『ヴァルハラが姿を現しました、今から戦闘に突入します!』
待機していたシグルドの所にそんな連絡が入ったのは、それから数分後の事であった。
「やっと来たか、どれ、お手並み拝見といくか」
実際は自分達の方が挑戦者の立場なのだが、
シグルドは近くにいる部下達に見せつけるかのように、余裕ぶった態度でそう言った。
だがその内心では、もちろんそこまでの余裕はない。
(さっきまでの感じだと、それなりには戦えるはずだ………)
そう思いつつシグルドは、その連絡をしてきた部下に、
敵の戦力はどのくらいか尋ねるメッセージを送った。
だがそこから続報はなく、シグルドは、多分一進一退の攻防を繰り広げているせいで、
メッセージを返す余裕が無いのだろうと漠然と想像した。
(そうだ、今のうちに他のチームにも警戒を促しておくか)
シグルドはそう考え、他の場所にいる部下達に、ヴァルハラと接敵した事を伝えた。
それに対して続々と返信が集まってきたが、
まだ他のチームで戦闘状態に突入した所は存在しなかった。
この時点でシグルドは、敵が戦力を集中させてきたのではないかと疑うべきであったが、
ここでシグルドは不運にみまわれた。
他のチームが別ルートから突入してきたシノン達と激突したのだ。
シノンは、キリトと連絡をとり、最終的に合流出来るように、
漠然と中央に向かうルートを進んでいたのだが、
その途中で通路を守る敵チームを発見し、丁度このタイミングで攻撃を仕掛けたのであった。
この事によってシグルドは、敵が再びバラバラに攻めてきているのだと誤認した。
「ヴァルハラの攻め手はさっきと一緒か………まったく芸のない事だ」
シグルドがそう考えたのも無理はない。
最初にヴァルハラと遭遇したチームから敵戦力の報告が無い以上、
表面だけ見れば、確かにヴァルハラの動きはそう見えるのだから。
だが実際はそうではなく、最初に報告をしてきたプレイヤーは、
実はシグルドに返信する暇もなく、シャーリーとサトライザーに急襲され、死亡していた。
それに気付かなかったのは単純にシグルドのミスである。
シグルドはこういった風にレイド単位のプレイヤーを率いた経験が少なく、
メニューを操作してレイドメンバーの状況を確認する事を怠っていたのだ。
かつてのシグルドは有力プレイヤーではあっても、
このように『軍』と呼べる規模のプレイヤー同士の戦闘を経験した事はない。
ご存知の通り、かつてシルフとケットシーの同盟調印式が行われた時も、
シグルドはシルフの首都であるスイルベーンから動いておらず、
その戦いには参加していない。そしてこの場にいる他の部下達も、
このギルドがシグルドのワンマンギルドに近いものだった為、
指示に従って周囲を警戒するのみであり、
他のチームの状態を確認するような者はいなかった。
こうして他のチームの者達には、ただその場で警戒するようにとだけ伝えられ、
結果的に多くのプレイヤーが、戦闘に参加する事なく待機させられる事になったのだった。
「キリトさん、前方に敵発見です!数はどうやらさっきと変わっていません!」
「まあ確かに普通はこの短い時間で配置替えなんかしないよな、オーケーオーケー」
キリトはレコンからの報告を受け、頷きつつニヤリとした。
「よし、タンクを先頭に一気に突撃するぞ!
それともしメニューを開いて何かしているそぶりをみせている奴がいたら、
優先的にそいつを倒してくれ!運が良ければ敵同士の連絡の邪魔が出来るはずだ!」
「「「「「「「「了解!」」」」」」」」
ちなみに少数ではあるが、こちらに味方してくれている一般のプレイヤー達は、
各タンクに割り振られ、その後方であまり無理をしないように指示されていた。
「それじゃあ攻撃開始だ!」
そのキリトの言葉を合図に、ヴァルハラ連合軍は動き出した。
「おおおおお!」
ホーリーが雄叫びを上げ、先頭をきって敵に突っ込んでいく。
SAO時代のホーリー~ヒースクリフはそんな事をした事が無かったが、
最近はこういった態度をとる事が多い。
前にその事についてキリトが尋ねた事があったのだが、
その問いにホーリーはこんな答えを返してきた。
『SAOの時はモンスターが相手だったから必要なかったけどね、
プレイヤーが相手の時は、こういう事でも敵を怯ませられる事があると学んだんだ』
その狙い通り、敵の一部がどうやら足を竦ませているように見え、
キリトは素直に感心しつつも、バトルジャンキーの本領を発揮し、
ホーリーの真後ろから飛び出して敵に斬り込んでいった。当然アスナ達もそれに続く。
そんな戦闘の最中、狙撃手として戦場を冷静に見ていたシャーリーは、
ある事に気が付き、魔法銃を構えた。
「見つけた!多分あいつ、メニューを操作するつもりだ!」
その見立ては正しく、今まさに一人のプレイヤーが、
シグルドにメッセージを入れようとしていた。
そのプレイヤーは、このチームのリーダーであり、
先ほどもシグルドに、ヴァルハラと接敵した事を伝えたプレイヤーである。
そのメッセージの内容は『ヴァルハラが全軍でここに攻めてきた』というものであったが、
メッセージの入力画面を開いた瞬間に、
そのプレイヤーはシャーリーの魔法銃の攻撃を受け、その場で転倒する事となった。
当然もう、メッセージを書いている余裕などない。
「ぐっ、早くシグルドさんに連絡しないといけないのに、
まさかこの距離で当ててくるとは………」
プレイヤーを一撃死させられるような大口径の魔法銃は、現状はまだ存在していない。
ナタクが開発中ではあったが、完成したとしても、
魔力のチャージにかなり時間がかかるのは間違いないと言われていたが、
とりあえず今シャーリーが手にしている魔法銃は、通常仕様のものである。
これは連射がきくかわりに威力はそれなりだ。
「あっ、あいつ、またメニューを………早く次を撃たなくちゃ!」
シャーリーは狙撃を続行すべく、再び魔法銃のスコープを覗いたが、
その視界がいきなり銀色に染まり、シャーリーは慌ててスコープから目を離した。
「えっ、何?」
見ると一人のプレイヤーが、シャーリーが狙っていた敵に短剣を突き刺していた。
どうやら先ほどスコープ越しに見えた銀色は、
そのプレイヤーが着ていた装備の色だったようだ。
銀色のオートマチック・フラワーズ………サトライザーである。
「うわ、サトライザーさん、さすがというか、素早っ………」
どうやらサトライザーは、シャーリーの叫びを聞いてそのプレイヤーを見つけ、
そのまま一気に突撃したようだ。
こうして二人のコンビプレーによって指揮官を失った敵は、
その後は散発的な個人単位での抵抗しか出来ず、
HPの低いこちらの一般プレイヤーを何人か倒しはしたが、
有名なプレイヤーは一人も倒す事が出来ず、そのまま数分後に全滅する事となった。
彼らはそのまますぐに外に排出されてしまった為、
仕様上、もう中にメッセージを送る事は不可能だ。
「よし、勝利!」
「キリト君、どうする?」
「回復しつつすぐに移動だ、兵は神速を尊ぶ。このまま走るぞ!」
キリトはそのまま進軍の指示を出したが、実はこの先にはもうボス部屋があるのみである。
それもそのはずだろう、人数が多い防御側であっても、
さすがに全部の通路に二段構えの守備隊を置くような余裕はない。
本来なら敵に数倍するプレイヤーに弾幕を張らせる事で敵を足止めし、
ピンチになりそうなら本隊から救援を出すという運用を狙っていた防御側だが、
その思惑は今や完全に崩れ、
遂にキリト達はボス部屋へと到達する事となったのだった。
「シグルドさん、誰か来ます」
「む、どこかのチームが戻ってきたのか?前線で何かあったか?」
ボス部屋で待機していたうちの一人がそう報告し、
シグルドはここで初めてレイドのメンバーリストを開いた。
「なっ………」
それにより、味方の一部隊が全滅している事にやっと気付いたシグルドは、
ここで初めて敵が一点突破を狙ってきたのだと思い当たり、
頭をガン!と殴られたかのようなショックを受けた。
(しまった………)
そして直後にシグルドの目に飛び込んできた、特徴的な六色の装備。
オートマチック・フラワーズ、ただそこにあるだけで敵を威圧するその装備に身を包むのは、
白のアスナ、黒のキリト、青のユキノ、銀のサトライザー、藍のラン、紫のユウキであった。
「シ、シグルドさん、ハチマンの姿は見当たりませんが、ヴァルハラの副長が勢揃いです!」
「絶剣と絶刀まで………」
「前線のチームはどうしたんだ!?まさか全滅したのか!?」
「そ、そんな、こんな短時間で!?」
そして六人が部屋に足を踏み入れた瞬間にアナウンスが流れ始める。
『攻撃側がボス部屋に侵入しました。百八十秒後に部屋が閉鎖されます』
「なっ………」
それは誰にとっても想定外の出来事であったが、キリト達にとっては望外の喜びであった。
「お、マジか、それじゃあもう敵の援軍は来ないんだな、ラッキー」
「それでも五十人くらいはいそうじゃない?」
「敵の本隊なのだから、それなりにやりそうよね」
「まあさっき突破してきたのと同じくらいの数っぽいし、いけるいける!」
「でもあの大きいの、今にも動きそうじゃない?」
「あれがアレスなのかな」
のんびりとそう会話をする六人とは対照的に、
シグルドは慌てて他のチームをボス部屋に戻そうとした。
おそらく間に合わないだろうが、やらないよりはマシだろう。
(くっ、どこかのチームが間に合ってくれればいいが………)
シグルドはそう思いつつ、防御陣形を整えていった。
キリト達は安全を確保する為だろうか、
部屋が閉鎖されるのを待っているようで、幸いまだ動き出す気配はない。
その時別の通路から、何人かのプレイヤーが姿を現した。
「間に合ったか!?」
シグルドは思わずそう叫んだが、
それに対する返事はシグルドが期待したのとはかけ離れていた。
「あら、私達が間に合ったのは、あなたにとっては不運なんじゃないの?」
「お、お前は、シノン………」
そう、到着したのは守備側ではなく攻撃側のシノン達であった。
そしてその後ろから、シグルドにとって、ある意味因縁の相手が二人、姿を現す。
「む、シグルドか、久しぶりだな」
「お、お前は、ユージーン………」
かつてシグルドは、サラマンダー軍に寝返る為にユージーンと接触を繰り返していた。
だがその計画はハチマンとキリトによって潰され、
その後、サラマンダー軍とシルフ、ケットシー連合軍の戦いが終わった為、
結局シグルドはどこにも拾ってもらえず、そのままユージーンと会う機会も無くなっていた。
それ以来、久しぶりの再会である。
「むっ、シグルドじゃないか、これは懐かしい」
「シグルドだと?」
「ふん、サクヤか」
因縁のもう一人はサクヤであった。
一応アリシャも後ろにいるが、シグルドの事が嫌いらしく、何も言う気配はない。
「あれからずっと、ハチマンに尻尾を振ってるみたいだな、サクヤ」
シグルドのその侮蔑を含んだ言葉に、サクヤはだが笑顔でこう答えた。
「ははははは、まあ犬は嬉しいと尻尾を振るからな。
そういうお前はずっと尻尾を股の間に隠してたらしいな?」
「チッ、相変わらず口の減らない女だ」
シグルドはそう言ってはみたものの、内心では焦りまくっていた。
(まずい、これはまずいぞ………こうなると、数の有利がほぼ無いに等しい………)
こうしてシグルドは絶体絶命の窮地に追い込まれる事となったが、事態はこの後更に動く。