ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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すみません、やっと執筆時間が取れました!お待たせして申し訳ありません!


第1167話 九人目と十人目

 それから数人の被験者の記憶を覗いたが、

どのプレイヤーもまともにゲームプレイをしておらず、

街中でどうにか日銭を稼いでただ生き延びていたような者達ばかりであった。

それはそれでカムラ的にはそういうプレイスタイルもあると参考になりはしたが、

徹大にとっては拍子抜けもいいところであった。

 

(これは当たりを引くまでにどれだけかかる事か………)

 

 転機が訪れたのは九人目、ただしこれは徹大が望む方向の転機ではなかった。

だが少なくともこの被験者()に訪れた結果に関しては、

徹大は人として喜びを感じる事が出来たのである。

 

「お、おい、この人………」

「まさかさっきの?」

「こんな偶然があるんだな………」

 

 そう、九人目の被験者は、最初の被験者の記憶に出てきたパートナーの男性だったのである。

被験者からは事前に履歴書が提出されてはいたが、先入観を持たないようにとの配慮から、

この日は年齢と性別だけが書かれた紙が用意されていただけであり、

そこには名前すら記入されてはいなかったのだ。

 

「ああ、やっぱり………」

「あのケバ………おほん、目立つ女性、さっきも通ったよね」

「これは間違いないですな」

 

 その記憶の照合には、偶然にも最初と同じように鮮明に映しだされていた、

ロザリア達の一団が役に立つ事となったが、

九人目の男性の視線がロザリアの胸に向いていた事は、男としては仕方のない事であろう。

もちろんその場にいた者達も、それに関しては慈愛の精神を持って口をつぐんだ。

SAOにおいては何の意味もなく、ただ他人に害を与えるだけであったロザリアの存在は、

クリアから三年近くの時を経て、まさかまさかの他人の役にたつ事となったのである。

もっともロザリア本人がこの事を知る事は無い。

 

「完全に一致」

「いい()()があって良かったですね」

「ええ、本当にいい()()でしたね」

「ナイスおっぱい!」

「ばっ、お前、ストレートすぎだって!」

「お、おほん、それでは感動の再会といきましょう」

「個人情報保護法の事もありますから、あくまで偶然を装わないと………」

「そうそう、これはあくまで偶然であって、うちには何の関係も無いって事で」

 

 通常被験者達は、プライバシー保護の観点から別々に退出する事になっていたのが、

この二人に関しては()()同じタイミングで外に出される事となった。

こうしてカムラ本社ビルのロビーで劇的に再会する事となった二人は、

お互いがお互いの事をまだ想っており、別のパートナーを見つけたりもしていなかった為、

この日から順当に交際が始まる事となったのだった。

 

「う~ん、一人目の彼女にまだ残ってもらっていたのはファインプレイでしたね」

「いや本当に」

「まあ帰しちゃってたらそれはそれで、他の()()が起こっただけですけどね」

「いやぁ、感動しましたね」

 

 イヤホンから聞こえてくる他の者達の感想を聞きながら、徹大は悠那の事を考えていた。

SAOのクリアから三年もたったにも関わらず、まだこんな奇跡的な再会が起こりうるのだ。

自分と悠那にもそんな奇跡が起こるかもしれない。

 

(希望を捨ててはいけないという事だな………)

 

 徹大はそう考えつつ、この日最後の被験者を迎える事となった。

 

「し、失礼します」

「宜しくお願いしますね」

「はい、あ、あの、最初に一つ、お聞きしたい事が………」

 

 十人目の被験者は、何故か非常におどおどとした様子で徹大にそう尋ねてきた。

 

「はい、何でしょうか」

「こ、ここで再生された記憶が外に漏れる事はありますか?」

「いえ、その可能性はまったく無いです、データは厳重に秘匿されますから」

「そ、それじゃあその記憶のせいで、僕が逮捕されるなんて事には………」

 

(ん?)

 

 その口からいきなり放たれた、思いもつかない言葉から、

徹大はこの被験者はもしかしたらゲーム内で人を殺したのではないかと思い当たった。

 

「………いえ、そんな事はありえません」

「そ、そうですか、それなら良かった」

 

 先ほどまではうるさいくらい聞こえてきたイヤホンからの音声も、今は途絶えており、

ただゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきただけである。

そして記憶の再生が始まり、最初に聞こえてきたのは陽気な関西弁であった。

 

『よっしゃ、あいつらを出し抜いてやったわ!

ワイらが単独でボスを討伐や!みんな、気合い入れていくで!』

『『『『『おう!』』』』』

 

 それは迷宮を進むプレイヤーの一団の姿であり、

その先頭に立って仲間を鼓舞するプレイヤーは、個性的なツンツンヘアーをした若者であった。

 

『キバオウさん、作戦はどうしますか?』

『ジョーが持ってきてくれた情報を元にちゃんと作戦を立てたで、具体的には………』

 

 そこからは徹大には分からない、ネットゲーム特有の専門的な用語が飛び交い、

そのプレイヤー達は自信満々でボス戦へと挑んでいった。

だがそこから繰り広げられた光景は、見ている者達を戦慄させるものであった。

 

「ああ………また人が………」

「というか、さっき話してた情報と違うよね?」

「………ここで死んでる子達ってリアルでも死ぬんだよね?」

「どうして他と協力しないで抜け駆けなんか………」

 

 それは大人の視点からすれば、ありえない思考だっただろう。

だが実際に事は起こり、彼らの目の前で、プレイヤー達は次々と倒れていった。

 

『て、撤退や!』

 

「撤退の判断が遅すぎるだろ!」

「仕方ないさ、まだ子供なんだ」

 

 キバオウの叫びに大人達は吐き捨てるようにそう言う。

 

『キバオウさん、こっちです!』

『くそ、ジョーの奴、どこに行きやがった!』

『あっ、見ろ、あいつ、もう外に出てやがるぞ!』

 

「あれがジョーって奴か」

「大量殺人だぞ、分かってるのか?」

「やはりSAOに関するあの噂は本当だったか………」

 

 その噂とは、好んで殺人を行う者が、SAOにはそれなりの数、存在したという噂である。

 

『あはははは、ざまぁ無えなキバオウさんよ、それじゃあ縁があったらまたどこかでな!』

『ざけんなや、ジョー!コラ、ジョー!』

 

 そのジョーと呼ばれたプレイヤーはそのまま去っていき、

精根尽き果てたのだろう、キバオウを始めとする解放隊とやらの一団は、その場に腰を下ろした。

その数はたった七つ。突入した時に四十人以上はいたのを見ていた大人達は、

そのあまりにも悲惨な現実に絶句した。

そこに遠くから、別のプレイヤーの一団が駆け寄ってくるのが見えた。

その一団は生き残りの少なさに驚愕したのか一旦足を止めたが、

次の瞬間にその中の一人が怒りの形相でキバオウに詰め寄ってきた。

 

『おい、キバオウ!お前、ふざけるなよ!』

『リンド………』

『何勝手な事してんだよ、お前、それでもリーダーか!』

『………』

『一体何人死なせたんだ、お前、最低だ!』

『………い、いけると思ったんや』

『ふざけるな!リーダーには仲間の命に対する責任があるんだよ!

ここはデスゲームの中なんだぞ、お前はもっとその事についてよく考えろ!』

 

 そして場面が変わり、被験者の目の前で解放隊の解散が、キバオウによって宣言された。

今後は下層で活動していたギルドと合併し、キバオウはリーダーを下りて副リーダーになり、

次のリーダーにはVRMMOの攻略情報が充実している事で有名だった、

MMOトゥデイというサイトの管理人であるシンカーが就任する事が発表されたが、

被験者は心を折られたのか、その新しいギルドには参加しなかった。

ちなみにその新しいギルドの名称は、『アインクラッド解放軍』という。

そしてその日からその被験者は戦いに出るのをやめ、街から一歩も出なくなった。

それなりに蓄えはあったようで、慎ましく生活するだけなら何の問題も無い。

それから数日後、再び二十五層の攻略部隊が編成されたが、

その中には見た事もない赤と白の揃いの装備に身を包んだ一団がいた。

 

「あれが噂に聞こえてきた血盟騎士団って奴かな?」

「そっか、こうやって表舞台に出てきたんだ」

「おいあれ、レクトのご令嬢のアスナさん!」

「なるほど、ここから始まったんだね………」

 

 被験者の視界には、その中の一人、攻略組の紅一点であったアスナと、

その後ろを目立たないようについていくハチマンとキリトの姿が映し出されていた。

 

(あの三人の活躍はどうやら見られないか)

 

 徹大はそれを残念に思いつつ、

そろそろこの被験者の記憶の再生も終わるのかなと漠然と感じていた。

だがこの被験者のSAO生活はそれで終わりではなかったようだ。

いきなり場面が変わり、その被験者が狩りをしている様子が映し出された。

 

「お、立ち直ったのか?」

「良かった良かった」

「頑張れ頑張れ!」

 

 その狩りから帰る途中、そのプレイヤーの視界に映ったのは、

忘れもしない、二十五層でプレイヤーが大量死する原因を作った、ジョーであった。

 

「あ、あいつは!」

「こんなところで再会?」

「まさか仲間達の仇をとるつもりなんじゃ………」

「危ない、やめろ!」

 

 イヤホンからそんな絶叫が聞こえてくる。徹大も緊張し、画面に見入っていた。

そんな声が聞こえた訳ではもちろん無いのだが、被験者は冷静さを維持していた。

無謀に突撃する事もなく、こっそりとジョーの後をつけた被験者は、

彼らのアジトと思しき場所を突きとめると、

それを顔にヒゲが書いてある女性プレイヤーに伝えたのだ。

そこから何があったのかは分からないが、再び場面が変わり、

被験者と共に、洞窟の中に座りこむ多くのプレイヤーの姿が映し出された。

 

「これは………?」

「何があった?」

 

 その理由が判明したのは、侍っぽい鎧を身に纏った一人のプレイヤーが立ち上がり、

その者達を鼓舞するように大声で叫んだ為であった。

 

『俺達は確かに敵を殺した。でもそれと同時に、今後犠牲になる誰かを守ったんだ!

皆、それを忘れないようにしようぜ!』

『確かにその通りだ!』

『俺達は守りたい人達を守ったんだ!』

『みんな!顔を上げよう!』

 

 そこから何人かのプレイヤーが牢屋らしき場所に入れられる姿が映し出され、

それで否応無く、徹大達は、何があったのかを思い知らされた。

 

「プレイヤーキラー達との戦い………」

「………殺し合い?」

「言うなって、正義がどっちにあるかなんて一目瞭然だろ」

「っていうかこの事は俺達の心の中にだけしまっておこうよ」

「だな」

 

 こうしてラフィンコフィン討伐戦が終わった後の様子が初めて衆目に晒された。

だがその事実が表に漏れる事はこの後も無かったのである。

 

 被験者の記憶の再生は続く。


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