ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1165話 発表会のその裏で

 カムラの記者会見の様子を確認した後、愛と次の約束を交わし、

八幡はそのままログアウトし、その足で真っ直ぐ社長室へと向かった。

 

「姉さん、話は聞いたか?」

「もしかしてオーグマーの事?」

「ああ、三ヵ月後なんて、まさかだったよな」

「まあでも業界全体にとってはいい事なんじゃない?」

「うち的に懸念があるとすれば、ALOのユーザーが減る事くらいか?」

「そうね、でも影響はほとんど無いわ。別にALOがうちの大黒柱って訳じゃないもの」

 

 陽乃の言葉通り、今や押しも押されぬ大企業となったソレイユにとっては、

確かにそこまで影響が出る訳ではない。

 

「想定より随分早かったから、少し驚いたのは確かだけどね」

「だな、誰かいいプログラマーでも入ったのかな?」

「かもしれないわね」

「でも重村教授が会見にいなかったのは気になったな」

「開発で忙しいんでしょ、ああいうのは教授の役目じゃないだろうし」

「かな?」

 

 実際問題今の徹大は、オーグマーの開発でとても忙しかった。

だが開発速度が加速したのには別の理由がある。

一番大きかったのは、重村ゼミの学生のうち、優秀な者が開発に関わるようになった事だろう。

その中の一人に比嘉健がいた。健はまもなく卒業なのだが、それまでの間、

バイト感覚で徹大の仕事を手伝う事にしたのである。

ちなみに彼は、もちろん悠那関係の事には関わっていない。

それに際して最近アスタルトがアルン冒険者の会に全く姿を見せなくなっていたのだが、

元々影が薄い事もあって、仲間達にはスルーされているのが現状である。

 

「開発力が上がった理由を知りたい気もするけど、

技術協力しているとはいえ、この時期にあまり突っ込んだ事を聞くのもな」

「カムラはうちのパートナーでもあり、ライバルでもあるものね」

「まあうちはうちのペースでやるだけだから別に気にしなくてもいいか。

ニューロリンカーの機能は絶対に真似出来ないだろうし、

うちの製品と競合するにしても、それはしばらく先だろうしな」

「あ、でも確かAR対応のゲームは出すのよね?

SAOのボスデータをうちから買っていったんだし」

「拡張現実のゲームか、広い場所じゃないと怪我したりしそうだよなぁ」

「どこまでやれるかお手並み拝見といったところね」

「というか、そのゲームをやってる姿を他のギャラリーに見られるのはちょっと恥ずかしい気が」

「あはははは、本当にね」

 

 二人のオーグマーの話題はそこで終わり、話はノリとシウネーの話へと移った。

 

「ところで八幡君、美乃里ちゃんと施恩ちゃんの受け入れ準備が整ったわよ」

「おお、さすがに仕事が早いな」

「そりゃまあ、前から準備してたもの」

 

 陽乃はそう言って、ぺろっと舌を出した。

 

「いつの間に………まあでもそれなら良かった」

 

 二人の事を気にしていたのだろう、八幡はその言葉に安堵した。

 

「一応確認するけど、うちがサポートして二人を医学部に入れるって事でいいのよね?」

「ああ、その後はうちに就職してもらう事になるけど、

二人の希望を考えると、まあ医者というよりは研究者の枠になるのかな」

「二人の成績はどうなの?」

「問題ない、うちにはいい家庭教師が揃ってるからな」

「紅莉栖ちゃんとか?」

「あと凛子さんや、最悪晶彦さんもいるだろ」

「そう考えるととんでもないわね」

「俺もそろそろ受験の準備を始めないとなぁ………」

 

 その後、結局カムラ関係の他の新しいネタは提供されず、

二人はそれから実務的な事を少し話しただけでこの日は終わった。

 

 

 

 一方その日、重村徹大は、朝から自宅でユナ達と一緒に過ごしていた。

ユナ達というのは、画面の中のユナとぬいぐるみのユナである。

徹大は確かに忙しくはあったのだが、それ以上に人前に出るのが煩わしかったので、

何だかんだ理由をつけて、会見に出なかっただけなのであった。

そんな時間があったらユナと共に過ごしたい、という理由もあっただろう。

 

「お父さん、歌と踊りが結構形になってきたの、ちょっと見てもらっていい?」

「おお、それは楽しみだ、頼むよユナ」

「うん!」

 

 そして徹大の前で、画面の中のユナは見事な歌と踊りを披露してみせた。

徹大とぬいぐるみのユナは、それに対して惜しみない拍手を送る。

 

「さっすが私、すごいすごい!本物のアイドルっぽい!」

「全部私のおかげだけどね、特にフランシュシュのライブは凄く参考になったよ。

あとはALOでのウズメさんとピュアさんのライブかな?」

 

 どちらも同じユナである為紛らわしい事この上ないが、

徹大は今の生活がとても充実している為、そんな事は全く気にならない。

 

「いいじゃないかユナ、もうどこに出しても問題ない、立派なアイドルだな」

「えへへ、それほどでも」

 

 画面の中のユナは、照れた表情ではにかんだ。

その表情の豊かさを見て徹大は、その()()()()にとても満足していた。

このままのペースで()()を続けていけば、悠那は必ず復活する、

徹大はそう確信しつつ、今日行う予定の別の実験について考え始めた。

 

(これなら次の実験は、今日限りという事にしても問題ないかもしれないな、

特に問題ないと思うが、やはりリスクもある事だし、無理に進めるのもな………)

 

 次の実験というのは、今後のカムラのゲーム作りの参考にするという名目で、

SAOサバイバーを何人かバイトで雇い、SAO時代に感じた事を話してもらう事であった。

もちろんそれだけではなく、その過程で徹大は、

独自に開発した機械を使って被験者達の脳を簡易にスキャンし、

可能ならそれを映像として出力させるつもりであった。

もちろんスキャンといっても脳の発するパルスを拾う程度のものであり、

自分を実験台にする事で、安全性はしっかり確認してある。もちろんそれは名目であり、

徹大的には少しでもユナに関する記憶を拾えればいいなという思惑があった。

だがこの時点では、あくまで参考程度だと思っており、

同様に協力者の鋭二もハチマンやアスナを最終ターゲットだと思っていたが、

この時点ではあくまで安全性を重視した上で、

今回のように簡易なスキャンを秘密裏に行えればいいなと考えていた。

 

(まあとりあえず、そろそろ出社して準備をしないといけないな。

今日の実験を中止にする訳にはいかないし、まあ保険は多い方がいい。

カムラにとってもこういった積み重ねは大きな財産になるだろうし、誰も損をする事はない)

 

 徹大はそう考え、今日のVRインタビュー………という名目の実験の為、

ユナ達に出社する事を伝え、二人に見送られて家を出たのであった。

 

 

 

「教授、今日は宜しくお願いします」

「ええ、実りのある話が沢山聞けるといいですね」

 

 カムラの社内の一室には、既にSAOサバイバーのバイト達が集まっていた。

これはカムラ社にユーザー登録した者限定で募集をかけたもので、一応は公の募集である。

内容を説明した上で、あくまで本人が希望した場合のみ採用しており、

そこに違法性は欠片もない。報酬もかなり良く、被験者達も満足してくれるはずだ。

 

「それでは順番にお呼びしますので、名前を呼ばれた方からブースの方へどうぞ」

 

 そして()()()()()()が始まった。ブースに入った被験者はまず最初に、

アミュスフィアに似たデザインの、徹大が自作したVR端末を頭に被る。

その状態で順に、試験官役の徹大が、被験者に質問していく形式であった。

 

「それではSAO時代の風景を頭に思い浮かべて下さい。

ああ、自分が一番好きだった風景とかでいいですから」

 

 その瞬間に、徹大の目の前のPCと、別室に設置されたモニターに、

明らかに現実ではない景色が映り、

徹大と、別室でモニターを見ていたカムラの重役達は、感嘆の声を上げた。

 

「これがSAOの風景か………」

「重村教授は前に長野で見たのでしたよね?」

『はい、あの時見たものとよく似ています』

 

 マイク越しにそう答えた徹大は、被験者をリラックスさせるように色々な質問をしていく。

その度に画面には様々な風景が映し出されていく。

どうやらこの被験者は、街から一度も出なかったプレイヤーのようだが、

第一層に篭っていた訳ではないようで、様々な街並みを目にしていたようだ。

その風景を楽しみながら、徹大は自分が設計した機械の性能に満足した。

 

(どうやら上手くいったな)

 

 それから質問は次の段階に移り、徹大はやや緊張しながら、

自分にとっての核心となる質問を被験者に浴びせた。

 

「それでは次の段階に映ります。SAOで特に記憶に残っている人物は誰ですか?

そうですね、例えば誰かが街で歌を歌ってたとか」

 

 その質問を受け、風景しか映っていなかったモニターに変化が現れ、

そこに様々な人物の姿が浮かび上がってきたのであった。


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