ライブ用の照明とマイクをストレージに収納し、普通の格好に着替えたウズメとピュアは、
いつもはおかしなファンにからまれないように、その場で直ぐに落ちているのだが、
今日はハチマンが一緒にいる為、普通にヴァルハラ・ガーデンに歩いて戻る事にした。
「うぅ、ウズメさんだけずるい………」
「ごめんごめん、きっと早いか遅いかの違いだけだよ、ね?」
ウズメが羨ましいのか、ピュアはずっと拗ねていた。
かなり大人びており、いつも落ち着いているピュアにしてはとても珍しい。
「まあまあ、さっき言った条件でいけるかどうか、今度ちゃんと付きあうからまあ落ち着け」
「それはそれ、これはこれです」
そう言いつつも、ピュアの顔はだらしなく緩んでいた。実にかわいい。
観客達は、さすがにハチマンがいる前で二人に余計なちょっかいをかける事は出来ず、
歩いていく三人を遠巻きにしているのみであった。
だがそんな三人に遠慮なく近付いてくる者達がいた、ユナとフレイヤである。
「ハチマン、いきなり走ってっちゃったけど一体どうしたの?」
「そうですよ、まったく羨ましい」
ユナは水野愛の大ファンな為、ウズメと気安く話せるハチマンが羨ましいらしい。
「羨ましい?」
「あ、えっと、とりあえずそれはいいです」
「ふ~ん?まあとりあえず置いてきぼりにして悪かった、何の問題も無かった」
ハチマンは歌唱スキルの事をユナに伝えるべきかどうか激しく迷った。
だがまだ判断材料が少なすぎる為、何の解決にもなりはしないが、判断を先送りする事にした。
フレイヤはあからさまに訝しげな視線をハチマンに向けてきていたが、
ハチマンはもちろんその事に気付いており、フレイヤの耳元で、後で話しますとそっと囁いた。
フレイヤはちゃんと空気が読めるようで、ハチマンに小さく頷き返してくれた。
これでフレイヤについては特に心配は無くなったが、
ユナはハチマンの方をチラリチラリと覗き見しながら、もじもじし続けている。
「………ユナ、どうした?」
「あ、あの、出来れば私の事を、お二人に紹介して欲しいな、なんて………」
「ああすまん、そういえば初対面だったか」
ハチマンは二人にユナの事を紹介し、二人はユナと握手を交わした。
ウズメと握手するユナの手には、より力がこもっているように見え、
ハチマンは、ユナは多分水野愛のファンなんだろうなと推測し、
さきほどの羨ましいという言葉の意味を、遅ればせながら理解した。
「この手はしばらく洗いません!」
「いや、まあここではそもそも手を洗う機会なんか全く無いけどな」
ハチマンはユナに普通に突っ込んだが、ユナは全く取り合わず、
ウズメとピュアに色々質問を始めた。
「初めてのライブの時ってどうでしたか?」
「曲の振り付けは自分達で考えてるって聞いたんですけど」
「お二人が別々にメインを張る曲は出さないんですか?」
ユナは機関銃のように二人に質問を続け、二人はそれににこやかに答えていた。
だがユナが止まる気配が全く無かった為、ハチマンはユナを宥める為に、その頭に手を置いた。
「ユナ、そろそろ………」
「あっ、そうですね、私も用事があるんでした!
お二人とも、次のライブも必ず見にいきますから!」
「ありがとう、予定が決まったら必ずMMOトゥデイで告知してもらうね」
「お待ちしてますね、ユナさん」
「ありがとうございます!」
ユナはとても嬉しそうに二人にお礼を言うと、笑顔のままログアウトしていった。
「さて、それじゃあ俺達も帰るか」
「うん!」
「ですね」
「ハチマン、私、お腹が減った!」
「はいはい、フレイヤ様は、ユイかキズメルに頼んで下さいね」
四人はそのままヴァルハラ・ガーデンに戻ったが、そこには何故か、フラウボウがいた。
お忘れの方もいるかと思うが、フラウボウとは神代フラウのキャラである。
そしてアスナもハチマンに合わせてまだヴァルハラ・ガーデンに残っていたようだ。
アスナはハチマンが帰ってきた事に気付き、ごろごろしていたフラウボウに声をかけた。
「あっ、ハチマン君達が戻ってきたよ、フラウボウ」
「ガタッ、女神とアイドルのハーレム?それ何てエロゲ?」
「あ~面倒臭い、いいからさっさと用件を言え」
「ほ、報告があります、ビクンビクン」
「そうなのか?それじゃあ向こうで話を聞こう」
さすがはハチマン、フラウボウの繰り出してくるネタは完全にスルーである。
だがフラウボウは全くめげる様子もなく、普通に話し始めた。
「デュフフ、前に頼まれた、ユ、ユマの音声データの調査結果の経過報告な訳だが」
「お、何か分かったか?」
ハチマンはタイムリーな話題だなと思いつつ、フラウボウの言葉に耳を傾けた。
「れ、例の音声データだけど、徐々に強くなってきてるお。
ま、まあ元の出力が弱過ぎるから、微々たる変化なんだけど」
「………何っ?」
「あと正確には徐々に、じゃなく、段階的に、だお」
「ほう?一定間隔でか?」
「ううん、全然バラバラ。今何かと連動しているのかどうか調査中」
「分かった、引き続き調査を頼む」
「追加報酬で手を打とう」
「問題ない、経理に言っておくわ」
「おなしゃす!それじゃあ私は落ちて情報収集を再開するであります!シャキーン!」
「あ、ああ、宜しくな」
相変わらずこいつはブレないなと思いつつ、ハチマンはフラウボウを見送った。
そしてアスナやウズメ、ピュアやフレイヤ、
ユイ、キズメルが談笑している方へ向かったハチマンは、
とりあえずアスナにウズメの歌唱スキルの事を話す事にした。
「ええっ、本当に?」
「ああ、マジだ」
「凄い凄い!それじゃあウズメは歌姫を目指す事になるのかな?」
「俺はそのつもりだ」
「歌姫って?」
アスナはもちろんスキル的な意味で言ったのだが、ウズメにはそんな事は分からない。
ハチマンはウズメに歌唱スキルから他のスキルが派生する事を説明し、
それでウズメは一気にやる気になった。
「私、歌姫を目指してみる!」
「ウズメさん、羨ましい………」
「ピュア、さっき言った事、今試してみるか?」
「いいんですか?是非お願いします!」
アスナとウズメ、それにフレイヤ達にはとりあえず遠慮してもらい、
ハチマンは訓練場でピュアに歌ってもらう事にした。
それから一時間、ピュアは不屈の闘志を持って歌い続けたが、
結局ピュアは、歌唱スキルを得る事が出来なかった。
「あっ、ハチマン君、ピュア、どうだった?」
「駄目でした………」
「そっかぁ、何か他に条件があるんだろうね」
「こればっかりはさすがに例が少な過ぎてどうにもならないな………」
「あ、前にもいたんだ?って当たり前か、
二人が歌唱スキルの存在を知ってるって事はそういう事だもんね」
「SAO時代に一人だけいたんだよ、名前はユナ。
でもクリア前後のごたごたのせいで、今どうしてるのか、まったく分からないんだ」
ハチマンはユナの事を詳しく説明した。
「なるほど、そんな事が………」
「それは心配ですね」
「あれ、でもユナって………もしかしてさっきの?」
「あっ、そういえば!」
ウズメとピュアは、先ほど会ったユナと、
ハチマンの話に出てくるユナが同一人物なのではないかと気付いたようだ。
「いや、あのユナはその時の事を全く覚えていない、って言っていいのかな、
知らないって言った方が適切か?」
「そんな感じだよね、見た目はそっくりなんだけど、行動に微妙な違和感があるんだよね」
「えっと、それは謎ですね」
「ああ、謎なんだ………」
「う~ん………」
四人は深刻な顔で悩み始めたが、ここで答えが出るような話でもない。
フレイヤは我関せずと言った感じでこの話には特に何の感想も述べなかったが、
代わりにハチマンにこう言ってきた。
「ところでハチマン、アスナにあの事を報告しなくていいの?」
「あの事?何かあったの?」
「ああ~!そうだそうだ、アスナ、やったぞ!ははははは!」
ハチマンはそう言うと、いきなりアスナの脇に手を入れ、高く持ち上げた。
「きゃっ!」
「ははははは、ははははははは」
「ちょ、ちょっとハチマン君、恥ずかしいから!っていうか何があったの?」
そう言いながらもアスナは嬉しそうなハチマンを見るのが嬉しいのか、
その顔はややにやけていた。
「まあこれを見てくれ」
ハチマンはアスナを下ろし、左手にアハト・レーヴァを装着した。
「あっ!もしかしてそれ、アハト・ファウスト?」
「実はこれ、レーヴァテインを改造して作ってもらったんだ、
だからアハト・レーヴァと名付けた」
「おお~!」
アスナも感極まったのか、そのままハチマンに抱き付いたが、
ウズメとピュアの咳払いで直ぐに我に返り、ハチマンから離れた。
「あっと、ごめんね、てへっ」
アスナは恥ずかしそうにそう言い、それじゃあえっと、と呟きながらコンソールを開いた。
「ん、アスナ、いきなりどうした?」
「あ、うん、みんなにアハトの事とウズメの歌唱スキルの事を伝えなきゃって思って」
「あ~………アスナ、それはちょっと待ってくれ」
そんなアスナをハチマンは止めた。
「あ、まだ内緒にしとく?」
それを受け、アスナは直ぐにハチマンの意図を悟ってくれた。さすがの正妻力である。
「ああ、ウズメが歌姫スキルを獲得出来たら、
その時に一緒に公開してみんなを驚かせてやろうぜ」
「サプライズだね!うん、分かった!」
「という訳でウズメ、特訓の予定を立てよう。
ユナの時に一度やって、もうどうすればいいかは分かってるから、
後はひたすら試すだけで多分いけるとは思うけどな」
「うん、お願い!」
直ぐに予定が立てられ、次の日からウズメの歌姫ロードが始まった。