第二十七層の主街区、ロンバールの片隅に再びやってきたハチマンは、
ヘパイストス鍛治店の扉を開け、中を覗いた。
「神ヘパイストス、いらっしゃいますか?」
『ん、おお、ハチマンではないか。まさかもうレーヴァテインを手に入れたのか?』
「すみません、それはまだなんです。
その代わり、これを打ち直して頂けないかと思いまして………」
そう言ってハチマンは、イロハの両肩に手を乗せ、前に押し出した。
「は、初めまして、イロハと申します、神ヘパイストス。
あの、これを分け御魂で二つに分けてもらって、
魔法用の杖に打ち直して頂けないかと思って」
そう言ってイロハは、ミョルニルをおずおずと差し出した。
基本的に物怖じしないイロハも、NPCとはいえ神の前に立つのは緊張するようだ。
『うおっ、そ、それは………』
ヘパイストスの反応は劇的だった。ミョルニルをひったくるように手に取ると、
ぶつぶつ言いながらミョルニルをじっくりと観察し始めたのである。
『ふむ、なるほど、ミョルニルとはつまり、神力を………』
すっかりミョルニルに魅了されてしまったようで、
まったくこちらに注意を払わなくなったヘパイストスの前に、
スッと歩み出る者がいた、フレイヤである。
フレイヤはヘパイストスの顔を下から覗き込むと、その体勢のまま呼びかけた。
『相変わらず武器の事となると、周りが見えなくなるのね』
『むっ、お、お主はフレイヤ、フレイヤではないか、久しいのう』
「あっ、知り合い設定なんですね、先輩」
「みたいだな、まあでも二人とも超メジャーな神様だからな、交流くらいはあるんだろうさ」
ハチマンとイロハがこそこそと囁き合う横で、フレイヤはヘパイストスを、
早く作業に入れとせかし始めた。
『ヘパイストス、気持ちは分かるけど、さっさと作業に入りなさい。
分け御魂をした後、本体はトールに返さないといけないんだから』
『そういう事か………分かった、すぐに作業に入ろう』
ヘパイストスはそう言ったが、ミョルニルを横に置き、最初にイロハの前に立った。
『妖精よ、そなたの力を少し見せてもらうぞ』
「は、はい」
ヘパイストスはじっとイロハの目を覗き込み、
手元のメモらしきものに何か書きつけていく。
実にレトロな表現だが、それが実に職人の神らしさの演出となっている。
『なるほど、では作業に入るとしよう』
そう言ってヘパイストスは、ミョルニルを持って奥に入っていった。
『ヘパイストスも中々やるもんじゃのう』
「ですね、どうやらお前の能力にキッチリ合わせた、
お前だけの為の杖を作ってくれるみたいだぞ、イロハ」
「は、はい、嬉しいです!」
伝説級の武器が自分に合わせて調整されているのだ、
イロハの喜びようといったらなかった。
「先輩、先輩、私、また強くなっちゃいますね!」
「だから姉さんを超えていけっての」
「それは無理ですってばぁ!先輩だって分かってる癖に!」
「ああ、いや、まあぶっちゃけるとそうなんだがな」
ハチマンは苦笑し、イロハの主張の正しさを認めた。
「ほら、やっぱり!」
『でも追いつこうと思わないと、いつまで経っても先達には追いつけないわよ、イロハ』
「ひゃっ!あ、は、はい!」
まさかフレイヤに名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、イロハは変な声を上げた後、
居住まいを正してそう返事をした。
「そうそう、目標はいくら高く持ってもいいんだぞ。
あんな馬鹿姉なんか、軽く超えてやるくらいの気持ちでいろって」
「わ、分かりました、気持ちだけは持っておきますね」
今までイロハは攻撃魔法に関しては、どうしてもユミーから一歩遅れる形となっていたが、
この日を境にイロハの実力は、ユミーと互角と呼べるまでに高まっていく事となる。
それからしばらくの間、カン、カン!というハンマーの音がこちらに響き続けた。
おそらくヘパイストスも、鍛治の基本システムは踏襲しているのだろう。
そして五分が経過し、やっとハンマーの音が止まった。
「随分長かったな、さすがは伝説の武器って感じか」
「ですね、ここまで長いのってちょっと記憶にないです」
「その分期待が持てていいじゃないか」
「ですね!」
そしてヘパイストスが姿を現し、最初にミョルニルをフレイヤに渡した。
『フレイヤよ、トールに返しておいてくれ』
『ええ、それじゃあ早速………』
フレイヤは再び闇のもやを発生させ、その奥に呼びかけた。
『トール、いるんでしょ?トール?』
『フ、フレイヤ!儂の、儂のミョルニルはどうした!?』
『うるさいわね、ほら、返すわよ』
『おおおおおお!』
もやの奥からトールの喜びの声が伝わってきて、ハチマンは苦笑し、
イロハは若干きまずそうな顔をした。
それを見たフレイヤは、慈愛の表情を見せると、再びトールに呼びかけた。
『トール、この子がミョルニルの分け御魂の持ち主になるわ、
あなたの子のようなものなのだから、きちんと面倒を見てあげるのよ』
「えっ!?」
イロハはいきなりのその言葉に驚いたが、その直後にトールがもやの中から顔を出した。
『むむっ………この美少女が我が眷属となるのか、よし、これをやる。
もし本当に困る事があれば、儂が一撃だけそなたの剣となろう』
そう言ってトールが首飾りを差し出してきた。
「うわぁ、いいんですか?ありがとうございます、大事にしますね!」
つい先ほどまでおどおどしていたはずのイロハはいきなり元気になり、それを受け取った。
トールはとても満足そうに姿を消し、同時に闇のもやも消滅した。
そしてイロハのテンションの変化は何でだろうと疑問に思ったハチマンに、
イロハは最近あまり見せなくなった、あざとい笑顔を向けてきた。
「先輩、私、美少女らしいですよ、どうします?えへへ」
それを懐かしく思ったのか、ハチマンはつい素の口調でこう答えた。
「いや、それを否定した事は無いからね」
「ええっ!?」
イロハは目を見開き、ハチマンに詰め寄った。
「先輩、今の、もう一度!もう一度お願いします!」
「ははっ」
だがハチマンはとぼけるように視線を逸らしつつ愛想笑いするだけで、
何も言おうとはしなかった。
『私がいるのに何をいちゃついているのかな?かな?』
それを見たフレイヤが、シャフ度かよと突っ込みたくなるくらい、
首を傾げながらそう突っ込んできた。
ハチマンは思わずビクッとし、イロハは放置してフレイヤに愛想笑いを向けた。
「も、もちろんフレイヤ様が一番に決まってるじゃないですか、ははっ」
「もう、先輩、無視しないで下さいよぉ!」
『もう、ハチマン、あまり褒めないで下さいよぉ!』
即座にフレイヤがイロハの真似をした。
(うわぁ、何だこの神様、本当にたちが悪いな)
ハチマンはそう思いつつ、そんな気持ちをおくびにも出さず、愛想笑いを続けた。
『なぁ、そろそろ杖を見てもらっても?』
そこにいたたまれない顔で、ヘパイストスがおずおずとそう言ってきた。
「あっ、すみません!」
『おっと、お遊びが過ぎちゃったね、ごめんごめん』
さすがの二人も空気を読み、悪ふざけをやめた。
『おほん、ではイロハよ、これを。名はミョルニルロッドと変えておいた』
ヘパイストスは気持ちを切り替える事に成功したのか、黄金色の杖を差し出してきた。
その意匠は杖に稲妻状の植物のようなものが巻きついたようになっており、
そこにビリビリと雷のエフェクトが発生していた。
「「おおっ」」
イロハのみならず、これにはハチマンも羨望の視線を向けた。
「マジか、おいイロハ、これ、俺にくれ」
「嫌ですよ、これはもう美少女である私のです!」
「調子に乗んな、くそっ、羨ましい」
『これはまた見事な杖に仕上がったわね』
フレイヤもこのデザインを気に入ったのか、ヘパイストスを賞賛する。
『やるじゃないヘパイストス、素敵ね』
『実にやり甲斐のある仕事だった、ハチマンよ、次も期待しているぞ』
「はい、必ずレーヴァテインをお持ちします」
そしてヘパイストスの鍛治店を出た後、
ハチマンとイロハはフレイヤに別れを告げようとしたのだが、
何故かフレイヤは去るそぶりをみせない。
「あ、あの、フレイヤ様は帰らないんですか?」
『どこに帰るっていうの?もしかして私を放り出すつもり?』
「「え………」」
『そもそも私がふらふら外を歩いてたら、色々な意味で敵に襲われちゃうわよ、でしょ?
なのでハチマンの家でお世話になるわ、いいわよね?』
「………………………あっ、はい」
こうしてフレイヤは、しばらくヴァルハラ・ガーデンに滞在する事となった。