「ここからが本番だ、みんな、やるぞ!」
遂に動き出したアレスを前に、キリトは味方を鼓舞するようにそう叫んだ。
その勢いに押された訳でもないのだろうが、アレスはピタリとその足を止め、
辺りをきょろきょろと見回した。
『………威勢がいいな、小僧。で、我が軍の者達はどこにいるのだ?』
「………は?」
その言葉にキリトはぽかんとし、困った顔でユキノの方を見た。
そのユキノが即座に状況を把握し、アレスに向けて叫ぶ。
「その最後の一人を、今まさにあなたが踏み潰したところよ!」
『何?』
アレスはきょとんとして足を上げ、その下にリメインライトがある事を確認した。
『え………本当に?』
「ええ、本当に」
『我が軍は既に全滅?』
「ええ、全滅」
『何………だと………』
アレスはそう言って頭を抱え、その場に蹲ってしまった。
その姿のコミカルさに、仲間達は思わず噴き出したが、
アレスは続けて更に、愚痴るかのようにこうこぼした。
『味方プレイヤーを率いて敵プレイヤーを蹂躙する、
誰にでも出来るとても簡単な仕事だと聞いていたのだが………』
「サラリーマンかよ!」
キリトは思わずそう突っ込み、アレスは顔を真っ赤にしてそれに反論した。
『味方が残ってればもっと威厳のある態度をとったわ!我にも事情があるのだ!』
「何だよその事情ってのは!」
『敵に言える訳ないだろうが!』
その二人の妙に生ぬるいやりとりを聞き、仲間達はあきれ返った。
「アレスって、どんな性格付けされてるのかな?」
「アルゴの奴、ちょっとお遊びが過ぎるだろ」
「まあでもこれで楽になったのか?」
「う~ん、でも戦意が全く無さそうなんだけど、これはどういう事なんだろ?」
「アスナ、ちょっと話してみてくれよ」
「え?私?ん~、分かった、やってみる」
アスナが前に出ると、さすがのアレスも顔を起こした。
『美しき少女よ、何か用か?』
「あ、えっとね、その、事情はよく分からないけど、元気出してほしいなって」
『………むぅ、そなたは優しいのだな』
「優しいというか、ほら、このままだと戦闘にならない訳だし、
私達としても困るというか、ね?」
『むぅ………確かにその通りだ、よし、少し話をするとしよう』
アレスはそう言って立ち上がり、その場にあぐらをかいた。
とてもイベントのボスの姿とは思えないが、話が進展しそうなのは確かな為、
一応警戒は解かないまでも、皆アレスの話に耳を傾ける事となった。
『何故我がこんな態度をとっているのかというと、その理由はとても簡単だ。
少女よ、実はこの戦闘においての主役は我ではないのだよ』
「主役じゃ………ない?」
「まさか他に敵が!?」
『いや、ここには我しかいない。だが我は、攻撃能力を持っておらぬのだ』
「「「「「「「「………えっ?」」」」」」」」
そのアレスの予想だにしない言葉に一同は目を点にした。
「どういう事?」
『この戦闘は確かにボス戦だが、プレイヤー同士の集団戦というのが本来の在り方なのだ』
「プレイヤー同士の………」
「集団戦?」
「まあ確かにそうなってたけどよ………」
戸惑う一同に、アレスは厳かな口調でこう答えた。
『我の能力は、参加した味方プレイヤーの人数に反比例した能力の強化と回復と支援、
それのみだ。こう言えば分かるか?』
「「「「「「「「あっ」」」」」」」」
要するにこの戦いにおけるアレスは、補助的役割に特化したギミックであり、
まさか戦闘が始まる前にこうなるとはまったくもって予想されていなかったのであろう。
だが詳しく聞いてみると、この状況を前に、アレスのAIは混乱してしまい、
本来自身が振舞うべき態度を取る事が出来なかったと、まあそういう事のようだ。
『という訳で、この戦いはそなたらの勝利だ。
我としてもむざむざとやられたくはないが、我はただ堅いだけの石像のようなもので、
どうあがいてもそなたらに勝つ事は出来ぬのよ』
「そ、それは………ドンマイ」
「この事を知ったらアルゴの奴、発狂しそうだな」
「というか今まさにしてるかもしれないね」
「もしくは緊急反省会の最中とかな」
そんな会話が交わされる中、キリトはぽん、とアレスの膝を叩き、
アレスはそんなキリトに頭を下げた。
『気遣いをすまんな』
「いやいや、気持ちは分かるからさ」
『そうだ、本来なら我を倒した後にドロップさせるべきものだが、これをやろう』
アレスはそう言って一本の剣を取り出した。
『ティルフィング、それがこの剣の名前だ。
本来ならこちら側のプレイヤーに持たせて戦わせるべきものだったのだがな』
キリトはアレスに向けて膝をつき、その剣を恭しく両手で受け取った。
「神アレスよ、確かに頂戴致しました」
『うむ、それではひとおもいにやってくれ。
と言ってもこれで我が魂が滅びる訳ではないので、あるいはまた会える機会もあるだろう』
「その時は今度こそまともに戦いましょう」
『うむ、それまで壮健でな』
「はい」
『最後に一つ、特別にヒントをやろう。
………ケルベロスの置き土産を探せ、そして必ず処分するのだ』
「置き土産?カドゥケウスではなくてですか?」
『それは遺産だな。これ以上は言えぬ、いいか、しかと伝えたぞ』
「は、はい」
『ではやってくれ』
その頼みを聞き入れ、仲間達がアレスを囲み、各自が最大威力の攻撃を叩きこんだ。
『妖精達よ、さらばだ!わはははははは!』
一切自分を強化していないアレスの防御力は紙のようにペラペラであり、
そのHPは一気に消滅した。実に潔いその終わり方に、仲間達は皆黙祷を捧げた。
とはいえ、そのほとんどがAIに同情する気持ちから行われたのは間違いない。
そして『CONGRATULATIONS』、
の文字と共に戦闘が終わり、入り口の扉が開いた。
その瞬間にクックロビンが、何かに気付いたようにハッとし、入り口に向けて走り出す。
「おい、ロビン?」
「あっ、まさか!」
アスナは何かを悟ったようで、即座にクックロビンの後を追った。
他の者達は一体何事かと扉の方を見た。
そこにハチマンの姿を認め、一同はクックロビンとアスナの行動の意味を理解した。
「さすがというか………」
「野生の歌姫か………」
「直ぐに気付くアスナもどうかと思うわ」
「しまった、出遅れた!」
そんな一同の目の前で、クックロビンとアスナのデッドヒートが繰り広げられる。
スタートこそクックロビンの方が早かったが、自力はアスナの方が勝っており、
おそらくこのままだと、二人は同時にハチマンのところに到着すると思われた。
「ハッチマ~ン!」
「ハチマン君!」
「おおおおお?」
ボス部屋の扉が開いた時、想定よりも大分早かった為、
まさか味方が負けたのではないかと心配していたハチマンは、
あるいはこのまま外にいる者達でボス戦をしなくてはいけないのかと覚悟していたが、
遠くに仲間達の姿を見つけ、安堵していた。
そこに二人から、不意打ちとも言える突撃をくらい、
いつもなら簡単に避けられるハチマンも、今回は咄嗟に体が動かなかった。
「ラブミー、テンダー!」
「ハチマン君、ハチマン君!」
正直別に、ここで張り合うような理由はアスナには無いのだが、
一度走り出してしまった以上、そこはそれ、ノリという奴である。
ともかく二人はハチマン目掛けて飛びかかったが、
そんな二人の目の前からいきなりハチマンの姿が消えた。
「へっ?」
「あれっ?」
二人はそのままその場を通過し、慌てて振り返ると、
そこには大胆にハチマンを押し倒すソレイユの姿があった。
「ちょっ、魔王様!」
「姉さん!」
「あら二人とも、ラブシーンをそんなにじっくり見られると恥ずかしいわ」
「おい馬鹿姉、助かったのは確かだけど、これをラブシーンと言い張るのは無理があるぞ」
事実ハチマンは、迫ってくるソレイユの額に手を当て、その進行を防いでいた。
さすがにこれ以上はどうにもならないと思ったのか、ソレイユはそこで体を起こし、
解放されたハチマンは、先ずクックロビンの頭に拳骨を落とし、
続いてアスナの頭をコツンとつついた。
その瞬間にクックロビンが悶絶しながらハチマンに向け、こう囁いた。
「ハ、ハチマン、アスナ以上の愛情表現をしてくれるなんて、
興奮しすぎておかしくなっちゃうよぉ………」
「はぁ?お前は一体何を………ああ、そういう事か………」
ハチマンとしては普通にアスナを優遇しただけなのだが、
クックロビンにとってはそれはご褒美以外の何物でもなかったようだ。
本当に厄介な変態である。
「お~いハチマン!」
「おう、キリト、どうやら無事に勝ったらしいな」
「ハチマンこそどうしてここに?」
「とりあえず情報交換といくか」
「かな」
こうして二手に分かれていたヴァルハラ連合のプレイヤー達は合流し、
後に業界で伝説と言われるアレス攻略戦を、見事クリアする事となったのだった。