ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

1164 / 1227
第1154話 イベント、最後にして最高潮

 さて、キリトがシノンに協力を誓わさせられた頃、

ハチマン達は、空中宮殿から急いで脱出しようとしていた。

 

「みんな、空中宮殿が崩れるぞ、急げ!」

「もしあそこに落ちたらどうなっちゃうんだろうね?」

「それはもちろん、()()()ってなるんじゃないかな?」

「それを言うなら、プチッ、って感じじゃない?」

「いやいや、グチャッ、でしょ」

「トマトみたいに?」

「ちょっと、想像させないでよね」

「お前達、そういうのはいいからさっさと行くぞ。もし邪魔が入ったらまずいからな」

 

 後ろからハチマンがそう声をかける。

ホーリーが先頭を走り、そしてハチマンが殿を努めつつ、

幸いにも一行は、ある程度余裕を残した状態で、無事に空中宮殿から脱出する事に成功した。

 

「ふう、セーフだったな」

『ハチマン、よくもやってくれたわね』

 

 特に犠牲もなく、無事脱出出来た事に安堵したハチマンに、フレイヤが歩み寄ってきた。

 

「フレイヤ様、その言い方だと俺が悪い事をしたみたいに聞こえます」

『冗談よ、でも本当によくやってくれたわね、ヴァルハラの神々を代表して感謝するわ』

 

 この場合のヴァルハラは、北欧神話における神々の居場所という、

本来の意味でのヴァルハラの事である。

 

「いえ、お役に立てたのなら良かったです」

『それじゃあはい、これ』

 

 そう言ってフレイヤは、その豊満な胸の谷間から一本の剣を引き抜き、

ハチマンに差し出してきた。

 

「おわっ!フレイヤ様、驚かさないで下さいよ………」

『とか言いながら、私の胸を随分熱心に見ていたようだけど』

「見ていたのは剣ですって。

っていうか完全に物理法則を無視した取り出し方をしましたね………」

 

 フレイヤが取り出した剣は、当然の事ながらハチマンが言う通り、

とても胸の谷間に収納しておけるようなサイズではない。

 

『ふふっ、どうやったかは女神の秘密よ。

でもまああなたになら奥を覗かせてあげても………』

「フレイヤ様、それがレーヴァテインなんですか?」

 

 ここでアスナが二人の会話に混じってきた。

さすがにこれ以上放置すると、ハチマンが間違いを犯すかもしれないと心配したからだ。

 

『ええそうよ、キリトのエクスキャリバーと合わせていい二枚看板になるわね。

ふふっ、アルンに着いた時が楽しみだわ』

「あっ、キリトの奴、首尾良くエクスキャリバーを手に入れたんですね」

 

 そのフレイヤの言い方で、ハチマンはキリトがミッションに成功した事を知った。

 

『ほんのちょっと前にね。おめでとう、あなた達に神々の祝福があらん事を』

「ありがとうございます、フレイヤ様」

 

 問題児とはいえ、さすがは最高位の女神である。

その体から発せられる神のオーラに触れ、その場にいた者達は、我知らず自然と膝をついた。

 

『そんなに堅苦しい態度をとる事はないわ、ね?ロキ』

 

 フレイヤの呼びかけを受け、ロキがふわふわと上空から下りてきた。

 

『うん、所詮僕らは世界の歯車の一つさ、そんなにえらいもんじゃない』

「それでも神々への尊敬を忘れてはいけないと思いますので」

『ふ~ん、まあいいけどね。さてと、それじゃあ………、

皆の者、次に運命の輪が交わる頃に、再びあいまみえん』

 

 ロキは最後は神らしい態度を取り、そのまま消えていった。

それを見たハチマンは、フレイヤもロキ同様にここから去るのだろうと考え、

一抹の寂しさを感じつつも、フレイヤに微笑みかけた。

 

「フレイヤ様、今回は本当にお世話になりました」

『気にしないで、これからも頑張るんだよ』

「ありがとうございます」

『それじゃあヴァルハラに帰るとしましょうか』

「はい、それではま………た………って、フレイヤ様?」

 

 ハチマンが別れの言葉を告げようとした瞬間に、

フレイヤはいきなりハチマンの腕を抱え込み、そのまま歩き出した。

 

『ん?何?』

「あの、一体何を………」

『何をって、普通にハチマンとくっついて帰ろうと思っただけだけど?』

 

 その言葉に一同はぽかんとした。

 

「あ、あの、フレイヤ様、帰るってどこにですか?」

『さっき言ったじゃない、ヴァルハラに帰るのよ?』

「神ロキのように、転移して帰るんじゃないんですか?」

『ええ?いくら私でも、()()()()()()()()()()に転移なんか出来ないわよ?

ギルドハウスってのは、完全に独立したプライベート・スペースだもん』

 

 フレイヤの、ヴァルハラ・ガーデンに帰る気まんまんな答えを聞いたハチマンは、

これ以上はきっと無駄なんだろうなと思いつつ、一応フレイヤに質問した。

 

「………………あの、今からまたうちに来るんですか?」

『えええええ?もしかしてハチマンは、居場所の無い私がその日の宿を求めて、

毎日他のプレイヤーに体を売るような展開が好みなの?

さすがにそれは、私も困………………あ、あれ?私、別に困らなくない?

むしろそれがいいっていうか、ごめんハチマン、私、全然困らなかった!

むしろ望むところ、みたいな?』

「フレイヤ様、最高かよ!」

 

 そう答えたのはもちろんハチマンではなくクックロビンである。

ハチマンはクックロビンの顔面をガシッと手で掴んで黙らせると、

ため息をつきながらフレイヤに言った。

 

「………分かりました、どうぞうちに自由に滞在して下さい」

『ううん、それはもういい!私はしばらく肉欲に………』

「いえいえいえいえ、どうぞ遠慮なく!いいよな?みんな」

 

 ハチマンは、自分がまるで風紀委員になったような気分で仲間達にそう問いかけ、

一同は苦笑しながらもハチマンに頷き返した。

 

『そう?それじゃあ遠慮なく、しばらくお世話になるね!』

「ち、ちなみにいつ頃まで滞在のご予定ですか?」

『私が飽きるまで!』

「あっ、はい………」

 

 ハチマンは落胆しながらそう答える他はなかった。

どう考えても他の選択肢は無いと悟ったのである。

 

「ハチマン君、ドンマイ」

 

 そんなハチマンを、アスナが慰めてきた。同時にアスナはフレイヤを警戒するかのように、

ハチマンの左腕をキープし、その胸に抱いている。

それを見たフレイヤは、一瞬目を細めた後、友好的な表情でアスナに言った。

 

『へぇ、さすがは私が正妻と認めただけの事はあるわね、アスナ、実にお似合いよ』

「えっ?えっ?」

『やっぱりハチマンの隣にはアスナが相応しいわ、うん、今ハッキリと確信した』

「そ、そうですか?」

『ええそうよ、それこそがALOの真理よ』

「………………えへへぇ」

 

 アスナは照れた顔でそう言うと、ハチマンの腕を抱えたままフレイヤに近付いていった。

 

「あ、あの、フレイヤ様、もし良かったら反対の腕をどうぞ」

『え?いいの?』

「ええ、もちろん!」

『ありがとう、それじゃあお言葉に甘えるわね』

 

 このやり取りを聞き、同時にフレイヤがアスナから見えないようにニヤリと笑ったのを見て、

ハチマンはもうなるようになれという風に天を仰いだ。

同時に他の女性陣も、フレイヤがアスナを懐柔してしまった以上、何も言えなくなった。

三人はその体勢のまま、キリト達と合流を果たす事となる。

 

「お~いキリト、無事にエクスキャリバーを手に入れたみたいだな!」

「あ、ああ、おかげさまで何とかなったよ」

 

 そう答えるキリトのわき腹を、シノンがゴン!と肘で突く。

ハチマンがアスナとフレイヤに挟まれている為、何とかしろという事なのだろうが、

さすがのキリトもNPCとは言え、神に物申す事は不可能だ。

 

(こんなの俺にもどうしようもないってばよ!)

(だらしないわね、仕方ない、せめてアレがどんな状況なのか、聞いてみなさい)

(わ、分かった)

 

 キリトはシノンとヒソヒソと言葉を交わすと、改めてハチマンにこう問いかけた。

 

「で、ハチマン、ロキ様はいないみたいだけど、どうしてフレイヤ様が隣に?」

「お、おお………フレイヤ様は、今後もうちに滞在するそうだ」

「………へっ?」

『わ、私がいちゃ駄目なの?』

 

 フレイヤは、当然演技なのだが、哀れな子犬のような目でキリトにそう問いかけてきた。

それにキリトは慌て、ぶんぶん手を振ってすぐに否定した。

 

「いや、そんな事は全くないです、フレイヤ様、もちろん大歓迎ですよ!」

『そっか、それなら良かった!ありがとうね!』

 

 その瞬間にシノンがキリトの足を思いっきり踏みつけた。

キリトは仕方ないだろという風にシノンの方を見たが、

それに対してシノンは肩を竦め、自らフレイヤの方に一歩を踏み出した。

 

「フレイヤ様、今後とも宜しくお願いしますね、ええ、色々と。うふふ、うふふふふ」

『えっ?あっ、ふ~ん、うん、もちろん!これからも色々宜しくね!うふふふふ』

 

 二人は言葉こそ穏やかだったが、バチバチと火花を散らしながらそう言葉を交わし、

それを見ていた周りの者達は、ハチマンの為なら神にさえ平気な顔で喧嘩を売る、

そのシノンの心臓の強さに戦慄を覚える事となったのだった。

ちなみにハチマンは、アスナが腕に力を込めた為、

針のむしろの上に座らさせられているような気分であったが、

何とかその感情を押さえ込み、仲間達にこう宣言した。

 

「よし、みんな、アルンに帰ろう」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」」」」

 

 こうしてヴァルハラは今回のイベントの最終バトルを何とか切り抜け、

アルンへと凱旋を果たす。

そしてハチマンとキリトがアルンへと足を踏み入れた瞬間にそれは起こった。

いきなりシステムメッセージがALO全体に響き渡ったのである。

 

『たった今、神の武器、レーヴァテインがアルンへと帰還しました。所有者、ハチマン』

『たった今、神の武器、エクスキャリバーがアルンへと帰還しました。所有者、キリト』

 

 先ほどフレイヤが、アルンに着いた時が楽しみだと言っていたのはこれの事だったのだろう。

それからほどなくして、アルンの入り口である門の所にプレイヤー達が殺到してきた。

 

「おい、聞いたか?」

「神の武器だってよ、さすがに超有名どころの剣は扱いが違うな!」

「ザ・ルーラーが戻ってきたぞ~!」

「覇王様!」

「剣王様!」

 

 場は凄まじい歓声に包まれ、ハチマンとキリトは一瞬戸惑ったが、

ここでおかしな姿を見せる訳にはいかないだろうと顔を見合わせると、

お互いのパートナーと並び、そのまま人の列の間を堂々と進んでいった。

もちろんハチマンの隣にはアスナが、そしてキリトの隣にはリズベットが並んでおり、

仲間達の誰も、それを邪魔するような事はしない。

そして二人は剣を掲げ、そんな二人にこの日最大の賛辞が贈られ、

幸いな事に、この騒ぎのせいで、フレイヤの存在は見事に埋没する事となったのだった。

 

 こうして年末から始まったALOのイベントは、

この日をもって完全に終了する事となったのである。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。