ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

1167 / 1227
第九章 オーディナル・スケール編
第1157話 二人目


『それでハチマン、それはどう使うの?』

「そうですね、そのうちお見せしますよ」

『あら、随分もったいぶるのね』

「あはははは、ミステリアスでいいでしょう?」

『ご機嫌ね』

「そりゃまあ、俺の専用装備みたいなものですから」

 

 ハチマンは終始ご機嫌であった。そんなハチマンに、ウズメからメッセージが届いた。

 

「あっ、フレイヤ様、そろそろライブが始まるみたいですよ」

『そうだった!ハチマン、急ぐわよ!』

「はい!」

 

 そしてハチマンは、ヘパイストスに深々と頭を下げた。

 

「ヘパイストス様、今日は本当の本当にありがとうございました!」

『うむ、役に立てたなら良かった。また何かいい武器が手に入ったら見せにくるのだぞ』

「機会があれば必ず!」

 

 ハチマンとフレイヤはヘパイストスの店を出ると、真っ直ぐ剣士の碑へと向かった。

辻活動であるにも関わらず、既に会場は多くのプレイヤーでごった返しており、

二人の活動が、一般プレイヤーにかなり周知されているのは間違いない。

 

『随分盛況なのね』

「まあもう明らかに本人で間違いないみたいに言われてますからね」

『そういうのは事務所がうるさいんじゃないの?』

「また俗っぽい事を………」

『別にいいじゃない、今の生活が楽しくて仕方ないんだもん』

 

 まだ一晩しか過ごしていないが、ヴァルハラ・ガーデンに滞在するようになってから、

フレイヤは飽きずに延々とネットを覗いていた。事務所云々はそれで得た知識なのだろう。

 

「まあ喜んでもらえてるなら何でもいいですけどね」

『でしょう?』

 

 こういう時のフレイヤは実にあどけない少女のように見え、

ハチマンと並ぶと実にお似合いなカップルに見えてしまうのが困り物だ。

 

(まあフレイヤ様はこういう性格だし、その存在も徐々に周知されてくだろ)

 

 ハチマンにしてみれば、アスナに怒られる事だけが問題なのだが、

幸いアスナは出来た彼女なので、このくらいの事で怒る事は無い。

故にハチマンにしてみれば、外野の声さえ気にしなければ何の問題もないのだが、

やはりうざったいものはうざったいのである。

現に今、二人は周りの観客達からかなり注目を集めてしまっている。

 

『凄く見られちゃってるね』

「まあライブが始まっちゃえば、みんなこっちなんか見なくなりますよ」

『かな?楽しみだよねぇ』

 

 それからしばらくして予定時刻となり、舞台袖から二人が姿を現した。

二人はめざとくハチマンを見つけ、こちらに手を振ってくる。

 

『相変わらずモテモテねぇ』

「別にそういうんじゃないですって」

『本当かなぁ?』

 

 フレイヤはいたずらめいた表情でハチマンの顔を下から覗きこんだ。実にあざとい。

 

「フレイヤ様、始まりますよ」

『はぁい』

 

 フレイヤはハチマンにそう言われ、あっさりと引き下がった。

そして浮遊光源ユニットがきらめき始め、遂に二人のライブが始まった。

 

「みんな、今日も来てくれてありがとう!」

「皆さんの為に、今日も精一杯歌いますね!」

 

 その呼びかけに答え、観客達から大歓声が上がった。

ハチマンは満足そうに客席を眺めたが、その中に一人知り合いがいた為、

ハチマンはその人物に歩み寄った。当然フレイヤもハチマンの後をついてくる。

 

「ユナ、二人を見にきたのか?」

「あっ、ハチマンさん!えへへ、来ちゃいました!」

 

 その知り合いとはユナであった。ユナはフレイヤの事は知らないようで、

会釈をしただけで直ぐに前に向き直った。その隣にハチマンが並ぶ。

 

「ユナはあの二人の事が好きなのか?」

「うん、大好き!特に愛ちゃんが好き!」

 

 ユナはウズメの事を、普通に愛ちゃんと呼んだ。

 

「ウズメ、だろ?」

「う~ん、でもウズメちゃんは愛ちゃんだよね?

前に私、フランシュシュのライブに連れてってもらったけど、ダンスの癖がまったく同じだもん」

「………………………へぇ」

 

(連れてってもらった、か。誰に連れてってもらったのか分かればいいんだが)

 

 ハチマンは少しでもユナに関する情報が得られればと思い、慎重に言葉を選んだ。

 

「ユナはフランシュシュのライブに行ったのか、羨ましいな、俺も行きたかったのに」

「え?あの時ハチマンさん、舞台袖にいたよね?」

 

(何だと?)

 

 ハチマンの心臓がドクンと波打った。

 

(あの時ユナがあそこにいたのか?いや、それらしい姿は絶対に見かけなかった。

これは後でアルゴ辺りに調べてもらうか………)

 

 ハチマンはそう考え、続けてユナにこう言った。

 

「ああ、あの時な。そうか、ユナはあそこにいたのか、あのミニライブは凄く良かったよな」

「うん、もう本当に感動したよ」

「連れてってくれたあいつに感謝しないとな」

「うん、エイ君には本当に感謝しないとね」

 

(エイ君………な)

 

 ハチマンはユナに繋がる手がかりとして、その名前を心に刻んだ。

 

「あれ、ハチマンさんってエイ君の事知ってるの?」

 

(ここで安易に知ってると言うのはまずい………か?)

 

 ハチマンは嘘がバレた時のリスクを考え、考えた末にこう答えた。

 

「いや、同じ名前の知り合いが何人かいるから、もしかしたら別の人かもな」

「えっと、エイ君は………………あっ、ゲームの中でリアルネームを出すのって、

確かやっちゃいけないんだったよね、ごめんなさい」

「………………ああ、確かにそうだな、ウズメの事も含めて今後は気をつけるんだぞ」

「うん!」

 

(残念だがここまでだな………)

 

 ハチマンはこれ以上の情報収集を諦め、ライブに集中する事にした。

そう決めて改めてステージに目をやると、ウズメがハチマンを睨んでいる。

どうやらハチマンがライブに集中していなかった事に怒っているらしい。

ハチマンは、スマン、という風にウズメに手を合わせ、それで機嫌を直したのか、

ウズメはハチマンに向けてニッコリ微笑んだ。

 

「もういい?」

 

 そんなハチマンに声をかけてきたのはフレイヤである。

どうやらユナがハチマンの知り合いだと知って、遠慮してくれていたらしい。

 

「はい、一緒にライブを楽しみましょう」

「うん!」

 

 それから何曲かが披露され、場は大盛り上がりとなった。

二人が確固たる地位を得ていると感じたハチマンは満足げに頷き、

チラリと隣にいるユナの方を見た。先ほどまでハチマンらと共に熱狂していたユナは、

今は落ち着いており、何かぶつぶつと呟いていた。

ハチマンはその呟きが気になったが、周りがうるさい為に聞き取れない。

 

「おっ」

 

 その時ウズメとピュアが再びステージに現れた。いわゆるアンコールである。

 

「やった、まだ二人の歌が聴けるね!」

 

 すっかり二人の歌が気に入ったのか、フレイヤもとても嬉しそうだ。

ハチマンはそんなフレイヤを微笑ましく眺めた後、ステージに目を戻した。

と、バッチリウズメと目が合ってしまう。

 

「む………」

 

 ハチマンは、ステージに集中しろという意味を込め、じっとウズメを見つめたが、

ウズメはハチマンから全く目を逸らさず、そのまま歌い始めた。

どうやらウズメはアンコールの曲を、ハチマン一人の為だけに歌うつもりのようだ。

対して隣にいるピュアは、それが本人のポリシーなのか、

常にその場にいる全員に向けて歌う姿勢を崩す事は無い。

おそらくピュアが目指しているのは、偶像としてのアイドル、

つまりは昭和によく見られたアイドル像なのだろう。

 

(やれやれ、まったく………)

 

 その瞬間にハチマンは、いきなり遠い昔に感じた事のある感覚を得て、ビクンと体を震わせた。

 

「マジかよ………」

 

 そう呟くと、ハチマンはいきなり舞台袖へと走り出した。

 

「ハチマンさん?」

「ハチマン?」

 

 ぽかんとするユナとフレイヤを残し、ハチマンはそのまま舞台袖に駆け込んだ。

その時丁度、アンコール曲を歌い終えた二人が舞台袖に戻ってくる。

 

「あれ、ハチマン?どうしたの?」

「ハチマンさん?」

 

 二人はキョトンとしたが、ハチマンは脇目もふらずにウズメに駆け寄った。

 

「えっ?な、何?」

 

 ウズメは思わず顔を赤らめたが、ハチマンの口から出てきたのは、

ウズメが全く想像もしなかった言葉であった。

 

「おいウズメ、コンソールを開いて自分のスキルの欄を見てみろ」

「あ、う、うん」

 

 そしてコンソールを開き、自分のステータスを調べたウズメは呆然とした顔をした。

 

「あったか?」

「う、うん、あった………」

「何があったんですか?」

 

 事情がよく分からず、そう尋ねてきたピュアに、ウズメはポツリと呟いた。

 

「何か私、歌唱スキルってのが取れちゃったみたい」

「えええええ?も、もしかして私にも!?」

 

 ピュアも慌ててコンソールを開いたが、もちろんそこに歌唱スキルは無かった。

これはおそらく歌い手としてのスタイルの違いのせいだろう。

前述したが、基本ピュアは誰か一人の為に歌う事はない、いや、出来ない。

万人の為に歌おうという本人の強固な意思が邪魔をするからだ。

だからまったく同じように活動し、同じ歌を歌っていても、歌唱スキルが発現したのは、

今日まで何度もハチマン一人の為に歌った事のあるウズメにだけである。

ちなみにハチマンは、ウズメとピュア、

ついでにクックロビン辺りに歌唱スキルが発現すればいいな、と考えてはいたが、

さすがに俺の為だけに歌えなどと言う事は出来なかったのである。

更に言うとその三人であれば、他の誰かの為にだけ歌ってきてくれと頼んでも、

全く気持ちが入らず、徒労に終わっただろう事は想像に難くない。

故にウズメが自然に歌唱スキルを得た事は、ハチマンにとっては僥倖であった。

 

「………ウズメ、明日から俺とマンツーマンで特訓をする気はあるか?」

「やる!」

 

 ウズメはハチマンのその申し出に、内容も聞かずに即答した。

 

「いいなぁ………」

「きっとそのうちピュアにも歌唱スキルが発現するさ、一応推測される条件だけ教えておくからな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 その後、ハチマンに条件を聞いたピュアは、自身のポリシーを崩さないように、

ハチマンと二人きりの場で心を込めて何度も歌を披露したが、

歌唱スキルが発現する事はなかった。おそらく何か、別の条件もあるのだろう。

 

 こうして遂に、二人目の歌唱スキル持ちが登場する事となったのである。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。