当たる所存であります」
「うむ」
レイヤは満足そうにそう頷き、微笑んだ。
「では妾は行く、次に会った時に、良い知らせが聞けるものと期待しておるぞ、ハチマンよ」
「ははっ!」
そのままレイヤは鷹の羽衣の効果なのだろう、
立派な鷹の姿となり、どこかへと飛び去っていった。
さすがのハチマンもそう来るとは思っていなかったらしく、びっくりである。
他の者達も、その変化の見事さに感心したような声を上げる。
だがそんな一同の目の前で、鷹が急に向きを変え、こちらに戻ってきた。
「お?」
「何だろ?」
「忘れ物?」
「まあある意味当たっていると思うわ、おそらく言い忘れた事があるのでしょう」
先ほどレイヤが何か言いかけていたのをしっかり見ていたユキノがそう言い、
その推測通り、鷹から再び人へと戻ったレイヤが、ハチマンに向けてこう言った。
「そうじゃそうじゃ、一つ言い忘れておった」
「あっ、はい」
「実はこの地に今、ヘパイストスという者が訪れておる」
「鍛治神様がですか?」
さすがにこのクラスになると超有名な為、ハチマンはその権能まですぐに思い出せた。
「かの地の神は敵だと伺っているのですが………」
「あ奴は別じゃ、あの者は神界の勢力争いには興味が無いでな」
「なるほど」
「それでじゃ、そなたが望むのなら、妾がかの者に頼んで、
レーヴァテインを短剣にしてもらっても良い」
(そういう流れか!)
「宜しくお願いします!」
ハチマンはその申し出に飛びついた。
「うむ、言いたい事はそれだけじゃ、では達者での」
「ははっ、お心遣いに深く感謝致します!」
今度こそレイヤは本当に去っていき、ハチマンは仲間達に疲れた笑顔を向けた。
「どうやらそういう事らしい。まったくもっと早くに言ってくれればな」
「ハチマン君、
その事を伝えようとしてくれていたと思うわ」
「え、そうなのか、それは気付かなかったな」
ユキノの言葉の前半については既にそうだろうと思っていたのか、
ハチマンは何も突っ込まなかった。
「有名な女神、フレイヤ様の寵愛を得た気分はどう?」
ここでシノンがそう被せてきた。その目は再びジト目に戻っている。
「寵愛とか言うな、相手はNPCだぞ、そんな事あるはずがない」
「オンリーワンなクエストっぽいじゃない、本当にそう思ってる?」
「う………」
ハチマンは反論出来ず、押し黙った。
「ま、まあALOは健全なゲームなんだ、クエストもちゃんとその範囲で収まるだろ」
「確かにそうかもだけどね」
シノンはそう言って肩を竦め、ハチマンの言葉を肯定した。
どうやら先ほどの言葉は、単にハチマンに一言嫌味を言いたかっただけのようである。
「あ、あの、あの方は、フレイヤさんなんですか?レイさん改めレイヤさんじゃなく?」
その時ピュアがそう尋ねてきた。
「さっきレイヤが言ってたブリシンガメンってのは、
北欧神話の女神フレイヤが持っているとされる首飾りの名前なのよ」
「なるほど、そうなんですね」
「多分最後の封印が解けたら、今度はフレイヤと名を変えるんだろうな。
しかしなぁ、よりによってフレイヤかぁ………」
そのハチマンの呟きがとても嫌そうだった為、
ピュアのみならず、ユキノ以外の女性陣も、みな首を傾げた。
「凄く嫌そう………」
「フレイヤってどんな女神なの?」
「そうだな、貞操観念がぶっ壊れてるランみたいな女神だぞ、ユウ」
「ランも結構壊れてると思うけど、ぶっ壊れってどういう風に?」
「要するに手当たり次第って感じなのよ」
ユキノがそう補足し、他の女性陣は目を丸くした。
「ハチマン様、そうなんですか?」
「ああ、俺の知る限りはそうだな」
「エ、エッチなのはいけないと思います!」
ピュアが顔を真っ赤にしながらそう言い、ウズメがからかうようにピュアに言った。
「はいはい、ピュアと正反対正反対」
「ウズメさん、からかわないで下さい!」
ピュアはそう言いながら、目をバッテンにしてウズメをポカポカと叩いた。
その姿は昭和のマンガテイストに溢れている。
「まあ大丈夫だ、もらう物をもらったら尻尾を巻いて逃げ出すからな」
「女神相手に逃げ切れるの?」
シノンが肩を竦めながらそう言い、ハチマンは目を逸らしつつこう答えた。
「ま、まあ最悪リアルに逃げるから」
「それで逃げ切れればいいわね」
それでこの話は一先ず終わりとなり、ハチマンは他のチームに、
スルーズとベルという巨人の情報が入ったら教えてくれと、連絡を回した。
「さて、これで良しっと。それじゃあ探索を続けるとするか」
「そうね、そうするとしましょうか」
それから一同は他のチームと連絡を取り合い、未知のエリアを中心に色々回ってみたが、
結局この日はスルーズとベルについて、何の情報も掴めず、特に新しい発見も無かった。
「………まあいきなり見つかるはずもないよな」
「そうそう、ドンマイだよハチマン」
「まあ気長にいきましょう」
仲間達に慰められながら集合場所に戻ると、
そこには既に、アスナチームとサトライザーチームが戻ってきていた。
「あっ、ハチマン君、美人の女神様に言い寄られて鼻の下を伸ばしてたんだって?」
アスナにそう言われ、ハチマンはじろっとシノンに目を向けた。
「………何で私の方を見るのよ」
「そういう事をアスナに言うのはお前しかいないからだよ」
「チッ、勘のいいガキは嫌いよ」
「お前、よくそのネタを知ってたな」
「ダル君に教えてもらったの」
「またあいつか………」
アスナはそんなハチマンの頬に手を添え、自分の方を向かせた。
「………で?」
「もちろんそれはシノンの冗談だ、アスナなら信じてくれるよな?」
「ふふっ、実はとっくに知ってた」
アスナはそう言って笑い、ハチマンの頬を優しく撫でた後に手を離し、
今日何があったのか、ハチマンに話し始めた。
「こっちは基本、おつかいクエストだったんだけどさ」
アスナが言うおつかいクエストとは、
いわゆるNPCにどこにいけ、何を取って来いと指示され、
あちこち走り回る事になるクエストの事である。
「ほう?」
「で、出てきた武器の名前がティルフィングとフラガラッハ」
「有名どころだな」
「だよね、まあこのまま進めてみるよ」
「ああ、頼むわ。サトライザーはどうだった?」
「こっちはウコンバサラとムラサメって名前が聞けたかな」
「確か斧だったな、それに日本刀か………」
ハチマンは、エギルとクラインの顔を思い浮かべながらそう言った。
「初日でそれだけ情報が出てくれば上等か」
「うん、まあそうだね」
「それにしてもキリトの奴、遅いな………」
ハチマンはキリトに連絡してみようとコンソールを開いたが、
そのタイミングでキリトが戻ってきた。
「お~い!」
「お、戻ってきたな、キリト、何か収穫はあったか?」
「おう、『氷宮の聖剣』っていうクエストが発生したよ。
多分これが、エクスキャリバーの取得クエストだ!」
キリトはそう言って、ハチマンにニヤリと笑いかけたのであった。