ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1169話 居酒屋の出会い

「先生、随分ご機嫌っすね」

 

 この日の実験が終わった後、そのまとめが終わり、そろそろ帰ろうかという頃、

徹大は背後からいきなり声を掛けられた。

徹大が振り返ると、そこには帰り支度をした比嘉健が立っていた。

 

「比嘉君か、そう見えるかね?」

「むしろそれで不機嫌だったらびっくりっすよ」

「まあ機嫌がいいのは確かかな」

「何かあったっすか?」

「重要な実験データが手に入ったのでね、これから帰って精査するのが楽しみなんだよ」

「なるほど、先生らしいというか」

 

 健は相変わらずの徹大の研究熱心さに苦笑した。

 

「比嘉君はもう帰るのかい?今日はいつもより早く終わったのかな?」

 

 最近の健は、どうやらオーグマーに興味津々らしく、別に徹大に言われた訳でもないのに、

ほぼ毎日自主的に遅くまで色々な作業をしているのを徹大は知っていた。

 

「はい、実は今日は飲み会があるんですよ。正直あまり気は進まないんですが、

これもまあ業務を円滑に進める為の手段の一つって事で」

「そうか、まあ気が進まないなりに楽しんでくるといいよ」

「ははっ、努力してみます」

 

 健はそのまま徹大を見送った後、そのまま会場である居酒屋へと向かった。

 

「お~い、健君!」

「すみません、お待たせしました!」

 

 徹大よりはよほど社交的な健は、カムラの社員のほとんどの者と、もう顔見知りになっていた。

 

「今日の実験も上手くいったみたいですね、さっき上機嫌な重村教授と会いましたよ」

「えっ、そんなに上機嫌だったのかい?

今日の実験はかなりハードな内容だったと思うんだけどなぁ」

「………と言いますと?」

「まああまり大きな声じゃ言えないんだけど、SAOの闇の部分が垣間見えたというか………」

「えっ、闇の部分ですか?」

「うん、内容についてはちょっと勘弁してね。正直あまり言いたい話じゃないんだ」

「なるほど………」

 

 健のSAOに関する知識は、世間一般の人がニュースで見た内容とほとんど違いが無かった。

SAOに使われている技術やら何やらには興味津々な健であったが、

プレイヤー達がどう生きてきたかに関しては、あまり興味を惹かれなかったのだ。

 

(う~ん、この機会に色々調べてみるかな、そういった情報が今後必要になるかもだし)

 

 健はそう考えると、適当な場所に腰を下ろして酒を注文した。

場はそれなりに盛り上がっていたが、

飲まないとやってられないといった感じの者が散見された為、

健は先ほどの話の信憑性が増したように感じていた。

 

(それじゃあ教授は何で………)

 

 健は当然のようにそんな疑問を持ったが、そもそも徹大が変わり者なのは周知であり、

アルコールが入った事もあり、健は直ぐに、その事について考えなくなった。

そして何人かと話した後、健に話しかけてきたのは、

ゼミこそ違ったが、同じ大学の先輩にあたる人物であった。

 

「比嘉君、どう?飲んでる?」

「はい、頂いてます!」

「ヘルプの君にもかなり負担をかけちゃってるみたいで本当にすまないね」

「いえいえ、好きでやってる事ですから」

「いやぁ、本当に君と重村教授には頭が上がら………ん、あれっ?」

 

 その時突然その先輩が、店の入り口の方を見て首を傾げた。

 

「あの人、どこかで見たような………」

 

 その言葉に釣られて健も店の入り口の方を見た。

そこには二十代後半くらいに見える女性と、四十歳くらいに見える女性が居り、

健は若い方の女性に見覚えがあった。

 

「あれってまさか、神代凛子………?」

「ああ~、学校で見た事があったわ、そうか、()()神代博士か」

 

 『あの』と言われるのにはもちろん理由がある。まだSAO事件が終わっていなかった頃、

日本政府が凛子の行方を必死に探していたのは業界では有名な話だからだ。

その後、凛子がソレイユ入りしたという噂が流れたが、

政府の手によって拘束ないし逮捕されたという話は聞かなかった為、

おそらく政府の手によって何らかの司法取引が行われたのだろうと推測されていた。

 

「俺、ちょっと挨拶してきますね、神代凛子さんは重村ゼミの先輩ですから」

「あっ、そういえば神代博士も茅場晶彦も重村ゼミだったっけ、

比嘉君、迷惑がられるようならすぐ戻ってくるんだぞ」

「はい!」

 

 健は、おおっぴらに言うのは憚られるのだが、茅場晶彦の事を尊敬しており、

凛子から茅場晶彦の話を少しでも聞けたらいいな、くらいの軽い気持ちでいた。

 

「あ、あの、すみません、神代凛子さんですよね?」

「………ええ、そうですけど、あなたは?」

 

 凛子は当然のように、不審者を見るような視線を健に向けてきた。

 

「あっ、怪しい者じゃないです、先輩」

「………先輩?」

 

 凛子はその言葉に首を傾げた。

 

「俺、重村ゼミに所属してるんです」

「ああ~、そういう事!そっかそっか、後輩君だったのね」

「はい、いきなりすみません、ゼミに置いてあるアルバムで、神代先輩の顔は知ってたんで」

「へぇ、で、挨拶に来てくれたのね、教授もここに来てるの?」

「いえ、教授はこういう席には絶対に来ないんで」

「ああ、確かに教授と一緒に飲んだ記憶は無いわね」

 

 凛子はそう言って楽しそうに笑った。

 

「それじゃあ今日は、他のゼミ生と一緒なのかしら」

「いえ、俺、今カムラでオーグマーの開発を手伝ってまして、

今日はそっち系の集まりで来てるんで、重村ゼミの人間は自分だけっす」

「あら」

「へぇ?」

 

 その話を聞いて、凛子ともう一人の女性………結城経子の目が光った。

 

「それじゃあせっかくだし、少し一緒に飲みましょっか、

こんなおばさん二人が相手で悪いんだけど」

「おばさんだなんて、そんな事言わないで下さいよ、是非お願いします!」

 

 健は、どうせ向こうにいてもおっさんが相手ですし、と笑いながら言い、

カムラの者達に断りを入れた上で、凛子達と合流した。

 

「改めまして、重村ゼミ四年の比嘉健です、宜しくお願いします」

「私は神代凛子、今はソレイユのメディキュボイド事業部に所属しているわ」

「私は結城経子、眠りの森という終末医療施設の院長をしているわ。

ちなみにうちも、ソレイユの傘下ね」

「終末医療にメディキュボイドですか、ソレイユも色々やってますよね」

「ふふっ、元はただのゲーム会社だったはずなのにね」

「ちゃんと結果を出してるところが凄いと思います、

最近は飛ぶ鳥を落とす勢いっすよね、ソレイユ」

「うちは経営陣が有能だから」

「おまけに美人と」

「う~ん、まあソレイユを急成長させてるのは、次期社長の方なんだけどね」

「そうなんですか」

 

 健はもちろん八幡がソレイユの次期社長だという事は知らない。

現時点でその事を知っているのは、ソレイユの社員と他の企業の一部の者達だけである。

 

「で、教授は元気?」

「はい、今日も帰って実験するって上機嫌でしたよ」

「実験で上機嫌?あの教授が?」

 

 凛子は健のその言葉にきょとんとした顔をした。

凛子の記憶にある徹大は、実験中などはいつも厳しい顔をしていたからだ。

その表情を見た健は凛子にこう尋ねてきた。

 

「あの、神代先輩、それって珍しいんですか?」

「言いにくいでしょ、凛子でいいわよ?」

「それじゃあ私も経子でいいわ、ふふっ」

「あっ、はい、それじゃあ凛子先輩と経子さんで」

 

 その健の言葉に満足そうに頷いた後、凛子は少し考え込んだあと、こう答えた。

 

「私の知る限り、実験に関する事で教授の機嫌が良かった事なんて全く無いわね、

あの教授の機嫌が良くなるのは、娘の悠那ちゃんが大学に尋ねてきた時くらいかしら」

 

 凛子は同じ女性という事で、悠那とは交流があった。

ちなみに晶彦は、悠那が尋ねてきていた頃は、海外の大学の大学院に進んでいた為に面識は無い。

 

「教授に娘さんがいるんですか!?」

「えっ?知らないの?見た事ない?」

「はい、俺が知る限り、一度も見た事無いっすね、教授の口から聞いた事もないっす」

「あら、そうなんだ?悠那ちゃん、遠くの大学に進学でもしたのかしらね」

「かもしれませんね」

 

 それで悠那の話はあっさりと終わった。そもそもそんなにネタがある訳でもないし、

凛子もアスタルトとしての健も、八幡からユナ絡みの話をされていない為、

その重要度に気付く事も無かったからである。だが健は確かに悠那の名を知った。

この事がどんな影響を及ぼすのかはまだ誰にも分からない。

 

「お二人はよく一緒に飲みに来たりするんですか?」

「よく、ではないけどまあ来るわね」

「今日はちょっとお祝い事があったのよね」

「へぇ、どんなですか?」

「うちで預ってる子の病気が治ったのよ、それも二人、ね」

「そうなんですか、それはおめでとうございます!」

 

 終末医療施設の患者の病気が治ったという事は、

死の運命から逃れられたという事に他ならない。

聡い健は直ぐにその事を理解し、心の底から祝いの言葉を述べた。

それが分かったのか、経子と凛子の顔がほころぶ。

 

「ありがとう」

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