そのサンタの口は笑った形で固定され、時々不気味な笑い声を発していた。
ハチマンの脳内でどう処理されているのかはわからないが、その目は左右別々に動いていた。
そのサンタはガニ股で、足を交互に踏みしめながら飛んでいた。
その動きのままスーッと狙った獲物に近付くので、狙われた者は遠近感が掴めず、
簡単に接近を許してしまっているようだった。
そんな感じでサラマンダーは一人、また一人とたて続けに撃墜されていった。
サラマンダー軍はその不気味さに大混乱に陥り、まったく統制がとれていない状態になった。
一度こうなると、ユージーンが指揮をしなくてはどうしようもないのだが、
そのユージーンはキリトと睨み合っていたため動けなかった。
「そのサイズの大剣で二刀流とはな、どうやらハッタリじゃ無さそうだな」
「俺に合う重さの剣が、このサイズしか無かったんでね」
「今まで会った二刀流の使い手は、ただ武器を二本持っているだけの奴ばかりだった。
お前はどうなんだ?俺をちゃんと楽しませてくれるのか?」
「あんたの期待に答えるためにも、全力でいかせてもらうさ」
そして呼吸を合わせたかのように、唐突に二人の戦いが始まった。
まずユージーンが、キリトの首を横なぎにしようとした。
キリトは剣を立ててそれを防ごうとしたが、魔剣グラムは攻撃の際に、敵の剣を透過する。
ユージーンの攻撃は、キリトが立てた剣をそのまま透過し、そのままキリトの首に迫った。
「もらった!」
ユージーンはそう叫んだが、既にキリトの首はそこには存在しなかった。
キリトは剣の位置は変えないまま下に飛んでおり、
次の瞬間もう一本の剣がユージーンの胴に迫った。
だがユージーンもそれを読んでいたのか、すぐに後方へと飛んでいた。
「まずは軽い挨拶といったところか。実に面白いな」
「あんたも中々やるじゃないか。今のは絶対ヒットしたと思ったんだがな」
キリトはそう言うと、今度は自ら攻撃を仕掛けた。
ユージーンはキリトの二刀の攻撃をさばきながら、隙を見て反撃に転じてきた。
それをキリトは避けて攻撃する、そしてまた避ける。
受けるユージーンと避けるキリトの戦いは、どんどん激しさを増していった。
一方その頃ハチマンは、好き放題に敵を蹂躪していた。
既にサラマンダー軍は、ハチマンの手によって七割近くまで数を減らされていた。
だがそのハチマンにも、ついに限界が訪れようとしていた。
それを最初に察知したのは、ハチマンの状態をモニターし続けていたユイだった。
ユイはハチマンの残りMPを把握した上で、残りの変身していられる時間を計算すると、
ハチマンの下を離れてユキノの下へと飛んでいった。
「ユキノさん、パパがあの姿でいられるのは、あと一分が限界です。
多分元の姿に戻った瞬間に一瞬意識が混濁して、隙が出来てしまうと思います。
そのタイミングで、パパのフォローをお願いします」
「わかったわ。みんな、ハチマン君の下に向かう準備をして!リミットは一分よ!」
ユキノ達はそのままハチマンの下へと向かおうとしたが、そこで思わぬ邪魔が入った。
目端のきく、地上に避難していたサラマンダーのパーティが、
このタイミングでユキノ達に攻撃を仕掛けてきたのだった。
それは偶然とはいえ賞賛されるべきタイミングであった。
そして時間は無情にも過ぎていき、ハチマンの変身が解け、
一瞬意識の混濁したハチマンは、そのまま落下を始めた。
「お兄ちゃん!」
「コマチさん、ハチマン君の所に行ってちょうだい!」
「ここは私達に任せて!」
「コマチちゃん、先輩をお願い!」
「はいっ」
パーティの中で一番すばしっこいコマチが、
単独で戦闘から抜け出し、ハチマンの下へと向かった。
だが悪い事は続くものだ。ハチマンが元の姿に戻った事で、
落ち着きを取り戻しつつあった何人かの敵が、
目の前で落下していくハチマンに向けて攻撃魔法を放った。
コマチの目の前で、今まさにハチマンは、魔法攻撃を一身に受けようとしていた。
「お兄ちゃん!」
コマチは泣きそうになりながらも、諦めずに全力で飛び続けた。
そんなコマチを嘲笑うように、魔法はハチマンに全弾命中した……ように見えた。
実際当たったのだが、それは光輝く防御壁に全て防がれていた。
「これは……防御魔法?しかもかなり高位の……」
コマチはわけがわからなかったが、そのまま飛び続けてハチマンをキャッチし、
そのまま後方へと一気に後退した。
その目の前を、いつの間に現れたのか、見た事もないプレイヤーが三人通り過ぎていった。
その三人は、ノーム、ケットシー、そして……サラマンダーだった。
「何だお前ら!」
「こんなところに何でノームが?」
「お前、サラマンダーじゃないか!この裏切り者め!」
「んなもん知るか!俺はただ、ダチを助けにきただけだ!」
「まあそういう事だ。仲間のピンチを見過ごすわけにはいかない」
「ハチマンさんは私達が守ります!」
その三人組はそう叫ぶと、そのままサラマンダー軍に襲い掛かっていった。
三人は恐ろしい強さを見せ、十分にハチマンの抜けた穴を埋めていた。
一方コマチは、ハチマンを確保した後地上に降り、ハチマンの頬を叩いていた。
「お兄ちゃん、起きて!朝だよ!」
「ん……すまんコマチ、一瞬意識が飛んでたみたいだ。助けてくれたのか?ありがとな」
「ううん、お兄ちゃんを助けたのは私じゃなくて、多分知らない人なの!」
「知らない人?誰だ?」
「あなたを助けたのは、私だよ」
突然上から声が聞こえ、一人のウンディーネの少女が二人の横に着地した。
「あー、どこの誰かは知りませんが、ありがとうございました。えーと、俺はハチマンです」
「私はコマチです!兄を助けてくれて、本当にありがとうございます!」
「私の名はメビウス。危なかったね、間に合って良かったよ……」
そう言ったメビウスは何故か泣いていた。
ハチマンはそれを見て焦り、メビウスに事情を尋ねようとした。
「あの、その、どうして泣いているんですか?メビウスさん」
「うん、やっと……君にやっと会えたからだよ」
メビウスはそう言うと、ハチマンに抱きついた。
今後女性からの接触は全てガードするつもりだったハチマンも、
メビウスのただならぬ様子に、黙って受け止める事しか出来なかった。
ハチマンはコマチの顔を見たが、コマチも首をひねるばかりだった。
そこに、首尾よく敵パーティを撃破したユキノ達が近付いてきたが、
この光景を見てギョッとした。
「ハチマン君、一体何がどうなっているの?この女性は誰なのかしら?」
「いや、それがな……この人が俺を助けてくれたんだが、
どうやらこの人、俺の事知ってるみたいなんだよな」
「えっ?それはリアルでのあなたを知っているという事かしら」
「ああ……」
リーファ以外の三人は、それを聞いて目を丸くしていた。
「どうやら何か事情があるみたいだし、私はサクヤ達の所に行ってるね」
「ありがとうリーファさん」
リーファは何か訳有りなのだろうと思ったのか、気を遣い、サクヤ達の下へ飛んでいった。
ハチマンも気を取り直し、改めてメビウスに尋ねた。
「さて、ここにいるのは全員俺のリアル知り合いだけになりました。
なので今は気兼ねなく話が出来ますよ。あなたは一体誰なんですか?」
その言葉で少しは落ち着いたのだろう、メビウスは泣くのをやめ、
全員の顔を見ながらこう言った。
「今ならここには知ってる人しかいないから、呼び方は昔通りでいいね。
そっちは雪ノ下さんに由比ヶ浜さん、一色さんに、小町ちゃんかな。
みんな久しぶり!そして比企谷君、お帰り!私今海外に留学してるから、
会いに行けなくて本当にごめんね。本当は電話すれば良かったんだけど、
やっぱり直接会ってお帰りって言いたかったの」
「海外に留学ですって?もしかしてあなたは……」
「心当たりがあるのか?」
「ええ、でもその人がALOをやってるなんて話は聞いた事が……でもまさか……」
「そのまさかだよ。私はめぐり、城廻めぐり!みんな、久しぶり!」
「城廻先輩!?」
「比企谷君、私すごく心配してたんだよ。生きて帰ってきてくれて、本当に良かったよ……」
そう言うとめぐりはハチマンを抱く手に力を込め、再び泣き始めた。
ハチマンは困って他の者を見たが、四人は頷きながら、口々に言った。
「こういう時くらい、男らしさを見せなさい」
「ヒッキー、ちゃんとするんだよ!」
「お兄ちゃん、いつまでも女性を泣かせてちゃだめだよ!」
「そうですよ先輩!ここはバシっと決めて下さい!」
「お、おう」
ハチマンはめぐりの頭を優しくなでながら言った。
「もうどこにも行きませんから、泣くのをやめて下さい。なんとか無事に帰って来れました。
もう俺は大丈夫ですから、安心して下さい、城廻先輩」
それを聞いためぐりは、涙をぬぐいながら、ハチマンに聞いた。
「本当に?」
「はい」
「本当の本当に?」
「はい、約束します」
「分かった。その言葉を信じるよ!」
そう言ってめぐりは、本当に嬉しそうにハチマンに微笑んだのだった。