一方ケルベロスは、フェンリルと壮絶な戦いを繰り広げていた。
遠くから見ると、紫と赤の光が交差しているようにしか見えないだろう。
あれだけフェンリルに駄犬扱いされていたケルベロスも、
自身の能力が最終段階に至り、フェンリルと正面きって戦えるまでに成長したようだ。
『我が
『ふん、そんなもの、我が炎に敵うものか!』
ケルベロスはその三つの口から炎を吐き、その炎が柱となってフェンリルに襲いかかる。
フェンリルはフェンリルで、自身に雷を纏わせ、
炎の柱に体当たりをする事でそれを打ち消すという荒業を繰り出していた。
『くっ、パワーは貴様の方があるようだな、だが貴様には空中戦は出来まい!』
そう言ってケルベロスは天高く舞い上がった。
少なくとも飛行能力に関しては、フェンリルよりもケルベロスの方が明らかに上である。
まあフェンリルの雷攻撃は上空にも有効なのだが、
好きに動かれると厄介な事は間違いない。
『ここから攻撃すれば、貴様など赤子の手を捻るようなものだ!』
そう叫び、ケルベロスが再び炎を吐こうとした瞬間に、
後方から矢と光る輪が飛来し、ケルベロスは慌ててそれを避けた。
『何だ!?』
「ふん、この私を見下ろしてるんじゃないわよ」
「この気円ニャンからは逃れられないニャ!」
『くっ、妖精共め、邪魔をするな!』
それは戦闘に介入し易くなった為、攻撃を開始したシノンとフェイリスであった。
ケルベロスは二人からの遠隔攻撃を避け続けていたが、
シノンは二本、三本と、同時に放つ矢の本数を増やしていき、
フェイリスも気円ニャンを二枚に増やし、それを器用に操る事で、
ケルベロスの行動可能範囲はどんどん狭くなっていった。
『くらえ!』
そこにフェンリルまでもが雷を飛ばす事によって、
ケルベロスはもう下以外に避ける方向が無くなった。
『くそっ!』
ケルベロスは仕方なく地上に降り、二匹の勝負は再び地上戦へと移行した。
それに伴いシノンとフェイリスからの攻撃も止まる。
『貴様、妖精なんかとつるみおって、プライドは無いのか!』
『これは異な事を、お前とて、味方の妖精達とつるんでおったはずだが?』
『あいつらを利用しているだけだ!貴様のように心を許したりはしてないわ!』
『………全く救いようがないな』
フェンリルはため息をつき、ケルベロスに牙を剥いた。
『ぬかせ!三度の死を乗り越えた我が力を思い知れ!』
ケルベロスは唸りを上げ、その九本の尻尾がぶわっと逆立つ。
その時遠くから悲鳴のようなものが聞こえてきた。
『な、何故だ!』
ケルベロスはその声にハッとした。
『キュクロプス様!?』
だがもちろん返事はなく、遠くからキュクロプスの悲鳴が連続して聞こえてくる。
『妖精ごときに!』
『い、今行きます!』
ケルベロスはそちらに駆け出そうとしたが、シノンとフェイリスがそれを許さない。
「行かせる訳がないでしょう?」
『小娘、邪魔をするな!』
「別に力ずくで通ってもいいのニャよ?出来るならニャ?」
フェイリスもそんなケルベロスを煽りに煽る。
『ええい、どけっ!』
『我の事も忘れてもらっては困る』
『くっ、フェンリルめ………』
ケルベロスはその場から動く事が出来ず、
遂に遠くから、キュクロプスの断末魔の声が聞こえてきた。
『こ、こんな、こんなはずでは………』
「マザーズ・ロザリオ!」
『よ、妖精め、妖精め!ぐおおおおおおお!』
『キュクロプス様あああああああ!』
ケルベロスが絶叫する中、遠くで何かが弾け、辺り一帯に光の粒子が降り注いだ。
『キュクロプス様………』
ケルベロスは呆然とし、直後に怒りに震えるケルベロスの尻尾が再び逆立った。
『貴様ら、絶対に許さん!』
『許してもらう必要があるのか?死に行くお前に』
フェンリルも毛を逆立て、歯を剥き出して好戦的な態度をとる。
『『死ね!』』
お互いシンプルな言葉を交わし、フェンリルとケルベロスが激突する。
その速度は凄まじく、さすがのシノンとフェイリスも全く介入する事が出来ない。
「どうする?」
「これは見てるしかないかニャ?」
「どっちが有利なんだろ?」
「これじゃあよく分からないのニャ………」
二人はキリトにフェンリルの事を頼まれた為、この山場ではどうしても加勢したかったが、
二人に介入出来るレベルの戦闘ではなかった為、戦闘の様子を油断なく見張り、
何かあった時にすぐ動けるように備えておく事しか出来なかった。
時々血のようなものも飛び散るが、二人にはどちらが負った怪我なのか、
早すぎて判断する事が出来ない。
二人は高速戦闘は別に苦手ではないが、さすがにこれは無理であった。
「よっ、お待たせ」
「キリト」
「キリニャン!」
そこにやってきたのは、ひと戦闘終えて満足そうなキリトであった。
二人の、特にフェイリスの呼び方に、キリトは少し嫌そうな表情をした。
「キリニャンな………」
「それよりキリト、これ、どうすればいいの?」
シノンが珍しく焦った表情でそう言ってくる。
あるいはここにハチマンがいたら、シノンはハチマンにいい所を見せようと、
この戦闘にも対応してしまったかもしれないが、残念ながらここにハチマンはいない。
シノンがその殻を破るのは、まだ先になるようだ。
「そうだな、まあやってみるさ。お~いユウキ!」
「あいよぉ!」
キリトはユウキを呼び、
二人は言葉を交わす事なくフェンリルとケルベロスが戦う脇に立った。
そして剣を構えた二人は、スゥ、と息を吸い、ピタッと止めた。
「「うおおおおおおおお!」」
そして二人は裂帛の気合いと共に、その手に持つ剣を、戦闘の真っ只中に突き込んだ。
『ぐはっ!』
悲鳴と共に戦闘が止まり、戦闘の土埃が収まると、
そこには血だらけになりながら肩で息を吸うフェンリルと、
二人の剣に見事に心臓の位置を貫かれたケルベロスの姿があった。
「やったニャ!」
「さっすが!」
「おお~!」
「よっ、千両役者!」
仲間達はそれを見て大喜びであった。
そしてケルベロスは、心臓からドクドクと血を流しながら弱々しい声で言った。
『よ、妖精王どもめ………』
『だから決着を付けると言っただろうが』
『くっ、断じて貴様に負けたのではないからな!』
そんなケルベロスにキリトとユウキが声をかける。
「今まで楽しかったぜ、さよならだ、ケルベロス」
「バイバ~イ!」
最後にユウキが軽い調子でケルベロスに手を振る。
ケルベロスはそんなユウキの態度に毒気を抜かれたのか、
それ以上何も言う事はなく、黙ってその場に身を横たえた。
そしてケルベロスは光の粒子となり、その場に一本の杖がゴトッと落ちた。
「これは………?」
「カドゥケウス、炎系の魔法の威力が上がるみたい」
「そうか、ならこれはユミーに」
「えっ、あ~し?」
「ああ、他にいないだろ」
「あ、ありがと」
ケルベロスのドロップアイテムである炎杖カドゥケウスは、こうしてユミーの手に渡った。
フェンリルはライバルがいなくなったせいか、
少し寂しそうな目でケルベロスの終わりを黙って眺めていたが、
やがて顔を上げ、キリトに頭を下げた。
『世話になったな、妖精達よ』
「なぁに、友達だろ?気にするなって」
そのフェンリルの言葉にキリトが鷹揚にそう答える。
『友達………友達か』
フェンリルは楽しそうにそう呟くと、ケルベロスと同じように、その場に身を横たえた。
『最後にハチマンにも会いたかったな』
「いきなりどうした?」
『我の役目は終わった、お主達と知り合えて本当に楽しかったぞ』
「フェンリル?」
『さらばだ、我が残った後に残ったアイテムはハチマンに渡してくれ』
「えっ?お、おい!」
『ハチマンにも宜しく伝えてくれ』
フェンリルはそう答えたのみで、そのまま光の粒子になって消えた。
「何でだよ………」
「多分そういう仕様になってたんでしょうね」
「もっと一緒に戦いたかったのになぁ………」
「残念だね………」
「フカ三郎!」
そしてキリトはその場に残された輪のような物を拾い上げた。
「フェンリルの王冠………」
それは素早さと移動速度が上がる、狼の意匠が施された鉢金のような物であった。
「必ずハチマンに届けるよ」
キリトは寂しそうにそう呟いた。
「そういえばキュクロプスは何か落としたのかニャ?」
「ああ、キュクロプス・ハンマーっていう片手槌だな、
これはどうも職人関係の効果もありそうだったから、とりあえずリズに渡しておいた」
「わお、それはいいわね」
一同はそのままフェンリルが横たわっていた場所に別れを告げ、
順番にこの場から離脱していった。
ケルベロスが倒れた位置に、その尻尾が一本残されていた事には、誰も気付かぬまま。