ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1101話 九尾

「うおおおお!」

「やったぜ、ジンさん!」

『妖精達よ、よくやってくれた』

 

 フェンリルを含め、その場にいた者達から大歓声があがる。

 

「みんな、よく持ちこたえてくれた、

そして手助けしてくれたフェンリル殿に心からの感謝を!」

 

 ユージーンは仲間達に向けてそう叫んだ。

この勝利は自分だけの手柄ではないと公言した形である。

 

「腕はなまっちゃいないみたいだね」

「いや、それはどうかな………」

 

 ビービーにも賞賛されたユージーンは、難しい表情をしながらそう答えた。

今回は運良く結果を残せたが、

その内容は、決して褒められたものではないと思っているからだ。

 

「何だい、随分弱気じゃないか」

「いや、自分がどれだけグラムに頼りきりだったのか、

これまでの自分を殴ってやりたい程、今回は思い知らされたからな」

「ふ~ん?」

 

 ビービーはよく分かっていないようだが、

これは特殊能力のある剣を持つ者にしか分からない感覚だろう。

とはいえ三ギルド連合にとっては久々に胸のすくような勝利であり、

場は戦勝ムードに包まれ、かなり盛り上がっていた。

そんな中、フェンリルはじっとケルベロスの死体を見つめている。

それに気付いたユージーンはフェンリルに近付いた。

 

「フェンリル殿、何か気がかりでも?」

 

 そう問いかけてきたユージーンに、フェンリルは死体から目を離さないまま答えた。

 

『うむ、実はこやつは、もう一段階変身するはずなのだ』

「そうなのですか!?」

『ああ、そうなると今の我と互角になる。だが変身直後は弱っているはずなので、

このまま滅ぼしてしまおうと思っているのだが………』

「そういう事でしたか………おい、お前ら、この………」

 

 ユージーンは仲間達に警戒するように伝えようとしたが、

その会話が聞こえたのか、その時ケルベロスの死体がぶるっと震えた。

 

『むっ』

「今のは!?」

 

 次の瞬間、ケルベロスの死体から真っ黒な煙が噴き出した。

 

『うおっ!』

「何だ!?」

 

 その時死体の一番近くにいたはずの、カゲムネの叫び声が聞こえてくる。

 

「ジンさん、毒だ!」

「何だと!?」

「後退だ、下がれ!」

 

 その声に仲間達が慌てて後退る。

 

「サクヤちゃん!」

「うむ!」

 

 サクヤは慌ててカゲムネに治癒魔法をかけ、カゲムネの毒状態が解除される。

 

「他に毒状態になった者はいないか!?」

「ヒーラーはすぐに解毒を!」

 

 その僅かな混乱状態の中、その隙を突くように、黒い煙の中からケルベロスが飛び出した。

ケルベロスは一目散に奥の通路へと駆け込んでいく。

 

『ぐぬ、待て駄犬!』

『フン、ここは一旦引いといてやる!フェンリル、そして妖精共よ、

我の体力が戻った時がお前らの最期だと思え!』

 

 復活したケルベロスの尻尾は九本に増えていた。

その尻尾がぶわっと広がり、追撃しようとしたフェンリルの目の前に、炎の壁が立ち上がる。

 

『ふん、こんなもの!』

 

 フェンリルはその壁に突っ込み、多少のダメージをくらいながらもそのまま突破した。

フェンリルはそのまま凄い勢いでケルベロスを追撃していき、

別れを告げる暇もないままこの場にはユージーン達のみが残された。

 

「むぅ………」

「行っちゃったね、どうする?私達も追いかける?」

「いや、やめておこう、まだ俺達も傷ついているし、何より追いつける気がしないからな」

「まあ確かにそうだね」

「とりあえず広場の入り口まで下がろう、ここだと沸いた敵に攻撃される可能性がある」

「って、もう遅いかも?」

 

 サクヤのその提案は少し遅かった。一同の周囲に邪神族が何匹か、沸き始めたのだ。

だが邪神族は先ほどまでとは違い、こちらに攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 

「えっ?あれっ?」

「そうか、クエが書き変わったから………」

 

 そして邪神族の一匹が、まるで心配するかのようにユージーンに近付いてきて、

その体に触手を伸ばし、回復魔法を使ってきた。

 

「むっ………す、すまない、助かる」

 

 ユージーンはそうお礼を言い、その邪神族は、

気にするなという風にユージーンの腕を触手で優しく撫でた。

その瞬間にその邪神族がパーティに加わり、一同は歓声を上げた。

一方ユージーンは複雑な思いでその邪神族を眺めていたが、

やがて自嘲ぎみな表情でこう呟いた。

 

「先ほどまで敵だったはずなのに、憎めぬものだな………」

 

 そしてユージーンはサクヤとアリシャと相談し、

一旦戻って落ち着いた後、巨人を狩るのに適した狩り場を、

ヴァルハラに紹介してもらおうという事になった。

 

「それじゃ、とりあえずアルンに戻ろう!」

「ああ」

 

 帰り際、ユージーンは振り返り、何も無い地面に向けてぼそりと声をかけた。

 

「今までありがとな、ジャイニール」

 

 

 

 その頃フェンリルは、必死で逃げるケルベロスを追いかけ続けていた。

 

『待て、この臆病者めが!』

『フン、貴様は体力の戻らない我を倒してそれで本当に満足なのか?』

『ああ、もちろん満足だ、これで貴様を滅ぼせるからな!』

『くそ、取り付く島も無しか………』

 

 まったく話にならんと嘆息しつつも、ケルベロスには一つの勝算があった。

その為にケルベロスは今、とある場所に向かっているのである。

 

(もうすぐだ、あそこまで行ければ………)

 

 そして遠くに光が見えてきた。暗い洞窟から、開けた場所に到着したのだ。

 

『むっ、確かここは………』

 

 フェンリルは広場に出る直前に急制動をかけ、そこで足を止めた。

先行していたケルベロスは既に広場に入っているが、それを追う事はしない。

何故ならこのまま広場に出るのはとてもリスクが高いと知っているからである。

 

『しまった………仕方ない、ここは撤退だ』

 

 フェンリルはそのまま追撃を諦め、くるっと引き返していった。

一方ケルベロスは、広場に出た後、そこでホッと一息ついていた。

何故ならその場が多くの味方のプレイヤーで溢れかえっていたからだ。

そう、ここは邪神広場であり、ケルベロスは何度かこの広場に姿を現し、

突発的なお助けキャラ的な扱いで、プレイヤー達に親しまれていたからである。

ケルベロスはダメージをくらっている事はおくびにも出さず、

えらそうな態度でプレイヤー達に声をかけた。

 

『お前達、調子はどうだ?』

「明日で目標を達成出来そうです!」

「ケルベロスさん、いつもありがとうございます!」

『うむ、励めよ』

「はい!」

 

 ケルベロスはプレイヤー達にそう声をかけながら、さりげなく移動し、

フェンリルがいつ広場に突っ込んできてもいいように、

プレイヤーを盾にするような位置に回り込んでいた。

だがいつまでたってもフェンリルが現れない為、どうやら撤退したようだと安堵していた。

 

(よし、上手くいったようだ。後はここで狩りの手伝いをして、体力を………)

 

 ケルベロスのHPは時間経過の他に、敵を倒す事でも回復する為、

ケルベロスはそのまま狩りを手伝い、すぐに万全な状態に戻る事が出来た。

丁度その頃に、狩りに参加していたプレイヤー達もその日の活動を終え、撤退し始めた。

 

『それでは我も行く、さらばだ!』

 

 ケルベロスはそのまま別の通路の奥に向かい、

日ごろから人が来ない、ねぐらにしている広場の片隅に横になったのだった。

 

 

 

 そしてケルベロスの乱入を受けつつも、今日の狩りを無事に終えた邪神広場の者達は、

討伐数を一万八千まで伸ばし、遂にリーチがかかった事を喜び合っていた。

 

「長かったこのクエも、明日で終わりだな!」

「続きはどうなるんだろうな」

「随分経験値も稼げたよなぁ」

「よーし、あと一日頑張ろうぜ!」

 

 そんな盛り上がりの中、街に戻った後、一部の者達が今後の事について話し合っていた。

 

「シグルドさん、それじゃあ………」

「ああ、明日の狩りは独自で行う。クエストを達成したら旗揚げだ」

「ついにっすね!」

「ああ、ヴァルハラ、アルヴヘイム攻略団に対抗する、第三勢力に俺達がなるぞ」

「ハゲンティとオッセーはどうします?」

「カモフラージュの為にこちらと七つの大罪を行ったり来たりさせていたからな、

討伐数が中途半端になってしまったか………」

「俺達なら大丈夫っす、クエはクリア出来ませんが、そのままこちらに参加します!」

「そうか、すまないな」

 

 そして話し合いを終えた後、ハゲンティとオッセーはひそひそと会話を交わしていた。

 

「おい、どうする?」

「とりあえず兄貴に報告だな、まだいるみたいだし」

「ついでに姉御にも連絡を入れるか」

「だな、早くこの事を伝えないと」

 

 シグルドが立つその時は、刻一刻と近付いていた。




今週は何回かお休みするかもしれません、すみません!

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