ALOからログアウトした八幡は、右腕に重みと柔らかさを感じ、
戸惑った顔で目を開けてそちらを見た。
そこには八幡の腕にすがりつく萌郁の姿があり、八幡はぎょっとした。
(やば、明日奈が起きる前に萌郁を起こさないと)
八幡は慌てて萌郁の体を空いた左手で揺すろうとしたが、
その左手は、誰かの手によってがしっと捕まれた。
誰かといっても、この部屋にいるのは他には明日奈しかいない。
「八幡君」
「は、はい」
「起こすとかわいそうだからそのままにしておいてあげよ?」
「へっ?」
明日奈はそう言うと八幡の腕を一旦離し、自分の布団をすぐ隣に持ってきた。
「これで良し、ね?」
「お、おう………」
一応萌郁の部屋は別にとってあるのだが、お金さえ払えば問題ないのは間違いなく、
明日奈はそのまま八幡の左腕に胸を押し当てるように抱え込み、
この日八幡は、萌郁と明日奈に挟まれ、全く腕を動かせない状態で寝る事となった。
明日奈としては、萌郁は天涯孤独であり、
将来的に自分と八幡の家族となる事が確定している為、
同様の立場の優里奈と共に、この二人に関してはかなり緩い対応をとる事にしていたのだ。
「八幡君、寝にくい?」
「………ちょっとな」
「ふふっ、それじゃあそれが八幡君への罰の代わりね」
「………そうだな」
(何このかわいい子、女神なの?はい、女神です、そして俺の大事な彼女です)
そう思いつつ、八幡は明日奈のその優しさを嬉しく思うと共に、
こんな素晴らしい女性に愛されているという事を誇らしく思った。
(明日奈もそうだけど、家族はみんな幸せにしないとなぁ………、
その為には働きたくないとか言ってられないな、頑張らないと)
八幡は改めてそう誓い、そのまま眠りに落ちていった。
そして次の日の朝、八幡が目を覚ますと、
明日奈と萌郁は既に起きており、二人で仲良くお茶を飲みながら会話を交わしていた。
「あっ、八幡君、おはよう」
「おう、おはよう」
「体は大丈夫?」
「体?あ~………」
八幡は、体を捻ってバキバキ鳴らしながらこう答えた。
「………そうだな、今夜はちょっと勘弁して欲しいかな」
「うん、分かった、それじゃあ夜は我慢するね」
「うん、我慢する」
明日奈と萌郁は微笑みながらそう言い、テーブルについた八幡を左右から挟んだ。
「その代わり、今は別にいいよね」
「うん、いいよね」
「え、あ、おう」
八幡は二人にたじたじとなったが、たまの旅行だし別にいいかと思い、
二人の好きにさせる事にした。丁度そこに、優里奈と詩乃が入ってくる。
「う、遅かった………」
「完全に乗り遅れたね………」
更に藍子と木綿季が部屋に入ってくる。
「うわ、二人とも、ずるいわ!」
「ふふっ、早い者勝ちだよ」
「くっ、ユウが寝坊しなければ………」
「アイよりボクの方が早く起きたじゃない!」
朝から騒がしい事だなと思いつつ、八幡はそれをとても楽しく思った。
いずれ家族になる予定のこのメンバーは、まあ詩乃がどうなるかはまだ分からないが、
少なくとも残りの六人は、既に本当の家族のような雰囲気を持ち始めつつある。
「それじゃあ今日の予定を決めるか」
「「「「「「は~い」」」」」」
六人は、萌郁も含めて元気良く返事をすると、
それぞれスマホを取り出して色々と行きたい場所を表示させて見せ合った。
八幡は特に行きたい所は無い為、六人の好きにさせており、
行きたい場所が決まったら、その順番を決める担当となっている。
(さて、のんびり横になって待つか)
八幡はそう言って畳に寝転がったが、それを見逃すような者はこの場にはいない。
それを幸いと、六人が競うように八幡に抱き付き、あるいは枕にしてくる。
「おわっ、お前ら、真面目に話し合いをしろって」
「良いではないか、良いではないか!」
「うん、たまにはこういうのもいいよね」
「どさくさまぎれにちゅぅしちゃおう!」
「それは駄目ぇ!」
もう滅茶苦茶であったが、八幡は何とか場を収める事に成功し、
まあ具体的には明日奈以外の全員の頭に拳骨を落としたのだが、
それから真面目に話し合いは進み、七人はそのままのんびりと出かける事にしたのだった。
「それじゃあとりあえず、コヨミさんと合流だな」
「どんな人なのか凄く楽しみです!」
「確か凄く変わった子だったよね」
「変わったというかおかしなというか………」
「まあとりあえず会ってみないとなんともだな」
「ですね、とりあえず約束の場所に向かいましょう!」
優里奈を先頭に、一同は京都の街を歩いていく。
そして目的地に近付いた時、八幡が一同を止めた。
「ちょっと待った、何か不審者がいる」
「不審者?こんな朝から?」
「ああ、見てみろ」
八幡の指差した先には、一見すると中学生にしか見えないのだが、
さりとてよく見るとその服装と化粧の具合から、
大人だろうと判断出来るとても小柄な女性がいた。
その女性は通りかかる若い女性に声をかけようと手を伸ばし、
その胸を見てため息をつくと、手を引っ込めて次の女性に声をかけようとする、
といった行動を繰り返していた。まさに不審者である。
「本当だ………」
「どうしましょう、もしここにコヨミさんが来たら………」
「だな、あの不審者、どうやら男には興味無いみたいだから、
ここは俺が一人で待ち合わせ場所に立って、コヨミさんを保護する事にするわ。
みんなはここで、コヨミさんらしき人が来るかどうか、チェックしててくれ」
八幡はそう言って待ち合わせ場所へと歩いていき、
壁に寄りかかってその不審者を観察しつつ、コヨミを探し始めた。
待ち合わせの時間まであと五分。ナユタにとても会いたがっていたコヨミであれば、
もう来ていてもおかしくない時間である。
だが時間になってもそれっぽい人物は現れず。ここにはただ不審者がいるのみであった。
こうなると八幡としては、とある可能性に思い当たる。
それは、この不審者こそがコヨミであるという可能性である。
(いや、まさかな………)
理性ではそれを否定したかったが、他に可能性は無い。
八幡は、もしこの不審者がコヨミだった場合、
本当に優里奈に会わせていいものかと迷った末に、ひと芝居うつ事にした。
「あの、すみません」
「はい?」
八幡は覚悟を決めてそう話しかけ、その不審者は訝しげな表情で八幡の顔を見て、
驚いたように大きく目を見開いた。
「えっ、ちょっと、やだ、もしかしてこれって生まれて初めてのナンパ?
しかも格好いいしお金持ちの気配がぷんぷんする………。
でもよりによってこのタイミングで!?
ナユさんに会う前にこんな事が起こっちゃうなんて、神様はなんて残酷なの!?
ナユさんのおっぱいと、イケメンとのアバンチュール、一体私はどっちを取ればいいの!?
ああっ、どうしよう、私には選べないよ!」
(やっぱりコヨミさんだったか………何というか、エキセントリックな子だよなぁ………)
八幡は今の言葉でそんな感想を抱いたが、
同時にコヨミを優里奈に会わせていいものか、激しく悩んだ。
ナユさんのおっぱいと、イケメンとのアバンチュールを同列に扱っている事からして、
コヨミが優里奈を性的な目で見ている可能性が出てきたからだ。
(むぅ………俺は一体どうすれば………)
遠くでは優里奈や明日奈達がこちらを伺っており、
このままだとこちらに来てしまうかもしれない。
(よし………)
八幡は一計を案じ、コヨミにこう言った。
「あの、コヨミさんですよね?」
「えっ?あっ、はい!」
「今までちゃんと言わなくてごめんなさい、実は私………ナユタです」
「ええええええええええええ?」
コヨミは口をパクパクさせた後、大きく目を見開きながら八幡に詰め寄った。
「えっ?えっ?ナユさんって男!?でもアスカ・エンパイアじゃ性別は変えられないはず」
「妹にキャラを作ってもらって、それを使ってたんです。
最初はほんの軽い気持ちだったんですけど、コヨミさんが懐いてくれたからつい………」
「そっか、そっかぁ………」
(これで本当に優里奈の事を友達として大事に思ってくれてたのなら、
俺に対しても性別なんか関係なく懐いてくれるはずだが………)
コヨミは激しく葛藤しているようだったが、やがて顔を上げ、八幡の手を握った。
「本当は抱き付こうと思ってたんだけど、男の子じゃちょっとまずいよね。
えっと、ナユさん、その、あ、会えて嬉しい………よ?」
「私も嬉しいですよ、コヨミさん」
八幡はそんなコヨミにそう微笑み返した。
(これは大丈夫かな………)
八幡はそう判断し、コヨミにネタばらしする事にした。
「………ごめんなさいコヨミさん、今のは全部嘘です」
「………へっ?」
「お~いナユタ、こっちに来ていいぞ」
八幡は優里奈にそう呼びかけ、ここでやっと優里奈達が登場する事となった。
「むむむむむ、それじゃあ貴方は?」
「俺はハチマンだ、宜しく」
「あっ、リ、リーダー様!?そっか、もしおかしな人間が来たらまずいもんね」
「申し訳ない、まあそういう事だな」
コヨミは案外理解力が早いらしい。
年齢不詳だが、思ったよりも年がいってるのかもしれない。
「って事はあっちから来るのが………」
「ああ、ナユタ達だな」
「えっと………」
コヨミは木綿季と詩乃を見てすぐ目を逸らし、藍子の胸を見て少し悩んだ後、首を振った。
「明らかに違う………」
そして萌郁と明日奈の胸を見て、う~んと唸った後、ぼそりと呟いた。
「微妙に記憶と大きさが合わない………」
最後に優里奈を見たコヨミは、胸を二度見した後、満面の笑みを浮かべた。
「ナユさん!」
「コヨミさん、初めまして、私がナユ………」
そう言いかけた優里奈は、コヨミの手がそのまま胸に伸びてきた為、
躊躇いなくコヨミの頭を掴んで止めた。
「………タです、で、コヨミさん、一体何のつもりですか?」
「や、いつもみたいに挨拶しようかなって」
「常識を………わきまえて………下さい!」
そのまま優里奈はコヨミの頭に八幡直伝の拳骨を落とし、
コヨミはその場にどっと倒れ伏したのだった。
「………さっきまでの殊勝さは何だったんだ」
八幡はその結果にそう呟き、肩を竦めたのだった。