ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1122話 アレス戦~戦場の歌姫

 アサギやシノン達が不意を突いて七つの大罪を締め出した事で、

ボス部屋内の戦力比は大幅に守備側がリードする事となったが、

挟撃を防げた事で、ヴァルハラにとってはかなり戦い易くなっていた。

そしてボス戦に参加出来なくなるのを覚悟の上で七つの大罪を排除してくれた者達の為にも、

これは絶対に負けられない戦いとなったのである。

 

 

 

(七つの大罪を失ったが、一応こちらの戦力は五十人、向こうは三十人だ。

アレスも動いてくれるだろうし、何とかなるだろう)

 

 一方シグルドは、腕組みしながらそんな事を考えていた。

 

「よし、配置につけ!迎え撃つぞ!」

 

 シグルドのその指示で、SDSの直属の部下達と野良のプレイヤーが分かれて陣取り、

それぞれ戦闘体勢をとった。だがSDSとその他の者達の間では、士気に大きな差がある。

それはそうだろう、野良の者達は、別に好きこのんでヴァルハラと敵対している訳ではない。

というか、そもそも勝てるなどとはまったく思っていない。

この意識の差が、シグルドにとっては誤算の一つとなる。

というかシグルドには、現実を把握しないまま理論を優先させる傾向があるようだ。

それを揶揄するかのように、何故かこの時ヴァルハラは、

開始位置からまったく動こうとはしなかったのである。

 

「何故だ、何故動かん!」

「シグルドさん、どうしますか?突撃しますか?」

 

 その言葉を受け、すぐ後ろに控えていた側近と言えるプレイヤーがそう声をかけてきた。

ここにいる者達のほぼ全ては、SDSとしてはこれが初陣となる。

そのせいか、この者達は血気盛んであり、言外に敵に攻撃したいと匂わせていた。

だがヴァルハラの実力をよく知るシグルドは、

今の味方の練度でヴァルハラに攻撃を挑んだ場合、

こちらがあっさり全滅すると理解しており、

アレスの戦力を利用しながら戦わないと、この戦いに勝つ事は出来ないと思っていた為、

何とか言い繕いながら、部下が暴走しないように手綱を握るのに必死であった。

 

「いや、焦る事はないだろう、それに味方の半数は野良のプレイヤーだからな、

いきなり作戦を変えるのは、我らだけならともかく混乱の原因になってしまうだろう」

「分かりました。ですが行けと言われれば、我らはいつでも行きますので」

 

 その部下はそう言って、再びシグルドの後ろに控えたが、

側近がそんな感じだという事は要するに、

シグルドにはこの状況について、相談する者がいない事になる。

シグルドは胃を押さえながら、心の中で、早く動けと、

ある意味呪いのこもったような視線をキリト達に向けていたのであった。

 

 

 

「さてみんな、どうしよっか」

 

 戦闘が始まってすぐ、一応敵に備えている風な体裁をとりながら、

四人の副長とホーリーは、一列に並んで敵を睨むフリをしつつ、

戦闘をどう進めるか相談していた。

 

「先ず現時点で分かっている事は、敵が積極的にこちらに攻撃を仕掛けるつもりがない事、

そしてあの大きな置物が、プレイヤーと連動して動く訳ではないという事かしらね」

「確かにそのようだね」

 

 そのユキノの意見にホーリーが同意する。

 

「どういう事だ?」

「アレスが敵のツールのような扱いだというなら、この時点で動いていないのは不自然よ。

それに意思の疎通をはかっているようにも見えない。

おそらくあれは、敵のプレイヤーの事など考えずに、勝手に動くのではないかしら」

「ああ、そういう事か、でも何で動かないんだろうな?」

 

 そのキリトの疑問はもっともであった。

それに対してさすがのユキノも正解を提示する事は出来なかったが、

ユキノは一つの仮説をキリトに提示した。

 

「確信は無いのだけれど、おそらく他のボスと同じ挙動になるのではないかしら。

要するに、このフィールドの半分より向こうに私達が侵入した時、

もしくはこちらの攻撃が直接命中した時にアクティブ化すると考えるのが自然ね」

「ああ、確かにボスってそういうものだよな」

 

 キリトは自身の経験からも鑑みて、その意見に同意した。

 

「それじゃあそういう前提で動くとして、基本方針はどうするんだい?」

 

 そう尋ねてきたのはサトライザーである。その問いにユキノは即答した。

 

「とりあえずボスに当てないように、遠くから敵プレイヤーを攻撃よ。

相手がじれて出てきたら囲んで殲滅、どう?シンプルでしょ?」

「敵が全く動かなかったら?」

「煽ればいいのではなくて?」

 

 ユキノがそう言いながら自分に満面の笑みを向けてきた為、キリトはため息をついた。

 

「つまり俺にやれと」

「いいえ、あなた()にやってもらうわ、他にも適任がいるでしょうし」

「分かった、俺なりにチョイスしてみるよ」

「宜しくね」

 

 こうして作戦が決まり、遂にヴァルハラ連合軍は動き出した。

サトライザーを中心に、レヴィ、レン、シャーリー、

そしてユミー、イロハ、フェイリス、リョク、

それにアル冒の何人かと一般プレイヤーの遠隔攻撃持ちが、鼻息も荒く前に並ぶ。

他の者達は、ユキノの指示で、後方で敵を嘲笑する係となった。

 

「クライン、笑顔が素直すぎるぞ」

「そんな事言ってもよぉ、俺は営業だぞ?嫌らしい笑顔とかハードル高いっての!」

「それでもやるのよ、ほら!」

「くぅ、自分が得意だからって厳しいんだよお前は!」

「得意じゃないわよ!」

 

 そう言いながら、リズベットはクラインの足を思いっきり踏みつけた。

 

「痛ってぇな、おいシリカ、何とか言ってやってくれよ」

「クラインさん黙って下さい、向き不向きで言えば、

私だって向いてないのに、苦労して表情を作ってるんですから!」

「お、おう、確かにそうだな、悪い」

 

 そんな会話を交わしつつも、一同はこの状況を楽しんでいた。

そんな中、ユキノは後方に向かい、

戦闘開始直前に室内に放り込まれたアスモゼウスの所に向かっていた。

 

「アスモさん、今回は災難だったわね」

「うん、まあ仕方ない事なんだけど、

シノンちゃんに助けてもらわなかったらシノンちゃんに殺されるところだったよ、てへっ」

 

 アスモゼウスはギャグのつもりなのか、そう言って笑顔を見せた。

 

「せっかく助けてもらったんだし、私はとりあえず隠れながらヒールの補助をして、

適当なところでリタイヤするね」

「そう、それは助かるわ、お願いね」

「で、そろそろ戦闘開始?」

「ええ、みんなの嘲笑っぷりを楽しんで頂戴」

「そうしたいけど、ここからじゃ顔が見えないよ!」

「あら、確かにそうね、それは残念」

 

 そう言いながら、ユキノは戦場の推移を見極めるかのようにじっと観察する。

シグルドの指示で、敵はこちらに魔法や物理遠隔攻撃を飛ばしてくるが、

それはヴァルハラ自慢のタンクチームに阻まれ、こちらに何のダメージも与えてはいない。

 

「このまま敵に持久戦の構えをとられると、こちらとしても動かざるを得ないのだけれど」

「どうもそんな雰囲気じゃなさそうだね?」

「ええ、多分そろそろ動くと思うわ。

あちらのリーダーはともかく、他の人達は、随分と戦意が旺盛なようだものね」

 

 そのユキノの言葉通り、シグルドは部下に何か言われ、悩んでいるように見えた。

シグルドにしてみれば、まだアレスが何の反応も示してはいないこの状況だと、

おそらく先に動いた方が負けるというのは自明の理であった。

さりとて部下からの攻めさせろというプレッシャーは、

ずっと敵に煽られ続けている為に、驚くほど激しい。

 

「そろそろいいかしら、ロビン、ちょっといい?」

「うん!なぁに?悪だくみ?いひひ」

 

 クックロビンは、むしろ悪だくみだよね?

という風にわくわくした顔でこちらにやって来た。

 

「これは悪だくみになるのかしら、ええと、敵の戦意を高揚させて欲しいの」

「味方じゃなくて敵の!?」

「ええそうよ、具体的には………」

 

 ユキノはその耳元でこそこそと何か囁き、クックロビンはドン、と胸を叩いた。

 

「そういう事、大丈夫、ま~かせて!」

「………今日連発しているそのネタは一体何なのかしら」

「気にしない気にしない、それじゃあ行こう!」

 

 そう言ってクックロビンは一人、前に出た。

 

「むっ」

 

 それを見ていたシグルドは、やっとヴァルハラは動くつもりになったかと安堵したが、

何故かクックロビンはそのまま動かず、何かのアイテムのような物を取り出した。

 

「何だあれは………新しい武器か?」

「シグルドさん、俺にはあれが、マイクのように見えますが………」

「マイク?何故そんなものを?」

 

 直後にクックロビンは大きく息を吸い、いきなりALOのテーマソングを歌い始めた。

戦場に響き渡るその歌声は、当然の事ながら実に見事なもので、

シグルドは敵ながら、思わず感心してしまった。

 

「ううむ、クックロビンの奴、まるで本物みたいに歌が上手いな………」

 

 シグルドよ、本物みたいな、ではなくあれは本物だ。

思わず目を瞑り、歌に聞き入ってしまったシグルドだったが、

そのせいでシグルドは、部下達の目の色が変わった事に気が付かなかった。

SDSのプレイヤーだけでなく、一般プレイヤー達も、

クックロビンの歌声によって気分が高揚し、徐々に前のめりになっていたのである。

そしてクックロビンが裂帛の気合いが入った言葉を放つ。

 

「妖精達よ、機は熟した!突撃!」

「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」

 

 守備側はまんまとその言葉に乗せられ、こちらに向けて全力で突撃を開始する。

シグルドが気付いたのは、既に味方が動き出した後であり、

呆然としつつも、こうなってしまうとシグルド自身も動かざるを得なかった。

 

「く、くそっ、やってくれたな!何と悪辣な………」

 

 

 

「お~、マジで来やがったな」

「まああのロビンの歌を聞かされたら仕方ないよ、私も思わず前に出そうになったもの」

「まあこれで楽に勝てそうだな」

「だな、行くぞみんな、迎え撃て!」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

 こうしてアレスが動かないまま、両軍の戦いは開始される事となったのだった。


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