ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1138話 ノリの将来

 ALOからログアウトした八幡は、着替えを終えると、

優里奈と連れ立って東京駅へと向かった。

 

「八幡さん、着いたらすぐにノリさんの手術ですか?」

「ああ、その予定だ」

「それじゃあ向かってる途中から、いっぱい力を送らないとですね」

「だな」

 

 優里奈は旅行だというのにまったく浮かれた様子を見せず、

最初にノリの事を心配していた。

それを嬉しく思いつつ、八幡は目を細めながら優里奈の頭を撫でた。

 

「な、何ですか?」

「いや、優里奈は本当にいい子に育ってくれたなと思ってな。

まあ別に俺が育てたって訳じゃないんだけどな」

 

 八幡にそう言われた優里奈は目をパチクリさせた後、何故か頬を染めながら下を向いた。

 

「えっと………育ててもらってますよ?」

 

 そう言いながら優里奈は自分の胸をそっと撫で、

その意味を悟った八幡は慌てて目を背けた。

 

「いやいやいや、俺は何もしてない、してないよな!?」

「ふふっ、どうでしょうね?」

「待って待って、そのマジ顔はやめて、本当に不安になるから」

「ふふっ、この前はありがとうございました」

「え、何そのお礼、本当に俺、寝てる間とかに優里奈に何かした?いや、むしろされた?」

「八幡さん、恥ずかしいです」

「えええええ?」

 

 傍から見れば、バカップル認定される事は間違いない、そんな会話を交わしながらも、

二人は東京駅の待ち合わせ場所に到着した。

 

「八幡く~ん!」

 

 八幡の姿を見つけた明日奈がこちらに手を振ってきたが、

明日奈ほどのルックスの持ち主がそれをやると、かなり目立つ。

というか、周囲の注目を一身に集めてしまう。

そして呼ばれた八幡も、鬼のルックスとスタイルを持つ優里奈が隣にいる為、

周囲の男性陣の嫉妬の視線を浴びせかけられ、居心地が悪い事はなはだしい。

ALO内ではそういった視線も平気だが、さすがにリアルだと若干こたえるのだ。

 

「お、おお、明日奈、おはよう」

「明日奈さん、おはようございます」

「二人とも、おはよう!」

 

 明日奈は当然のように八幡の腕にすがりついてくる。

八幡としては痛し痒しだが、もちろん引き離すような事はしない。

 

「八幡君、知盛さんの調子はどうなの?手術は成功しそう?」

「体調は万全にしてもらったし、システムを使ったリハーサルも結果は上々らしい。

先ず間違いなく成功するはずだ」

「そっか、それならいいんだけど、私達も成功するようにお祈りしなきゃね」

「ああ、そうだな」

 

 そこから藍子、木綿季、詩乃が続けて現れた。三人も既に到着していたが、

お手洗いや買出しの為に散っていたらしい。

三人の口からも、最初に出てきたのはノリを心配する言葉だった為、

八幡はうちの家族はみな心が優しいなと、とても嬉しく感じる事となった。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

「うん!」

「ユウ、里帰りね」

「まああっちに家は無いけどね!」

「私、小学校の修学旅行以来かもです」

「私は完全に初めてかしら」

 

 六人はボックスを二つ占領し、そこに陣取った。

もっとも予約席な上、八幡は今回八席全部を予約していたので何の問題もない。

ここで通常は、席順を決めるジャンケンが行われるのが通例なのだが、

今回は片方の窓側に八幡と明日奈が向かい合わせに座り、

残りの四人は適当に交代しつつ、反対側のボックスと八幡の隣を移動する事とされた。

最初に二人の横に座ったのは藍子と木綿季である。

 

「八幡、ノリの具合はどんな感じなの?」

「ああ、まったく問題ない。検査の結果も良好だし、

物事に百パーセントは無いにしろ、手術もほぼ間違いなく成功するって話だ」

「そっかぁ、それなら良かったのかな」

「元気になった後、ノリはどうするのかしらね、確か二十歳よね?」

「可能な限り、本人の希望を叶えてやるつもりだ。まだ聞いてないけどな」

「そういえば、ノリの将来の夢って聞いた事無いなぁ」

「お嫁さんって言ってなかった?」

「ああ、ノリってば乙女だものね」

 

 それを皮切りに、新しく作る家の話やガイア戦の話をしていると、

二時間と少しの時間はあっという間に過ぎ、六人は無事に京都へと到着した。

 

「さて、迎えが来てるはずなんだが、どこかな」

「八幡君!」

「あ、経子さん、わざわざすみません」

 

 迎えに来ていたのは陽乃と共に先行していた経子であった。

経子は直接的にソレイユの社員という訳ではない為、こういう場合に動き易いのである。

 

「車は会社のハイエースですよね?俺が運転しますね」

「あらいいの?ありがとう、それじゃあお任せしようかしら」

「はい、任せて下さい」

 

 運転は八幡がする事になり、助手席は明日奈、その後ろに詩乃と優里奈、

そして最後尾には、経子を挟むように藍子と木綿季が座った。

 

「二人とも、元気でやってるみたいで安心したわ」

「経子さん、あまり顔を出せなくてごめんなさい」

「いいのよ、学業が優先ですからね。特に二人は遅れ気味なんだから頑張らないと」

「うん、ボク達ちゃんと頑張ってるから安心してね」

「不安になんか思ってないわよ、ふふっ」

 

 一行はそのままとりあえず旅館に移動し、チェックインを済ませた後、

荷物だけを置いてそのまま結城病院へと向かった。

 

「ご当主!お久しぶりです!」

「え、ちょっと知盛さん、勘弁して下さい………」

 

 一行を出迎えたのは、これから手術を控えた知盛であった。

職員達のうち、手の空いてる者も八幡に頭を下げてきた為、八幡は閉口しつつ知盛に言った。

 

「知盛さん、さっさと代わって下さいよ」

「あはははは、親父が生きているうちはまあ我慢してよ。

その後ならいくらでも引き受けるからさ」

「くそっ、あの爺、暗殺してやろうかな………」

「ははっ、出来るものならね」

 

 八幡と清盛の仲の良さを知ってる知盛にそう言われ、八幡は何も言う事が出来なかった。

心の中では長生きして欲しいと思っているのは間違いないのだが、

それを素直に口に出すのは嫌で仕方がなかったからである。

 

「ごめんなさい知盛さん、うちの八幡君は、素直じゃないんです」

「お、おい明日奈………お前だってあの爺は嫌いだろ?」

「まあ昔は確かにね。今は別に好きだよ?」

「ぐぅ………」

 

 八幡は助けを求めるように藍子と木綿季を見たが、

二人がニ人とも明日奈と同じ答えを返してきた為、

八幡は悔しそうな顔をし、話を逸らすように知盛をせかした。

 

「さあ知盛さん、そろそろ手術の準備に入りましょう」

「ははっ、もうバッチリ終わってるよ、後は時間を待って開始するだけさ」

「あっ、先生、その前にノリに会えますか?」

「もちろんだ、直ぐに案内しよう」

 

 八幡のその頼みを快諾し、知盛はノリの病室に向けて歩き出した。

 

「美乃里ちゃん、入ってもいいかな?」

「あっ、はい、どうぞ!」

 

 病室に入り、八幡の顔を見た瞬間、ノリこと山野美乃里は顔を輝かせ、

ベッドから下りて八幡に駆け寄ろうとした。

 

「あ、兄貴!」

「あっ、駄目だってば!」

 

 傍についていた看護婦がすんでの所で間に合い、美乃里を止める事に成功した。

 

「ノリ、俺は逃げたりしないんだから、とりあえず落ち着け」

「あ、うん、ごめん兄貴、ちょっと興奮しちゃって………」

 

 美乃里はそう言ってはにかむと、他の者達に目を向けた。

 

「藍子、木綿季、久しぶり」

「うん、久しぶり」

「遂にこの日が来たね、みんなの力で絶対に病気に勝とう!」

「もちろん!スリーピング・ナイツ魂を見せてやらないと!」

 

 三人は勇ましくそう声を掛け合い、続けて詩乃と優里奈が前に出た。

 

「ハイ、ノリ、初めましてになるのかしら」

「その喋り方はもしかしてシノン?うわぁ、こっちだとイメージ変わるねぇ」

「あ、あの、私の事はさすがに分かりませんよね?」

「え?え~っと………」

 

 優里奈にそう言われた美乃里は、優里奈の顔から下に視線を向け、

その胸でピタリと目を止めた。

 

「ああっ、ナユタちゃんだから優里奈ちゃんだ!どう?合ってる?」

「………今私のどこを見て判断しました?」

「あはははは、気にしない気にしない、ってか師匠!師匠と呼ばせて!

私の理想がここにある!私は優里奈ちゃんになりたい!」

「こらノリ、暴走すんな」

 

 八幡はそんな美乃里の頭をコツンと叩いた。

 

「ノリにはノリの良さがあるんだ、ノリが優里奈になる必要はない」

「そ、そうかな?」

「ああそうだ、で、体調の方はどうだ?手術には耐えられそうか?」

「もっちろん!この日の為にずっと準備してきたんだもん、コンディションはバッチリ!」

「そうか、手術の時は俺達もずっと傍にいるからな、お前は一人じゃない、それを忘れるな」

「うん、ありがとう兄貴」

 

 美乃里はそう言って頬を染め、下を向いた。八幡の前では相変わらずの乙女のようだ。

 

「で、手術の前に一つ聞いておきたいんだが、

この手術が成功した後、ノリは何かやりたい事ってあるか?」

「成功は前提なんだね」

「当たり前だろ、で、どうだ?」

「えっと、それなら………」

 

 美乃里はそう言ってじっと八幡の顔を見ると、意を決したような顔でこう答えた。

 

「兄貴に助けてもらわないといけないけど、

もし可能なら私、将来はソレイユのメディキュボイド事業部に入って、

私と同じような境遇の子を救う手助けがしたいの」

「………そうか、なら大学に行って勉強しないとな」

「うん、私、頑張る!」

「そういう事なら、とりあえず親御さんと相談してからになるが、

とりあえずノリは、うちでバイトをしながらうちの寮の空き部屋に住むといい。

俺が最高の家庭教師を付けてやるから、そこでしっかり勉強して、

大学を卒業したらそのままうちで採用だ。

もっとも成績が悪かったら駄目だから、それは覚悟しておけよ」

「いいの?やった!ありがとう兄貴、私、頑張る!」

 

 そして手術の時間になり、美乃里は手術室へと運ばれていった。

そこから二時間が過ぎ、当然の事ながら、美乃里の手術は大成功に終わる事となった。


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