「ハチマン様、この戦闘、どう進めればいいですか?」
今日の参加者の中で、タンクはセラフィムだけであった。
ヒーラーはユキノ、ヒルダ、シウネーと充実しており、その分アスナが前衛に集中する。
その他、キリト、シノン、フカ次郎、レヴィ、エギル、クリシュナ、リオン、ユミー、
イロハ、キズメル、ウズメ、ピュアというのが今日のヴァルハラの参加者だ。
アルン冒険者の会からはヒルダ以外は参加しておらず、
スリーピング・ナイツは今日はランとユウキとシウネーのみが参加している。
他の男性陣は、ノリが手術前の検査をするのに合わせて同じく検査中らしい。
シウネーが残っているのは、薬による治療を開始しているからであり、
検査のタイミングが他の者とズレたからだ。
「そうだな、とりあえず普通でいい。後はフレイヤ様の動きを見て作戦を変える予定かな」
「分かりました、それじゃあ普通にやりますね!」
「まあそう気張らなくてもいいからな。多分この戦闘は、そんなに手こずらないはずだ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺の予想が正しかったら、だけどな」
ハチマンはそう思わせぶりな事を言い、躊躇うことなくスリュムに近付いていった。
『むっ、この気配は………また来おったか、妖精王よ』
スリュムはハチマンの接近に反応し、目を開いた。
そうすると当然、その視界には、フレイヤが飛び込んでくる事になる。
『おおお?そこにいるのは、フレイヤか!
やっと我のものになる覚悟が出来たのだな!』
『神界の宝を取り戻す為に、妾は仕方なくここに来たのじゃ!
妾が欲しいのなら、先にミョルニルを渡してもらおう!』
『そなたが我が腕の中に来るのが先だ!』
『話にならん、ミョルニルが先じゃ!妾のミョルニルを返せ!』
そのままフレイヤとスリュムの会話が始まったが、どうやら平行線のようである。
スリュムはイコルに対しては何の注意も払っておらず、まるでいない者のように扱っている。
もっともイコル自身も今のところ傍観しているだけで、何もする気は無さそうに見える。
「ユキノ、今の聞いたか?妾のミョルニルだってよ」
「ええ、聞いたわ、どうやら間違いないようね」
「でもこのままいくと、フレイヤ様は戦闘に参加しなさそうだよな」
「このままいけばね」
「あのイコルさんって人はどう動くと思う?」
「正直予想が出来ないわね、そもそも彼、原典だと彼女だったはずなのだけれど」
「確かにそうだよな、ううむ………」
ハチマンとユキノはそんな会話を交わしていたが、
核心については何も話していない為、周りの仲間達はやきもきしていた。特にキリトが。
「ハチマン、そろそろ俺にもネタを明かしてくれよ!」
「そうだな、それじゃああのスリュムから、ミョルニルを奪えたら教えてやるよ」
「………お?あれを奪うのがとりあえずの目的って事でいいのか?」
「ああ、もし奪えたら、ミョルニルはフレイヤ様に渡してくれ」
「了解、速攻奪ってくるからネタばらしの準備は頼むぜ!」
キリトはそう言うと、仲間達にこう言った。
「みんな、今のうちにちょっと集まってくれ」
その求めに応じ、仲間達はキリトを囲むように集合した。
「今はフレイヤ様とスリュムが言い争いをしてるせいで戦いが始まってないけど、
スリュムのHPゲージが四本きっちり見えてる状態だから、多分攻撃は通ると思うんだよ。
という訳で、これから奇襲を行おうと思う。
各自全力で最大威力の攻撃をあいつに叩きこむんだ」
「おおキリト、アグレッシヴだな」
「ふふん、攻められる時に攻めるのが俺のモットーだ」
キリトはドヤ顔でそう言った。
「敵に気付かれずに近寄れれば、確かに有効な作戦だよな、
よし、駄目元で俺も動いてみるわ、もし成功したら、多分敵は隙だらけになるはずだ。
俺が合図をしたら、全員敵の背後から一気に攻撃な」
「お、悪だくみか?」
「人聞きが悪い、計略だ、計略」
そう言いながらハチマンは、手をひらひらとさせ、何故かイコルの方へと近付いていった。
「ハチマンの奴、何をする気だ?」
「何だろうね」
「リーダーの事だから、きっと何かとんでもない事をやろうとしてると思うな」
「ちょっとわくわくするわね」
そしてハチマンはイコルに話しかけ、イコルは感心したような顔をした。
そしてハチマンの話が進むに連れ、イコルの表情は徐々にニヤニヤといった感じに変わり、
直後にイコルの姿が女性に変化した。
「「「「「「「「えええええ?」」」」」」」」
間髪入れず、ハチマンから合図が送られてくる。
「合図?」
「かな?」
「よし、みんな行くぞ」
キリトの指示で、ハチマン以外がそろりそろりとスリュムの背後へと移動を開始した。
そしてイコル(女)はフレイヤの横に立ち、それを見たスリュムは好色そうな顔をした。
『むむむ、そなたは………?』
『私はフレイヤ様の侍女の、イコルと申します』
『ほうほう、良いではないか、良いではないか、
フレイヤ殿、我に輿入れする際には是非その侍女も一緒に………』
『だからミョルニルを先によこせと言っておる、そうすればその事についても考えてやろう』
『それは駄目だ、そなたを手に入れてからだ』
『くっ、聞き分けのない………』
スリュムはかなり頑固であり、その事について譲る気は無いようだ。
フレイヤはため息をつき、腕組みをしてどうすればいいのか考え始めた。
そんなフレイヤにイコルが何か耳打ちをし、
フレイヤはチラリとスリュムの背後を見た後、スリュムに言った。
『仕方ない、ここは妾が妥協しようぞ。ほれ、妾を好きにするがいい』
そう言ってフレイヤは、着ている服をはだけ、胸元を露出させた。
いきなりの方向転換である。当然スリュムの目はそちらに釘付けになったが、
その瞬間にキリトが手を上に掲げ、前に振り下ろした。
同時にクリシュナの強化魔法が全員にかかる。
「ヘキサブレード!」
「ファッドエッジ!」
「ペンタストライク!」
「ランブル・ホーン!」
「マジカルロジカルビーム!」
「デッドリー・シンズ!」
「ゲヘナフレイム!」
「アイスジャベリン!」
「絶対零度のダモクレス!」
「ストライク・ノヴァ!」
「真・緋扇!」
「スターリィ・ティアー!」
「マザーズ・ロザリオ!」
渾身の攻撃をまとめてくらったスリュムは、
HPの半分以上をいきなり削られ、ぐらりとその体が傾いた。
そしてここまで攻撃せずに敵を観察していたセラフィムとキリトが、
スリュムのミョルニルを持つ手に向けて攻撃を放つ。
「シールドバッシュ!」
セラフィムのシールドバッシュによって、ミョルニルを握るスリュムの手が一瞬開いた。
「ブレイクダウン・タイフォーン!」
そしてキリトが放ったその技の凄まじい衝撃によって、ミョルニルは宙へと舞い上がった。
『しまった、ミョルニルが!』
スリュムは慌ててそちらに手を伸ばそうとしたが、その手が何かに弾かれた。
「悪いな、これはもらうぞ」
その手を弾いたのはハチマンによるカウンターであった。
ハチマンはそのままスリュムを踏み台にしてミョルニルに手を伸ばし、
ミョルニルをしっかり掴むと、それをフレイヤ目掛けて投げつけた。
「確かに返したぞ、
『む、儂の正体を分かっておったか!』
フレイヤは老人のような声でそう言うと、
凄まじい勢いで飛んできたミョルニルを何なく掴んだ。
その瞬間にフレイヤの体が爆発的に膨らみ、巨大な神が姿を現した。
『げぇっ………き、貴様は………』
『スリュムよ、お前はやりすぎた。我がミョルニルの錆となるがよい!』
このフレイヤは、実は魔法によって姿を変えたトールであった。
トールはそのままミョルニルをスリュム目掛けて振り下ろし、
スリュムのHPはそれで全損する事となった。
「あのフレイヤ様ってトール様だったんだ………」
「おっさんじゃないかよ!詐欺だ詐欺!」
「一応これ、大雑把に神話の流れ通りだからな」
「えっ、そうなのか?」
「ああ、だから普通に読み易かったわ、でもまさかこんなに簡単に事が進むなんてな」
一同は今回の戦闘について、それで納得した。
そしてトールは満足そうに、傍らにいたイコルへと声をかけた。
『ロキよ、無事にミョルニルは取り戻せたぞ、これで文句はあるまい』
『文句なんか最初から無いってば』
『なら良いがな、とにかく助力には感謝するぞ』
『お礼はそこの妖精王に言ってよ、僕は上手く乗せられただけだからさ。
それじゃあ無事見届けた事だし僕は帰るね、また会おう、妖精達、
そして面白い妖精王君』
どうやらイコルの正体は北欧神話の邪神ロキであったようだ。
もっともロキは、邪神扱いとはいえ、愉快犯的側面が非常に大きい神である。
イコルはハチマンに手を振ると、そのまま溶けるように姿を消した。
そしてハチマンにユキノが話しかける。
「やっぱりロキだったわね」
「LOKIを逆から読むと、IKOLだからな。まあこれで大体は神話通りか」
「あなたがロキに声をかけたせいだけどね」
「上手くいったんだから別にいいじゃないかよ」
「別に責めてはいないわよ、ふふっ」
一方仲間達は、トールと共に勝利を喜び合っていた。
『妖精達よ、助力感謝する!我らの勝利だ!』
ここでトールが勝ち鬨を上げた。
「「「「「「「「おお!」」」」」」」」
味方も全員それに乗り、トールは満足そうに頷いた。
『楽しかったぞ、妖精達よ!また会おう!』
トールはそのままロキ同様に消えていった。
「ふう、まさかの展開だったね」
「あれ、それじゃあ本物のフレイヤ様は、行方不明のままみたいな?」
「いや、戦闘中もずっとここにいたぞ」
そう言ってハチマンは肘を高く掲げ、そこに上空から、
ボス戦突入前に解放した鳥が舞い下りてきて止まった。
よく見るとそれは小柄ながらも鷹のようだった。
「ハチマン、その鳥は?」
「忘れたのか?レイヤが鷹の羽衣を持ってただろ?」
「ああ~!」
『そういう事じゃ』
その瞬間に鷹がレイヤに姿を変え、そのままハチマンに抱きついた。
「むぅ」
アスナは思わずそう唸ったが、神が相手では文句も言えない。
『ハチマンよ、よくぞやってくれたの、で、
「ここです、どうぞ」
ハチマンから差し出されたブリシンガメンをレイヤが手に取った瞬間に、
レイヤが光に包まれ、そしてそこに、先ほどトールが変装していた姿とまったく同じ、
女神フレイヤが降臨する事となった。