「お~いユイユイ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫、まだ行けるよ!」
ギガンテスの削りにおいて、一番苦労していたのはもちろんユイユイである。
何せ攻撃が全部電撃を伴ってくるのだ、それは避けてもこちらに届く為、
ユキノが癒してくれるとはいえ、一瞬でも体が動かなくなってしまうのは、
ユイユイの精神的にかなり負担になってしまう。
「これは早く削りきる必要があるな」
「そうね、さすがにユキノの負担も馬鹿に出来ないわ」
「ピュアもフォローしてくれてるけど、限界があるよな」
「もし敵の手数が爆発的に増えてしまったら、多分もたないわね」
「だな、よし姉さん、削りの速度を早めてくれ!」
「は~い、それじゃあみんな、手加減せずに一気に削るわよ!」
ユイユイに二十メートルくらい敵を離してもらい、
遠隔攻撃陣による削りがここから激しさを増した。
他パーティに所属していたフェイリスも一時的にこちらに合流し、
ギガンテスに攻撃を加えていく。
「おらおらおらおらおらおらおら!」
「レヴィ、気合い入ってるね」
「ああ、仕事が忙しくて最近はほとんど来れてなかったしな。
まったく兄貴ばっかりずるいぜ」
「そう言うなって、お前が信頼されてるって事だろ?」
「まあそうなんだけど………なっ!」
レヴィは何本目かのMP回復薬を飲みながら、容赦なく攻撃を加えていく。
こういった場合、高位の職人を抱えているヴァルハラは、
薬品類を湯水の如く使えるのが他のギルドに比べてかなり有利な点である。
もっともそれは、普段からそういった薬品類のストックを増やしている、
メンバー達の地道な努力もまた大きい。
ちなみにソレイユは、ハチマンから削りを頼まれてから、ここまでずっと詠唱を続けている。
「………これはやばいわね」
「ソレイユさんの魔法?」
「うん、呪文をループさせて、とことん威力を増やしてるみたい」
その言葉に不安になったのだろう、レンが仲間達に問いかけた。
「ユイユイさん、大丈夫かな?巻き込まれない?」
「大丈夫、初級魔法を使うつもりみたいだから、範囲は限定的だし」
「みたいですね、どれくらいの威力になるんですかね?」
ユミーとイロハのその言葉に、仲間達は目を見開いた。
「えっ、初級魔法?これで?」
「うん、まああーしらには絶対に真似出来ない芸当だわ」
「まあ私達は、このまま全力で敵を削ってればいいと思う」
その時横からサトライザーがそう言ってきた。
「で、ソレイユさんが魔法を放ったその時が、
敵のHPを削りきれるタイミングって事になるんじゃないかな」
「なるほど………」
「確かにそれくらい、余裕で計算していそうですね」
「凄いなぁ、尊敬しちゃうなぁ」
そこからギガンテスのHPは残り六割を切り、四割を切った瞬間に、
ソレイユの呪文の詠唱のパターンが変わった。
それで一同は、そろそろ魔法が発射される事を確信した。
「ユイユイ、そろそろ行くよ!」
ユミーがそう声を上げ、ユイユイから即座に返事があった。
「オッケー!その時に合わせて防御アビを全開にするね!効果時間は三十秒!」
それに合わせてソレイユの右手が上がり、前に振りおろされた。
それを、即座に発動していいという合図だと受け取ったユミーは、
すぐにユイユイに声をかけた。
「ユイユイ、もうやってよし!」
「了解!イージス展開!」
そこからユイユイはアビを重ねていき、その直後に遂にソレイユが魔法を放った。
「………ファイアバード!」
それは基本中の基本の、炎の鳥を敵に向けて飛ばす魔法であったが、
通常真っ赤であるはずのその鳥は、今や真っ青な状態であった。
「ユイユイちゃん、ちょっと後ろに飛んで!」
その時ソレイユがユイユイに向け、そう叫んだ。
「えっ、やばっ!」
ユイユイがそう言ったのは、アイゼンを倒立させてしまっていたからだ。
「え~い!」
ユイユイはそのまま強引に後方に飛ぼうと試み、
アイゼンの抵抗を受けながらも何とか背中から倒れこむ事には成功した。
その状態のユイユイでも、若干熱を感じるほどの高熱がその場を通り過ぎ、
その直後にギガンテスの腹部にファイアバードが炸裂し、そこに大穴が開く。
それでギガンテスのHPは、一気に全て削られる事となった。
「うおおおおおお!」
「マジか、今の、初級魔法だろ?」
「あれであそこまで威力を出すとか、どれだけ呪文をループさせたんだよ………」
「しかも詠唱を間違えずにだろ?さっすが絶対暴君のソレイユだな………」
観戦者達の興奮は、恐ろしく高まっていた。
これだけとんでもない物を見せられたのだ、それも当然だろう。
「優里奈ちゃん、今のは?」
「ご、ごめんなさい、私、ALOの魔法システムには詳しくなくて………」
一方八幡の部屋では、優里奈がフランシュシュの質問責めにあい、困り果てていた。
「でもとにかく凄いんです、あんなに長く詠唱してたんですから!」
「た、確かに………」
「全部覚えてたって事だよね?」
「た、多分!」
「うわ、マジか、頭がいい人って尊敬しかないわ………」
こんな感じで、ソレイユに対する評価が別のベクトルで急上昇していたのだった。
現地に話を戻そう。ソレイユの放った魔法の威力を見たユミーとイロハ、フェイリスは、
信じられないような今の魔法を目にし、驚愕していた。
「うわ、凄っ!」
「あそこから全部削れますか………」
「ってかまずい、ギガンテスが倒れるニャ!」
見るとギガンテスが、消滅し切らない状態でユイユイの方に倒れこんでくる。
「わっ、わっ!」
ユイユイはその場を離脱しようとしたが、アイゼンが引っかかって邪魔をしていた。
「ま、まあ大丈夫なはず!」
ユイユイはそう言って目を瞑ったが、その体が何者かによって強引に引っ張られた。
ユイユイはそのまま引きずられ、その人物に抱かれた状態で、
共に地面に投げ出される事となったのだった。
「きゃっ!」
「おお、悪いな、でもセーフだったから勘弁してくれ」
その声で、ユイユイは自分を助けてくれたのが誰なのか理解した。
そう、ここまで戦闘に参加していなかったハチマンである。
「あ、ありがと、ヒッキー」
ユイユイは顔を赤くしながらハチマンにお礼を言い、
ハチマンはどうという事はないという風に立ち上がった。
「ユイユイにはすぐに働いてもらわないといけないからな」
ハチマンはそう言ってユイユイに手を伸ばす。
「あは、そうだね」
ユイユイははにかみながらその手を握り、立ち上がった。
「で、次はどうすればいい?」
「おう、ホーリーと一緒にガイアを挟んでくれ。あのムチみたいな攻撃が結構厄介でな」
「オッケー、任せて!」
ユイユイは元気良くそう答えると、
まるでスキップするかのように、ガイアへと向かっていった。
「………元気だな、あいつ」
「まあ恋する乙女は強いって事だし」
「そ、そうか」
ユミーにからかうようにそう言われ、
ハチマンはぶっきらぼうにそう返事をする事しか出来なかった。
「それじゃああーし達は後方で休んどくわ」
「ああ、出番が来るまでMPを回復させといてくれ」
「ついでにソレイユさんも運んであげて下さい、先輩」
「そうだな、姉さんもかなり疲れてるよな」
事実ソレイユは、力を使い果たしたかのようにその場にへたりこんでいた。
大魔法で大きな威力を出すよりも、
初級魔法で大きな威力を出す事の方が、苦労が大きいのだろう。
「姉さん、俺に負ぶさってくれ」
「あ、ありがと」
そのままソレイユはハチマンの背中に負ぶさり、端の方へと移動させてもらった。
ハチマンにセクハラをかます気配すら無かったのが、どれほど疲労したかの現れであろう。
こうして問題なくギガンテスを倒す事に成功したハチマン達は、
続けてヘカトンケイルとガイアを平行して削る作業に入ったのだった。
「パパ、ちょっといいですか?」
ハチマンが定位置に戻って次の指示を出そうとした時、ユイがそう声をかけてきた。
「ん、ユイ、何かあったのか?」
「はい、ギガンテスが倒れた瞬間に、
ガイアの持つエネルギー量が増大しました、おおよそ倍ですね」
ハチマンは目をパチクリさせた後、中継カメラを気にしつつ、小声でユイにこう尋ねた。
「………そういうの、分かるのか?」
「はい、ちょっとチートぎみですが、分かっちゃうみたいです」
その言葉からハチマンは、ユイから若干の罪悪感を感じた。
「むぅ、これはさすがに他の奴にはバレないようにしないとだな」
それを踏まえ、ハチマンはユイに罪悪感を持たせないように配慮する為、
ウィンクしながらユイにそう言った。
「あは、ですね」
それでユイも何ら負担を覚える事なくハチマンにそう答える事が出来、
二人は簡単に相談した上で、クリシュナを呼び寄せた。
「相棒、ちょっといいか?」
「何?ハチマン、何かあったの?」
「実はな………」
ユイから聞いた話をクリシュナに説明すると、クリシュナは難しい顔をした。
「………それって何に関係するエネルギーなのかしらね」
「そう言われると確かにそうだな、もしかして敵の攻撃力が上がったとかか?」
「それならホーリーさんがこちらに報告してくれていると思うわ」
「だよな」
だがホーリーからは何の報告もない。それは要するに、
先ほどまでと敵の攻撃に何の変化も無いという事だろう。
「って事は、やっぱりでかい範囲攻撃が来るか?」
「その可能性は否定出来ないわ。でもさすがに全滅するような事は無いはずよ、
それじゃあゲームバランスが悪すぎるわ」
「そしたら全員のHPを一気に一にするとかか?」
「それ、ありそう」
「むぅ………何があっても対応出来るようにしておくか」
「ええ、それがいいと思うわ」
こうして戦闘は、未確定の要素を孕んだまま、次の局面へと移行する事となった。