それからフレイヤをヴァルハラ・ガーデンまで案内したハチマンは、
ユイとキズメルをフレイヤに引き合わせた。
「なるほど、そういう事か………仲良くやろう、フレイヤ殿」
「フレイヤ様、これからしばらく宜しくお願いしますね!」
二人は問題なくフレイヤを受け入れてくれたようだ。
ハチマンとしては、フレイヤが何か我侭を言い出すのではないかと心配だったのだが、
案に相違してフレイヤは大人しくしており、
仮の棲家とする空き部屋へ、ハチマンが案内する後を大人しくついてきた。
「それじゃあフレイヤ様、ここを自由に使って下さいね」
『………うん、ところでハチマン、あのユイちゃんって子、何者?』
「何者………とは?」
『あの娘から凄まじい力を感じたの、あれは神に匹敵するかもしれないわね』
「ああ~………」
元がカーディナル・システムの一部であるだけに、
フレイヤから見ればユイはそう見えるのかもしれない。
ハチマンはそう考え、フレイヤが大人しかったのはそのせいかと納得した。
同時にユイがいれば、フレイヤもそれなりに大人しくしていてくれるだろうと安堵した。
「まあそんな感じです、うちは最強ギルドを自認してますから」
『う~ん、人の作るギルドっていうのも案外侮れないもんだねぇ』
「ははっ、それじゃあ俺は落ちますから、またお会いしましょう」
ハチマンはログアウトしようとしたが、フレイヤはそんなハチマンを引き止めた。
『えっ?私と寝ていかないの?』
「寝っ………な、何言ってるんですか!?」
『私と同衾しないの?』
「いや、言い方の問題じゃないから」
(この健全なALOで、同衾を選んだ時にどうなるかは興味あるけどね)
ハチマンからしてみれば、その事に興味はあったが、
もちろんここでイエスを選ぶ事など論外である。
「すみません、さすがに今日は疲れたんで………」
『なら今度、疲れてない時にちゃんと相手をしてね!』
「いや、え~と………そ、そのうちで」
『うん、そのうちね!』
フレイヤは幸いそれで矛を収めてくれ、大人しく部屋に入った。
「やれやれ………それにしてもフレイヤ様は、どうやって暇つぶしをするんだろうか………、
今度二人に聞いてみよう」
ハチマンは興味本位でそんな事を考えつつ、ほっと胸を撫で下ろしながらログアウトした。
「ん………」
ログアウトすると、何故か体がとても重かった。
具体的には八幡の胸のあたりにとてつもない重力を感じる。
(何だ………?)
八幡はそう言って目を開き、そのまま左右を見回した。
陽乃と蔵人がいたはずのソファーには誰もおらず、
先にログアウトした二人は、既に仕事に戻ったか帰ったのだと思われた。
(まあこの時間なら帰ったのかな)
時刻は既に夕方になっており、辺りは薄暗くなっていた。
「よいしょっと」
八幡はそのまま体を起こそうとしたが、体が持ち上がらない。
「何が乗ってるんだ?また姉さんの仕業か?」
そのまま顔を起こすと、八幡の胸の上には美しい黒髪が乗っており、
嗅ぎなれた匂いが漂ってきた為、八幡はそれでこれが誰なのか理解した。
「この匂いは………優里奈か」
この場に他の誰かがいたら、おそらく八幡が匂いフェチだという風評が、
一晩で社内全体に広がってしまったと思われるが、幸い部屋には他に誰もいなかった。
「優里奈、おい、優里奈」
八幡は優里奈を優しく揺すった。
「ふぁ………あっ、八幡さん、お帰りなさい」
「おう、ただいま。で、どうして優里奈がここに?」
「えへっ、最近八幡さんと会えてないなって思ってたら、
うちの窓から八幡さんがアミュスフィアを被る姿が見えたんで、
ログアウトしてきた時に出迎えようと思ってここに来たんですけど、
そのままついうとうとしちゃって、今まで寝ちゃってたみたいです」
「そういう事か」
八幡は苦笑しながら窓の外を眺めた。
確かに遠くに、マンションの自分と優里奈の部屋の窓が見える。
「それじゃあ一緒に部屋に帰るか」
「はいっ!」
優里奈は嬉しそうに体を起こしたが、
そのせいで優里奈の豊かな双丘が八幡の目の前を通っていった。
真冬だというのに優里奈は胸の谷間が目立つ服を着ており、
八幡は目を背けながら優里奈に尋ねた。
「おい優里奈、そんな格好じゃ寒いんじゃないか?」
「あっ、はい、ちゃんと上着を持ってきているから大丈夫ですよ」
「そ、そうか、ならいい」
優里奈はとてもいたずらめいた表情をしており、
八幡は優里奈の薄着がわざとだと確信しつつ、
まさか俺に見せる為に薄着にしてきたのか、などとは聞けなかった。
さすがにそれは、自意識過剰男の所業だと思ったからだ。
(やれやれ………)
そして驚くほど軽くなった体を起こした八幡は、
どうしてあんなに重かったのか、その理由を嫌というほど理解した。
(そりゃ重い訳だよな、ってかあの重さが常に肩にかかってるんだ、
今日は帰ったら、優里奈の肩でもマッサージしてやるか)
八幡はそんな優しい事を考えながら、ふと思い付き、優里奈に尋ねた。
「そういえば姉さんとハリューがここにいなかったか?」
「はい、私が来た時はいましたけど、多分私が寝てる間に出ていったんじゃないですかね?」
「そっか、まあそれなら気にしなくてもいいか」
二人はそのままマンションへと移動し、
優里奈にお茶を入れてもらった後、八幡は存分に寛ぐ事が出来た。
「そういえばしばらくここに来れてなかったな」
「そうですね、その間、私がとても寂しがってましたよ?」
「悪い悪い、ちょっと色々ごたごたしてたんだよ」
「仕方ないからアスカ・エンパイアで、コヨミさんで遊んでました」
コヨミさんと、ではなくコヨミさんで、である。
少し拗ねているのだろうか、この辺り、優里奈が黒い。
「少し前なのに、何か懐かしい名前に聞こえるな。コヨミさんは元気か?」
「はい、もし大阪に来る事があったら一緒に遊ぼうって言われました」
「ん、コヨミさんは大阪に住んでるのか?」
「ですです」
「ふむ、大阪ねぇ………」
八幡は、優里奈を大阪まで遊びに連れてってやるのもいいか、などと考えていた。
優里奈と会ってから今日まで、八幡は優里奈を遠くに連れ出した事はほとんど無いからだ。
(まあでも、優里奈と二人で旅行ってのはさすがにまずいよな)
八幡は、優里奈が明日奈を困らせるような事はしないだろうと確信していた。
だがさすがに二人きりというのは問題があるというのも理解していた。
(日帰りでどこか近場に………でも今週はちょっと無理なんだよなぁ)
金曜はノリの手術があり、八幡は京都に行かなくてはいけない。
そこまで考えて、八幡はハッとした。
「ああ、そうか」
「八幡さん、どうかしましたか?」
「なぁ優里奈、今度の金曜、学校を休むような事になっても問題ないか?」
そのいきなりの質問に、優里奈は指を頬に当てながら考え始めた。
その仕草が若干いろはっぽかったが、八幡は特にあざといとは感じなかった。
これも日ごろの行いという奴なのだろうか。
「金曜ですか?私はこれでも優等生ですから、一日くらい問題ないと思いますけど」
「そうか、実は今度の金曜、俺は京都に行かないといけなくてさ、
まあノリの手術があるから、京都の結城病院に行くんだけどな」
「あっ、そうなんですね」
「で、それには明日奈とアイとユウと、四人で行く予定だったんだが、
土日に関しては別に用事もないし、観光してもいい訳だから、
もし良かったらそれに優里奈も同行しないか?みんなでプチ旅行としゃれ込もうぜ」
ちなみに土曜の夜は、イベントのラスボスであるガイア戦が予定されているが、
それはホテル辺りからログインすれば問題ないと、八幡は考えていた。
「わ、私も連れてってもらえるんですか!?」
「ああ、思えば優里奈を引き取ってから今日まで、
留守番ばかりしてもらって、優里奈を遠くに連れ出す機会が無かったからな。
せっかくだし、もしコヨミさんの予定が空いてるなら、
京都まで足を伸ばしてもらえれば合流も出来るんじゃないか?」
「あ、ありがとうございます、コヨミさんに聞いてみますね!」
優里奈は満面の笑みを浮かべた。本当に嬉しいのだろう。
「冬ってのが申し訳ないが、まあ夏に軽井沢辺りに行けばいいしな」
「申し訳なくなんかないですよ!八幡さんと一緒ならどこにでも!」
その優里奈の激しい勢いに、八幡は若干頬を赤らめた。
「………まあ喜んでもらえたなら良かったよ」
それから二人は色々と準備を開始した。
優里奈はコヨミに連絡を取り、無事に承諾をとりつけたようだ。
明日奈、藍子、木綿季も問題なく優里奈の同行を承諾し、
京都に行ってからどうするか、優里奈も交えてACSで話す事となったらしい。
「八幡さん、コヨミさん、オーケーだそうです!」
「それは良かった、それじゃあ京都に行った後の予定も立てといてくれな」
「はい!」
こうして週末、ノリの手術に立ち会った後、軽く京都観光をする事が決定された。
だが次の日の夜、八幡が予想だにしない展開が待ち受けていた。
『もしもし、私だけど』
「おう詩乃、何か用か?」
『明日奈達と昨日たまたまACSで一緒になったんだけど、私も連れていきなさい』
「………ど、どこにだ?」
八幡は、まさかそうくるとは思っていなかった為、咄嗟にそう誤魔化した。
『とぼけないで、家族で京都に行くんでしょう?』
「………………へ?家族?」
『八幡と明日奈、藍子、木綿季、それに優里奈って事は、全員八幡の家族じゃない。
それなら私を誘わないのはおかしいと思わない?私の保護者はあんたなのよ?』
確かに詩乃は、学校では八幡の被保護者という扱いになっており、
そう強弁出来る理由は確かにある。
「………はぁ、分かった分かった、連れてってやるから金曜は学校を休めよ」
『全く、言われなくても最初から誘いなさいよね』
「へいへい、申し訳ございませんでした」
フェイリスも同じ立場であるが、今回は店を離れられないとの事で、不参加らしい。
その後、フェイリスが泣きながらそう連絡してきた為、
八幡はフェイリスに、お土産を買ってくる事を約束した。
こうして同行者が一人増え、八幡は再び京都の地へと向かう。