「行け!勇者達よ!今こそヴァルハラに目にものをみせてやる時だ!」
SDSを中心とする守備側の士気は、今や最高潮に高まっていた。
それが逆に彼らにとってのピンチとなるのだが、
高揚した守備側の者達は、その事にはまったく気付かない。
「ホーリーさん、左、行きます」
「あたしは右を!中央はお願いします!」
「分かった、お互いしっかり努めを果たすとしよう。
でないとハチマン君に怒られてしまうからね」
ホーリーは何の気負いもなくそう言って中央に進み、迫り来る敵の集団に立ち向かった。
「さあ、来たまえ」
そう言われた瞬間に、敵はどうしてもホーリーから目を離せなくなってしまう。
これはもちろんタンクのスキルの効果だが、くらったプレイヤーにしてみれば、
自分の意思と関係なく視線がそちらを向いてしまうというのは気持ち悪い事この上ない。
だがスキルの効果には逆らう事が出来ず、
ホーリーの姿は敵プレイヤーに飲み込まれる事となった。
セラフィムとユイユイも少し間を空けて順番にスキルを使い、
二人の姿も敵のプレイヤーに飲み込まれる。が、次の瞬間、その三つの人の塊が大きく弾け、
守備側プレイヤー達は皆、その場に転倒する事となった。
「か、堅すぎる………」
「こいつら化け物かよ!」
「ひるむな、とにかく………」
攻めるんだ。SDSの誰かが味方を鼓舞しようとそう言いかけたが、
そんな目立つ敵プレイヤーは、ヴァルハラ連合軍の追撃により、即座に命を落としていった。
「そういう子はお口にチャック、だわねぇ」
「ふんすっ!」
一番多く敵の首をとっているのはこの二人、リョウとラキアである。
二人のとった戦法は実にシンプルであり、
先ずラキアが神珍鉄パイプを支えている状態で、
リョウがその先端に乗り、パイプを敵に向けて伸ばす。これで超速の移動が可能になる。
そして今度はリョウが先端を支えた状態でラキアが手元のパイプに乗り、
リョウがそれを縮めるのである。まさに敵の度肝を抜く武器の利用方法であったが、
二人はこれを利用し、コンビネーションよくあちこち飛びまわり、
多少なりと強そうに見える敵を叩き潰し、あるいは真っ二つにしていった。
ここまであまり出番が無かった分、実に容赦のない暴れっぷりである。
「私の歌を聞いてくれてありがとう!」
そしてクックロビンは、そうお礼らしきものを言いながら、
うっかり返事をしてしまった者を、そのまま天国へと送っていた。
こちらは何というか、実にたちが悪い。
だがまあ本人はとても楽しそうなので、これはこれでいいのだろう。
「今宵のムラサメは血に飢えておるわ!」
「おらおらおら!」
「よし、次!」
そして地味にキル数を稼いでいるのは、セブンスヘヴンランキング上位組の、
クライン、エギル、リーファである。この三人は、敵一人をほぼ一撃で葬っており、
地味ではあるが、さすがはランキング上位だという働きを見せていた。
他の者達もある意味ハメ技っぽいこの状況を逃さず、存分に敵戦力を削っていた。
「き、汚いぞ!」
「ふむ?レジスト出来ない自分の未熟さを反省するべきだと思うのだが」
「その通り、せめて対抗魔法くらいかけてから突っ込んでくるべき」
「ちょっと勘違いが過ぎるんじゃないかなぁ?」
中にはそう的外れな抗議をしてくるプレイヤーもいたが、
そういった勘違い野郎には、三人のタンクがお説教じみた返事を返していた。
実際こちらに突っ込んでくる前に何の強化魔法もかけていないというのはお粗末すぎる。
それ以前に必要なアビリティを取得していれば、
タンクに引き付けられる時間を大幅に短縮出来るのだが、
まあ今回はそんな余裕もなくいきなり戦闘が始まってしまった為、
少なくとも先頭をきって突っ込んだ者達は、
ヴァルハラ連合軍の餌食になる以外の運命は存在しなかったのである。
「み、味方に補助魔法を!」
そしてこのシグルドの指示も数テンポ遅い。
もっともかけないよりはかけた方がいいに決まっているのだが、
こういった指示は、敵に乗せられたとはいえ、味方が走り出した直後に言うべきものであり、
そうすれば、少なくとも一部のプレイヤーは生き残った可能性が高い。
これは集団戦の経験がほぼ皆無なシグルドの、指揮官としての未熟さが露呈した格好だ。
「くそっ、くそっ………何でこんな事に………、
いや、まだ間に合う、みんな、一旦下がれ、下がるんだ!」
シグルドはそう愚痴を言いながらも必死に後退の指示を出し、
生き残ったSDSと野良の守備側プレイヤー達は、
大量の味方が一瞬にして倒された現実を目の当たりにした事もあって、
慌ててその指示に従おうとした。
「ん?もう下がっちゃうの?」
「あなた達、せっかくだしもう少し遊んでいきなさいよ」
だがそのプレイヤー達は、いきなり自分達のすぐ傍からそんな声が聞こえた為、
ぎょっとして立ち止まった。
そしてその前方を塞ぐように、二人のプレイヤーが立ちはだかる。
「そう簡単に逃げられると思ったの?」
「あなた達はもう、この私という蜘蛛の糸に絡め取られているのよ」
「う………」
「ぜ、絶剣と絶刀………」
そう、それはユウキとランであった。
二人はいきなり戦いに参加するような事はせず、
効果的な登場のタイミングをしっかりはかっていたのである。
「ま、まずい、ここは俺が行くしか………」
二人の背中を見ながら、シグルドはそう焦ったような声を上げた。
このままだと味方の生き残りが敵に完全包囲され、全滅する事となる。
シグルドの立場としては、ここまでの犠牲に関しては目を瞑り、
撤収させた味方を集めて一旦下がり、
改めてアレス神に働いてもらい、共に戦うという心積もりでいたのだが、
今味方達は、絶剣と絶刀という二人のネームバリューに気圧され、
集団で突破を試みればある程度は生還出来たはずのこのチャンスをふいにしてしまっている。
「少しの犠牲は仕方がない、とにかく走れ、走るんだ!そのままだとお前達は………」
だがそう言った瞬間に、シグルドは頭に衝撃を受け、仰け反った。
それが魔法銃による狙撃だと気付いたシグルドは、血走った目で敵陣の方を見た。
「あいつは確か、サトライザー………」
それと同時に前方から、微かにユキノらしき声が聞こえた。
「アスナ、キリト君、準備運動は十分よ、もう動かしてもいいわ」
「オッケー」
「了解」
(準備運動だと!?)
シグルドは屈辱のあまり、頭に血を上らせた。
だが成長したという事なのだろうか、その血はすぐに下がり、
シグルドは指揮官の努めを果たそうと、顔を上げ、再び仲間達に向けて叫ぼうとした。
と、その視界が一種にして白一色に染まる。
アスナがフラッシング・ペネトレイターで突撃してきたのである。
「んなっ………」
シグルドは辛うじて剣を構える事に成功したが、
そのまま大きく後方に跳ばされ、アレスの足に激突する事となった。
それを敵からの攻撃と判断したのか、遂にアレスが動き出す。
だがその事に気付く前に、倒れたシグルドの前方には、キリトが立っていた。
「キ、キリト………」
「途中までは上手くやってたな、シグルド」
「くっ、まだ俺は負けてはいない!」
そのシグルドの反論をスルーし、キリトは尚も言葉を続けた。
「今回のお前の敗因は、自分が先頭に立たなかった事だろうな。
もしそうしていれば、味方の暴走を止める事も出来たと思うぞ」
「知った風な事を………」
「だがそれが事実だろ?」
「………くっ」
シグルドはその言葉の正しさを認めざるを得なかった。
確かに自分が先頭にいれば、その場で振り向くだけで、
味方の暴走を止める事が出来ただろうからである。
「だがまだアレスもいる!俺は一人でも、お前達に勝ってみせる!」
「いや、それはどうかな」
そう言いながらキリトは上を指差し、シグルドも釣られて上を向いた。
その視界に飛び込んできたのは巨大な平らな何か、
そしてシグルドはその何かの下敷きとなった。
「ぐはっ………な、何だこれは………」
「何って、お前の味方だろう?」
「ま、まさか………」
それでシグルドは今自分を押し潰そうとしている物が何なのか理解した。
「アレスの、あ………し………」
それきりシグルドの意識は消失した。動き出したアレスがシグルドを踏み潰したのである。
アレスは確かにシグルドの味方であったが、
目覚めた瞬間に目の前にキリトという敵がいたのだ、
とりあえずそちらに一歩を踏み出すのは実に自然な成り行きである。
こうしてSDSの初陣は、シグルドと共に圧潰したが、彼らはへこたれる事なく、
徐々に成長しつつ、ヴァルハラに対抗してく事になる。
「よし、ひとまずこれでオーケーか」
その頃には他の守備側プレイヤー達も全滅しており、
キリトはほっと安心しつつ、チラっとユキノの方に目をやった。
キリトの位置取りはユキノに指示されたものだったが、
さすがのキリトもこの時ばかりはユキノの底知れなさに畏怖を覚えていたのだ。
(本当にユキノが味方で良かったよ)
そう思いつつ、キリトはシグルドのいた場所に手を合わせ、
同時に剣を構え、味方達に向けて叫んだ。
「ここからが本番だ、みんな、やるぞ!」
結局今回も一人の犠牲も出す事なくヴァルハラは勝利し、
キリトはそのままアレスを威嚇するようにその前に立ったのであった。