『むむ、増援か………』
「まあそういう事かな、これで私の役目も終わり」
『くっ、逃がすか!』
「私、これでもスピードには自信があるんだよね」
アスナはそう言ってあっさりとベルゲルミルの攻撃をかわし、
今まさに到着したハチマンと交代した。
「アスナ、交代だ」
「うん!」
そしてハチマンは、再びベルゲルミルと対峙した。
「ただいま」
『おう、お帰り………って、我らは普通に挨拶を交わすような仲ではない!』
「そりゃ残念だ」
ハチマンは人を食ったような言い方をし、一刀のままだった雷丸を、二刀に分けた。
『ぬっ、何の真似だ』
「どうやら俺がお前相手のタンクをやらないといけないらしくてな」
『タンク………だと?』
ユイユイがこちらに回っても良かったのだが、
ユイユイは既にスルーズゲルミルからの敵対心をかなり稼いでしまっている為、
おそらくハチマンがその敵対心を上回るには、かなりの時間がかかってしまうだろう。
なのでハチマンがこちらのタンク役を担当する事となる。
『一体何を………むっ、貴様ら………』
そこに仲間達が到着した。
「という訳でよろしくぅ!」
「お命頂戴!」
「先輩、私の格好いいところ、見てて下さいね!あっ、ごめんなさい!」
「イロハさぁ、その謝るの、もう完全にとってつけたみたいになってるよね?」
ハチマンはそう言うと、真面目な顔でベルゲルミルを睨みつけた。
「それじゃあラウンドツーを始めよう」
『貴様ら、気付いたのか!?』
「何にだ?親父を先に倒すと、その力がお前に流れ込んで、
お前が超絶パワーアップするって事にか?」
『な、何故それを!?』
「そりゃお前がさっき………いや、勘だ勘」
『妖精の勘、恐るべし………』
ハチマンはそこで会話を切り上げ、ベルゲルミル相手に攻撃的防御を開始した。
「おっと」
『くっ………』
「はい頂き!クリティカル!」
『ぐわっ………き、貴様ら………』
「はいもう一丁」
『何だと………』
「くらいなさい、私の華麗なるクリティカル!」
「はいは~い、先輩、私も私も!」
『ふざけるな!こんな、こんな………』
ベルゲルミルはAIではあるが、その高度さ故に、この戦闘に恐怖を感じていた。
敵の力量が自分より上、とかなら恐怖など抱くような事はないのだが、
この戦闘において、ベルゲルミルは先ほどから全くといっていいほど何も出来ていないのだ。
ハチマンに攻撃を放とうとすると、その攻撃は相手に届く前に弾かれ、
同時に飛んでくる敵の攻撃が、全てクリティカルとなってしまう。
ベルゲルミルは巨人族であり、その中でもかなり大型だ。
にも関わらず、敵はあんなに小柄でありながら、的確にこちらの攻撃を止めてくる。
これに恐怖を抱かない事など不可能である。
このままだとベルゲルミルは、何も出来ずに命を失う事になるのだ。
「相変わらず見事だよねぇ」
「だね、凄い安定感」
後方からそんな声が聞こえてくるが、ハチマンに全く余裕はない。
何しろ敵は凄まじく巨大であり、カウンターを取るにも、
こちらが全力で攻撃しないと力負けしてしまうのである。
仲間達の中ではアスナだけがその事に気付いており、
アスナは事故でハチマンが大きなダメージをくらう可能性もあると見て、
油断せずにじっとハチマンの挙動を観察していた。
『くそっ、くそっ!』
「うるせえ」
まるで動揺するかのように無茶苦茶に武器を振り回すようになったベルゲルミルを、
ハチマンはだが、落ち着かせようとしていた。
落ち着いて武器を振るってくれた方が、カウンターが取り易いからである。
「平常心を失ってるそんな状態じゃ、攻撃も当たらないだろ」
『うるさい、うるさい!』
(このままだとまずいな、思わぬ攻撃で事故るかもしれん。
それにしてもこいつ、AIの癖に人間臭すぎるな)
ハチマンは内心でそう考えながら、とにかく事故らないように、
ブリシンガメンを警戒して無理に突っ込まず、
そして無理にカウンターばかり取ろうともせず、
堅実な戦闘を心がけながら武器を振るっていた。
それが崩れたのはベルゲルミルの二本目のHPバーが削れた時である。
『ぐ、ぐぐぐぐぐ………』
いきなりベルゲルミルは蹲り、ハチマンは警戒するように少し離れた。
そして立ち上がったベルゲルミルの目は、灼熱したように赤く輝いていた。
「むっ」
『くらえ!』
ベルゲルミルはそう叫んで足を踏み鳴らす。
その瞬間にその足跡を中心に、周囲に円形の衝撃波が飛ぶ。
「うおっ」
「きゃっ!」
「こ、これは………」
その範囲内にいた味方がノックバックされ、後方でごろごろと転がる事となった。
「こりゃまた厄介な………」
ハチマンはどういうタイミングで敵が足踏みを行うのか、
足から目を離さないように気をつけていたが、
そのタイミングは一定ではなく、まったくのランダムのようで、
ハチマンはそこに法則性をまったく見出せなかった。
「しかも地面に足がついた瞬間に、ノータイムで衝撃波が飛んでくるんだよな………」
ハチマンだけではなく他の者達もそれに気付いており、
今は衝撃波の範囲外に避難している。イロハは一人気をはいているが、
このままだと戦闘が長期化し、下手をすると時間切れになってしまう。
「八人制限にしちゃ、難易度が高すぎるな」
こういう地味に長期戦にもつれ込む敵の方が、制限時間を考えると、実は攻略が難しい。
「ハチマン、どうする?」
「………足の筋肉の動きを読む、
それで俺が合図するから、その声が聞こえたら飛び上がってくれ」
「わ、分かった!」
クックロビンの質問にハチマンはそう答え、とにかく敵の足に神経を集中した。
そして他人には全く分からないタイミングでハチマンが叫んだ。
「今!」
その瞬間に敵に向けて走っていた近接陣が飛び上がる。
だがまだ慣れていないせいか、ランだけが遅れてしまい、衝撃波によって後方に飛ばされる。
「くっ………」
「大丈夫、ま~かせて!」
何のネタだろうか、クックロビンが中指を立てながらそう言うと、
そのままベルゲルミルに近接し、ソードスキルを叩き込んだ。
同じようにコマチもベルゲルミルにソードスキルを放つ。
『くっ』
ベルゲルミルが再び足踏みを行おうとしたが、どうやらクールタイムがあるらしく、
ベルゲルミルは実行する事が出来ず、その足はピクリとも動かない。
「いいぞ、ナイスだ!」
「ふふっ、大丈夫、ま~かせて!」
「だから何のネタだよ………」
ハチマンは呆れつつ、そんなクックロビンを頼もしいと思った。
どんな時でも楽しく戦えるというのは実に大事な要素だからだ。
「くっ、今度こそ………」
続けてハチマンが、今!と叫んだ時、ランは見事にその衝撃波をクリアした。
「さっきはよくも!花鳥風月!そして離脱!」
ランは大技を叩き込むと、足が動くようになった瞬間に脱兎の如く逃げ出した。
それを見てハチマンは苦笑しながらも、足への集中は切らさずに今!と叫び続け、
ついにベルゲルミルのHPが残り一本の半分を切る事になった。
「発狂モード、来るぞ!」
『おおおおおおおおおおおお!』
ベルゲルミルの目が虹色に光り、そのまま普通に歩き出す。
その一歩ごとに衝撃波が飛んでくるようになり、それは全域へと広がった。
「こ、これは………」
「どうしようもなくない?」
唯一救いなのは、敵であるスルーズゲルミルも、
衝撃波の影響で行動不能になっている事だ。
「先輩、寝転ぶのももう無理です!」
「分かった!………にしても、敵も味方も関係なしかよ」
ハチマンはそう呟きながら、対応策を検討した。
(遠隔攻撃使いが多かったら普通にいけるんだろうが、
せめて空中に長く留まれれば………ん?)
ハチマンは作戦を思い付き、即座にユキノとイロハに叫んだ。
「ユキノ、イロハ、
それでハッとした二人にユイユイが駆け寄った。
「ユキノン、おんぶ!イロハちゃんは私が抱き上げるから!」
即座にユキノはユイユイにおぶさり、ユイユイはイロハをお姫様抱っこした。
「うぅ、先輩にしてもらいたかった………」
「そういう事言わないの!あたしもなんだから!」
ユイユイはそう言うと、スキル名を次々と叫んでいった。
「アイゼン倒立!イージス全開!重力増加!」
それらのスキルにより、ユイユイが徐々にノックバックされなくなった。
完全ではないが、もう魔法の詠唱には全く支障が無い。
「「アイス・フィールド!」」
そして二人の呪文が発動する。
今回は壁と壁の間に橋をかけるだけの為、詠唱も短めで済んだようだ。
「届くか?」
「このくらいは………」
「余裕!」
クックロビンとラン、それにアスナとコマチの近接陣は、そのまま壁を走り、
五メートルくらいの高さに浮くその橋に手をかけた。
そのまま強引に体を引き上げた四人は、橋の上からロープを投げ込む。
ユキノとイロハはそれを掴み、上へと引っ張り上げてもらう事に成功した。
ハチマンは最後まで残り、ベルゲルミルの注意を引き付けている。
ユイユイも同様に、スルーズゲルミルを徹底マークしていた。
「ハチマン君、いいよ!」
「分かった!」
アスナから合図を受けたハチマンは、そのまま転げるように氷の橋の下に向かい、
それに釣られて移動したベルゲルミルが攻撃範囲に入った瞬間に、
上にいた者達はベルゲルミルに向けて一斉に攻撃を開始した。
「いい加減に倒れろ!」
「しつこいったらありゃしないわ!」
「死ね死ね死ね!」
『ぐぐっ………』
そしてベルゲルミルはピタッと足を止め、その体が光となって消えていく。
同時にハチマンのアイテムストレージに何か入ったが、その確認は後回しである。
「よし、このまま親父を倒すぞ!」
こうなるともう勝負は一瞬である。スルーズゲルミルの残りHPはあっという間に削られ、
八人はこの戦闘に、遂に勝利したのであった。