ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1159話 ハイテンション・愛

 次の日の朝、目を覚ました愛は、天井に向かっていきなり叫んだ。

 

「よっしゃあ!今日から私のターン!早く夜になぁれ!」

 

 幸いにも愛達が住んでいるソレイユ・エージェンシービルは完全防音であり、

その声を聞いた者は誰もいなかった。早朝から他人に迷惑がかからなかったのは僥倖である。

だがそれはあくまで早朝だけの話である。

朝九時になり、予定通りレッスンルームに集まってきたフランシュシュのメンバー達は、

例外なく全員がハイテンションな愛に出迎えられる事となった。

 

「みんな、今日は一月とは思えないくらい、凄くいい天気だね!さあ、今日も一日頑張ろう!」

 

 愛はとんでもなくニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコしていた。

マネージャーの幸太郎がセクハラまがいのおかしな事を言っても、

やだもう、マネージャーったら、と一言返すだけで、

いつものように反撃したりするようなそぶりは一切見せない。

皮肉な事に、そのせいで幸太郎は逆にびびってしまい、

それ以降、腫れ物に触るような態度で愛に接するようになったのはまあ、仕方がないだろう。

 

「なぁ純子、愛の奴、今日はテンションがおかしくないか?何かあったのか?」

 

 休憩時間にサキにそう話しかけられた純子は、少し拗ねた表情でこう答えた。

 

「そんなの決まってるじゃないですか」

「決まってるって………」

「察して下さい」

 

 その純子のやや投げやりな、珍しい態度にサキは戸惑った。

 

「愛のテンションが上がる理由なんて………あ~あ~あ~!ハチマンさん絡みか!」

「です」

「それにしても今日はちょっと極端じゃない?」

「それくらい、いい事があったんだろうね」

 

 そんな二人の会話に、フランシュシュでは一番の常識人である山田たえが加わってきた。

それを契機に他のメンバー達も集まってくる。

 

「まあ今日からしばらく、夜はハチマンさんと二人きりだから、気持ちは分かりますけど………」

「「「「「八幡さんと夜に二人きり!?」」」」」

「まったくもう、ハチマンさんに手取り足取り指導してもらえるなんて、羨ましい………」

「「「「「八幡さんに手取り足取り!?」」」」」

「人気の無い場所でいい声で歌わさせられるとか、凄く気持ち良さそう」

「何それ!?」

「純子はん、エロいどすなぁ………」

「うわぁ、うわぁ」

 

 純子がイメージしているのはゲームの中のハチマンだが、

フランシュシュの残り五人がイメージしているのはもちろん現実の八幡である。

その辺りにかなり誤解があるのだが、当然どちらもその齟齬には気付かない。

 

「えっ?えっ?どういう事?」

「まさかの愛はん大勝利どすか?」

「これっていいの?どやんす?どやんす?」

「リリィ、子供だからよく分からなぁい!」

「お前、こういう時だけ子供ぶってんじゃねえぞコラ!」

 

 ここまで騒ぎになると、さすがの愛も、六人の様子がおかしい事に気付いてしまう。

 

「みんな、どうしたの?」

「あ、いや………」

「愛ちゃん、大人の階段登っちゃう!?」

「へっ?」

「まさか八幡さんとそんな関係になってるなんて………」

「でも他の人にバレないようにね!アイドルなんだから!」

「はぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあ!?」

 

 愛は何故そんな話になっているのか分からず目を見開いて絶叫したが、

その時純子が慌てた様子で横から加わってきた。

 

「えっちなのはいけないと思います!ってか違います、誤解です!皆さん勘違いされてますよ!」

 

 その純子の言葉で薄々事情を悟った愛は、それならそれでもいいんだけどと思いつつ、

一応他のメンバー達の認識を訂正した。

 

「えっと、話題が私とハチマンさんの事なら、ALOの話だからね?」

「えっ?」

「何だ、そっち?」

「おい純子、紛らわしいんだよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 それで一応この場は収まり、普通にレッスンが始まった。

そして夜になり、レッスンが終了した直後、

愛は満面の笑みを浮かべながら自室へと戻っていった。

 

「お疲れ様でしたぁ!」

 

 まったく疲れた様子もなく、挨拶をした後は脇目もふらずに走っていく愛を見て、

他のメンバー達は戸惑った様子で顔を見合わせた。

 

「ALOでお出かけ………なんだよね?」

「う~ん、しかしあれは………」

「浮かれてるね」

「女の顔をしてはりますなぁ」

「ゆうぎり姉さん生々しい!」

「くっ、私もいつか………」

 

 そんな仲間達の視線を背中に受けつつ部屋に戻った愛は、

約束の時間までまだ余裕がある事を確認すると、いきなりその場で全裸になった。

 

「先ずはシャワー!」

 

 そのまま風呂場に駆け込んだ愛は、特に意味は無いが念入りに体を磨き、

シャワーを浴び終えた後、何故か勝負下着を取り出して身につけた。

 

「これでよしっと」

 

 別に何がいいという訳でもないのだが、まあこれはご愛嬌と言うべきだろう。

そしてトイレに行きたくならない程度に適度に水分を補給した愛は、

そのままベッドに横たわった。

 

「さて、これから楽しいデートの時間!」

 

 愛は気合いを入れるように自分の頬を叩き、そのままALOへと旅立った。

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

「おっはようございま~っす!」

「お、おお、元気だな、ウズメ」

「え~?いつもと一緒だと思うけどなぁ」

「そ、そうか?」

 

 ヴァルハラ・ガーデンに入ると、既にハチマンは準備万端といった感じで待機していた。

相変わらずフレイヤがハチマンに纏わりついてベタベタしていたが、

今のウズメは全く気にしない。

夜八時という事もあり、ぽつぽつと他の仲間達の姿も見え、ウズメに挨拶を返してくる。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん!」

「お、ハチマン、何か用事か?」

 

 そんな二人にキリトがそう質問してきた。

 

「ああ、これからちょっと、ウズメの特訓をな」

「二人きりでか?」

「まあそんな感じだな」

 

 キリトは少し首を傾げ、チラリとアスナの方を見たが、

そのアスナはニコニコ笑顔をまったく崩そうとはしなかった。

 

「うん、二人とも、頑張ってね!」

「おう」

「行ってきます!」

「あっ、それじゃあ私も………」

 

 そんな二人をフレイヤが追い掛けようとしたが、それはアスナとハチマンが止めた。

 

「フレイヤ様、駄目ですよ?」

「フレイヤ様、多分ウズメが恥ずかしがると思うので、遠慮して下さい」

 

 そのハチマンの言葉にウズメは思わず頬を染めた。

 

(えっ、私、何されちゃうんだろ?)

 

 もちろん何もされはしない、ただ延々とかつてユナがやったような事をやらされるだけだ。

 

「むぅ………二人がそう言うなら仕方ないわね、ハチマン、早く帰ってくるのよ!」

「へいへい、仰せのままに」

 

 それでこれが、ハチマンとアスナの同意の上の行動なのだと理解したキリトは、

それ以上何も言わずに二人を見送った。

アスナが認めているなら、ハチマンが誤解をされそうな行動をしても、何の問題もないのである。

 

「今日はどこに行くの?」

「十九層のラーベルグだ、人が少ないからな」

「え、あそこ?」

「ん?嫌なのか?」

「あそこが好きな女の子っていないと思う」

「………ああ、まあ確かにそうか。だが行くのはあそこだ」

「はぁい」

 

 二人はそのままラーベルクへと転移した。

相変わらずゴーストタウンのようなラーベルクのその暗い雰囲気に、

ウズメは思わず身震いしたが、

同時にハチマンが隣にいる事で、別の考えが頭をもたげた。

 

(これってもしかして………)

 

『キャー、オバケ!』

『大丈夫だ、俺がついてる』

『で、でも怖い!』

『仕方ないな、もっとこっちに来いよ』

『でっ、でも………』

『いいからほら』

『あっ、ど、どうしてそんな所を触るの?』

「嫌なのか?」

「う、ううん、別に嫌じゃない………あっ!」

 

 街の雰囲気のせいで生存本能を刺激されたのか、ウズメの妄想はとても捗っていた。

 

「なんちゃって!なんちゃって!」

 

 ウズメは赤く染まった自分の頬に手を当て、くねくねと身をよじらせた。

 

「………嫌だとか嫌じゃないとかいきなりどうした?」

「えっ?」

 

 いきなりハチマンがウズメにそう声をかけてきた。

それでウズメは我に返り、同時に顔を青くした。

ハチマンの口ぶりから、どうやら自分が先ほどの妄想を、

途中から口に出していたらしいと悟ったのである。

 

「わ、私、今何か言ってた?」

「なんちゃって?」

「その前!」

「嫌なのか?とか、別に嫌じゃない、とか?」

「もうひと声!」

「いや、それ以外は別に何も言ってないが」

「ギリギリセーフ!」

「意味が分からん………」

 

 そんなウズメのおかしな態度に、ハチマンは苦笑しながらそう言った。

 

「何だよまったく、おかしな奴だな」

「お、女の子には色々あるの!」

 

 ウズメはそう言ってハチマンをぽかぽか叩いたが、ハチマンはそれをあっさり手でガードした。

 

「むぅ、ちょっとはくらいなさいよ!」

「はぁ………ちょっとだけだぞ」

「うん!」

 

 ハチマンはそのまま何発かウズメのポカポカをくらってあげた。

傍から見ると、どう見ても二人はバカップルにしか見えない。

ウズメは一応他人の目を気遣って変装してはいたが、

それでも現役アイドルのこんな姿はあまり他人に見せられるようなものではない。

ここが過疎エリアな為、目撃者がいなかったのは、実に幸いな事であった。

 

「よし、ここからは飛ぶぞ。前は歩いていくしかなかったから助かるわ」

「あっ、そうなんだ?」

 

 先日のバージョンアップでアインクラッドの一部エリアが飛べるようになった為、

目的地への移動時間を大幅に短縮する事が可能になっている。

そして二人は街を出てから直ぐに飛び上がり、そのままとある山の上の開けた広場へと移動した。


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