ログアウトした八幡は、直ぐに愛からの連絡を受けた。
「ん、愛か、お前も落ちたのか?」
『うん、純子に一応話を通しておいた方がいいと思って。
そのまま私の部屋で、純子をもてなしておくね』
「………そうか、頼むわ」
『ううん、気にしないで』
電話を終えた八幡は、この日ログインしていたソレイユの本社ビルから、
隣のソレイユ・エージェンシービルへと向かった。
そして愛は、パジャマを着ただけで純子の部屋へと向かった。
実に無防備だが、このビルにはおかしな住人はいないので安全だ。
「純子、愛だけど、ちょっといい?」
愛はインターホン越しにそう声をかけ、直ぐに純子から返事があった。
『愛さん?今行きますね』
そして直ぐに扉から純子が顔を出した。純子はまだ寝る準備をしていなかったようで、
普段着のままであった。
「あのね、これから純子と話しに八幡がこっちに来るんだけど、
その前に純子にちょっと話があるの」
「私に何か話………ですか?何かありましたか?」
「歌唱スキルの発現条件が分かったの。だからちょっと私の部屋で話さない?」
「そうなんですか?それじゃあお邪魔しますね」
「うん、ありがと。八幡も直ぐ来ると思うから」
そのまま愛は純子を部屋に迎え、紅茶を入れて純子をもてなした。
「こういうのも久しぶりだね」
「ええ、そうですね。愛さん、あの、でれまんくんは?」
「あ、まだ充電中だと思う」
「そうですか、今度また話したいです!」
「うん、また今度ね」
純子はとてもニコニコしていた。愛も一緒とはいえ、八幡に会える事が嬉しいせいである。
「それじゃあ私もちょっと着替えちゃうね」
「はい」
そして愛が着替え始めた瞬間に、純子は息を飲んだ。
「あ、愛さん………」
「ん、どうしたの?」
「そ、その下着………」
「下着?あっ………」
愛はまだ、勝負下着を身につけたままであった。
「ち、違うの、これは何となく気分が高揚しちゃって………」
愛はわたわたと言い訳したが、純子は頬を染めたまま、愛に向けて意外な事を言った。
「そ、そういうの、どこで買うんですか?」
「え?えっと………昔からよく行ってるお店があって………」
「あの、そのお店、今度私も連れてってもらえませんか?」
「う、うん、それは別にいいけど………」
純子はそのままもじもじしていたが、やがて意を決したようにこう言った。
「わ、私もそろそろ、そういうのを持っておいた方がいいと思うんです」
「!?」
愛はその言葉にとても驚いた。えっちなのはいけないと思います、
が口癖な純子の口から出る言葉とはとても思えなかったからだ。
「えっと、愛ちゃんがログインした後に、ゆうぎりさんに言われたんです。
好きな男の人の為に多少自分を変えるのは、
アイドルとか関係なく、女として普通の事なんじゃないかって」
「まあそれはそうかもね」
「なので私も、見えないところからちょっと自分を変えてみようと思って」
「………そっか、うん、私で良ければ案内するよ」
「ありがとうございます!」
その時インターホンが鳴り、そこから八幡の声がした。
『愛、着いたぞ。今からそっちに行くわ』
「うん、純子と一緒に待ってるから」
それから数分後、今度は部屋のインターホンが鳴った。
「は~い、今開けるね」
愛は直ぐに扉を開け、八幡が部屋に入ってきた。
「純子、こんな時間に悪いな」
「あっ、はい、歌唱スキルについてお話があるって事でしたけど………」
「そうなんだ、実は純子に歌唱スキルが発現しなかったのは俺のせいらしい。
なのでその事を謝りたかったんだよ」
「どういう事ですか?」
「実は………」
八幡は純子に、歌唱スキルの発現には受け手の受けた印象が大事な事を説明した。
そして愛の場合は、愛と八幡の視線が合っていた為、
八幡の受けた感動がそのまま愛の判定にだけ使われた可能性が高いという説明が成された。
「………という訳なんだ、本当にすまん」
「八幡さんが謝る事じゃないじゃないですか。
確かに八幡さんの視線が私より愛さんの方により多く向いてたのは知ってますけど、
それは愛さんがずっと八幡さんの方を見ていたからですよね?」
「じゅ、純子、気付いてたの?」
「それはまあ、相方ですからね、ふふっ」
どうやら純子は、はなからその事に気付いていたらしい。
「その上で私は全員の顔をまんべんなく見る事をやめませんでした、
それが私の目指す、昭和のアイドルの姿だからです。
そしてその分感動を集められなかったのはあくまで私の実力のせいです、
八幡さんが謝る事じゃありませんよ」
「だ、だけどよ………」
「二人きりの時も、確かに私も、八幡さんに自分の歌を聞かせよう、聞かせようとするだけで、
歌に気持ちがあまりこもってなかった気がします。
多分もう一度同じ事をしても、その意識はそう簡単に消えないでしょうね」
「それは俺もそう思う。そうか、話したのは失敗だったかもしれないな………」
そう言って八幡はしょげたが、そんな八幡に純子はそっと手を伸ばし、その頬に触れた。
そういう事に慣れていない為、その顔は真っ赤であったが、
その気持ちは十分に八幡に伝わってきた。
「そんな事ないですから気にしないで下さい。これ以上何かしてもらう必要もないですよ。
私は私の実力で、八幡さん相手に歌唱スキルを得てみせますから!」
「俺限定!?」
「だって悔しいじゃないですか、理由はどうあれ愛さんは八幡さんの心に響く歌を歌えたんです、
そういう事なら私も負けてられませんよね」
「そ、そうか?」
「そうですよ!」
「そっか、そうだな」
八幡と愛は、純子のその前向きな態度に感動した。
「分かった、それじゃあ俺も、出来るだけ純子が歌う時は現地に行くようにするわ」
「はい、お願いしますね」
「わ、私だって負けないんだから!」
「ふふっ、そうですね、勝負です!」
こうして純子との話し合いは問題なく終わり、八幡は二人に頭を下げながら帰ろうとした。
「それじゃあ俺はそろそろ………」
「待ってよ、もう少し寛いでいってもいいんじゃない?ほら、私の部屋に初めて入った訳だし?」
「そう言われると確かに………」
愛の部屋は、キモカワグッズが多く置いてあり、あまり女の子らしいとは言えなかったが、
八幡はそういうのが嫌いではなくむしろ好きであり、
ちゃんと整理整頓はされている為、どちらかというと居心地がいい部屋ではあった。
「それじゃあもうちょっと………」
三人はそのまま今の芸能界についてや、今後のフランシュシュの活動などについて話しつつ、
ALOの話も交えて会話を続け、気がつくともう時間は夜中の十二時を超えようとしていた。
「もうこんな時間か、さすがにそろそろ帰らないとな」
「うん、そうだね」
「私達も明日はレッスンがありますしね。八幡さん、今度は私の部屋にも遊びに来て下さいね」
「ああ、二人きりはさすがにまずいから、また他の誰かと一緒にな」
「むぅ、別に二人きりでもいいと思います!」
「純子!えっちなのはいけないと思います!」
拗ねる純子に対し、愛は純子の物真似で対抗した。そのせいで純子は頬を膨らませたが、
いつも自分が言っている事なので安易に否定は出来ないようだ。
「ちょっとくらいなら別に………」
「あはははは、それじゃあまたな、二人とも」
「うん、またね!」
「また明日、今日の続きをお願いね!」
「ああ、分かってるって。後そこに隠れてる俺もまたな」
その言葉を受け、ベッドの後ろから姿を現したのは、愛の持つでれまんくんであった。
「ついさっき充電が終わって、邪魔しないように気を遣って隠れてたのに、バレてたのか」
「お前がでれまんくんか、どういうタイプなんだ?」
「何、シノンのはちまんより、多少ご主人寄りな態度をとるだけさ」
「ふ~ん」
「は、八幡、でれまんくんを取り上げたりはしないよね?」
愛は予想外の展開に、ややびくびくしているように見えた。
「ははっ、そんな事はしないって、それはお前の物だよ、愛」
そのまま八幡は帰っていき、純子も自分の部屋に戻っていった。
「………ふう、今日は色々あったなぁ」
「悪いな愛、気配は消してたつもりなんだが、俺の本体はやっぱり化け物だったわ」
「ううん、何の問題も無かったし、公認してもらえたようなものだから、まあ良かったよ」
そのまま愛は、スマホのアプリを使ってALOの自分のキャラのステータスやスキルを確認し、
そこに記録されている『歌唱』『吟唱』『演技派』『
でれまんくんに見せてきた。
「ほらでれまんくん、見てみて」
「へぇ、結構頑張ったんだな」
「このうち二つはまあ、偶然取れちゃったみたいな感じなんだけどね」
「歌姫ってスキルが取れるまで、もう時間の問題だな」
「あと四つなんだよね、私としては、歌って踊れる歌姫って感じがいいなぁ」
「確かにそれが愛にはお似合いだな、明日本体にちゃんと伝えるといい」
「うん、そうする!」
愛はそのままパジャマに着替え、ベッドに横たわった。
「………あっ、勝負下着を偶然を装って八幡に見せるのを忘れちゃった」
「それをあいつに見せるのか?あいつはムッツリだから、多分いちころだな」
「そうだといいな」
純子もいた為、それは中々難しいだろうと思われたが、
愛はいざとなったら力技で実行するタイプである。今後の八幡は、注意が必要かもしれない。
「それじゃあ私は寝るね、でれまんくん」
「ああ、おやすみ、愛。よい夢を」
愛はそのまま眠りにつき、
でれまんくんは、そんな愛を守るように、そっと枕元に腰を下ろしたのだった。