ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1171話 一年後の予定

 自宅に戻る途中、凛子はふと思い立ち、ソレイユ本社へと立ち寄った。

 

「あれ、凛子さん?」

「あら理央ちゃん、まだ残ってたの?」

「はい、私は人一倍努力しないといけないんで。今は飲み物を買おうと思って」

 

 そんな理央の真面目さを好ましく思いつつ、

凛子は次世代技術研究部へ向かう事を理央に告げた。

 

「うちに何か用事ですか?」

「うん、ちょっと晶彦と話がしたくてね」

「分かりました、案内しますね」

 

 そのまま二人は次世代技術研究部へと向かい、茅場晶彦のアマデウスを起動した。

 

『おや、これは珍しいね』

「ふふっ、実は今日、私達の後輩に会ってね」

『ほう?』

 

 理央は楽しそうに語る二人を見ながら少し遠くに離れ、そのまま一人、勉強を再開した。

 

 

 

 そしてハチマンとウズメは、今日も戦闘訓練に明け暮れていた。

 

「う~ん、舞踏スキル、取れないね………」

「………やっぱり俺のせいなんだろうか」

「もういっそ、二人で踊ってみる?」

「え、マジかよ、別にいいけど………」

「ふふっ、それじゃあ私がリードしてあげるね」

 

 ウズメはそう言ってハチマンに手を差し出した。

 

「お、おう………」

 

 ハチマンがその手をおずおずと握ると、

ウズメはハチマンを抱き合う寸前までぐいっと引っ張り、その腰に手を添えた。

 

「え、ダンスってそっち?」

「うんそうだよ、ほら、ハチマンも私の腰に手を添えて!」

「いや、でもな………」

「いいからほら!」

「あっ、はい………」

 

 ハチマンはこれも舞踊スキルの為と思い、言われた通りにウズメの腰に手を添えた。

 

「はい、それじゃあゆっくり左右に、ワン、ツー、ワン、ツー」

「ワン、ツー、ワ………っと、すまん」

 

 ハチマンはウズメのリードに頑張ってついていこうとしたが、

不慣れなせいで何度かウズメの足を踏んでしまった。

 

「いいからいいから」

 

 ウズメはそんな事は気にせずにハチマンをリードし続ける。

そのまましばらく踊っているうちに、ハチマンも段々慣れてきたようだ。

 

「こ、こんな感じか?」

「そうそう、上手上手」

「………っ」

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

 ウズメの顔がずっと近くにある為、間違っても顔と顔がおかしな接触をしないように、

ハチマンはかなり気を遣っていた。同時にウズメの顔を見てハチマンは思う。

 

(整ってるよな、やっぱりアイドルなんだよなぁ………っと、いかんいかん)

 

 ハチマンはそんなウズメに対する賞賛の気持ちを悟られないように、

ポーカーフェイスの維持に努めた。

ここでウズメにその事を気取られたら、どんなちょっかいを出されるか分からないからだ。

このハチマンの警戒ぶりは、シノンを相手にする時と同じレベルである。

 

「ふう、大分上手くなったね」

「おかげさまでな」

「まああと一年ちょっとあるんだし、きっと何とかなるよ」

「………い、一年?」

 

 ハチマンはウズメが何を言っているのか分からずにポカンとした。

 

「いきなり何だ?何で一年?」

「え?だって、帰還者用学校の卒業式で、プロムをやるんでしょ?」

「プ、プロ………何?」

「プロムナード」

「へ?」

 

 ハチマンは訳が分からず混乱の極みにあった。

そもそもプロムナードという言葉をハチマンは知らず、

それが一体何を意味するのかが分からないのだ。

そんなハチマンの顔を、ウズメが上目遣いで覗き込んできた。

 

「ち、近い………」

「もしかして、プロムがどういうものか、全然知らなかったりする?」

「だな、残念ながら、俺の知識の中に、その単語は無さそうだ」

「ああ~、まあ日本じゃマイナーなイベントだし、それは仕方ないよ」

「そうなのか?」

「うん、えっと、とりあえずどういうものか、動画でも見せながら説明するね」

「悪い、助かるわ」

「それじゃあちょっと待ってて」

 

 そう言ってウズメはコンソールを可視化させ、楽しそうに踊る男女の姿を画面に映し出した。

 

「こんな感じかな」

「え、何これ、これを卒業式でやるの?俺、全然聞いてないんだけど」

「えっ?あ、そっかそっか、昨日の夜にさ、

ACSのヴァルハラ女子チャットで盛り上がってただけだから、多分まだ決定じゃないんだよ」 

「ほ~?」

「まあ舞踏会みたいなものだね、本来は男女のペアで参加するみたい」

「男女の………ペア?」

 

 ハチマンはその言葉を受け、帰還者用学校の授業風景を思い浮かべた。

 

「いや、でもうちの学校、男女比がもの凄い事になってるんだけど?」

「それはまあ何とかするしかないね」

「なるもんなのか?」

「さあ………」

 

 実際問題帰還者用学校の女子の少なさはかなりのものであり、

これはどうやら実現はしなさそうだとハチマンは安心した。

 

「で、どうしてそんな話題になったんだ?」

「えっとね、最初にネタ振りしてきたのは結衣さんかな」

「………あのゆるふわめ」

「で、明日奈さんが、やりたいって言い出して………」

「う………」

 

 これにはさすがのハチマンも困った。明日奈がやりたいと言ったのなら、

もし直接頼まれた場合、ハチマンには反対するという選択肢が無いからだ。

 

「雪乃さんが、前にやった事があるから企画は任せてって」

「それ絶対に実現するやつじゃねえか………」

 

 雪乃が介入してきた以上、これは絶対にやる事になるなと確信したハチマンは、

せめて恥をかかないように、ある程度は練習しておこうと心に決めた。

 

「あれ、でも前にやったって、表現が変じゃないか?」

「え?どうして?」

「だって普通、前に参加した事がある、って言うもんじゃないか?」

「ああ、実際に高校の卒業式の時にやったらしいよ?」

「はぁ!?うちの学校で?」

「うん」

「え、マジで?」

 

 ハチマンは、あの総武高校でそれを実現させた雪乃の手腕に舌を巻きつつ、

雪乃が望んであんなイベントを企画するなんて事はありえないから、

発案は絶対にいろは辺りだなと考えた。もちろんそれは正解である。

 

「………よし、当日は恥をかかない程度に隅の方でちょこっとだけ踊る事にするわ」

「いや、それ、絶対に無理だから」

「何でだよ」

「あのね、プロムってのは、普通は投票でキングとクイーンを選ぶものなの。

で、帰還者用学校で選ばれる可能性があるのは誰?」

「そりゃ明日奈だろ」

「じゃあキングは?」

「………和人?」

「明日奈さんをクイーンにって投票した人が、和人君をキングにって投票するの?」

「くっ………」

 

 里香や珪子、藍子や木綿季、ひよりには悪いが、

クイーンに選出されるのは明日奈で間違いないだろう。

キングは八幡と和人の双璧だが、明日奈がクイーンである以上、

ウズメが指摘した通り、キングに選ばれるのは確実に八幡という事になる。

 

「マジかぁ………」

 

 この時点でハチマンは、一年後の事を諦める事となった。

 

「分かった、ちょこちょこ練習しておくわ………」

「うん、それがいいよ、あはははは!」

「笑いすぎだっての」

「それじゃあ予行演習だね!」

「いきなりだなおい!」

「ちょっと待ってね」

 

 そう言ってウズメはコンソールをいじり、辻ライブで使用している衣装に着替えた。

 

「じゃ~ん!」

「おお~、って、よくそんな衣装が手に入ったよな」

「スクナさんに頑張って設計してもらったの」

「なるほど………しかしそれ、スカートの中が見えないところまでしっかり気を遣ってるよな」

「もう、どこを見てるの」

 

 ウズメはそう言って赤くなった。

 

「いや、ライブを見てれば普通に分かるからね?」

「むぅ………まあ確かに」

「で、舞踊スキルは来たのか?」

「ううん、まだ」

「まだかぁ………一体何が足りないんだろうな」

「やっぱりハチマンの反応なんじゃない?」

「いつも上手いとは思ってるんだけどなぁ………」

「う~ん………」

 

 結局この日はも舞踊スキルは取れず、二人はそのままログアウトした。


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