ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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歯医者、整形外科への通院が重なり、投稿が遅れてしまいました、申し訳ありません!


第1143話 俺の勝利だ

 じりじりとHPを削られ、劣勢に立たされていたトールは、

とにかく敵の数を減らそうと、決死の覚悟でミョルニルを振るっていた。

 

『なめるな妖精ども!』

 

 トールがミョルニルを地面に叩きつける度、円形に雷がほとばしる。

その度に近くにいた者が吹き飛ばされ、トールのHPを削る速度もかなり遅くなっていた。

だがおそらく全体的な勝敗はもう覆らないだろう。

そう考えたトールは、発狂モードまであと僅かという所で切り札を使う事にした。

 

『少し早いが仕方ない、アレを使うぞ、ロキ!』

『分かった、僕の力も貸す!』

『助かる!我が力、見るがいい!』

 

 その言葉でトールの瞳が灼熱し、その口から煙がもくもくと上がった。

その姿はまるで蒸気機関車のようだ。

 

『くらえ!』

 

 その状態のトールがミョルニルを振る度に雷の渦が巻き起こり、

それが着弾したフィールドが炎のダメージフィールドに変化する。

そのフィールドは全く消える事なく、プレイヤー達が自由に動ける場所はどんどん減り、

トールもそれを承知でフィールドを盾にし、敵からの攻撃ルートを絞って迎撃していた。

自身の周りを完全に塞がないのは、トールからも攻撃出来なくなってしまうからであろう。

 

「タルト君、このままだと………」

 

 『ジリ貧になる』、アスモゼウスの目がそう語っていた。

当然アスタルトもその事に気付いており、何とかしないとまずいと考えていた。

 

「シグルドさん、遠隔攻撃であの炎を抜けませんか?」

「どうやら駄目らしい、手応えがまったく無いそうだ」

 

 遠隔攻撃の弾丸も魔法も、炎の壁を超える事は出来ていないようだ。

事実トールのHPがまったく減っていない。

 

(考えろ、あの炎を突破して、ソードスキルを一気に放てればいいんだ………)

 

 アスタルトはその手段を検討しつつ、トールとロキを睨みつけた。

 

(少しの間だけでもあれに蓋を出来れば………でも火勢が強い、無理か………?)

 

 アスタルトがそう考えた瞬間に、炎の向こうからトールとロキの声がした。

 

『今のうちだ、ロキよ、お主はここから脱出せい』

『ちょっ、トール、本気?』

『ガイア戦に儂とお主、二人が欠けるのはまずかろう!せめてお前だけでも逃れるのだ!』

 

(あ、この二人、ここで死ななかったらハチマンさん達の方の戦闘に影響してくるんだ)

 

 アスタルトはその会話からそう判断したが、

ここで手を抜くのは絶対にハチマンが許さないはずなので、

アスタルトに出来るのは全力で戦う事のみである。

 

『………そう、それじゃあそうさせてもらうよ、トール、頑張ってね』

『おうともよ、それじゃあまたいずれな』

『うん、またいずれ』

 

 だがどうやらロキは、アスタルトが何かするまでもなくここから脱出したらしい。

これで敵の弱体は確実となった為、アスタルトは頑張って大きな声を上げた。

 

「ここをしのげばうちの勝利です!皆さん、あと少しです!」

「おお!」

「やっと俺達も勝てるな!」

「報酬が微妙なのがムカつくけどな!」

「でもさすがにハイエンドの中級クラスの力はあるんじゃないか?」

「だな!とにかくあと少しだぜ!」

 

 そうして味方を鼓舞した後、

アスタルトはトールを囲む炎の勢いがかなり鈍っている事に気が付いた。

 

(………トールは雷神、炎の攻撃はやっぱり得意じゃないんだ)

 

 アスタルトは一瞬でそう判断し、

アスモゼウスとグウェンを呼んで、魔法使い達への伝言を頼んだ。

 

「タルト君の合図で一斉に魔法を使ってもらえばいいのね?」

「任せて、ちゃんと伝える」

 

 二人はアスタルトの指示を受け、七つの大罪とSDSの後方部隊の方へ走り出した。

 

「ハゲンティさんとオッセーさんは、ここの守りをお願いします!

前みたいにこれを使われて、余計な茶々を入れられちゃたまりませんから」

「おう!任せてくれ!」

「姿を隠してる奴が来ても絶対に触らせないようにしっかり守るぜ!」

 

 その場を二人に任せ、アスタルトは前線のシグルドやサッタンの方へと走った。

 

「シグルドさん、サッタンさん、作戦を思い付きました、聞いて下さい!」

「どんな作戦だ?」

「聞かせてもらおう」

「はい!今は炎のせいで、トールからこちらは見えませんし、相手も守りに入ってます。

なのでそれを利用して、味方の戦力をあの正面に集中させます。

具体的には先ず、僕の合図で魔法使いや魔法銃を持ってる人達に、

正面のあの大きな炎の塊に向けて、土魔法や氷魔法を一斉に放ってもらいます。

そうすればロキが逃げ出したせいで火力が落ちていますから、

あの部分に僕達が渡れるだけの足場を作れると思うんです」

 

 その言葉に、シグルドとサッタンは、ふむぅ、と腕組みをした。

 

「なるほど、あそこにセーフティゾーンを作るんだな」

「はい、みんなでかかれば出来るはずです。

その直後に近接陣が一斉にあそこに走って、トールに最大威力のソードスキルを叩き込めば、

倒す、もしくは瀕死まで敵を追い込めると思うんです」

「もうすぐ発狂モードだしな、その直前に最大威力の攻撃を叩きこむのはセオリーだな」

「もし敵が生き残ったらどうする?」

「僕の計算だと敵のHPの残りは本当に僅かなはずです、

なので後は、みんなで特攻しましょう。及ばずながら、僕も突撃しますから」

 

 そう言ってアスタルトは、その細腕で剣を掲げ、それを見た二人は楽しそうに笑った。

 

「お前のその剣は最後の手段で取っておけって」

「まあ俺達が何とかしてやるさ」

「はい、お願いします!」

 

 そしてアスタルトは近接アタッカーを集合させ、アスモゼウスとグウェンの方を見た。

二人は指示を伝え終わったのか、手を頭の上に掲げて丸を作っている。

そしてハゲンティとオッセーの後方からは、

ロキから解放されたルシパーがこちらに向かって走ってきているのが見えた。

 

(ルシパーさんが最後の切り札になってくれそうだな)

 

 アスタルトはシグルドの手前、その事は口に出さず、代わりにこう言った。

 

「準備が出来たみたいです、合図、いきます!」

「オーケーだ!」

「お前達、全力で行くぞ!」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」

 

 そしてアスタルトが宙に魔法を打ち上げながら叫んだ。

 

「攻撃開始!」

 

 途端に後方から、轟音と共に黄色と白銀の魔法が殺到し、

見る見るうちに正面でフィールドを形勢していた炎が抑えこまれていった。

 

「走れ!」

 

 そして近接アタッカーがその空隙に走り、

こちらへ対応しきれていないトール目掛けてガンガンとソードスキルが叩き込まれる。

 

『貴様ら、小癪な真似を!』

 

 その瞬間にトールの全身から雷が迸った。雷神トール、遂に発狂モードへ突入である。

 

(敵のHPは残り数パーセント、これなら………)

 

 近接アタッカーの多くは硬直してしまっており、

今の発狂モードの煽りを受けて半分くらいまでHPを減らされてしまっていたが、

その全員がトールに一気に倒される事は無いだろうし、

こちらにはまだ、元気な近接アタッカーが確実に一人残っている。

 

「ルシパーさんっ!」

 

 アスタルトはそう叫びながら、後方へと振り返った。

そのアスタルトの目の前で、ルシパーはハゲンティとオッセーに迫り、

アスタルトと同じようにルシパーの方を向いた二人は………、

 

 

 そのままルシパーに真っ二つにされた。

 

 

「えっ?」

 

 さすがの二人も、まさかどこぞのギルドの影兵ではなく、

味方であるはずのルシパーがそんな行動に出るなどとは夢にも思っていなかったようだ。

同様にアスタルトも呆然とし、遠くからアスモゼウスがルシパーに叫んだ。

 

「ちょっとあんた、何やってんのよ!」

「俺が、俺が勝利を決めるんだ!」

「だからルシパーさん、早くこっちに!」

 

 アスタルトはその言葉を聞き、そう叫んだが、その声はルシパーには届かない。

グウェンもルシパーの方に向かって走っていたが、間に合わない。

そのままルシパーは血走った目で魔砲のトリガーを引き、

凄まじい光の奔流と共に放たれたその攻撃は、

アスタルトと、硬直したままの近接アタッカーを巻き込んでトールへと直撃した。

 

「ルシパー、そりゃ無いぜ………」

「ルシパー!どうしてこんな事を!」

 

 そして光が収まった後、トールの周辺にいたプレイヤーは誰一人として残ってはおらず、

無数のリメインライトがトールを囲むように並んでいた。

そして当のトールはというと、こちらは灰のようになっており、その体が徐々に崩れていく。

それと同時に宙に、『CONGRATULATIONS』の文字が躍った。

その場にいた者達は呆然とそれを見つめ、そしてルシパーは魔砲から離れ、

少し前までトールであった、その灰の塊に歩み寄り、その中から一本の剣を掴み出した。

 

「これがエクスキャリパーか」

 

 そしてルシパーは血走った目をしたまま、その剣を高く掲げた。

 

「俺の勝利だ!」

 

 だがその言葉に応える者は、誰もいなかった。


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