ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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すみません、仕事が忙しくて書いている暇がありませんでしたorz


第1166話 遠い日の記憶

「おお、これは………」

「この被験者がSAOでどう生きてきたのかが垣間見えますね」

「街中が花に包まれ、そこに恋人達がこんなに………」

「デスゲームの中だってのに、全く人間ってのはたくましいですな」

 

 それは第四十七層の主街区、フローリアの風景であった。

残念ながら徹大が期待したものとは違ったが、そう簡単に当たりを引けるものでもないだろう。

 

「これはこのプレイヤーの彼氏かな?」

「青春ですなぁ」

 

 そして画面に大きく映し出される男性プレイヤーの顔。

その顔は笑顔に満ちており、主観モードな為見えないが、

おそらく被験者となったこの女性の顔も、同じく笑顔に満ちているのだろう。

 

「SAOにもこんな場所があったんですなぁ」

「これがデスゲームの中だとはとても思えませんな」

 

 その中に、実はキリトとシリカの姿があったが、

徹大はそれに気付かなかった、というかその顔を知らなかった。

そして少し後に、ロザリア達がその場を通過したのだが、当然その事にも気付かない。

どうやらこのプレイヤーは、街の雰囲気にそぐわぬその一団の事が強く印象に残っていたようで、

ハッキリ言うとキリトとシリカの顔は若干ボケていたが、

ロザリア達の顔は画面にハッキリと映しだされていた。

そして場面が変わり、次に映し出されたのは第一層、はじまりの街の風景である。

この日は朝から攻略組が新たな階層に挑んだ事が告知されており、街は若干ざわついていた。

そして少しして、街全体に鐘の音が鳴り響く。

 

『ゲームはクリアされました』

『順次、ログアウト処理が実行されます』

 

 それに対する反応は戸惑いであった。今の最前線が七十五層である事は皆知っており、

今日この日にいきなりゲームがクリアされる可能性を考えていた者など皆無だからだ。

 

『そ、そんな!』

 

 突然そう叫び、被験者はどこかに向けて走り出した。

そして画面の奥から同じようにこちらに走ってくる者がいた。

それは先ほどフローリアで被験者と一緒に微笑んでいた、あの男性であった。

二人はお互い手を伸ばし、その手が触れるか触れないかというところで、

被験者の視界はブラックアウトした………SAOからログアウトしたのだ。

そこで記憶の再生は終わったが、徹大は予想外の展開に何も言えずにいた。

そんな徹大に、被験者の女性が声をかけてきた。

 

「あの、何が見えましたか?」

「え、ええ、SAOの最後の日のあなたの行動が………」

「そう………ですか、やっぱり私、まだあの人の事を引きずっているんですね」

「………………」

 

 徹大はそんな彼女に何も言う事が出来なかった。

そして彼女は徹大に頭を下げ、部屋から出ていった。

 

「………………ふう」

 

 徹大は、おそらく恋人と再会出来ていないであろう、

彼女の気持ちを考えて胸が締め付けられる思いがした。

同時に状況は違うが、二人の姿を自分と悠那に重ねてもいた。

だが感傷にひたっている暇はなく、オペレーターがモニター越しに徹大に声をかけてくる。

 

「重村教授、次、入ります」

「あ、ああ、頼む」

 

 次に入ってきたのはまだ中学生くらいの少年であった。徹大はその若さに驚きつつも、

SAOには推奨年齢に全く達していない子供も多数いたらしいという話を思い出した。

 

「それじゃあ始めましょうか」

「は、はい」

 

 少年はぎこちない態度でそう答え、そして記憶の再生が始まった。

 

「これは………教会?」

 

 少年は、教会のシスターらしき服装の女性と、

同世代の子供達と共にどこかに出かけるところだった。その子供達の顔は沈み気味であったが、

そのシスターは優しげな表情で子供達を元気付けようとしており、

SAOの中で力を合わせて生きている様子がありありと理解出来た。

その時被験者の少年が前方を指差した。

 

『サーシャ先生、あれ!』

『えっ?』

 

 その先には何人かの成年男性が居り、被験者と同じようにこちらを指差している。

 

『あれは軍の………』

 

 サーシャと呼ばれたシスターはそう呟くと、子供達の手を引いて教会に戻ろうとした。

だがすぐに男性達に囲まれてしまう。

 

『あなた達、一体何のつもりですか?』

『分かってるだろ?俺達は軍の者だ』

『税金が払えないって言うなら、ここは通せないぜ』

『私達は別に軍の助けなんか必要としていません。

そもそもあなた達は、どんな権利があって税金なんかを集めているんですか?』

『払えないってんならここを通さないだけだから、別に構わないけどな』

 

 このやり取りを聞いた徹大は、

どの世界にもどうしようもないクズはいるんだなと怒りを覚えた。

 

「こういうの、やっぱりあったんですね………」

「噂には聞いてたけど」

「目の当たりにすると結構きついな」

 

 別室にいる者達からも、男達に対する罵声が聞こえてくる。

こういった者達がいた事は一応報道されてはいたが、

その数は少なく、ほとんどの人の目に入る事はなかった為、

この場にいるほとんどの者にとっては初めて見るSAOの闇の部分であった。

 

「これ、大丈夫なのか………?」

「あっ、おい、あれ!」

 

 別室からそんな声が聞こえた瞬間に徹大は見た。

被験者の少年の視界の隅の奥から、何者かが恐るべきスピードでこちらに近付いてくるのを。

 

「………女性?」

 

 徹大がそう呟くのと同時に、別室から再びこんな声が聞こえてきた。

 

「あれは………レクトのご令嬢か!?」

 

 そしてアスナが軍の男達の前に仁王立ちした。その目には明らかに怒りが浮かんでいる。

 

(そうだ、あの顔………確かにあれは、悠那と関係があったという結城明日奈さんだ)

 

 同時に徹大の心が期待に膨らむ。明日奈がここにいるという事は、当然その傍には………。

 

『ああん?何だお前』

『女が武器なんか持って何のつもりだ?お前らは黙って俺達に守られてりゃいいんだよ。

もちろん税金は払ってもらうがなぁ』

『ひゃはははは、こいつびびっちまってるのか、震えてやがるぞ』

 

(怯えているのか怒っているのかも分からないのか)

 

 徹大は、男達の醜態に思わず目を覆ったが、

そんな徹大や、別室のギャラリー達の気持ちを代弁するかのように、

アスナが男達に向けて言い放った。

 

『その汚い口を閉じなさい』

 

 そしてアスナはいきなりリニアーを放ち、男達は時間差無く同時に吹き飛ばされた。

 

「おお!」

 

 別室から拍手が聞こえ、徹大も思わずニヤリとした。

 

(それにしても今の動き………凄いな)

 

『で?』

『あ……いや、その……』

『あ、あんたまさか……噂の閃光じゃ……』

 

 さすがの男達も圧倒的な力量の差を理解したのか及び腰になり、

そしてその中の一人がいきなり立ち上がって逃げ出した。

だが直後にその男がこちらに吹き飛ばされてくる。

そして視界が変わり、アスナが走ってきた通路の奥から二人の男性が姿を見せた。

 

『ハチマン君!』

 

(真打ち登場か………ソレイユの八幡君)

 

『何黙って逃げようとしてんだお前。

俺のかわいい嫁がせっかく声を掛けて下さってるんだから、少し大人しくしてろ』

『あなたたち、私の素敵な旦那様の手を煩わせるような事をして、

当然覚悟はできてるんでしょうね』

 

「レクトのご令嬢がSAOの中で結婚してたって話は本当だったのか………」

「ああ~、確かに彼、前にレクト主催のパーティーにいたわ!」

「結城明日奈さんだったか?彼女のエスコートをしてたよな」

「そうか、リアルでも一緒になれたのか、良かった………」

「ハチマン君、キリト君、アスナさん、SAOの三英雄がここに………」

 

 残るもう一人の男性が二人に突っ込んでいたが、これがおそらくキリトなのだろう。

そこに別の女性が走ってきたが、その顔にも徹大は見覚えがあった。

 

「足立さん!?」

「ああ、MMOトゥデイの………」

「これは興味深いな、やっぱりヴァルハラ・リゾートとMMOトゥデイは関係してたのか」

 

 当然カムラの上の人間ともなれば、ALOの情勢については把握しているようだ。

ヴァルハラ・リゾートとMMOトゥデイの関係も噂になってはいたが、

思わぬ形でそれが証明される事となった。

その後、何があったのかはこの被験者は知らないようで、

先ほどの被験者と同じく解放の日の光景が写し出されただけである。

 

『ハチマン君、アスナさん、キリト君、本当にありがとう………』

 

 その中では、解放の日のサーシャの最後の言葉がとても印象的であったが、

同時に徹大は、何故悠那だけがまだ目覚めていないのかと、

運命の理不尽さを感じずにはいられなかった。

 

 この被験者の記憶の再生はここで終わったが、今回の結果には皆納得であった。

これ以上のインパクトのある出来事など、そうそうあるとは思えないからだ。

 

(ううむ、残念ながらユナは出てこなかったな………)

 

 徹大はその残念な気持ちを顔に出す事なく被験者に礼を言い、

続けて三人目の被験者を迎える事となった。


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