「さて、それじゃあ特訓を開始する」
「はい、師匠!」
ウズメにそう呼ばれた瞬間に、ハチマンの脳裏に思わずユナの顔が浮かんだ。
『これ、本当にやるんですか?師匠』
『ええっ?師匠、何かスキルが取れました!』
『これで私も師匠と一緒に戦えますね!』
『師匠、私の歌、ちゃんと聞いててくれました?』
『師匠?』
「師匠?」
『師匠………』
「聞いてる?師匠?」
『師匠!』
「ハチマン!」
その声にハチマンはハッとし、ウズメの顔を見た。
「大丈夫?心ここにあらずって感じだったけど」
「あ、ああ、悪い、ちょっと昔の事を思い出してたわ」
そのハチマンの言葉を聞いて、ウズメの心の中の何かがざわついた。
(ユナって人の事を考えてたんだ)
ウズメの心の中で、ユナに対する対抗心が上がっていく。
そしてそれが極限まで高まった瞬間に、ウズメの心がスッと落ち着いた。
(ううん、他の人と比べる事なんかに意味はない、だって、私は私なんだから)
そう考えたウズメはハチマンに近付き………。
「もう、今一緒にいるのは私なんだから………」
そしてその頬に両手を添えながら言った。
「今は私だけを見てね」
「ち、近い………」
ハチマンはそんなウズメの態度にどぎまぎしたが、その瞬間にウズメはビクン、と震えた。
「あっ………」
「ど、どうした?」
「えっとね………『演技派』っていうスキルが取れたよ」
そのあまりにも想定外な言葉に、ハチマンは絶叫した。
「………………はぁ!?そんなの俺、知らないぞ!」
「そ、そうなの!?」
「ああ、俺が知ってるのは、『吟唱』『楽器演奏』『舞踊』『カリスマ』『癒し系』、
『小悪魔系』に、後は『大声』のスキルだな。
この時点でそのスキルが統合され、ユナは『歌姫』のスキルを得たんだ」
「ど、どういう事?」
「どういう事なんだろうな………」
二人はその場に座りこみ、考え込んだ。
「もしかして、関連スキルを八つ取れれば統合されるとか?ハチマンだけに」
「ハチマンは関係ないだろ。まあ種類が違ってもいいのか、
必須な奴が一部なのかは分からないが、こうなるとそれぞれの歌姫によって、
得意不得意の違いが出る事になりそうだよな」
「よく考えられてるよねぇ」
だがそれが正解かどうかも分からない。
「SAOのスキルを作った人にどうなってるのか聞ければいいんだけどね」
「それなぁ、アルゴに解析させてはいるが、
まだ完全には解明出来てないっていうか………」
ウズメがポツリと漏らしたその言葉に答えている途中で、ハチマンはハッとした。
「そ、そうか、ホーリーに聞けば………」
「どうしてホーリーさん?知ってるのは茅場晶彦って人で、もう死んでるんでしょ?」
「えっ?」
そのウズメの言葉でハチマンは、
ホーリーの正体を身内全員が知っている訳ではないと気がついた。
(そういえば、全員には教えてないんだったな………)
ハチマンはそう考え、ウズメにホーリーの事を告げるべきか迷ったが、
今ここで言ったからといって、何かが解決する訳でもない為、とりあえず一旦保留とし、
ハチマンが知る他のスキルをウズメが得られるように、特訓を開始する事とした。
「とりあえず一旦この事は忘れておこう。
時間がもったいないし、今のところは予定通り特訓する事にしようぜ」
「まあそうだね、それじゃあ何からいく?」
「そうだな、それじゃあしばらくは、自分が知ってる限りの早口言葉を延々と言ってみろ」
「早口言葉?う~ん………青巻紙赤巻紙黄巻紙!」
「そんな感じだ、普段の会話も早口でやれば、それも有効かもしれない」
「分かった、やってみるね!東京特許許可局!」
この辺りは馴染みも深い為、ハチマンもウズメと一緒になって早口言葉にチャレンジし始めた。
「赤パジャマ黄パジャマ茶パジャマ」
「赤パジャマ黄ピャジャマ茶パジャマ………くそおおお」
「お綾や八百屋におあやまり」
「お綾や八百屋におややまり………くっ」
「あのアイヌの女のぬう布の名は何?あの布は名のない布なの」
「あのアイヌの女のぬう布の名は何?あの布は名のない布なの、よっしゃ!」
たまに失敗しつつも楽しそうにウズメの後をついてくるハチマンを微笑ましく思いながら、
ウズメは徐々に難易度を上げつつ、自分が思いつく限りの早口言葉にチャレンジしていった。
「客が柿食や飛脚が柿食う飛脚が柿食や客も柿食う客も飛脚もよく柿食う客飛脚」
「客が柿食や飛脚が柿食う………ええと………」
「ブタがブタをぶったらぶたれたブタがぶったブタをぶったので、
ぶったブタとぶたれたブタがぶったおれた」
「ブタがブタをぶったらぶたれたブタがぶったブタを………ぶった、ぶったおれた仏陀!」
「かえるひょこひょこ三ひょこひょこ四ひょこ五ひょこ六ひょこひょこ、
七ひょこ八ひょこ九ひょこ十ひょこ」
「かえるひょこひょこ三ひょこひょこ、合わせて………じゃないだと!?」
「可逆反応の逆不可逆反応不可逆反応の逆可逆反応可逆反応も不可逆反応も化学反応」
「おお~!パチパチパチ!」
さすがにこの辺りになると、ハチマンは全くついていけず、
ウズメの邪魔にしかならない自覚があった為、
上手くいった時に褒める事でウズメをサポートする事にした。
(しっかし愛の奴、恐ろしく慣れてやがるな。
昔からずっとこういう事をしてきたんだろうな………)
ハチマンは愛の努力家な部分を改めて思い知らされ、
この分だとすぐに吟唱スキルを得られるだろうなと確信した。
「歌うたいが歌うたいに来て歌うたえと言うが、
歌うたいが歌うたうだけうたい切れば歌うたうけれども歌うたいだけ………来たああああ!」
「お?」
この特訓を開始してから三十分、その間ひたすら難易度の高い早口言葉を続けていたウズメは、
途中でガッツポーズを作り、ハチマン目掛けて抱きついた。
「おわっ」
「やった、吟唱スキルゲット!」
「おお、早かったな」
(ユナはここで結構詰まったんだが、これが経験の差って奴か………、
まあユナの場合は、素人が歌姫を目指したようなもんだから、
ある意味リアルでもう歌姫ポジションにいるウズメとは、スタート地点からして違うからな)
ハチマンはそう考え、ウズメを賞賛した。
「凄いぞ、まさかこんなに早くスキルを得られるなんて思わなかったわ」
まあ演技派のスキルはもっと早くに取れた訳だが、それに関しては別に狙った訳ではない為、
偶然の産物に関してはそれはそれという事で、ハチマンはその事については特に触れなかった。
「よし、ここでちょっと休憩な」
「うん!」
「飲み物と甘い物は持ってきたからな、ほら、好きな物を選んでいいぞ」
「あ、ありがとう」
言われた通りに好みの物を選び、ハチマンの隣に座ったウズメは、
スキルを得られた喜びで、かなりの満足感に包まれていた。
(はぁ、毎日充実してるなぁ)
ハチマンと出会ってから、ウズメの生活は一変していた。
リアルに関しては、VRと併用したレッスンに最適な環境を整えてもらい、
基本、自分達のやりたいように何でもさせてくれ、それに関して全面的に協力してくれる。
スポンサー絡みの望まぬ仕事もまったくする必要がなく、前の事務所が弱小だったが故に、
何度か話だけは伝わってきた、暗に枕営業を要求するような圧力もまったくかからなくなった。
(こういうのを幸せっていうのかな)
そう思いながら、ウズメはハチマンの方をチラリと眺めた。
ハチマンはコンソールのメモ欄を開きながら、次はどうしようかと悩んでいる。
「もう、ハチマンもちゃんと休憩しなよ」
「ん、ああ、もう少し………」
「いいからいいから!ほらっ!」
「おわっ!」
ウズメはいきなり立ち上がるとハチマンの正面に立ち、そのままハチマンを押し倒した。
「お、お前なぁ」
「あはははは、あはははははは」
今のウズメはハチマンに馬乗りになっていたが、ウズメが輝くような笑顔を見せていた為、
ハチマンはそこにエロさをまったく感じず、その為ウズメにどくように言う事はしなかった。
むしろ今のウズメから感じられるのは、他人を明るく照らす、まるで太陽のようなオーラであり、
ハチマンは、やっぱりウズメはアイドルなんだよなぁと、その顔を眩しそうに見つめていた。
その視線に気付いたウズメは、今の二人の状況を理解し、頬を染めた。
「どうしたの?私の事、好きになった?」
「いや、そういうんじゃなくてな、何というか、眩しいなって」
「くぅ~、女としては複雑だけど、まあアイドルとしては誇っていいのかな?」
そう口に出した瞬間に、ウズメがビクンと体を震わせた。
「っ………」
「ど、どうした?」
「ス、スキルが………何か、『
「うわ、マジか、お前、凄いな………」
ハチマンは、この水野愛という少女の持つポテンシャルに、
ただただ感心する事しか出来なかった。
だがあまりにも想定外の事が多過ぎる為、二人は一度ヴァルハラ・ガーデンに戻り、
ホーリーの意見を聞いてみようと考え、この日は一度戻る事にした。
「ウズメ、ちょっと一旦ヴァルハラ・ガーデンに戻ろう。
さっきホーリーに連絡しておいたから、多分こっちに顔を出すはずだ」
「どうしてホーリーさんなのかは分からないけど、うん、分かった」
そのまま帰還した二人を、果たしてホーリーが出迎えた。
「やぁハチマン君、ウズメさん、僕に何か話があるそうじゃないか………………むっ」
ホーリーはそこで言葉を止め、じっとウズメの顔を見た後、ボソリと呟いた。
「そうか、『
その言葉にハチマンとウズメは目を見開いたのだった。