「おい、聞いたか?ルシパーの奴、ランキングの順位が下がってついにキレちまったらしい」
「キレたって、何かしたのか?」
「ヴァルハラを出し抜いてボスに挑むんだって、
寝る間も惜しんで攻略を続けてるんだってよ」
「今朝、海洋ステージで神ニョルズも撃破したって話だぜ」
「へぇ、そりゃ凄えな」
「でもドロップアイテムは、SDSの奴が持ってったらしい」
「SDSかぁ、最近出来たギルドだろ?何か集団戦が得意だとかいう」
「それでヴァルハラに勝てるなら苦労しないんだけどな」
「いやいや、でも七つの大罪と組んでるんだ、ヴァルハラも軽視出来ないだろ」
「そのヴァルハラのボス戦は明日らしいな、何でもそこが一番人が集められるとか何とか」
「こりゃ下克上、あるか?」
このところの巨人側プレイヤー、
特に一時的に手を結んだ七つの大罪とSDSの勢いは凄まじかった。
どちらのギルドも二十四時間体制で攻略を進め、
ヴァルハラにとってのアレスに当たる、ニョルズを撃破するに至ったのである。
ちなみにドロップ品は槍であり、その槍を手に入れたのは、
かつてリーファも参加していた、シグルドパーティのメンバーだった者である。
それに関しては二つのギルドで公平にコイントスで決めた為、特に揉めたという事はない。
ルシパーも幹部の中に槍使いがいなかった事もあり、
表面上は特にこだわりは見せなかったようだ。そう、表面上は。
「………だそうだ、どうする?ハチマン」
「どうもこうもない、俺達は傍観するだけさ」
「まあそれしかないか」
「まあフレイヤ様に聞いたら、かなり鬼畜なボスらしいから、
初見突破はかなりきついだろうってよ。
リトライも二十四時間後じゃないと出来ないらしいから、まああいつらの頑張り次第かな」
そんなプレイヤー達の会話を聞きながら会話していたのは、
変装したハチマンとキリトである。
この後ハチマンは京都に出発してしまうのだが、その為に大事な相談があった為、
二人はALO内で落ち合い、情報収集がてら、こうして話し合いをしていたのである。
「何だキリト、エクスキャリバーが取られちまうんじゃないかって心配なのか?」
「もうその心配は無いって知ってる癖に………向こうのドロップアイテムは別物なんだろ?」
「何だ、バレてたか」
「うちの掲示板は真面目に見てるからな」
今日ここまでの間、ハチマンもサボっていた訳ではない。
当然巨人側プレイヤーが激しく動いているという情報は得ており、
アスモゼウスやヤサ、バンダナ、グウェンから情報をもらいつつ、
その動向にはしっかりと気を配っていた。それでルシパー達の最終目的地が、
空中宮殿とはまったく関係ない場所だと分かったハチマンは、
その事を訝しく思い、情報の再精査を行っていたのである。
具体的にはモエカを使い、巨人側の二万匹討伐クエストを受けさせてみたのだが、
その過程でとんでもない事実が発覚した。
クエストリストには『エクスキャリバー』、もしくはそれに類する文字が出てこない為に、
今まで誰も気付いていなかったのだが、実はNPCが報酬として仄めかしていたのは、
エクスキャリバーではなく、エクスキャリ
この事は関連ギルドにのみ通達され、業界最大手のMMOトゥデイですら、
この情報は持っていないくらいの、トップシークレットなのであった。
「まさかそんなネタでくるなんてな」
「まああっちはメインシナリオじゃないんだ、報酬に差があるのは当然だろ」
「開発としては、ALOは北欧神話ベースを変えたくないっていう意思表示かもな」
二人は盛り上がる一般プレイヤー達を横目で見ながらそんな会話を交わしていた。
その時向こうから、ルシパーとシグルドが並んで歩いてきた為、
ハチマンとキリトは顔を隠しつつ、そちらの様子を伺った。
二人は一見仲が良さそうに見えるが、会話の時に絶対に相手の顔を見ない為、
ハチマンからすると、その思惑が透けて見える。
「あいつらこのイベントが全部終わったら、絶対に仲違いするな」
「あ~………やっぱりそうか?」
どうやらキリトも、本能的に二人の不和を感じ取っていたらしい。
「まあお手並み拝見といこうぜ、
今日の戦いをすんなり勝てるようなら今後はいいライバルになってくれるだろうしな」
「二人とも、成長した感じだったんだけどなぁ………」
ハチマンとキリトは肩を竦めながら、そのまま二人を見送った。
「さて、今日の本題に入るか」
「だな」
キリトはそう答え、コンソールから何かの検索を始めた。
「俺としては、この辺りをお願いしたい」
「これな、ちょっとメモるわ」
「で、リズの好みは多分この辺りで………」
「ふむふむ………」
「あとこの前カフェに行った時の感じだと、
シリカとルクス、それにグウェンの好みはこれ、これ、あとこの辺りだと思う」
「俺の記憶とも一致するな、この辺りで検討するか」
そう、二人は今、学校の友人達の為のお土産について話をしていたのである。
おそらく皆、何をもらっても喜ぶと思うのだが、
出来るだけ各人の好みに合った物を贈ってより喜んでもらいたいとハチマンは考え、
こうして朝早くからキリトに付き合ってもらったのだった。
「サンキュー、参考になったわ。後の難関はウズメとピュアか………」
「えっ、あの二人なら、好みとか調べればいくらでも出てくるんじゃないか?」
「いや、それがな………」
ハチマンは声を潜めながら、ひそひそとキリトに囁いた。
「色々検索した結果、愛の好みは焼肉、純子の好みは和食、納豆だったんだよ」
「あはははは、そりゃもう開き直って、無難なお菓子を贈るしかないな」
「一応フランシュシュ全体で大きめのを贈ろうと思ったんだけどな、
そうするとあの二人が拗ねそうだから………」
「ああ~、それだけだと確かにそうかもな」
「まあ何か考えるわ、それじゃあもうすぐ出発の時間だから、俺は行くわ」
「ノリの事、宜しく頼むな」
「大丈夫、絶対に助けてみせるから」
「こっちの事は任せてくれ、何かあったら報告するわ」
「おう」
そしてログアウトするハチマンを見送った後、
キリトは朝食を食べようと一旦ログアウトしたのだが、
その目にどこかで見たようなプレイヤーが飛び込んできた。
そのプレイヤーは、ぶつぶつと呟きながら、暗い表情をしていた。
(あれは………確かアスタルトだったか?)
よく見るとその横にはアスモゼウスの姿もあり、
キリトは興味を惹かれて二人の方に歩いていった。
「まあタルト君の気持ちも分かるわ、
貴方、どうしてうちにいるのか分からないくらい、真面目ですものね」
「うん………最近はマシになってきた気もするんだけど、
やっぱり僕は、七つの大罪には合わない気が………」
(ふ~ん、そういう事か………)
その時キリトとアスモゼウスの目が合い、アスモゼウスがヒュッと息を呑んだが、
キリトはそれを目で制した。
(俺の事は気にしないでいい)
(わ、分かったわ)
アスモゼウスはこくこくとキリトに頷くと、アスタルトとの会話に戻った。
「………僕、本当はヴァルハラに入りたかったんだ、
ユキノさんの事を本当に尊敬してて、で、その弟子になりたいなって」
「そうなの!?」
「うん、でもその為には実績が必要なんじゃないかって思って、
たまたま誘われた七つの大罪に入ったんだよね」
「そういう事だったのね」
その会話を聞き、キリトは腕組みをして考え込んだ。
(こいつなら、このままうちに引き抜いてもいいんだろうが、でもなぁ………)
さすがに今の状況でアスタルトを引き抜くのは、
敵が攻略を失敗するのを願っているようにも捕らえかねられない為、出来ない相談であった。
(まあ円満に抜ける事が出来たら………)
そう考えたキリトは、アスタルトの肩にポンと手を置いた。
「えっ?あ、あなたは!?」
「よっ、お前、うちに入りたかったんだって?」
「キリトさん!?」
アスタルトは目を大きく見開き、もじもじした顔をした。
「は、はい、実は………」
「正直うちとしては、それを認めてもいいかなって思ってる。
お前は中々出来る奴みたいだしな」
「は、本当ですか!?」
「でもそれは今じゃない、分かるな?」
「………………はい」
「なのでラスボス戦で誰も文句が言えない実績を作ってみせろ、
そうすればヴァルハラへの道も開けるかもしれないぞ」
キリトのその可能性を示唆する言葉に、アスタルトは目を輝かせた。
「………はい!勝って義理を果たしたら、必ず挨拶に行きます!」
「頑張れよ」
キリトはアスタルトを激励し、アスタルトは二人に頭を下げ、そのまま去っていった。
「………良かったの?」
「別にいいだろ、ギルドの移籍なんか珍しい事じゃないし、
ハチマンも優秀な仲間が増えるのは大歓迎なはずだ」
「………ねぇ、私もそろそろ潮時かなって最近思い始めたんだけど」
「そういやアスモゼウスは前からそう言ってたよな、考えとくわ」
「うん、お願い。それじゃあ私も行くわ、攻略の準備をしないと」
「ボス戦はいつになりそうなんだ?」
「多分今日中」
「そうか、まあ頑張れよ」
そうアスモゼウスを激励したキリトは、ふと思い付き、アスモゼウスを引き止めた。
「どうしたの?」
「いや、伝えておくべき情報があったなと思ってさ」
そのままキリトはエクスキャリ
「最後の最後で締まらない事になったわね………」
「でもまあプレッシャーは減っただろ?」
「それは………確かにね。まあうちにはお似合いかも、ふふっ」
アスモゼウスはそう言って笑い、今度こそ去っていった。
そして攻略は進み、夜に挑んだラスボス戦があんな結末になろうとは、
この時は誰も想像していなかった。