ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1099話 ユージーンと巨人

 ヴァルハラが順調に攻略を進めていたその頃、

ユージーン、サクヤ、アリシャの三人による合同チームは、

ハチマンからのメッセージを受け、困惑していた。

 

「それではこのクエストはフェイクだと言うのか?」

「道理でヴァルハラのみんなの姿が見えない訳だよね………」

「ううむ、で、正しいルートに進むには、この『ジャイニール』を俺達の手で倒せと………」

 

 今でこそヴァルハラのメンバー達は、

人目につく街やフィールドを忙しそうに飛び回っているが、

少し前までは全くその姿を見せていなかった。

それは当然狩り場に篭っていたからであり、ユージーン達も一応気にかけてはいたのだが、

自分達の狩りが忙しすぎた為、連絡する余裕が全く無かったのである。

その為今回の件は、彼らにとってはまさに不意打ちのようなものであった。

 

「ううむ………」

 

 特にユージーンはサクヤやアリシャに無断で独自に名前をつけるほど、

パートナーの巨人に愛着を持っており、この連絡の重要性を理解しつつも、

ジャイニールと名付けたその巨人を倒す事にかなり躊躇いを感じていた。

 

「ハチマンが嘘を言うはずはない、それは分かってるんだ。

だがここまで育ったジャイニールを俺の手で倒す?正直そうはしたくない、ないんだが、

だがそれでも倒さないと、シナリオを正しく進める事が………」

 

 ユージーンはぶつぶつと呟いたまま頭を抱えていた。

 

「ユージーン、おい、ユージーン」

「どうしちゃったんだろ………」

「ううむ………」

 

 その為ユージーンは、自分を呼ぶサクヤとアリシャの声にも反応しない。

 

「本当にどうしちゃったのこれ?」

「さあ………」

「ジ、ジンさん、あの………」

 

 そんな中、二人と同じくその行動の意味が分からないカゲムネが、

首を捻りながらユージーンに声をかけようとしたが、それはサクヤが止めた。

 

「カゲムネ、とりあえずユージーンは放っておこう。

ユージーン抜きでも、私達はやるべき事をやらねば」

「あっ、はい、そうですね。せっかくハチマンさんが教えてくれたんですしね」

 

 そして尚もぶつぶつ呟きながら葛藤するユージーンのすぐ後ろで、

サクヤとアリシャが、大声で仲間達に向けて叫んだ。

 

「総員、攻撃開始!」

「放て!」

「何っ!?」

 

 慌てて振り向いたユージーンの目に、

仲間達から全力攻撃を受けるジャイニールの姿が映し出された。

他の者達は特に巨人に愛着を持っていなかったのか、まったく容赦がない。

 

『VVVVVOOOOOOO!』

「相手はかなり育っているが、ひるむな!とにかく攻撃だ!」

「な、ななななな………」

 

 呆然とするユージーンの目の前で、あくまでユージーンの主観であるが、

ジャイニールは仲間に裏切られて呆然としたような表情をした後、

いいよ、殺れよ、風に自嘲したような顔でふっと笑い、微笑んだまま呆気なく四散した。

サクヤとアリシャはハイタッチをかまし、

部下であるサラマンダー軍の者達も、手を取り合って歓声を上げていた。

 

「ジャ、ジャイニールうううううううう!」

 

 そんな中、ユージーンはそう叫びながら、

少し前までジャイニールが立っていた場所に走っていった。

 

「ぐっ、くううぅぅうぅぅぅうぅぅ………」

 

 そしてユージーンは、その場でポロポロと涙を流し始めた。

その脳裏には、これもあくまでユージーンの主観だが、

ジャイニールがユージーンと肩を並べて邪神族を倒し、こちらにニカッと微笑んでくる姿や、

負傷したユージーンを庇って仁王立ちする姿、

そして絶対にありえないのだが、酒場で一緒に酒を酌み交わしながら、

いつかハチマンやキリトを倒して真なるセブンスヘブンになろうと、

共に誓い合う姿などがぐるぐると回っていた。

 

「う、うぅ………ジャイニール、ごめん、ごめんな………」

 

 ユージーンはそのまま泣き続け、サクヤ、アリシャ、カゲムネの三人は呆気にとられた。

 

「カゲムネよ、ユージーンは本当にどうしたんだ?」

「さあ………」

「お~いユージーン君、クエストが変化したのを確認したから、狩りを再開するよ~?」

 

 そのアリシャの声に反応したのか、ユージーンがゆらりと立ち上がった。

その目は完全に据わっており、手には魔剣グラムがしっかりと握られている。

 

「ユージーン君………?」

「ジンさん?」

「お、おい、ユージーン?」

 

 不気味な緊張状態の中、いきなりユージーンが動いた………サクヤ目掛けて。

 

「貴様!」

「なっ………」

 

 いつも冷静なサクヤも、ユージーンがいきなりそんな行動に出るとは夢にも思わず、

咄嗟に武器を取る事も出来ずに棒立ちとなった。

 

「ちょ、ジンさん!」

 

 ここでカゲムネが、サクヤを庇うように盾を構え、仁王立ちした。

 

「馬鹿者、こっちだ!」

 

 ユージーンはカゲムネに向けてそう怒鳴り、そのままサクヤの横を通り過ぎる。

 

「えっ?」

「ユージーン?」

「ケルベロスだ!」

 

 そしてユージーンは、

今まさにサクヤ目掛けてその爪を振り下ろそうとしていた、ケルベロスの攻撃を止めた。

 

『ぐぬ、我が攻撃を止めおるか』

「うわっ、いつの間に?」

「ど、どこから現れたんだ?」

「まさか上から?」

 

 三人はハチマンからケルベロスについての情報も聞いていたのだが、

さすがにこのタイミングで襲ってくるとは予想外であった。

だがそれも仕方ないだろう、少し前まで彼らはケルベロスと同じ陣営に立っていたのだ。

すぐに意識を変えろというのは酷な話である。

 

「お前達、さっさと戦闘体勢をとれ!」

 

 ケルベロスと単身斬り結びながら、驚きのあまり固まったままの三人に向け、

ユージーンがそう怒鳴りかける。

それで覚醒したのか、カゲムネがユージーンを庇うように前に出て、

サクヤとアリシャも慌てて部下達に指示を出し始めた。

 

『チッ、裏切り者を仕留めそこなったわ、妖精騎士め、邪魔しおって!』

「ハッ、これでも序列一桁なんでな、お前ごときに仲間をやらせはせん!」

『フン、先ほどは泣きわめいていた癖に、

腐っても妖精騎士の中では最上位の一角という事か………』

 

 ユージーンはカゲムネに防御を任せ、横合いから攻撃し続ける。

逆側からは弓、魔法銃の遠隔攻撃を中心に攻撃が開始され、

魔法使い達はサクヤの指示で、攻撃魔法の詠唱を開始した。

サブタンク達と前衛陣は、ケルベロスを逃がすまいと後方を塞ぎにかかる。

 

『グヌ、厄介な、思ったより統率がとれておるわ………』

 

 ケルベロスはこのままだと不利だと思い、飛び上がって空中で戦うべきか迷ったが、

思ったより遠隔攻撃使いが多いようなので、とりあえず現状を維持する事にした。

 

(まあ手はある、とりあえずあの手強い妖精騎士を最初に排除しておくか)

 

 そう考えたケルベロスは、スッと後ろに下がった。同時にその七本の尻尾を逆立てる。

その尻尾が赤い光を放ち、ケルベロスを中心として、周囲に火柱が立ち上がった。

 

「うおっ」

「何だ!?」

 

 その柱はぐるぐると回転しながら広がっていき、触れた者に大きなダメージを与えていく。

タンクとして成長したカゲムネは、そのダメージをスキルで軽減させる事に成功したが、

その横でグラムを振るっていたユージーンのHPゲージはガクンと減った。

そんなユージーンにサクヤが慌ててヒールを飛ばそうとしたが、

そんな事はさせないとばかりに、ケルベロスがユージーンに突撃する。

 

「くそっ!」

 

 ユージーンは眼前に迫り来るケルベロスを迎撃しようとした。

ユージーンの攻撃を防ごうと振り上げられたケルベロスの爪を、

だが魔剣グラムはその能力によって透過していく。

 

「もらった!」

 

 当然ユージーンは、敵が慌てて回避しようとするという前提で、

攻撃の為に、ドン!と強く一歩を踏み出したが、

まさかのまさか、ケルベロスはグラムの刃に貫かれる事を厭わず、

そこから更に一歩、ユージーン目掛けて踏み込んできた。

 

「なっ………」

 

 ユージーンの脳裏に、かつてキリトに言われた言葉が浮かび上がる。

 

『というかユージーン、もう魔剣グラムに頼るのはやめた方がいいんじゃないか?

その剣は利点も多いが今見たいな欠点もあるから、絶対にいつか致命傷になるぞ』

 

 ユージーンはその言葉に対し、真面目に考えると答えたのだが、

忙しさにかまけてその事については完全に放置してしまっていた。

そのツケが今ここできた。

プレイヤー相手なら、おそらく相打ちには持ち込めたと思われるが、

今戦っている相手はボスクラスの魔獣、ケルベロスの第三形態である。

そのHPはプレイヤーであるユージーンとは比べ物にならない程多く、

ケルベロスも確かにいいダメージをくらったが、それは致命傷になど当然なるはずもなく、

攻撃を仕掛けたユージーンの方が、致命的なダメージをくらう事となった。

具体的には、グラムを持つ右手を肩から食いちぎられたのである。

 

「ジンさん!」

 

 カゲムネがユージーンとケルベロスの間に割って入ろうとしたが、

決して素早い訳ではないカゲムネの移動速度では間に合わない。

他の者達もユージーンを救おうと、ケルベロスに攻撃しようとしたが、

ユージーンとケルベロスの距離が近すぎる為、遠隔攻撃や魔法の類は使えない。

そして近接アタッカー達は、先ほどの炎の柱で大ダメージをくらっており、

慌ててケルベロスから距離をとった為、近くには誰もいない。

 

「サクヤちゃん、早くヒールを!」

 

 アリシャが焦った声でそう叫んだが、サクヤは当然既に詠唱に入っている。

だがサクヤはユージーンの受けた大ダメージを一気に癒そうと強力な治癒魔法を唱えており、

その分詠唱が長い為、魔法の発動にはあと五秒くらいは必要になってしまうのだ。

その発動よりも前に、ケルベロスの攻撃は確実にユージーンに届いてしまう。

ユージーンの命はまさに今、風前の灯火となっていた。


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