七つの大罪が全滅したのを外で見届けたアリシャは、
その当人達が排出されてきたのを見て、何となくそちらに向かった。
「やぁやぁ、お疲れ様」
「………てめえか」
そう返事をしてきたのはルシパーだった。
他の者達は、思った以上に落ち込んでいるのか、黙りこくったままである。
「何だ?恨み言でも言いたいのか?」
「ん~?別に?そもそも私が死んだのは、私がユージーン君をかばったからだし」
「じゃあ俺達に何の用だ?」
「う~ん、ちょっとは慰めてあげようかなって思ったから?」
「いらん」
「またまたぁ、嬉しい癖に!」
「んな訳あるか」
この二人は特に親しいという事もなく、何度か軽く言葉を交わした程度の間柄でしかない。
だが相手との距離を詰めるのが得意なアリシャは、
ルシパーに本気で拒絶されない程度の距離感をしっかり保っており、
ルシパーも何となく、アリシャが話しかけてくるのを認めてしまっていた。
「私が死んだ後、どんな感じだったの?」
「どんなもなにもない、ソレイユとハチマンに、いいようにやられただけだ」
「そっかぁ、やっぱりあの二人は強いよねぇ」
そのアリシャの言葉に、ルシパーはやや躊躇った後、こう答えた。
「………………ああ」
「あら、意外に素直」
「ここで虚勢を張っても俺の格を落とすだけだろうが、
とにかく負けは負けだ、でもいずれ必ず一泡ふかせてやる」
「そだねぇ、頑張って!」
アリシャにそう肯定的な事を言われ、ルシパーは意外に思ったが、やがてぽつりと呟いた。
「………………おお」
そう言いながらルシパーは、何となくボス部屋内の数値に目をやり、
アリシャも同じようにそちらに目をやった。
「ボス部屋の中にいるのはシグルドって奴のギルドだよな、どんな奴なんだ?」
「え~?あいつ?そうだねぇ、少なくともルシパー君よりも嫌い」
「………くくっ、俺よりもか」
その返事が面白かったのか、ルシパーは含み笑いをした。
「まさか俺よりも嫌われてる奴がいたとはな」
「いやぁ、何ていうか、ルシパー君達はただ乱暴なだけじゃない?
あいつはそう、何ていうか、凄く気持ち悪かったんだよね、まあ前はだけど」
「過去形か?」
「うん、だって今は一応二百人を超えるギルドのリーダーに収まってるんでしょ?
じゃあ昔と違って、どん底を経験した分ちょっとは成長したのかなって」
「どん底?」
「うん、えっとね」
アリシャはペラペラと、ルシパーにシグルドの過去の行いと説明し、
その時代の事にあまり詳しくないルシパーは、
今のALO内の雰囲気とはまるで違うその話に興味深そうな顔をした。
「何となくは知ってたが、色々不自由な時代だったんだな」
「まあ閉鎖的ではあったよねぇ」
「それがどうしてここまで変わったんだ?」
「それはほら、ハチマン君達が頑張ってくれたから」
「………………けっ」
ルシパーは面白くなさそうにそう吐き捨て、アリシャはクスクスと笑った。
「お?」
その時今まで無言だったサッタンが、モニターの数値の変化を見てそう声を上げた。
「え?あ!」
ここまでの数値の変化は、攻撃側、守備側ともに緩やかなもので、
まだお互い数人ずつしか死亡者を出していなかったが、
その数値の変化がいきなり激しくなった。
攻撃側の減り方は変わらないが、守備側の人数が、恐ろしい早さで減り始めたのである。
「どうやら本格的に戦闘が始まったか」
「だねぇ」
「くそっ、本当なら俺達もあそこにいたはずなのに………羨ましいんだよ!」
「あ、あはは、それに関しちゃ私もごめんねぇ?」
アリシャにそう謝られ、エヴィアタンは顔を赤くしながら下を向いた。
「べ、別にあんたに言った訳じゃねえよ、
そっちにもそうしないといけない事情があったんだろうしよ」
「そう?ありがと」
アリシャは内心で、うぶだなぁと生暖かく思いながら、モニターに目を戻した。
「おいおいおい、それにしても減り方が尋常じゃないな」
「見てるだけで腹が減ってくる………」
「どうなってるんだこれ」
「アレスのHPが全く変化してないもの気になるな」
「あっ、本当だ、って事はさ」
アリシャはそう言いながら、七つの大罪の幹部達の方に向き直った。
「多分シグルド君達、ヴァルハラに引っ張り出されて、
アレスに動いてもらえないままボコボコにされてるんじゃない?」
「………どういう事だ?」
「ほら、こういうボスって、攻撃したり近くに行ったりしないと動かないじゃない?」
「ああ~、確かに!」
「それにしてもここまで差があるんだな」
「当たり前じゃない、あそこに真なるセブンスヘヴンが何人いると思ってるの?」
「た、たくさん………」
「たくさんって」
そう答えたサッタンに、アリシャは苦笑した。
「二位、四位、五位、六位、七位の五人もいるんだよ?」
「二十位以内も七~八人いるだろ」
「っべぇ、ヴァルハラやっべぇ………」
結局そのランキングの数値通りの結果になっているという事なのだろう、
同時に排出されてきているSDSのメンバーらしき者達が、
モニターの数値に向かい、罵声と声援を送り始めた。
「くそっ、やられた!」
「化け物すぎだよ!」
「まさかあんな罠が………」
「歌に乗せられて前に出るんじゃなかった………」
「見ろ!アレスが!」
その時アレスのHPが若干減少し、残りのプレイヤーの数が、一気に一人へと減少した。
「「「「「「「「シグルドさん!」」」」」」」」
(あ~、やっぱりそれなりに慕われてるんだ、
でも根っこのところは変わらないと思うんだけどなぁ)
アリシャはそう思いつつ、口に出してはこう言った。
「シグルドが最後に残ってるみたいね」
「けっ、こそこそと後ろにいやがったんだろ、臆病者め」
「まあでも状況によるんじゃない?
君達だって、いきなりルシパー君がやられたら困っちゃうでしょう?」
「お、おう………」
「それはまあ、そうかもだけどよ………」
直後に大歓声が上がった。守備側の人数がゼロになったのだ。
対してヴァルハラのメンバーで、まだ外に出てきた者は存在しない。
「これって完封みたいな?」
「化け物どもめ………」
「まあ作戦が上手くいったのかもしれないけどね」
「それってどんな作戦だよ」
「さあ、でもユキノちゃんがいるからねぇ」
そう言ってアリシャは、ルシパーに向けてこう言った。
「ルシパー君達も、ヴァルハラにリベンジするつもりなんだろうけど、
ユキノちゃんがいるだけで、敵の強さが何倍にもなるって事は覚えておいた方がいいね」
「分かってる、絶対零度だけじゃなくタイムキーパーやロジカルウィッチも要注意だ」
「おっ、ちゃんと勉強してるんだね、えらいえらい」
「子供扱いするんじゃねえ」
「お、あれがシグルドって奴じゃね?」
その時最後の一人が外に転送されてきた、もちろんシグルドである。
怖いもの知らずのアリシャは、ニヤニヤしながらそちらに歩いていき、
七つの大罪の幹部達は、アリシャのボディガードという訳でもないのだろうが、
若干心配そうな顔で、アリシャの後についていった。
「やっほ~、シグルド君、お久~!」
「………アリシャか」
「いやぁ、ドンマイだよ!で、どうやってやられたの?」
「っ………」
そのアリシャのあけすけな言葉にシグルドはとても嫌そうな顔をしたが、
感情に任せて反論するような事はなく、自嘲ぎみな顔をしながらこう答えた。
「部下達の抑えがきかなかった、今後の反省として生かしたい」
アリシャはその言葉に素直に感心した。
(うわぁ、思ったよりもまともになってる?)
だがシグルドは、続けてこう言った。
「だが俺達は負けていない!絶対に俺の方があいつらより優れてると証明してやる!」
(あ、表面だけだったか、俺達、じゃなくて、俺、って、そういうとこだよシグルド君)
アリシャは心の中で、駄目だこいつ、などと思いながらも、
ニコニコした表情を崩さずにシグルドを励ました。
「敵の私が言う事じゃないかもだけど、まあ頑張ってね」
「言われなくても」
そのタイミングでシグルドの元に、SDSの仲間達が集まってきた。
「シグルドさん、すみません………」
「俺達が暴走したせいで………」
「いや、お前達のせいじゃない、俺も悪かったんだ」
そう頭を下げたシグルドに、SDSの者達は感動したような視線を向けた。
「シグルドさ~ん!」
「今度こそ目にものをみせてやりましょう!」
「俺達、やりますよ!」
それで気を良くしたのか、シグルドはこう答えた。
「よしお前ら、飲みにでもいくか!」
「はい!」
「今日の事は忘れて盛り上がりましょう!」
「だな!」
(忘れちゃ駄目でしょうが!)
そう盛り上がるSDSを尻目に、アリシャは心の中で思いっきり突っ込んだ。
だが積極的に関わるつもりもないので、アリシャはシグルドに挨拶だけしてその場を去った。
「じゃあね、シグルド君」
「ああ、またやり合おう」
「うん!また!」
そしてその場を離れた後、アリシャは七つの大罪の幹部連に言った。
「それじゃあ私は勝って出てくるみんなを出迎えるつもりだから、ここに残るね」
「お、おう、俺達は………俺達も飯でも食いに行くか」
「だな、今日の事について話さないと!」
(こっちは多少マシかなぁ………?)
その言葉を聞きながら、アリシャはそう思った。
「それじゃあまた戦場でな」
「うん、またね」
そう言いながら七つの大罪は去っていったが、
その進路にいた一般プレイヤー達が嫌そうに避けているのを見て、
アリシャは再びSDSに目をやった。
そちらは特に避けられているという事もなく、アリシャは、
まともな方が避けられて、駄目な方が避けられないなんて皮肉だよね、などと考えていた。
と、丁度その前をアスタルトが通りかかった。
その歩みはまさにとぼとぼという表現が相応しく見て、、アリシャは思わず声をかけた。
「ねぇ君、確か、アスタルト君だよね?七つの大罪の軍師の」
「あっ、は、はい、そちらはアリシャさんですよね?初めまして」
そう言いながらアスタルトは丁寧に頭を下げ、
アリシャは七つの大罪のメンバーにしちゃまともすぎると少し驚き、思わずこう問いかけた。
「君、何で七つの大罪なんかにいるの?」
アリシャは思わずそう問いかけ、アスタルトはビクッと体を強張らせた。
「………本当に、何でなんでしょう」
そう呟きながら、アスタルトは下を向いたまま去っていった。
「………へぇ」
アリシャはその姿を目に焼きつけつつ、後にこの事をハチマンに雑談として話した。
その事がアスタルトの運命に、微妙に変化をもたらす事になる。