「はぁ……」
城廻めぐりは、今日も携帯電話の前でため息をついていた。
「比企谷君に電話をかけて、自分の耳で無事を確かめたい……
でもどうせなら、直接会って話をしたい……」
めぐりはこの二ヶ月間、毎日ずっと葛藤していた。
そういう時は、得てして余計な事を考えてしまうものだ。
もし電話をしたとして、忘れられていたらどうしよう。迷惑がられたらどうしよう。
もしいきなり会いにいって、変な女だと思われたらどうしよう。
そういった通常ではありえない思考が、頭の中をぐるぐると回る。
めぐりはまさに、ネガティブな思考の罠に捕らえられていた。
その日も相変わらずめぐりは、携帯電話の前で葛藤していた。
(いつものように、このまま電話をかけられないで終わるんだろうな)
めぐりはそう思い携帯を置こうとしたが、その瞬間に誰かからの着信が入った。
「わっ、びっくりした……あっ、ハルさんからだ」
めぐりは陽乃と話すのも久しぶりだなと思いながら、
もしかしたら比企谷君の近況が聞けるかもしれないねと、
少しウキウキとした気分で通話ボタンを押した。
「もしもしハルさん?しばらくぶりです~!」
「あ、めぐり?今時間は大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「えーとね、いくつか聞きたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「アミュスフィアとALOのソフトはそっちに持ってってるわよね?
今度指定した時間にログインして、人を迎えにいって欲しいんだけど」
「最近インしてなかったけど大丈夫ですよ。でも何かあったんですか?」
「実はね……」
陽乃は、今までの経緯をめぐりに説明した。それを聞いためぐりは仰天した。
「まさかそんな事になってるなんて……」
「驚くのも仕方がないと思うけど、奇跡かって思うくらい、色々うまくいってるのよね。
正直誰か神様みたいな存在が介入してるんじゃないかという気がするわ」
「比企谷君の大切な人が偶然SSから見つかるとか、
ナーヴギアでログインしたらステータスがSAOのままだったとか、
確かに普通じゃ考えられない奇跡ですね」
「まあこの際奇跡でも何でも構わない。私は今の状況を全て利用して、
必ず八幡君が幸せになれるようにしてみせるわ」
めぐりはそこで始めて、陽乃がいつの間にか彼の事を、
比企谷君ではなく八幡君と呼ぶようになっている事に気が付いた。
「あの、ハルさんはいつから比企谷君の事を八幡君と呼んでるんですか?」
「ちょっと前からだよん。めぐりも羨ましかったらそう呼んでいいか聞いてみれば?
きっと彼、快くオッケーしてくれると思うわよ」
「いきなりそんな……だって私、まだ彼にお帰りすら言えてないんですよ?」
「そう、それよ」
「どれですか?」
「さっき言ったじゃない、人を迎えにいってほしいって。
その人達は八幡君の仲間で、絶対に必要な戦力となるであろうSAOサバイバーよ。
そしてめぐり、あなたにもそのまま彼の手伝いをお願いしたいの。彼の力になってあげて」
「彼の力になる……ALOの中で……あっそうか!
そうすれば直接彼に、お帰りって言えますね、ハルさん!」
「うんうん、ALOの中でだったら、海外にいても問題なく会いにいけるでしょ?」
「わかりました!私、全力で比企谷君を助けます!」
めぐりは、海外にいる自分でも力になれると知って、気分が高揚するのを感じた。
「全力で、か。私も今は彼のサポートを全力でやってるんだよね。
正直全力を出すのって、生まれて始めてかもしれないわ」
「ハルさんは、比企谷君の事が好きなんですか?」
めぐりは陽乃に普通にそう尋ねた。さすが無敵の天然っぷりである。
「ストレートに聞くなぁ、さすがはめぐりだね。そうだなぁ……好きかと言われれば好きよ。
でも何ていうか今は男女の関係というよりは、手のかかる弟って感じが強いかな。
ほら、雪乃ちゃんは確かにずっと私の後をついてきていたけれど、
基本まったく手のかからない子だったわけよ。その点彼はすごく手がかかるから、
何ていうか、世話を焼けるって事がすごく嬉しいのよね。こんな気持ち生まれて始めてかも」
「あー、なんかすごく納得です、ハルさん」
「だからめぐり、八幡君の事をお願いね」
「わかりました!私も彼の事は好きですし、全力の全力でお手伝いします!」
「ありがとうめぐり。それじゃ詳しい事を説明するわね」
「はいっ」
そして数日後、めぐり~メビウスは、スイルベーンの街にいた。
今ここにハチマン達がいると、陽乃に教えてもらったからだ。
メビウスは街中をうろうろし、それっぽい人物を探し歩いた。
そしてついに、リーファという単語がメビウスの耳に入った。
(比企谷君……いや、ゲーム内だとハチマン君か。
今ハチマン君の仲間の名前が確かに聞こえたよね、どこだろ)
メビウスはきょろきょろと辺りを見回し、ついにそれっぽい三人組を発見した。
しかし喜び勇んでそちらに向かおうとしたメビウスの目の前で、三人はログアウトした。
「間に合わなかった……まあ明日必ず会えるんだし、楽しみは後にとっておけばいいか」
そう呟くとメビウスも、一旦ログアウトする事にした。
そして次の日の朝メビウスは、陽乃に指定された待ち合わせ場所へと向かった。
「ハルさんの話だとこの辺りなんだけど……あっ、あれかな?」
めぐりはまず地上にケットシーの女性プレイヤーが姿を現したのを発見し、声をかけた。
「えーと、もしかしてあなたがシリカさん?」
「はいそうです!あなたがメビウスさんですか?」
「うん!宜しくね!」
「宜しくお願いします!」
「詳しい話は他の二人を見つけてからにしましょう。
二人は空中に出現するって聞いてるんだけど、一緒に探してもらっていいかな?」
「はい!」
二人は空を見上げ、必死に人影を探した。
「あっ、メビウスさん、あそこ!」
「あっあれだね。ちょっと捕まえてくるから、ここで待っててね」
メビウスはそうシリカに声をかけ、落下中の二人めがけて飛んでいった。
「うわあああああああああ」
「落ちるううううううう」
「二人とも、心を落ち着かせて自分は飛べるんだってイメージしてみて!」
メビウスはそう言うと、左右の手で二人の手を掴み、落下速度を軽減させた。
「エギル、イメージだってよ!」
「クライン、イメージだぞ!」
二人は落下速度が落ちたためか、多少落ち着きを取り戻し、必死に飛ぶ事をイメージした。
その甲斐あってか目に見えて落下速度が落ち、二人はふわふわと浮く事が出来た。
「うんうん上手い上手い!それじゃあこのままそっと地上に降りましょう」
三人はそのまま地上に降り、シリカと合流した。
「えーと、ノームのあなたがエギルさんで、
サラマンダーのあなたがクラインさんでいいのかな?」
「はい、俺はエギルです。宜しくお願いします、えーっとメビウスさん」
「クラインです!宜しくっす!」
「改めましてシリカです!宜しくお願いします!」
「私はメビウスだよ。ハチマン君の高校の元先輩かな」
「はい、陽乃さんから大体話は聞いてます」
「まさかアスナとリズがそんな事になってたなんてな」
「お二人との再会をのんびり祝ってる暇は無さそうですね」
「そうだなシリカ、そういうのは後にしようぜ」
「それじゃ、とりあえず飛ぶ訓練からだね。話は休憩の時にしましょう」
「「「お願いします!」」」
こうしてメビウスはまず三人に飛び方を教え、ある程度ものになった所で、
陽乃に言われて用意しておいた武器を三人に渡した。
エギルには両手持ちの斧が、クラインには刀が、そしてシリカには短剣が指定されていた。
そして羽根の疲労が回復するまでの間に、四人は色々な話をした。
SAOでのハチマンの話を聞いたメビウスは圧倒されたが、話が聞けた事自体は嬉しかった。
クライン、エギル、シリカの三人は、改めて再会を祝いつつ近況を報告しあった。
そして問題なく飛行も戦闘もこなせるようになった四人は、ルグルー回廊を目指した。
「ここで始めての戦闘になるんですかね」
「うん、多分そのはずなんだけどね……うーん」
「どうかしたんですか?」
「普通これくらい進むと、何度かモンスターに遭遇してるはずなんだよね」
「ここまで一度もモンスターは出てきてないっすよねぇ」
「これはどうやら少し前に、大人数がここを通過してるね」
「もしかして敵ですか?」
「うーんそうだねシリカちゃん、多分その可能性が高いと思う。みんな、急ごう」
四人は敵に対して警戒するのをやめて全力で走り出し、あっけなくルグルー回廊を抜けた。
そして四人はハチマンとキリトがいるであろう方角に向かって、全力で飛んだ。
しばらく飛ぶと、前方に黒煙が広がるのが見えた。
「あそこだね!」
「ハチマンとキリトはどこだ」
「おわっ、まさかあれ……ちょっと待ってくれエギル」
「クラインさん、どうかしたんですか?」
「メビウスさん、ちょっと止まってもらっていいすか?」
「う、うん」
クラインは前方を注視しながら、四人に止まるように頼んだ。
「シルフとケットシーの前でサラマンダーと戦ってるのが多分キリトだろ。見えるか?」
「ああ、あれは確かにキリトだな」
「うわ、あっちに巨大なサンタっぽいのがいますね。何か気持ち悪い動き方……」
「本当だ……多分あれ、幻影魔法だよ。幻影魔法って姿が変わるだけで、
強さは元のままのはずだから、すごく強い人が変身してるんだと思う」
「それっす。ハチマンが見当たらないって事は、多分あれがハチマンだと思うんっすよ」
それを聞いた三人は、クラインとサンタの顔を何度も交互に見た。
「ハチマン君ってあんなに強いんだ……」
「まあハチマンもキリトも、SAOじゃ四天王って呼ばれてたほどの強者ですからね」
「でも何でサンタなんですかね?」
「それなんだけどよ、エギル、シリカ、【背教者ニコラス】って聞いた事あるか?」
シリカは知らないようだったが、エギルはどうやらその名前に聞き覚えがあったようだ。
「おい、まさかあれ、クリスマスイベントのボスなのか?」
「あっ、キリトさんがソロで倒したあのボス、そんな名前だったんですね」
「ああ、俺も直接そいつの姿を見たわけじゃないんだが、
ハチマンがサンタに変身してるってなら、【背教者ニコラス】で間違いないと思うんだよ」
「あれってSAOのボスの姿なんだね。で、クライン君が気になる事は何かな?」
「俺が心配してるのは、今介入したら俺達もアレに攻撃されるんじゃないかって事なんすよ」
「確かに不思議な動きをしてるしな……メビウスさん、実際その魔法ってどうなんですか?」
「うーん、完全に制御出来てるかどうかはなんともだね。
まだ魔法スキルも低いだろうし、確かに攻撃される可能性はあるよ」
「どうすればいいですかね?」
「そうだなぁ、もう少し近付いて、魔法が切れた瞬間に介入しましょうか」
「よし、いつでも飛び込めるように準備しようぜ!」
「SAOじゃ役にたてなかった分、私、頑張ります!」
「俺もだ。いつもあいつらに助けてもらってばかりだったしな」
「アスナとリズのためにも、やってやろうぜ!」
そして数分後、ハチマンの魔法が切れた瞬間に、彼らは戦場へと飛び込んだのだった。