(くそっ、くそっ、こんな死に方あんまりだろ、こんなのどうすればいいってんだよ)
ハチマンは心の中で激しく毒づいていた。
それは同時に、もしかしたら何か見落としがあったかもしれないという、
自分自身に対する怒りも含まれていた。
(思い出せ、他に何があった?俺は何に気付けなかった?)
ハチマンは自問自答したが当然答えは出ない。
(………仕方ない、もう一度やり直しか)
次はガイアを削るのを最優先にして、ギガンテスとヘカトンケイルを生かしておこう。
ハチマンはそんな事を考えながら目を開けた。
視界は全て真っ白であり、ハチマンは、ALOで死ぬとこんな感じになるのか、
などと考えていたが、そんなハチマンの耳に、どこかで聞いたような声が飛び込んできた。
『ハチマン、ここは我が何とかする、頑張って立て直すのだ!』
その言葉をハチマンは、夢か何かだと思ってしまい、咄嗟に反応出来なかった。
次の瞬間、何かがハチマンの頬を張り、ハチマンは覚醒した。
「これは………もふもふ?」
『当然だ、我の尻尾はもふもふだからな!』
「お、お前………」
そこにあったのは、銀色に光る毛皮を持つ巨大な獣の背中と尻尾、
そう、フェンリルがハチマンを、体を張って守っていたのであった。
そしてハチマンの頬を張ったのは、フェンリルのもふもふした尻尾である。
「フェンリルか!お前、実体化出来たんだな、悪い、助かった!」
『エネルギーの消費が激しいから長くはもたんが、まあお主が無事で良かった。
で、ここから建て直しは出来そうか?』
「むぅ………俺も蘇生魔法は使えるが、
俺一人でガイアの攻撃を避けながら詠唱するのは厳しいな」
『ふむ、そうか………もう一人生き残っているが、それでもきついか?』
「もう一人?」
『我の加護を与えた者が、もう一人いたであろ?』
「っ………そうか、フカ!」
ハチマンのその声に、果たして遠くから返事があった。
「リ、リーダー!リーダーが愛してやまないフカちゃんはここですよ!」
フェンリルが横にどくと、遠くでフカ次郎が、ガイア相手に逃げ回っているのが見えた。
「俺が愛してやまないフカ次郎ちゃんなんて奴はこの世に存在しない、お前は誰だ」
「こんな時にボケなくていいですから!ごめんなさい冗談ですから!」
フカ次郎はかなり必死に逃げ回っていたが、発狂モードのガイア相手に、
ハチマンが蘇生魔法を詠唱する時間はさすがに稼げないように思えた。
『ハチマン、我の力ではこれくらいが限界だ、すまんがそろそろ引っ込むぞ』
「そうか、フェンリル、本当に助かった!今度ブラッシングしてやるからな!」
『拠点ならずっと実体化出来るからその時にな!楽しみにしているぞ!』
そう言ってフェンリルは姿を消した。おそらく王冠に戻ったのだろう。
見ると確かに王冠の目の部分が弱々しく光るのみとなっている。
「さて、これからどうするか………」
ハチマンは悩んだが、そこに救いの女神が現れた。
『ハチマン、ここは私に任せて!三人までなら一気に蘇生が可能よ!』
そう言ってハチマンの前に飛んできたのはフレイヤであった。
おそらく先ほどのフレイヤの、ピンチになったら助けると言うのは、
この時の為の言葉だったのだろう。
「マジですか、ありがとうございます、フレイヤ様!」
『ふふっ、自分の男の頼みを聞くのは当然の事よ』
ハチマンはその言葉に色々突っ込みたかったが、今はそれどころではない。
「フレイヤ様、誰を蘇生させるか選んでもいいですか?」
『もちろんよ、ちなみに全滅してたらランダム蘇生になって、
そのメンバーによっては立て直せなかったかもしれないわね、うふふ』
「そ、そうですか」
(でもまあフェンリルが、最低一人は守ってくれてたと思うんだよな)
ハチマンはそう考えたが、それを検証している暇はない。
『ちなみに蘇生を完了させるには十分かかるわ、それまで死ぬ気で生き残りなさい』
「分かりました、頑張ります」
『では誰を蘇生させましょうか?』
「アスナ、ユキノ、ホーリーの三人を」
ハチマンは即答し、フレイヤは即座に動き始めた。
『分かったわ、ロキ、力を貸して頂戴』
『あいよ、悪いがハチマン君、俺も蘇生を手伝うから手助けは出来ない、頑張るんだよ』
「はい!」
そしてハチマンは、フカ次郎に向けて叫んだ。
「フカ、俺も手伝うから、とにかく十分生き残るぞ!」
「十分了解!死ぬ気で逃げ回るよ!」
「今そっちに行く!」
こうしてハチマンとフカ次郎は、
狂ったように攻撃してくるガイア相手を二人で相手どる事になった。
「見た感じ、二人で遠くから交互にガイアを挑発すれば、お手玉出来るか?」
「リーダー、ナイス考え!それいってみよう!」
二人はとりあえず、一番簡単な方法を試してみる事にした。
「や~いガイアばばあ、ここまでおいで!」
とりあえずフカ次郎を追いかけるガイアを、ハチマンがまるで子供のように挑発してみた。
途端にガイアがハチマンに向けて突進してくる。
『誰がばばあじゃ!妾はまだ一万歳じゃ!』
「年齢の設定あるのかよ!ってか一万を、まだとか言うな!」
ハチマンはそう突っ込みつつ、内心ではしめしめと思っていた。
(煽り耐性低っく!)
だが世の中はそう甘くはない。
『ふむ、このまま交互に妾を挑発して、生き残るつもりかえ?じゃがそうはいかん』
「いや、そんな事全然考えてませんでした、単にあなたの事が嫌いなだけです、くそばばあ」
(くっそ、気付くの早えよ!)
ハチマンは焦ってそう言ったが、ガイアもさすが神だけあって、
冷静にその言葉を否定した。
『ふふん、好きな子はいじめたくなるっていう真理じゃろ?分かっておるわ』
「何でそんなに人間臭いんだよ、この腐れAIが!」
ハチマンは思わずガイアのAIに向けて文句を言ったが、
ガイアのAIはよほど優秀?なのか、その言葉にも耳を貸さなかった。
『来たれ、我が眷属よ!』
「げっ、リーダー、今のって………」
「何かを呼び出しやがったか?」
そのガイアの言葉に応じ、部屋の真ん中に何かが姿を現した。
それは小柄な犬のような姿をしていたが、ハチマンはそれに心当たりがあった。
「あれはまさか、前にアスタルトが連れてた子犬………、
ああくそっ、まさかとは思ったが、あいつがケルベロスの置き土産だったのか!」
ハチマンも一応疑いは持っていたのだろうが、後で一応確認した結果、
確かにアスタルトがテイムしていたとアスモゼウスから聞いていた為、
別件だろうと判断していたのである。
「どうする………どうする………」
ここまでの経過時間はおそらく二分ほど、残りは八分である。
「ケルベロスだけなら多分俺一人で何とかなる、でもガイアのあの攻撃はな、
ある程度は凌げるだろうが、さすがにヒーラー無しだと二対一でも厳しい、
フカ一人でケルベロスの相手を出来るか………?くそ、何か使えるアイテムは無かったか?」
ハチマンは一瞬でそう考えながら、ガイアから走って逃げつつ、
ケルベロスが実体化している僅かな時間にストレージを開いた。
「何か、何か………お?」
そこで見つけたとあるアイテムを見た後、ハチマンは部屋の天井を見上げた。
さすがはボス部屋なだけはあり、その天井はかなり高く設定されている。
「………よし!フカ、こっちに来い!」
「分かりました!」
ハチマンはそう叫ぶと、フカ次郎目掛けて走っていった。
「リーダー!」
フカ次郎はハチマンを呼びながら、必死にこちらに走ってくる。
「これを受け取れ!そしてガイアを挑発しろ!」
「は、はい!」
フカ次郎はハチマンが投げてきたそのアイテムを受け取ってじっと眺めた。
そしてそれが何なのか分かった瞬間、フカ次郎の顔が明るく輝いた。
「さすがはリーダー、天才ぎて惚れ直しちゃいますぅ!」
「そういうのはいいから、ケルベロスが実体化する前に早くガイアを!」
「分かった、待ってて!」
そしてフカ次郎はアイテムをストレージに収納すると、
一瞬でそのアイテムを身に付けた。
「お?思ったよりも冷静だな、確かにそっちの方が早い」
フカ次郎がそのアイテムを、直接
「リーダー、準備オッケー!」
「よし、ガイアは任せた!」
その言葉を受け、フカ次郎はガイアを挑発した。
「この腐ればばあ、リーダーはお前みたいな年増は相手にしないんだよ!
一万歳とかもう腐りかけてるじゃねえか、
私の方がお前よりもよっぽどピチピチでおっぱいも柔らかい、いい女だぜ!」
(何だそれは………)
ハチマンが頭を抱えそうになるほど、それはひどい挑発であったが、
その瞬間にガイアはフカ次郎の方に向きを変えた。
『何じゃと、平凡な容姿の癖に小娘が、身の程を知れ!』
「へ、平凡だと!?私が気にしてる事をおおおおおおお!」
フカ次郎はその言葉に明らかにショックを受けていた。
だがそんなフカ次郎を、ハチマンは即座にフォローした。
「気にするなフカ、お前は十分かわいいから!」
その言葉にフカ次郎は目を見開き、ガッツポーズをした。
「リーダー、愛してます!」
「いいから早く逃げろ!」
「あっ、そうでした、てへっ!」
そのままフカ次郎は逃げ始めた………壁に向かって。
『行き止まりに逃げるとは愚か者め!』
「さて、それはどうかなぁ?」
そしてフカ次郎は、そのまま壁を走り始めた。
そう、ハチマンがフカ次郎に渡したのは、ウォールブーツだったのである。
『なっ、何じゃそれは!?』
「へへん、ヴァルハラをなめるなっつの!」
そのままフカ次郎はどんどん上へとのぼっていき、
ガイアはそちらに触手を伸ばしたが、とてもフカ次郎までは届かなかった。
『くそっ、何じゃそれは!』
「ふふん、これでもくらえ!」
フカ次郎は一応魔法銃を予備として所持しており、
上空から一方的にガイアに攻撃し始めた。
『おのれ、おのれ!』
それによってガイアは防戦一方となった。
触手によって防いでいる為にダメージこそ入っていないが、
とにかく絶え間なく攻撃してくる為、そちらに気を取られてハチマンの方に目が行かない。
「よし、これでもうガイアは大丈夫だな………」
ハチマンはそう思いながら、いきなり体勢を低くした。
その頭の上を獣の顎が通過し、頭上で閉じられる。
『フン、避けおったか』
「久しぶりだなケルベロス、お前、ペットにされたって聞いてたんだがな」
『確かにテイムはされたが、それは巨人側のプレイヤーにだからな!
我が主人はここには入れないはずだし、何の憂いも無いわ!』
(………おお?)
その言葉にハチマンはニヤリとした。これはもしかするともしかして、
ケルベロスにとっては想定外の事態になっているかもしれないと思ったのだ。
「まあとりあえず、一対一でやり合うとしようぜ」
『フェンリルは今は動けんのだろ?助けてもらう事は出来んぞ!
以前の恨み、ここで晴らしてやる!』
「はっ、やれるもんならやってみやがれ!」
こうしてハチマンとケルベロスは、再び対峙する事となった。