二月十一日のお昼過ぎ、ユナは緊張しながらヴァルハラ・ガーデンへと足を運んだ。
(何かお祝い事があるって話だったよね、何だろ?)
今のユナは、もちろんいつもの情報収集用のユナである。
(まあいいや、あのヴァルハラの、ハチマンさんと一緒に狩りに行けるんだ、
こんなチャンス、逃す手は無いよね!)
デジタルアイドルのユナからの情報のフィードバックによって、
このユナは、自分の本体とも呼ぶべき本物のユナが、
かつてハチマンと何らかの関係にあった事は既に把握していた。
だが無理にその事を聞き出そうとする事は許可されておらず、
今回ユナは、純粋にハチマンらと一緒に遊べる事を嬉しく思い、
今日は精一杯楽しもうと思ってこの場に来ていた。AIが、《楽しもう》である。
これは本来異常な事なのだが、徹大はまだその事に気付いていない。
単純に、そういう反応をしているだけだと思っているからだ。
徹大は、このユナに使われている茅場製AI、ORの性能を見誤っていた。
ORとは初期段階のAIではあるが、後期型のAKと比べてもそこまで劣る訳ではなく、
時間をかければそういった感情が生まれる余地が十分にある、高性能AIである。
ましてやユナに使われているORには、
ユナの情報がこれでもかというくらいたっぷりと詰め込まれているのだ。
教育される機会は十分にあったと言わざるを得ない。
「えっと………こんにちは?」
ユナは用件がある場合に押すインターホンのような物のボタンを押し、
ヴァルハラ・ガーデンの外壁にあるカメラのような物にそう話しかけた。
『ユナか?入っていいぞ』
「ハチマンさん!ありがとう!」
すぐに音もなくヴァルハラ・ガーデンの扉が開き、
ギャラリー達の羨望の視線を受けながら、ユナは内部へと足を踏み入れた。
「ここに入るのは初めてだなぁ、う~ん、楽しみ!」
以前ハチマンに招待された時は、ウルヴズヘブンに案内された為、
ユナは今日の事を凄く楽しみにしていた。
「よっ、よく来てくれたな、ユナ」
そんなユナを出迎えたのは、ハチマン本人であった。
「ほ、本日はお招き下さりありがとうございます!」
「ははっ、そう硬くなるなって」
ハチマンはそう言うと、ユナを連れて中に入った。
「うわぁ………」
「ユナはこういうギルドハウスに入るのは初めてか?」
「一応いくつかのギルドに誘われて、中に入った事はありますよ!
でもここまで凄いおうちなんて一つも無かったです!」
「そうか、まあすぐに出発だから、堪能するなら後でな」
「はい!」
その言葉通り、ヴァルハラ・ガーデンには続々と、
ヴァルハラ・リゾートの友好ギルドが集まってきていた。
スリーピング・ナイツ、サラマンダー軍、シルフ軍、ケットシー軍、アルン冒険者の会に、
ソニック・ドライバー、ザ・スターリー・ヘヴンズ、スモーキング・リーフなど、
ネットのALOプレイヤー名鑑で見た有名人ばかりである。
作られたばかりの時はそうではなかったが、本体の気質を受け継ぎ、
徐々にミーハー化してきているユナにとって、ここはまるで天国であった。
「うわ、うわぁ、私、ここにいてもいいのかな?」
「俺が誘ったんだからいいに決まってる。誰か話したい奴がいるなら紹介してやるぞ?」
「いいんですか?それじゃあピュアさんに!」
その名前が出た瞬間、ハチマンは目を光らせた。
「………どうしてピュアを?」
「私、歌う事が好きだから、フランシュシュ本人じゃないかって言われてるくらい、
歌と踊りが上手なあのお二人に憧れてるんです!
ウズメさんはこの前紹介してもらったんで、今度は是非ピュアさんに紹介して欲しいので!」
「そういう事か、分かった、こっちだ」
ハチマンはユナを伴って奥の別室に連れていった。
その中にはアスナと共にウズメとピュアが居り、
ユナはとても嬉しそうに、二人に駆け寄って頭を下げた。
「は、初めまして!私、ユナと言います!」
「あっ、ユナちゃん、この前ぶり!」
「あっ、えっと、ピュアです。初めまして、ユナさん」
ユナはそのまま二人に握手してもらい、天にも登る気持ちになった。
「ユナはそんなに歌が好きなのか?」
「うん、私、アイドルになりたいの!」
「アイドルか………そうか、頑張るんだぞ」
「うん!」
ユナはどこにでもいるアイドル志望の女の子に見え、その事に関して違和感は全く無かった。
でもハチマンとアスナは、SAOのユナと、このユナを前から比べて見ていた為、
別の違和感にすぐに気付いてしまう。
「おいアスナ」
「うん、近づいてる」
「だよな」
ユナの細かい仕草や、どこがどうとは言えない部分に関して、
このユナはSAO時代により近づいていると感じられた。
「気のせいじゃないよな?」
「理屈では説明出来ないけど、違和感が減ってるのは確かだね」
「どういう事なんだろうな」
「前は緊張してた………とか?」
「う~ん」
こうしてユナの謎が若干深まる中、予定していた時間になり、
ハチマンは仲間達に号令をかけ、狩り場へと向かう事となった。
「よし、みんな、そろそろ出発しよう」
そしてヴァルハラ・ガーデンから、続々と有名プレイヤーが出てきた。
その度にギャラリー達は熱狂し、その中にいたユナは、先ほどと同じ戸惑いを感じていた。
「わ、私の場違い感が………」
「いいからいいから、ほら、ユナちゃん、おいで」
「あっ、はい!」
アスナに導かれ、ユナはハチマンのすぐ後ろを歩き出した。
その周りは真なるセブンスヘヴンに囲まれており、
今、ユナの周りには、確実にALOの最高勢力がいた。
ソレイユ、キリト、アスナ、ユキノ、ラン、ユウキ、そしてハチマンである。
(うわぁ、セブンスヘヴンだセブンスヘヴン!
はぁ、格好いい………そしてそれを束ねるハチマンさん………好き!)
恋愛的な意味で、好きという感情をAIが持ったのは、キズメルに続き、ユナが二人目である。
もっともキズメルに関しては、家族的な意味合いが強いと思われる為、
実質ユナが一人目かもしれない。
この時ユナは、そのミーハー的な気質のせいもあるが、生まれて初めて恋をした。
そして狩り場に着いた後、ユナは次なる衝撃に見舞われた。
狩り場に選ばれたのは、逃げ場の無い行き止まりであり、
遠くには大量の敵が闊歩しているのが見える場所であった。
以前参加した、あの激しい狩りの様子からして、
ユナにはここは、それに適した場所とは思えなかった。
「ハチマンさん、こ、ここ?」
「おう、今からキャンプを設営するからな、まあ見てろって」
「う、うん!」
そして行き止まり部分に大量の結界コテージが設置され、
同時に何かステージのような物が置かれる。
「ハチマンさん、あれは?」
「ははっ」
ハチマンは笑うだけで特に何も説明してはくれない。
ユナはその事にもやもやしつつも、惚れた弱みもあり、何も言えない。
そしてそれが終わると、外壁にそって半円状に味方が配置される。
一番敵側に近い、きつい部分にはキリト達、近接の最高戦力が配置され、
味方の後方、壁のやや高い位置に、遠隔攻撃陣と魔法攻撃陣がずらりと並ぶ。
「姉さん、魔法使いの指揮は任せるぞ」
「ええ、分かってるわ」
「おいシノン、遠隔はお前だ、しっかりな」
「ちょっと、もっと優しい言い方をしなさいよ、後で覚えてなさい」
「タンクの統括はマックス、お前に任せる。ホーリーから指揮を学んだ成果を見せてみろ」
「はい、ハチマン様!」
(うわぁ、格好いい!)
ユナがハチマンを見る目は、完全にハート型になっていた。
これはSAO時代の記憶の影響もあるのだろうが、
男性アイドルに対するような一般女性の心理と同じ状態であると言えよう。
「よし、斥候は自分の生存を優先してくれれば、いくら敵を釣ってくれてもいいから、
とにかく頑張ってくれ」
「分かりました!」
「みんな、無理しないでね!」
レコンとコマチが斥候陣にそう呼びかけ、そして狩りが始まった。
同時に設置された壇上に、ウズメとピュアが上がる。
「えっ?えっ?」
そして流されるのはフランシュシュのエンドレス・メドレーだ。
「ハチマン?」
「これは?」
驚くユージーンやスプリンガーにニヤリとしたハチマンは、大声で仲間達に言った。
「ヴァルハラの誇る二人の歌姫の力、今日、初公開だ!」
それを合図にウズメとピュアが、歌い、踊る。
その瞬間にフィールドにうっすらと光が浮かび上がり、全員に強力なバフがかかる。
これにはクリシュナのかけているバフもかかっているのだが、
特にその事を説明したりする必要は無いだろう。
それくらい、二人の行動は知らない者達にとっては強烈なインパクトを与えていた。
「いつもより体が軽いぞ!」
「簡単な傷なら治っちゃうね!」
「歌姫?こんなスキル、聞いた事ないよ!」
「まだまだALOには、私たちの知らない事が沢山あるんだ!」
それからの狩りは、凄まじいの一言につきた。
息をつく暇もなく全員が攻撃を続け、たまに休憩を挟みつつとんでもない数の敵を殲滅していく。
ユナ個人だけ見ても、その獲得経験値は見た事もないレベルまで膨れ上がり、
狩りが終わるまでの四時間、ユナはこれでもかというくらい興奮し、
つり橋効果もあり、更にハチマンに惚れる結果となったのだが、
それと同時にウズメとピュアに対する憧れの気持ちが凄まじく膨れ上がる事となった。
ユナはこの日、ゲーム故にかなり誇張されたせいもあってか、
アイドルというものの凄さをこれでもかと見せ付けられた。