ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1136話 抗えぬ誘惑

 ランキングが発表された後、ルシパーとサッタンは相当落ち込んでいた。

 

「おいルシパーよぉ」

「………おお」

「ままならねえよなぁ」

「………だな」

 

 そんな二人の姿を見かねたのか、他の幹部達が、気分転換に行こうと二人を誘ってきた。

 

「二人とも、ちょっと気分転換した方がいいんじゃねえの?

そんなんじゃストレスがたまる一方だぜ?」

「それなら俺、いい情報を知ってるぜ」

「気分転換か………どこに行くんだ?」

「何か最近、アインクラッドに辻アイドルが出るらしいのよ、

で、それを見に行ってみねえかって思ってよぉ」

 

 そのマモーンの言葉にルシパーは首を傾げた。

 

「辻アイドル?何だそれは」

「ほら、ヴァルハラのあの二人だよ。

顔がフランシュシュの水野愛と紺野純子と同じ顔をした」

「あの二人、歌も歌えるのか!?」

 

 何故かサッタンが激しく食いついてきたが、

そんなサッタンに、ベゼルバブーンが腕組みしながらうんうんと頷いた。

 

「本当に本物なんじゃないかって噂になってるくらい、上手いらしいぜ」

「マジか!よしルシパー、すぐに行くぞ!」

「お、おい、サッタン!」

 

 サッタンはルシパーの返事も聞かず、そのまま外へと飛び出していった。

丁度その時ギルドホームにやってきたアスモゼウスが、

全力で走っていくサッタンとすれ違い、ぽかんとした顔をする。

 

「ちょっと、何があったの?サッタンは一体どうしちゃったの?」

「いや、それがな………」

「もしかしてあいつ、フランシュシュのファンなんじゃないか?」

「ありうる………」

「フランシュシュ?何でその名前がここで?」

 

 アスモゼウスは、先日知りあったピュアとウズメの顔を思い出しながらそう尋ねた。

 

「いや、最近話題になってる辻アイドルがいるんだよ」

「例のヴァルハラの、あの二人な」

「あ、ああ~!」

 

 アスモゼウスも二人が辻ライブをしている事は知っていたが、

まさかもうそこまで評判になっていたとは知らなかったのである。

ALOにはこういったプレイヤーの手によるイベント事は数多いが、

今までとは毛色が違う分、その噂の広がり方も早いのかもしれない。

 

(誰かしら護衛もついてるはずだし大丈夫だとは思うけど………)

 

 アスモゼウスは、サッタンがあの二人に迷惑をかけるのではないかと危惧したのである。

 

「とりあえず私達も行きましょ、ほら、早く!」

「お、おう………」

「何だよアスモゼウスの奴、ライバルの登場で焦ってんのか?」

「さあ………」

 

 勢いよく走っていったアスモゼウスは、だがピタリと足を止めた。

 

「………」

「どうした?」

「いや、どこでやってるのかなって思って」

 

 そのアスモゼウスのドジさに、仲間達は笑い転げた。

 

「あはははは、何やってんだよお前」

「二十二層だよ、あそこには敵が出ないからな」

「そ、そう、それじゃあ早く案内しなさいな」

「へいへい、それじゃあみんな、行こうぜ」

「「「「「おう!」」」」」

 

 こうして七つの大罪の幹部連は、転移門から二十二層へと飛んだ。

ちなみにサッタンも、転移門前でまごまごしていたのでそこで拾っていった。

 

 

 

「こ、これは………」

 

 現地に着き、その熱狂ぶりを目の当たりにしたルシパー達は、圧倒された。

本格的な照明、ナタク謹製の携帯用簡易ステージ、

当然客席は満員であり、ルシパー達はステージに近付く事が出来なかった。

 

(うちにこんな物が用意出来るか?いや、出来ねえ。

くそっ、俺達とヴァルハラの、一体何が違うってんだよ………)

 

 そんなルシパーの目の前で、ウズメとピュアがステージに上がる。

その見事な歌と踊りに観客達のボルテージは一気に最高潮に達した。

 

「みんな、聞いてくれてありがとう!」

「おおおおお!」

 

 サッタンもルシパーの隣で大興奮状態であった。

その表情は、このライブを存分に楽しんでいるようにしか見えず、

ルシパーのように余計な事を考えているそぶりはまったくなかった。

 

(サッタンの奴、楽しそうだな、それに引き換え俺は………)

 

 ルシパーは、歌を単純に楽しむ事が出来ず、

ウズメとピュアはまさか本物なのか?とか、これを企画するのにどのくらいの資金が必要か、

などとおかしな方にばかり思考が向いてしまい、

結局この曲が終わるまで、ずっと難しい表情でいる事しか出来なかった。

 

「おいルシパー、どうした?せっかくなんだしもっと楽しめよ」

 

 そんなルシパーの表情に気付いたのか、サッタンが訝しげな表情でそう問いかけてきた。

 

「お、おう、何か変な事ばっかり考えちまってよ………」

「まああんな事があった後なんだ、気持ちは分かるけどよ、

せっかくアイドルがここまでやってくれてるんだ、今は楽しもうぜ」

「………努力する」

 

 そのまま続けて次の曲が始まり、サッタンは再び熱狂し始めた。

それに影響されたのか、ルシパーも徐々にライブに集中していく。

他の幹部達も、この時ばかりはロールプレイをする事なく、

存分にライブを楽しんでいるように見えた。

 

(こいつらをここまで熱狂させちまうなんて、ウズメとピュアだったか、凄えな………)

 

 そんな時、ウズメとルシパーの視線が偶然合い、

ウズメが確かにルシパーに微笑んでくれたように見えた。

実際、微笑んだのは確かなのだが、ウズメとしては客席に向けて微笑んだだけであり、

特にルシパーを意識してはいない。

だが女性関係の耐性が全く無いルシパーは、それでウズメに参ってしまった。

 

(女神がここにいた………)

 

 そして二曲目が終わり、軽く休憩という事で、二人は舞台袖に引っ込んでいった。

これもプロの力なのか、ルシパーはいつの間にかおかしな事を考えなくなっており、

高揚したままのいい気分を保つ事が出来ていた。

 

「おい、最高だったな!」

「だな!」

「ウズメちゃん、可愛いなぁ………」

「俺はピュアさん派だな!」

 

 そんな七つの大罪らしからぬ会話を交わしてしまうくらい、

七人は今のパフォーマンスに興奮していた。

アスモゼウスも自身の心配が杞憂で終わりそうだと分かった後は、

余計な事は気にせずにライブを楽しんでいた。

 

「次はまだかな………」

「どうだろうな」

「舞台袖は………」

 

 そのベゼルバブーンの言葉に釣られ、アスモゼウス以外の六人は、何となくそちらを見た。

と、そこには左右からハチマンの腕にすがりつく二人の姿があり、

ハチマンはそれを宥めつつ、二人をステージに押し出そうとしていた。

 

「なっ………」

「ハチマンの奴、何て羨ましい………」

「まあ同じギルドなんだから仕方あんめえ」

「きっと護衛も兼ねてるんだろうな」

「さて、やっと次の曲だな」

「ん?ルシパー、どうかしたか?」

「い、いや、何でもない」

 

 実はこの時ルシパーは、思ったよりも自分がショックを受けている事に驚いていた。

 

(何だこれは………まさか俺はハチマンに嫉妬しているのか………?)

 

 そして同時にこうも考えていた。

 

(俺がもっと強かったら、あそこに俺がいた可能性もあるのか………?)

 

 当然その可能性はゼロであるが、今のルシパーに、そんな理屈は通用しない。

 

 

 

 その後の事を、ルシパーはよく覚えていない。

仲間達と共に曲に熱狂していた気もするが、定かではない。

そしてルシパーは、気がつくと小人の靴屋のギルドホームで、グランゼの前に立っていた。

 

「ルシパー、アポも無しにいきなり何の用だい?」

「グランゼ、俺達の装備をもっと強化する事は出来ないのか?

同じハイエンド装備でも、ハチマンの雷丸と比べて、弱すぎる気がしてならん」

 

 その直接的な言い方に、グランゼは内心でイラッとした。

これではまるで、小人の靴屋が、ひいてはグランゼが、

職人として無能だと言われているような気がしたからだ。

更にグランゼは、七つの大罪用の装備を既存のレシピで作った自分の判断を、

ルシパーに責められているような気分にもなっていた。

こうなるとグランゼの態度も硬化する。

 

「今の剣じゃ駄目だと?」

「ああ、あれではハチマンには勝てん」

「要はハチマンか………」

 

(ハチマン相手に何を熱くなってるの、この馬鹿は)

 

 グランゼはイライラしながらそう考えつつ、

同時にルシパーを追い払ういいアイデアを思いついた。

 

(そうだ、あれのテストをさせればいいわ。

前の時は、別に強くも何ともない私の部下が、あのホーリーを倒せたんだから)

 

「要はハチマンを倒せればいいんでしょう?それなら魔砲があるじゃない」

 

 そう、以前三竜戦で魔砲を発射したのは、

姿隠しの魔法を使った小人の靴屋の実行部隊の一人なのであった。

その時は向きを変えた後、密かに作っておいた遠隔発射のギミックを使用した為、

姿隠しの効果を消さないまま発射する事が出来たのだが、

その時にルシパーも一緒に倒してしまった為、当然その事を言う訳にはいかない。

 

「あんな当たらない武器が役に立つか!それにあれは、この俺様を………」

「あれは不幸な事故だったわね。それと言ってなかったかしら?

あれはうちで改造して、今は威力が多少落ちたけど、命中率は相当上がってるのよね」

「命中率を上げただと?」

「ええそうよ、だからもう一度、魔砲を使ってみなさいよ」

「いや、それは………」

 

 自分の事を剣士だと思っているルシパーは、魔砲を使う事に躊躇いがあった。

だがグランゼの次の言葉がルシパーの心の暗い部分にスルリと入り込む。

 

「あのホーリーだって倒せたじゃない、ハチマンなんか簡単に………ね?」

「あのハチマンを、簡単に倒せる………のか?」

 

 そこからの記憶もまたあやふやであったが、

気がつくとルシパーは七つの大罪のギルドホームに戻っており、

そのストレージの中には魔砲が収納されていた。

以前なら入らなかったはずだが、軽量化にも成功したのか、ギリギリ収納可能となっていた。

 

「お?ルシパー、どこに行ってたんだ?いきなり姿が見えなくなったから驚いたぜ」

「ああ、いや、すまん、ちょっと野暮用でな」

 

 共に魔砲の犠牲になったサッタンにそう心配され、

ルシパーは何となく気まずさを感じ、それを隠すように誤魔化しの言葉を発した。

 

「それよりもルシパー、ビッグニュースだぜ」

「ん、何かあったのか?」

「どうやらヴァルハラの奴ら、土曜の夜に、ラスボスに挑むらしい」

 

 サッタンの情報源は、他ならぬハチマンである。

ライブが終わった後、楽屋に握手してもらおうと向かったサッタンは、

アスモゼウスに止められはしたが、

その過程でウズメとピュアにそう話すハチマンの言葉を聞いてしまったのである。

 

「何だと?土曜の夜っていうと、三日後か」

「どうやらこっちとあっちのラスボスは種類が違うらしいが、

ルシパー、これはヴァルハラを出し抜く大チャンスになるんじゃないか?」

「むぅ、確かに………」

 

 この日から七つの大罪は、ヴァルハラよりも先にラスボスに挑むべく、

SDSと協力してクエストの進行に血道を上げる事となった。


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