ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1130話 進むイベント

 部屋の外に出ると、スリュムは再び元の場所へと戻っていった。

それを確認して落ち着いた後、キリトが代表してこう尋ねてきた。

 

「で、ハチマン、これはどういう事なんだ?」

 

 その表情が若干不満げであったのは当然だろう。

まだ勝敗は全く確定していなかったからである。

 

「今説明するさ、実はあのスリュムだが、通の間では結構有名な巨人なんだ」

「へぇ、そうなのか?」

「キリトは雷神トールの事、もちろん知ってるよな?」

「ああ、さっきも言ってたな」

「あのスリュムってのは、そのトールからミョルニルというハンマーを盗み出し、

それを返して欲しかったらフレイヤを差し出せと言って暴れた巨人なんだ」

「あ、そうなのか?」

「エロじじいね、そういえばそんな顔してたわね」

 

 相変わらずシノンは容赦がない。

 

「で、俺とユキノは敵の正体が分かった後、二つのパターンを検討した。

一つはあいつが背景なんか関係なく、ただの中ボスなパターン。

そしてもう一つは、この戦闘の内容がイベントによって変わるパターンだ」

「戦闘内容が………」

「変わるの?」

「多分な、ほら、あいつ、大して強くなかっただろ?

そんな敵のHPがいきなり全回復して、しかも無限だとかぬかしやがる。

って事は、今は戦うべき時じゃないと判断した」

「なるほど………」

 

 ハチマンの言葉は筋が通っており、一同は戦闘を回避した事に納得した。

 

「それじゃあ、いつが戦う時なの?」

「多分あの手前の部屋に誰かが閉じ込められて、閉鎖された時だろうな」

「誰かって?」

「おそらくフレイヤ様だろうな、今はレイヤ様だが」

「あそこにレイヤ様が閉じ込められるって?」

「確かに牢屋っぽかったけど、それじゃあその鍵を探すとか?」

「鍵は多分これだ、ブリシンガメン」

 

 ハチマンはそう言って、人差し指を立て、その上でブリシンガメンをくるくると回した。

実に器用な事である。

 

「そうなると、あそこはうちしか通れないな」

「今のままでも誰も通れないけどね」

「まあガス抜きにはなるだろ、という訳でしばらく様子見だ。

って言っても、そう日数はかからないと思うけどな。

多分最初の扉が開いたのがフラグになって、フレイヤ様が動くはずだから」

「わざわざ捕まりに来てくれるって事か」

 

 一同はくすくす笑い、今日は撤退する事にした。

 

「どうだリョク、満足出来たか?」

「まあ私的には十分かな、

戦闘にそこまで興味がある訳じゃないし、珍しい景色も見れたしね」

「そうか、それなら良かったよ」

「それよりも帰った後、自分だけハチマンとお出かけしてずるいとか、

リナコがごねそうなのが困り物じゃん」

「それはまあドンマイだな」

 

 リョクとヒルダは途中で別れ、それぞれの居場所へと戻っていった。

そして残りの五人は普通にヴァルハラ・ガーデンへと戻ったが、

その瞬間に、訓練場の方から歌声が響いてきた。

 

「おっ、やってるな」

「わぁ、見に行こうよ!」

 

 アスナがわくわくした顔で、ハチマンの手を引きながら走り出し、三人も後に続いた。

 

「おお、マジでステージっぽいな」

 

 浮遊光源ユニットが二人にスポットを当てており、

そのアイドル風な衣装も相まって、二人は本当にコンサートを開いているように見えた。

ちなみに本物のコンサートの時のようにスカートの中もガードされ、

全く覗けないようになっている。実に芸が細かい。

そして二人はどこで調達したのか、しっかりとした衣装も身につけていた。

 

「えっ、何あの衣装」

「お、お帰り、どうだい?かわいいだろ?」

 

 ハチマン達が帰ってきた事に気付いたスプリンガーが、そう言ってニカッと笑った。

隣にいたラキアは何故か得意げに胸を張っている。

 

「あの衣装、どうしたんですか?」

「こう見えて、ラキアはかわいい服を集めるのが好きでな、それを貸したんだ。

こいつはいい年して少女趣味だから………ぐおっ」

 

 その瞬間に、ラキアがスプリンガーの腹に肘打ちを入れ、

スプリンガーは膝からその場に崩れ落ちた。

 

「お前の全力はシャレになんね~っつ~の………」

 

 このアイテム運用試験は無事に成功し、

二人は次の日から、アインクラッド内で不定期にゲリラライブを行う事となったのだった。

 

 

 

 それから数日後、ALO内に一つの噂が流れた。

『空中宮殿の入り口が解放されているらしい』と。

それに伴い、ボスが存在するが、ただ話をする事しか出来ず、

奥に進む方法が分からないと評判になった。

これは今いるプレイヤーのほとんどが、巨人側の味方だからだろう。

だがその関連で、巨人側についたプレイヤーには別のクエストが提示されたらしい。

その内容は、女神フレイヤを探し出してスリュムの所に連れていき、

そのまま協力して雷神トールを撃ち果たせ、という内容であるようだ。

そのせいで今、多くのプレイヤー達は、必死にフレイヤの行方を探しているらしい。

 

 それからまた数日後、空中宮殿の鉄格子が閉まり、

奥に行けなくなったらしいという噂が伝わってきた頃、

ハチマンは再び仲間達を集め、再びスリュムの下へと向かったのだった。

 

「お、本当に閉まってやがるな」

「シナリオが無事進んだみたいだな」

 

 現地に着くと、以前は開いていた扉が確かに閉まっていた。

 

「さて、俺の読みだとこの中には………」

 

 ハチマンはそう呟き、牢屋と化したその鉄格子の中を覗きこんだ。

例の罠は何か鳥のようなものを捕らえており、今は罠の機能を失っているようだ。

そして奥の方に見覚えのある人影が蹲っているのが見え、ハチマンはそちらに呼びかけた。

 

「お~い、レイヤさん?」

 

 その呼びかけに反応したのか、その人物が顔を上げ、こちらに歩いてきた。

その顔はだが、レイヤの物ではなく、もっと大人びた、色気に溢れる女性の顔であった。

 

『そなたら、何者じゃ?』

「はい、私達はこういう者です」

 

 ハチマンはその問いに平然とそう答え、ブリシンガメンをその女性に見せた。

それで納得したのか、その女性は大きく頷いた。

 

『我等に与する妖精達よ、助けに来てくれたのだな、

今この扉を破るから少し離れていてくれ』

「あっ、はい」

「えっ、自力で?」

「ちょっ、リーダ………」

 

 仲間達はその事に激しく疑問を抱いたようで、ハチマンに何事か言いかけたが、

ハチマンは問題ないという風にそれを手で制し、そのまま後退りした。

 

『ふんっ!』

 

 その女性がそのまま力ずくで鉄格子を持ち上げた為、一同は目が点になった。

 

「ええっ、嘘………」

「凄い力………」

 

 そんな一同の驚きをよそに、その女性はこちらにお礼を言ってきた。

 

『すまぬ、助かった。それでは共にあの憎きスリュムを倒そうぞ』

「あの、その前に、あなたのお名前を………」

 

 ハチマンにそう尋ねられ、その女性は、あっという顔をした後、そのまま名乗りを上げた。

 

『すまぬすまぬ、妾は女神フレイヤじゃ、今後ともよしなにな』

 

 その答えに仲間達がざわつく。それもそのはずだろう、

ハチマンはブリシンガメンを見せただけで、まだ相手に渡してはいない。

そもそも現時点では、ここにいるのはレイヤでなくてはならず、

どう考えても矛盾しているからだ。だがハチマンはまったく顔色を変えなかった。

 

「分かりました、それでは共に戦いましょう」

『うむ、そなた達には期待しておるぞ』

 

 この展開に首を傾げつつ、一同が奥の鉄格子に向かおうとした瞬間に、

後方からこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

『フレイヤ様、ここにおられましたか!』

『そなたはイコル、イコルではないか!』

 

 そのイコルという男性はNPCのようだ。何故なら頭の上にアイコンがあったからだ。

 

『私もお供します』

『おお、妾をしっかり守ってくれよ』

『はい!』

 

 イコルはこちらに頭を下げると、一人先行し、反対側の鉄格子をひょいっと持ち上げた。

これまた凄い力である。

 

「これって私達の助けなんかいらないんじゃ………」

「リーダー、どうなってるの?」

「ははっ、まあシナリオ通りってこった、まあ見てろって。あ、それとフレイヤ様!」

『むっ、何じゃ?』

「あの鳥は助けなくていいんですか?」

 

 ハチマンはそう言って、

罠にかかり、それなりに高い天井近くをぐるぐる回りながら飛んでいる鳥を指差した。

 

『そうじゃな、あのツタだけ切ってやってくれ』

「はい」

 

 ハチマンはそのまま木から伸びるツタを切り、その鳥はそのままボス部屋に飛んでいった。

そしてまるで見学するかのように、上空でホバリングを始めた。

 

「これで良かったですか?」

『………ああ、感謝する』

「分かりました、それじゃあみんな、行くぞ」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」

 

 こうしてハチマン達は、二度目のスリュム戦に突入した。


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