ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

1173 / 1227
第1163話 未確認の個体

 次の日の朝、愛の目覚めはとても爽快であった。

 

「う~ん、今日もいい天気」

「おはようご主人、いい夢は見れたかよ?」

「うん、覚えてないけど多分いい夢だった!」

「そうか、それなら良かった」

 

 デレまんくんはそう言うと、とことこと台所へと向かった。

いつも通り、愛の為の朝食を作るつもりなのだろう。

 

「愛はシャワーを浴びてくるといい、朝食は俺が作っておくからな」

「いつもありがとうね、あ・な・た?」

「その言葉は俺の本体の為にとっておくんだな」

「そんな日がいつか来るのかなぁ?」

「まあ確かにライバルが強すぎるから難しいかもしれないな。

特に優里奈、クルス、詩乃、香蓮の四天王はやばい」

「明日奈は?それにソレイユさん………陽乃さんはやばくないの?あと雪乃とか」

「あの二人は仕事面でガッチリと食い込んでるからな、

一生離れる事はないだろうし、まあ別枠だな。

明日奈は更に別の意味で別枠だ、あの二人が別れる事なんてありえない」

「でれまんくんはそういう認識なんだね」

「ああ、まあ参考にしておくれよ、ご主人」

「うん、分かった、とにかく頑張れって事だね」

「ちなみに小猫はペット枠だ」

「えっと、それはノーコメントって事で」

 

 愛は、一生かわいがってもらえるならペットもありじゃないのかなぁ、

などと不穏な事を考えつつも、そのまま全裸になって、シャワールームへと向かった。

でれまんくんの前でも容赦なしである。こういうところが愛から八幡本人に対しての、

エロ方面でのコミュニケーションのハードルを下げる原因になっているのだが、

愛はまだその事を気付いていない。

 

「さて、それじゃあ今日も頑張ってくるね!」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 でれまんくんに見送られ、今日もレッスンルームに向かった愛だったが、

時間になっても何故か誰もやってこない。

 

「あ、あれ………?」

 

 さすがにこれはおかしいと思い、スマホのスケジュール帳を確認した愛は、

そこが空白になっている事に気付き、かなり慌てた。

 

「あ、あれ、今日って休みだったんだ………」

 

 テンションが上がり過ぎて、そんな大事な事を忘れていたうっかりさんな愛は、

今日の予定をどうしようと悩みに悩んだ末に、昨日純子とした約束を思い出した。

 

「そうだ!それじゃあ純子と一緒に買い物に行こう!」

 

 そう思い立ってすぐに、愛は純子の部屋へと向かった。

幸い純子は特に予定もないようで、まだ部屋でごろごろしていた。

 

「愛さん、どうしたんですか?」

「えっとね、ちょっと恥ずかしいんだけど、私、今日が休みだって事を忘れてて、

レッスンルームに行っちゃったんだ。で、誰も来ないからその事に気付いて、

特に予定も無いから、せっかくだし純子と一緒に買い物に行けたらなって思って」

「あっ、昨日の………?」

「うん、まあそんな感じ」

「それじゃあ直ぐに準備しますね!」

「それじゃあ私も部屋で準備してくるね」

 

 こうして二人は買い物に行く事になり、三十分後に合流してそのまま街へとくり出した。

 

「変装オッケー!」

「オッケー!」

「それじゃあ行こっか!」

「はい、行きましょう!」

 

 二人は仲良く歩き出し、いきなり目的の店へと向かった。

 

「うわぁ、うわぁ………」

「気に入ったのがあったら試着して鑑定士さんに見てもらえば、

それが八幡の好みに合ってるかどうか、教えてもらえるから」

「鑑定士さん?誰ですか?」

「俺だ」

「わっ!」

 

 純子がそう言った瞬間に、愛のバッグからこそこそとでれまんくんが姿を現した。

 

「わっ、でれまんくん?」

「えへ、連れてきちゃった」

「八幡の好みについては俺に任せろ」

「お願いします!」

 

 こうして純子も知らないうちに、八幡を相手にする時限定で、

『えっちなこと』についてのハードルを下げていく事になる。慣れとは実に怖いものだ。

 

「さて、それじゃあ選びましょっか」

「こういうのは初めてだから、凄く楽しみです!」

 

 それから純子はいくつかの下着を選び、

最初にでれまんくんに見せた下着の点数は五十点であった。

 

「ご、五十点ですか?」

「誤解しないでくれ、さすがの俺でも絶対的な点数を付けるのは難しいんだ。

なので最初に見せてもらったその下着の点数を五十点として、

そこから他の下着の点数を上下させる事にする。

もし他の下着が全部五十点以下だったら、今付けているそれが、実質百点って事になる訳だ」

「あっ、なるほど!さすがでれまんくん!」

「ふふん、これが一番確実だからな」

「それじゃあ次、いきますね!」

 

 純子は次々と下着を試着し、その度にでれまんくんが点数を付けていく。

 

「う~ん、三十点。あまり下品に見えるのは、あいつは好きじゃない」

「あっ、そうなんですね」

「お、それは六十点だ。あいつ、ローライズとか結構好きだぞ」

「色はどうですか?」

「似合っていればこだわらないはずだ」

「なるほど………」

 

 このでれまんくんの知識は、何かある度にわざと八幡に下着姿を見せてきた、

陽乃の努力の結晶であり、八幡がどんな反応をしたか、レポートまで作成されているくらい、

本人の好みを正確に反映したデータを元にしている。

 

「よし………これですね!」

「これだね」

「これだな」

 

 三人は試行錯誤の上、八十五点という高得点を弾き出した下着を選び出した。

 

「これに決めました、お願いします」

「はい、ありがとうございます」

 

 頬を紅潮させながらそう言う純子を、店員さんはとても微笑ましく感じていた。

ついでに愛も、八幡が好きそうな普段使いの為の下着を購入したが、

もし店員さんが、二人の好きな人が同一人物だと知ったらどんな反応を示すだろうか。

でれまんくんはそんな事を考えつつ、二人が買い物を終えるのをバッグの中で待っていた。

と、その時でれまんくんは、近くに同種の気配を感じ、思わずバッグから身を乗り出そうとした。

 

「おっとっと、ここじゃやばいな。今のは………嫌な気配だな、あの女狐か」

 

 一方その女狐、くるすちゃんも、小春のバッグの中で、でれまんくんの気配を感じていた。

AIぬいぐるみ同士が近くにあると、発する電波の様子からすぐに分かるのである。

 

「これは………多分二号機ね、小春さん、小春さん!」

「あら、どうしたの?」

「その店、その中にでれまんくんがいる!多分二号機!」

「でれまんくん二号機の持ち主って………、

確かアイドルの水野愛ちゃん、ウズメちゃん、だっけ?」

「うんそう、入って、入って!」

「まあ別にいいけど………」

 

 小春は店に入ろうとしたが、その時丁度、愛と純子が店から出てきた。

驚いた小春は思わず声を上げてしまう。

 

「あっ」

「………はい?」

「あ、あの、ウズメちゃん、だよね?あと隣はピュアちゃん?」

 

 二人はしっかり変装しており、例え二人のファンでも一目で見破るのは困難だ。

だがこの年配の女性は二人の正体をすぐに看破してきた。

当然二人は警戒したが、そんな二人にでれまんくんが声をかけてきた。

 

「愛、純子、心配ない、身内だ」

「あ、そうなの?」

「そうそう、身内身内」

 

 そう言って会話に割り込んできたのは、くるすちゃんである。

 

「あっ!」

「女の子のぬいぐるみ?それって確か、持ってるのは二人だけ………」

「確か勇人君と、藍子さんと木綿季さんだけですよね?」

「って事は………」

「もしかして、プリンさん?」

「そうそう、私、プリンだよ!」

「うわぁ、偶然ですね!」

「くるすちゃんがでれまんくんに気付いてね」

「あっ、そうなんですね」

「二人とも、ここは目立つからちょっと移動しようぜ」

 

 その時でれまんくんが、そう提案してきた。

 

「あっ、そうだね」

「この辺りだと………」

「あっ、それなら近くに個室のある喫茶店があるわ、そこに行きましょう」

「はい!」

 

 三人はそのまま少し歩き、とある喫茶店へと入った。

 

「二人は今日は買い物?」

「あっ、はい、純子が八幡に見せる為の勝負下着を買いたいって言うから………」

「あ、愛さん、いきなり何を言ってるんですか!見せるなんて誰も言ってませんから!」

「あはははは、八幡君は幸せ者よねぇ」

「小春さんはどうしてここに?」

「私はちょっと、新しい商品の仕入れの関係でね」

「そうなんですかぁ」

「お店は本物のクルスちゃんにお願いしてきたの。半日だけバイトって事でね」

「本物のクルスさん!会ってみたい!」

「クルスさんって美人ですよね、羨ましい」

 

 二人は当然クルスの素顔も知っていた。

小春の顔を知っていたのも、身内だけにその情報が公開されているからだ。

 

「あら、二人だって美人じゃない。なんたってアイドルなんだから」

 

 小春はそう言ってころころと笑った。

 

「良かったらちょっとうちに来る?」

「いいんですか?」

「ええ、クルスちゃんも喜ぶと思うしね。まあ勇人は学校で今日はいないけど」

「私達も特に予定は無いんで是非!」

「それじゃあ飲み終わったら行きましょうか」

「はい!」

「ありがとうございます!」

 

 こうして二人の日高商店への訪問が決まったが、

その道中で、でれまんくんとくるすちゃんがいきなりそれぞれのバッグから顔を出した。

 

「えっ?」

「くるすちゃん?」

「おいご主人、ちょっとストップだ」

「小春さん、何か知らない気配がするの」

「知らない気配?」

「多分AIぬいぐるみだと思うが、この近くに仲間はいないはずなんだ」

「未確認の個体って事になるんだけど、ソレイユ関係以外でそんなもの、存在しないはずなの」

「そうなの?どこかしら」

「おい女狐、多分駅の方じゃないか?」

「だね、二号」

「愛、走れ!」

「う、うん!」

 

 三人はそのまま走り出し、信号を頼りに横浜方面行きの駅のホームまで移動した。

 

「あそこだ」

 

 そしてでれまんくんがその人物を指差した。それはノーチラスこと後沢鋭二だったが、

この位置からは顔は見えず、ただそのバッグから、ぴょこりとぬいぐるみが顔を出すのが見えた。

 

「あれは………」

「見た事ないね」

「何者だ?」

「追いかける?」

「ご主人がいいなら」

「私は問題ないよ、行こう!」

「ええ、行きましょう」

「だね!」

 

 だが無情にも、鋭二が乗り込んだ瞬間にその電車の扉が閉まった。

 

「くっ………」

「間に合いませんでしたね」

「これ以上の追跡は無理ね………」

 

 三人はそれ以上、鋭二を追いかける事を断念せざるを得なかった。

 

「………うちに行きましょうか」

「ですね」

「はい」

 

 そのまま三人は日高商店へと向かった。

一方鋭二は、ぬいぐるみのユナと共に、悠那の下へと向かう最中であった。

 

「エイ君、エイ君」

 

 ユナは人目を気にしてか、鋭二の太ももをちょんちょんとつついた。

それを受けて、鋭二が人のいない方へと移動する。 

 

「ユナ、どうした?」

「えっとね、多分今、近くに私と同じ、AI搭載型のぬいぐるみがいた」

「そうなのか?」

「うん、この電車には乗ってないから多分駅ですれ違ったんだと思う」

「そうか………」

 

 今存在するAI搭載型のぬいぐるみと言えば、確実に八幡関係のものである。

鋭二は今後はもっと警戒しようと思い、

重村教授に依頼して、ユナのセンサー機能を強化してもらう事にした。 

それ以降、鋭二とユナが、他のAIぬいぐるみに接近される事は無くなったのである。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。