ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1168話 もっと、もっとだ

 再び場面は転換する。

 

「凄いなこの人」

「濃い生活を送ったんだな」

「その引き出しはどれほどあるんだろ………」

 

 他の平凡な被験者達と比べ、この被験者の持つ情報量は実に膨大であった。

カムラ的には嬉しい誤算というべきなのだろうか。

そんな彼らの目の前に映し出されたのは、

闘技場のような場所と、それを取り巻く多くの屋台、そして、凄まじい数のプレイヤーであった。

 

「何これ、お祭り?」

「何かのイベント?」

「何だろう?」

 

 被験者はその疑問に答えるかのようにそのまま闘技場の中に入っていく。

そして闘技場内部に設置されたステージの中央で、

二人のプレイヤーがにらみ合っているのが見えた。

とはいえ険悪な雰囲気はまったくなく、観客達も双方に黄色い声援を送っていた。

 

「おお?」

「SAO一武闘会?みたいな?」

「あ、あれ、四天王のキリト君じゃない?」

「相手のあの格好、ネットで囁かれていた四天王の唯一の死者、

血盟騎士団の団長のヒースクリフじゃないか?」

 

(晶彦!?)

 

 徹大は、以前にSAOの旧サーバーを調べた時に、

茅場晶彦とヒースクリフの事について、正確な情報を教えられていた。

その情報は、政府によって守秘義務が課せられている為、

この場でその事を知るのは徹大ただ一人である。

その為徹大は、ヒースクリフの名を聞いて、平静ではいられなかった。

 

「豪華なカードだな」

「ってかここ、何層?」

「SAOのまとめサイトに書いてあった気がするな、え~と………七十五層らしい」

「それってクリア直前ですね」

「マジで?こんな事があったんだ」

 

 その後に行われた戦いは、人間業とは思えない、凄まじいものであった。

 

「何だこれ………」

「いくらゲームの中とはいえさぁ………」

「脳の瞬発力が高すぎでしょ」

「これがSAOのトップの戦いなんだ………」

「そりゃALOのヴァルハラが強い訳だわ、戦闘経験値が違い過ぎる」

 

 さらっとALOの話題も交えつつ、そんな感想が飛び交っていたが、

この時徹大の目は、画面の別の場所に釘付けになっていた。

そう、被験者の前に座る、見覚えのある後姿は………。

 

(まさか悠那、いや、ユナか?)

 

 徹大は全神経をそちらに集中させた。

その時そのユナらしきプレイヤーが、更に前に座っているプレイヤーの肩をつついた。

それを受けて振りかえったそのプレイヤーは………、

これまた見覚えのあるその顔、それはハチマンであった。

 

(ハチマン君!ではやはりこれは………)

 

『師匠、キリトさん、負けちゃいましたね』

 

(ユナ!)

 

 その声は、忘れもしない、愛する娘の声であり、

徹大はおかしな声をあげそうになり、必死で自分の口を押さえた。

 

『まあ収穫はあったさ、それよりユナ、クラインにお前の事がバレないように注意しろよ』

『もうバラしちゃってもいいのでは?』

『う~ん、まあそう言われるとそうなんだがなぁ………』

 

(師匠?ハチマン君がユナの戦いの師匠?)

 

 ノーチラスこと後沢鋭二に、ユナがそれなりに戦えたという話は聞いていた為、

徹大がそう考えるのは至極当然の事であった。実際それで正解なのだが、

その師匠という言葉にユナが込めていた他の気持ちについて、

徹大は全く気付く事が出来なかった。

それはハチマンの弟子は自分だけという自負と、それに伴う強烈な愛情であった。

あるいはユナの表情が見えれば鈍い徹大も気付いたかもしれないが、

ユナがその表情のまま被験者の方に振り返る事は、ついぞなかったのである。

 

「今の会話、もしかしてこの子、ハチマン君の浮気相手とか?」

「え、本当に?」

「見なかった事にしておこうか」

「かな」

 

 その的外れなやり取りに、

徹大は思わず『んな訳あるか!』と突っ込みそうになった。

 

(落ち着け、ユナの事は絶対に秘密なんだ、私と関係があると悟られちゃいけない)

 

 徹大は必死に自分にそう言い聞かせ、何とかこの場は自制した。

直後にハチマンが立ち上がり、いきなり被験者にウィンクした。

そしておそらく仲間なのだろう、数人のプレイヤーと共に引き上げていった。

 

「今のは?」

「何だろ?」

「う~ん………」

 

 これは分からなくても仕方がない、というか分かるのは本人だけである。

この被験者は、かつて狩りの途中に修行中のハチマンとユナに遭遇し、

二人が師弟関係だと知っていた数少ないプレイヤーの一人なのであった。故にハチマンとユナは、

被験者にも聞こえるような声の大きさで師匠だなんだと話していたのだが、

ここにいる者達の中に、そんな背景を知っている者がいるはずもない。

そして少し遅れてユナも立ち上がり、被験者に向けて軽く手を振る。

それを受け、この時初めて被験者がユナの顔を見た。

 

(ユナ………おお………)

 

 興奮状態に陥った徹大は、ここでとんでもない暴挙に出た。

実験の成果により、これ以上は危ないというギリギリに設定されていた、

被験者に対するスキャンの強さをここから数段階引き上げたのだ。

 

(もっと、もっとだ………)

 

 そのタイミングがたまたま上手くはまったのか、画面には別のユナの姿が映し出される。

それはユナが街中で歌っている光景であった。

 

「おお?何これ?」

「コンサート?」

「アイドル!?」

「SAOにはこんな子もいたんだ」

「まあ娯楽とか少なさそうだしねぇ」

「ゲーム内の娯楽ってやっぱり必要だよね」

「それじゃあ今度の企画会議で………」

 

 そんなイヤホンからの会話は全く耳に入ってこず、

徹大はただただユナの歌声に酔いしれており、

同時にこの事を覚えていてくれたこの被験者に感謝した。

 

 これでこの被験者のSAOでの記憶の再生は終了したが、

完全に終了する前に思わぬハプニングがあった。

徹大がスキャンの強さを上げたせいで、一瞬リアルの映像が映りこんだのである。

ほんの一瞬であり、それが何かを理解した者は誰もいなかったが、

おそらく八幡がこの場にいたら、その正体に気付いたであろう、

それは逃亡中のジョーことジョニーブラック、金本敦の姿であった。

どうやらこの時、ジョーは被験者には気付いていなかったようだが、

最初にこの被験者が、情報の取り扱いについて徹大に色々尋ねてきたのは、

最近街で、偶然にもジョーの姿を見かけてしまった被験者が、

もし今回の事が外に漏れてニュースか何かになり、それがジョーの目に留まって、

ジョーが自分に復讐しに来ないか心配してのものだったのである。

 

「ん、今のは………?」

「どうやらノイズが混じったみたいです、すみません」

 

 そう誤魔化しながら、徹大はスキャンの強さを元に戻した。

 

(思わずやってしまったが、大丈夫だったか………?)

 

 今の出来事で正気に返った徹大は、急に被験者の事が心配になったのか、

直ぐに彼に話しかけたが、彼は先ほどとはうってかわって明るい表情をしていた。

 

「あ、あの………」

 

 体の具合は大丈夫ですか?などと直接的に言う訳にもいかず、徹大は口篭った。

 

「あ、はい、今日は本当にありがとうございました」

 

 だが被験者は何故かここで徹大にお礼を言ってきた。

 

「えっ?」

「いやぁ、何か頭がスッキリしたというか、実にいい気分です。

別に何が変わった訳でもないと思うんですけどね」

「そ、そうですか、それなら良かったです」

 

(どうやら何の問題も無かったみたいだな、良かった)

 

「あ、あの、あなたはSAO内で歌を歌っていた子と親しかったんですか?」

 

 徹大はイヤホンとマイクを外してスイッチを切り、被験者にそう尋ねてみた。

 

「歌を?ああ、ユナさんの事ですか?う~ん、別に親しくしてた訳じゃないですよ。

彼女と出会ったのは………あれ、いつだったかな?あまり覚えていないんですよ、ははっ」

「そ、そうですか、今日はありがとうございました」

「いえいえ、お役に立ててればいいんですが」

 

 被験者はそのままニコニコ笑顔で帰っていったが、

別室にいた者達も後でオペレーターにその態度の豹変ぶりを聞いて、さすがに戸惑っていた。

 

「………重村教授、あの機械に健康を増進させるような機能でも付けました?」

「いやいや、そんなものある訳ないですよ」

「ですよね………プラシーボ効果かな?」

「それくらいしか思いつかないよね」

「まあいいか、逆なら困ったけど、来た時よりも元気になってくれたみたいだし」

「教授、お疲れ様でした、今日は本当にありがとうございました」

「あ、さっきの記憶で、やばいなと思った事はお互い忘れましょうね!」

「あはははは、そうですね、記憶から消しておきます」

 

 これでこの日の実験は全て終了したが、

被験者にとってはつらい過去である、二十五層の顛末と、

ラフィンコフィン討伐戦に参加した記憶、そしてリアルでジョーを見かけた事を、

この時点で忘れつつある事について、被験者の男性が逆に明るくなったせいで、

徹大はこの時点で、全く気付く事が出来なかった。


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