ALOからログアウトした八幡は、着替えを終えると、
優里奈と連れ立って東京駅へと向かった。
「八幡さん、着いたらすぐにノリさんの手術ですか?」
「ああ、その予定だ」
「それじゃあ向かってる途中から、いっぱい力を送らないとですね」
「だな」
優里奈は旅行だというのにまったく浮かれた様子を見せず、
最初にノリの事を心配していた。
それを嬉しく思いつつ、八幡は目を細めながら優里奈の頭を撫でた。
「な、何ですか?」
「いや、優里奈は本当にいい子に育ってくれたなと思ってな。
まあ別に俺が育てたって訳じゃないんだけどな」
八幡にそう言われた優里奈は目をパチクリさせた後、何故か頬を染めながら下を向いた。
「えっと………育ててもらってますよ?」
そう言いながら優里奈は自分の胸をそっと撫で、
その意味を悟った八幡は慌てて目を背けた。
「いやいやいや、俺は何もしてない、してないよな!?」
「ふふっ、どうでしょうね?」
「待って待って、そのマジ顔はやめて、本当に不安になるから」
「ふふっ、この前はありがとうございました」
「え、何そのお礼、本当に俺、寝てる間とかに優里奈に何かした?いや、むしろされた?」
「八幡さん、恥ずかしいです」
「えええええ?」
傍から見れば、バカップル認定される事は間違いない、そんな会話を交わしながらも、
二人は東京駅の待ち合わせ場所に到着した。
「八幡く~ん!」
八幡の姿を見つけた明日奈がこちらに手を振ってきたが、
明日奈ほどのルックスの持ち主がそれをやると、かなり目立つ。
というか、周囲の注目を一身に集めてしまう。
そして呼ばれた八幡も、鬼のルックスとスタイルを持つ優里奈が隣にいる為、
周囲の男性陣の嫉妬の視線を浴びせかけられ、居心地が悪い事はなはだしい。
ALO内ではそういった視線も平気だが、さすがにリアルだと若干こたえるのだ。
「お、おお、明日奈、おはよう」
「明日奈さん、おはようございます」
「二人とも、おはよう!」
明日奈は当然のように八幡の腕にすがりついてくる。
八幡としては痛し痒しだが、もちろん引き離すような事はしない。
「八幡君、知盛さんの調子はどうなの?手術は成功しそう?」
「体調は万全にしてもらったし、システムを使ったリハーサルも結果は上々らしい。
先ず間違いなく成功するはずだ」
「そっか、それならいいんだけど、私達も成功するようにお祈りしなきゃね」
「ああ、そうだな」
そこから藍子、木綿季、詩乃が続けて現れた。三人も既に到着していたが、
お手洗いや買出しの為に散っていたらしい。
三人の口からも、最初に出てきたのはノリを心配する言葉だった為、
八幡はうちの家族はみな心が優しいなと、とても嬉しく感じる事となった。
「よし、それじゃあ行こうか」
「うん!」
「ユウ、里帰りね」
「まああっちに家は無いけどね!」
「私、小学校の修学旅行以来かもです」
「私は完全に初めてかしら」
六人はボックスを二つ占領し、そこに陣取った。
もっとも予約席な上、八幡は今回八席全部を予約していたので何の問題もない。
ここで通常は、席順を決めるジャンケンが行われるのが通例なのだが、
今回は片方の窓側に八幡と明日奈が向かい合わせに座り、
残りの四人は適当に交代しつつ、反対側のボックスと八幡の隣を移動する事とされた。
最初に二人の横に座ったのは藍子と木綿季である。
「八幡、ノリの具合はどんな感じなの?」
「ああ、まったく問題ない。検査の結果も良好だし、
物事に百パーセントは無いにしろ、手術もほぼ間違いなく成功するって話だ」
「そっかぁ、それなら良かったのかな」
「元気になった後、ノリはどうするのかしらね、確か二十歳よね?」
「可能な限り、本人の希望を叶えてやるつもりだ。まだ聞いてないけどな」
「そういえば、ノリの将来の夢って聞いた事無いなぁ」
「お嫁さんって言ってなかった?」
「ああ、ノリってば乙女だものね」
それを皮切りに、新しく作る家の話やガイア戦の話をしていると、
二時間と少しの時間はあっという間に過ぎ、六人は無事に京都へと到着した。
「さて、迎えが来てるはずなんだが、どこかな」
「八幡君!」
「あ、経子さん、わざわざすみません」
迎えに来ていたのは陽乃と共に先行していた経子であった。
経子は直接的にソレイユの社員という訳ではない為、こういう場合に動き易いのである。
「車は会社のハイエースですよね?俺が運転しますね」
「あらいいの?ありがとう、それじゃあお任せしようかしら」
「はい、任せて下さい」
運転は八幡がする事になり、助手席は明日奈、その後ろに詩乃と優里奈、
そして最後尾には、経子を挟むように藍子と木綿季が座った。
「二人とも、元気でやってるみたいで安心したわ」
「経子さん、あまり顔を出せなくてごめんなさい」
「いいのよ、学業が優先ですからね。特に二人は遅れ気味なんだから頑張らないと」
「うん、ボク達ちゃんと頑張ってるから安心してね」
「不安になんか思ってないわよ、ふふっ」
一行はそのままとりあえず旅館に移動し、チェックインを済ませた後、
荷物だけを置いてそのまま結城病院へと向かった。
「ご当主!お久しぶりです!」
「え、ちょっと知盛さん、勘弁して下さい………」
一行を出迎えたのは、これから手術を控えた知盛であった。
職員達のうち、手の空いてる者も八幡に頭を下げてきた為、八幡は閉口しつつ知盛に言った。
「知盛さん、さっさと代わって下さいよ」
「あはははは、親父が生きているうちはまあ我慢してよ。
その後ならいくらでも引き受けるからさ」
「くそっ、あの爺、暗殺してやろうかな………」
「ははっ、出来るものならね」
八幡と清盛の仲の良さを知ってる知盛にそう言われ、八幡は何も言う事が出来なかった。
心の中では長生きして欲しいと思っているのは間違いないのだが、
それを素直に口に出すのは嫌で仕方がなかったからである。
「ごめんなさい知盛さん、うちの八幡君は、素直じゃないんです」
「お、おい明日奈………お前だってあの爺は嫌いだろ?」
「まあ昔は確かにね。今は別に好きだよ?」
「ぐぅ………」
八幡は助けを求めるように藍子と木綿季を見たが、
二人がニ人とも明日奈と同じ答えを返してきた為、
八幡は悔しそうな顔をし、話を逸らすように知盛をせかした。
「さあ知盛さん、そろそろ手術の準備に入りましょう」
「ははっ、もうバッチリ終わってるよ、後は時間を待って開始するだけさ」
「あっ、先生、その前にノリに会えますか?」
「もちろんだ、直ぐに案内しよう」
八幡のその頼みを快諾し、知盛はノリの病室に向けて歩き出した。
「美乃里ちゃん、入ってもいいかな?」
「あっ、はい、どうぞ!」
病室に入り、八幡の顔を見た瞬間、ノリこと山野美乃里は顔を輝かせ、
ベッドから下りて八幡に駆け寄ろうとした。
「あ、兄貴!」
「あっ、駄目だってば!」
傍についていた看護婦がすんでの所で間に合い、美乃里を止める事に成功した。
「ノリ、俺は逃げたりしないんだから、とりあえず落ち着け」
「あ、うん、ごめん兄貴、ちょっと興奮しちゃって………」
美乃里はそう言ってはにかむと、他の者達に目を向けた。
「藍子、木綿季、久しぶり」
「うん、久しぶり」
「遂にこの日が来たね、みんなの力で絶対に病気に勝とう!」
「もちろん!スリーピング・ナイツ魂を見せてやらないと!」
三人は勇ましくそう声を掛け合い、続けて詩乃と優里奈が前に出た。
「ハイ、ノリ、初めましてになるのかしら」
「その喋り方はもしかしてシノン?うわぁ、こっちだとイメージ変わるねぇ」
「あ、あの、私の事はさすがに分かりませんよね?」
「え?え~っと………」
優里奈にそう言われた美乃里は、優里奈の顔から下に視線を向け、
その胸でピタリと目を止めた。
「ああっ、ナユタちゃんだから優里奈ちゃんだ!どう?合ってる?」
「………今私のどこを見て判断しました?」
「あはははは、気にしない気にしない、ってか師匠!師匠と呼ばせて!
私の理想がここにある!私は優里奈ちゃんになりたい!」
「こらノリ、暴走すんな」
八幡はそんな美乃里の頭をコツンと叩いた。
「ノリにはノリの良さがあるんだ、ノリが優里奈になる必要はない」
「そ、そうかな?」
「ああそうだ、で、体調の方はどうだ?手術には耐えられそうか?」
「もっちろん!この日の為にずっと準備してきたんだもん、コンディションはバッチリ!」
「そうか、手術の時は俺達もずっと傍にいるからな、お前は一人じゃない、それを忘れるな」
「うん、ありがとう兄貴」
美乃里はそう言って頬を染め、下を向いた。八幡の前では相変わらずの乙女のようだ。
「で、手術の前に一つ聞いておきたいんだが、
この手術が成功した後、ノリは何かやりたい事ってあるか?」
「成功は前提なんだね」
「当たり前だろ、で、どうだ?」
「えっと、それなら………」
美乃里はそう言ってじっと八幡の顔を見ると、意を決したような顔でこう答えた。
「兄貴に助けてもらわないといけないけど、
もし可能なら私、将来はソレイユのメディキュボイド事業部に入って、
私と同じような境遇の子を救う手助けがしたいの」
「………そうか、なら大学に行って勉強しないとな」
「うん、私、頑張る!」
「そういう事なら、とりあえず親御さんと相談してからになるが、
とりあえずノリは、うちでバイトをしながらうちの寮の空き部屋に住むといい。
俺が最高の家庭教師を付けてやるから、そこでしっかり勉強して、
大学を卒業したらそのままうちで採用だ。
もっとも成績が悪かったら駄目だから、それは覚悟しておけよ」
「いいの?やった!ありがとう兄貴、私、頑張る!」
そして手術の時間になり、美乃里は手術室へと運ばれていった。
そこから二時間が過ぎ、当然の事ながら、美乃里の手術は大成功に終わる事となった。