ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1100話 共闘

 ケルベロスの牙が目前に迫った時、ユージーンは諦めるかのように黙って目を閉じた。

その耳にはアリシャの焦った声や、サクヤが魔法を唱える声、

そしてカゲムネが必死にこちらに走ってくる、鎧のガチャガチャいう音が聞こえてくるが、

助けが間に合わない事はもはや確定的であり、ケルベロスの攻撃力を考えると、

その牙が自分に届いた瞬間に、HPを全て消し飛ばされる可能性が極めて高い。

 

(俺が死んだ後の仲間達の事が一番心配だ………この犬畜生は確かに強い)

 

 だが結果として、ユージーンに死は訪れなかった。

仲間達の中に、一人だけ間に合ったプレイヤーがいたのだ。

そのプレイヤーはケルベロスの顔面に思いっきり剣を叩きつけ、

その攻撃をユージーンから逸らす事に成功した。

さすがのケルベロスも思ってもいなかった奇襲にたたらを踏み、

その隙をついてそのプレイヤーは、ユージーンの襟首を掴んで豪快に後方に投げ飛ばした。

 

「うおっ!」

「おいこらユージーン、簡単に諦めてるんじゃないよ!」

「ビ、ビービー!」

 

 そのプレイヤーは、まさかのビービーであった。

 

 

 

 この数週間前の事である。

ビービーはZEMALのメンバー達にALOのイベントの事を話し、

もし良かったらコンバートして参加してみないかと尋ねたのだが、

色よい返事はもらえなかった。

 

「女神様、すんません、魔法銃にマシンガンがあれば参加したんですが………」

 

 このシノハラのセリフが不参加の理由の全てを物語っている。

こうしてビービーは今回のイベントに、一人で臨む事になったのだが………。

 

「はぁ?二万匹討伐?そんなの無理に決まってるじゃない!」

 

 クエストの噂を聞き、自分でも確認したビービーは、正直困っていた。

邪神広場の噂も聞いていたが、ギルド単位での参加が推奨であり、

ソロプレイヤーが討伐チームにずっといさせてもらう事など不可能に近い。

 

「どうしよう………」

 

 時には汚い事も平気でやったが、

常に強気で前だけを向いてここまでやってきたビービーにとって、

今回のイベントは高い壁として立ちはだかった。

 

「はぁ………」

 

 ビービーは落ち込む気持ちを抑えられず、

気分転換にモブが出現しない二十二層まで足を伸ばし、

川べりに広がった草原の真ん中で寝転びながら、

どうしたものかと深いため息をついていた。

その時たまたまその横を通り過ぎる団体がいた、ヴァルハラである。

 

「………あれ、ビービー?こんなとこで何してんの?」

 

 ALOのビービーの見た目を知っている者はヴァルハラのメンバーの中でも限られている。

その限られたメンバーの一人であるフカ次郎が、たまたまこの時一行の中にいた。

 

「………フカか、気分転換よ、悪い?」

「いや、別に悪くない。ってかそれなら私達と一緒にピクニックに行こうぜ、ピクニック!」

「………はぁ?」

 

 こいつは一体何を言ってるんだと思ったビービーだったが、

直後にハチマンに、こちらも気分転換だと言われ、一緒に来ないかと誘われた。

その誘いを無碍に断るのも憚られた為、ビービーは渋々とその申し出を受け、

ハチマン、フカ次郎、アスナ、リオン、ナタクという珍しいメンバーに同行する事となった。

 

「………で、今日は何でピクニック?」

「いやぁ、最近料理に凝っててさ、リオンと一緒にアスナに教えてもらってて、

ナタク君に調理器具も作ってもらって色々な料理にチャレンジしてたんだけど、

リーダーにその成果を見てもらえる事になって、

せっかくだからちょっと足を伸ばしてピクニックに来たと、まあそんな訳」

「ふ~ん、楽しそうでいいわね」

「おうともよ!」

 

 そんなビービーに、横からハチマンが話しかけてきた。

 

「おいビービー、こいつらの料理にお世辞なんか言わなくていいからな、

まずかったらまずいとハッキリ言ってやってくれ」

「ええ、分かったわ」

「むぅ、リーダー、ひどい!」

「絶対に美味しいって言わせてやる………」

 

 そのハチマンのビービーに対する言葉に、フカ次郎とリオンは頬を膨らませた。

ちなみに料理の味は普通であり、一緒に出されたアスナの料理の味と比べると平凡だった。

だがまずいという事はなかった為、ビービーは素直に二人にその事を伝え、

それでも二人が大喜びしてくれた為、思わず頬を緩ませる事となったのだった。

そしてその流れでハチマンに、何か困ってるんじゃないかと尋ねられ、

何となく現状を伝えたところ、ハチマンがユージーン達に直接話をしてくれ、

このイベント中だけ古巣に戻る事になったと、まあそんな訳なのであった。

 

 

 

「カゲムネ、そいつを抑えな!」

「はい!」

 

 ビービーが即座にそう指示を出し、カゲムネはその言葉に素直に従った。

カゲムネは昔、ビービーに戦闘について色々教わったりしていた為、

ビービーの事は姉貴分として立てているのである。

 

『くっ、女、よくもやってくれたな!』

「フン、それはこっちのセリフだね。

うちの頭を取られそうになったんだ、ただじゃおかないよ!」

 

 ビービーはケルベロスに対し、威勢のいい言葉で応酬したが、

実はこれはビービーの戦術の一環である。

判断力に優れるビービーは、敵の力量を正確に把握しており、

強力なタンクが一枚しかないこの状況でケルベロスが無差別攻撃を始めたら、

ユージーンを欠いた今の状態では味方が総崩れになる可能性が高いと予測していたのである。

なのでビービーは出来るだけケルベロスを挑発し、自分に対して敵対心を向けさせる事で、

ケルベロスの攻撃をカゲムネが防ぎやすいように戦場をコントロールしようとしていたのだ。

その狙いが功を奏したのか、今のところケルベロスがそういった攻撃に出る気配はない。

 

『くそ、貴様も邪魔をするな!その女を殺させろ!』

「そんな事させるか馬鹿犬が!」

『何だと!?貴様ああああ!』

 

 カゲムネはケルベロスの通常攻撃を本当によく防いでいた。

そして先ほどの言葉がケルベロスに対するナイスな挑発になり、

今やケルベロスはカゲムネばかり攻撃するようになっていた。

 

「ナイスだカゲムネ、本当に頼り甲斐がある男になったね」

「あざっす!」

 

 カゲムネはビービーに褒められた事でテンションを高くし、その動きにキレが増していく。

 

「どうやら大丈夫そうだね………」

 

 ビービーはカゲムネの動きを見ながらそう呟くと、一旦後方に下がった。

後方には無事にサクヤからヒールをもらえたユージーンが悔しそうに蹲っていたが、

まだその右腕は復活していない。

 

「ビービー、正直助かった、恩にきる」

「なぁに、拾ってもらった分、礼として働いただけだって」

「それでもだ、ありがとう」

 

 ビービーはそんな風にユージーンにお礼を言われるのは初めてだった。

この二人は昔からいがみあってばかりいたからだ。

そしていざこうしてその初めてを体験する事になったビービーの気分は………悪くなかった。

だがその気分の良さを気恥ずかしく思ったビービーは、

わざとぶっきらぼうな態度でユージーンにこう言った。

 

「とりあえずあたしが支えとくから、出来るだけ早く助けに来なよ」

「ああ、心得た」

 

 そしてビービーはケルベロスに向かって突撃していった。

その動きはまさに一流の近接アタッカーの動きだったが、

超一流のユージーンと比べるとやはり何枚か落ちる。

更にケルベロスが先ほどの炎の柱による攻撃を連打し始めた為、

形勢は徐々に三ギルド連合に不利になっていった。

 

「くそっ、自分の不甲斐なさに腹が立つな………」

 

 イラついたようにそう呟いたユージーンの目に、

凄い速度でこちらに近付いてくる黒い影が映った。

 

「むっ、あれは………」

 

 それは遠目に見ると、ケルベロスによく似たフォルムをしており、

ユージーンは、すわ敵の援軍かと焦りを覚えたのだが、

味方にその事を伝える暇もなく、その影が大音声を発した。

 

『駄犬め、遂に見つけたぞ!』

『げっ………フェンリルか!』

 

 こちらに対して一匹で優勢に戦いを進めていたケルベロスだったが、

ユージーンはこの時、ケルベロスが逃げ腰になった事を確信した。

何故それが分かったかというと、実に簡単な理由である。

ケルベロスがその七本の尻尾を、全部自分の股下に潜らせているからだ。

ケルベロスはフェンリルが最初から自分の最終段階と同じ強さを誇っている事を知っており、

ユージーン達もいる以上、こちらが形勢不利だと即座に判断したのである。

 

『ふん、貴様の相手はまた今度だ!』

『逃げるのか、臆病者め!』

『挑発には乗らん、()()お前の方が我より強いからな!』

 

 フェンリルはケルベロスを煽ったが、ケルベロスは冷静にそう返事をした。

 

『ではさらばだ!』

 

 ケルベロスはそう叫ぶと、後ろ足にグッと力を入れ、

フェンリルがいない方向………正面に向かって思いっきり飛んだ。

その前足は宙を踏みしめ、その体がどんどん上昇していく。

 

「させん!」

 

 その時下から剣光が一閃し、ケルベロスの尻尾が一本斬り落とされた。

 

『何っ!?』

 

 それをやったのは、このタイミングで丁度復活したユージーンである。

彼が後方に下がっていた事が、ここでは大きくプラスに働いた。

他の者だったら、ケルベロスの尻尾を斬り落とす事は不可能だっただろう。

 

『くっ、くそおおおおお!』

 

 ケルベロスは苦渋に満ちた叫び声を上げ、同時にその体が急激に下降してくる。

どうやら尻尾が七本全て揃っていないと、宙を走る能力が無くなってしまうようだ。

 

『ま、まさかお前ごときに!』

 

 ケルベロスはそのまま地面に落下し、頭から地面に突っ込んだ。

 

「ふん、ざまあみろ」

 

 ユージーンはケルベロスを睨みつけながらそう言った。

そのチャンスを逃さずにフェンリルがケルベロスに追いつき、

もう逃がさないとばかりにその前に仁王立ちをする。

 

『妖精騎士よ、よくやった!』

 

 そこからフェンリルとユージーン達による総攻撃が開始され、

体勢を立て直す間もなくケルベロスはどっとその場に崩れ落ちたのだった。


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