「ユナ、お疲れ」
「あっ、ハチマンさん、お疲れ様です!」
ユナはハチマンにそう挨拶したが、中身はAIなので、実は全く疲れてはいない。
「今日の狩り、どうだった?」
「今日のっていうか、今日も、ですね。
えっと、ハチマンさん、やっぱりこれがヴァルハラの普通なんですか?」
「ん?ああ、まあそうだな」
ハチマンのその言葉を聞いたユナは、下を向いてぷるぷると震えだした。
「ど、どうした?」
「凄いです、ハチマンさん!正直この前以上でした、最高です!」
心配になり、ハチマンはユナに近寄ったが、
ユナはすぐに顔を上げ、キラキラした目でハチマンにそう言った。
「そ、そうか」
「はい、そうです!」
「まあ喜んでもらえたなら良かったよ」
「はい!」
ユナの興奮状態は凄まじく、気圧されたハチマンは、助けを求めるようにアスナの方を見た。
それを受けてアスナはユナに近づき、一緒に帰ろうと言ってユナを連れていった。
(サンキュー)
(ユナちゃんの事は任せて)
アイコンタクトで意思の疎通をした二人は、そのまま分かれていった。
「ふう………」
「ハッチマ~ン!」
「うおっ!」
それを見計らうように急襲してきたのはクックロビンであった。
「おお、ロビン、今日のウズメとピュア、見たか?」
「うん!まさかALOであんな事が出来るなんて知らなかったよ!」
ロビンは興奮状態でそう答えた。その目には嫉妬の欠片も感じられなかったが、
一応ハチマンは、クックロビンにこう尋ねてみた。
「で、お前はどうする?」
「ん?どうするって?」
「お前が歌姫を目指すなら、俺が全力でバックアップするつもりだ。
でもお前は歌も好きだけど、それ以上に近接戦闘が好きなはずだからな、
だから選ぶのは全部お前に任せる。で、どうだ?」
「う~ん?そうだなぁ………」
クックロビンは首を傾げた後、すぐに決断したのか、ハチマンにこう答えた。
「歌唱スキルだけ取って、それ以外は別にいいかな。
そっち方面に進んじゃうと、肉を斬る感触が楽しめなくなっちゃうし?」
「………………そうか」
ハチマンは微妙に体を引き、そんなハチマンにクックロビンは抗議した。
「ちょっと、引かないでよ!」
「おお、悪い悪い、でも今のはお前が悪いからな」
「表現が悪かったのは認めるけど」
クックロビンはそう言った後、ハチマンにこう言った。
「とりあえず歌唱スキルさえあれば、歌に効果を乗せる事は出来るんだよね?」
「まあそうだな」
「それって自分の底上げにならない?ほら、小声で歌いながら戦えば、
自分にだけバフをかけられるみたいな?」
「それは可能だと思うぞ、ついでに他人にも多少バフがかかるかもしれないけどな」
「それくらいは別にいいよぉ、とにかく私はもっと強くなりたいの!」
「そうか、ならヴァルハラ・ガーデンで、今後はまめに歌ってみるといい」
「うん、そうするね!ハチマン、愛してる!」
クックロビンはそう言って、ウズメとピュアの方に走っていった。
二人の傍には既にアサギがいた為、同じ芸能人として、話をするつもりなのだろう。
それを見送ったハチマンに、次に話しかけてきたのは、
コピーキャットやハリューら、『ハイアー』の面々であった。
「おい小猫、どうだった?」
「ちょっ、ここはゲームの中なんだから、本名で呼ばないでよ!
「ああん?小猫が本名だなんて、誰が思うんだ?それこそうちの連中以外には分からないだろ。
だからお前を小猫と呼んでも何の差支えもない、証明終了、QED」
「ぐぬぬ………」
コピーキャットはそのハチマンの言葉に反論出来ず、地団太を踏んだ。
「まあまあ姉御、落ち着いて下さいよ。それでボス、報告ですが………」
「おう、ユナの様子はどうだった?」
その言葉通り、ハチマンは今回、参加者の中にハイアーのメンバーを紛れ込ませ、
色々な方向からユナを監視させていたのである。
「いやぁ、正直普通すぎて拍子抜けって感じですね」
「普通………だったか?」
「はい、ちょっとした事に喜んだり悲しんだり、全く普通の女の子でしたよ」
「ふ~む、そんな感じか………」
ハチマンとて、何か収穫があるのではないか、などと期待していた訳ではなく、
あくまでユナの正体を探るのに、素人の視点から見えるものはないかと考えただけであった。
なのでこの結果は想定内であり、特に落胆するような事は無かった。
「そうか、忙しいのに悪いな、みんな」
「いやいや、ボスの頼みですから気にしないで下さいって」
「デュフフ、これも仕事だと思えば楽しかったお」
「まあちょっと忙しかったけどね、ちょっと正気を疑ったよ、今日の狩り」
「そう言うなって、これからも何度かあるだろうから慣れてくれよ、アスカ」
「むぅ、実生活でも好戦的になっちゃいそうで怖いなぁ」
そんな冗談を言いながら、ハリュー、フラウボウ、アスカは去っていった。
そして残るモエカが、スッとハチマンの前に立った。
ハイアーの中では唯一、素人以外のカテゴリーに含まれるのがモエカであった。
「モエカはどう思った?」
「うん、それなんだけど」
モエカはそう言うと、ハチマンの耳元でそっと囁いた。
「一つ一つの動きが正確すぎる、って思ったかも」
「ほう?どういう事だ?」
「まるで機械みたいな動きだった………気がする、確信は持てないけど」
「………なるほどな」
ハチマンはそう言ってモエカの頭を撫で、お礼を言った。
「サンキュー、参考になったわ」
「うん」
モエカはぶっきらぼうにそう答えたが、
実は喜んでいる事を、ハチマンは分かるようになっていた。
「モエカ、ついでにアレも拾ってってくれ」
「分かった」
ハチマンがそう言って指差したのは、屈辱で固まっていたコピーキャットである。
そのままコピーキャットはモエカに引きずられていき、
続けてハチマンに話しかけてきたのは、ソレイユであった。
その後ろには、ロウリィ、テュカ、レレイの、ザ・スターリー・ヘヴンズの三人が居り、
そして更にその後ろには、ソニック・ドライバーのスプリンガーとラキアの姿もある。
「ハチマン君、ちょっといい?」
「あ、はい、何ですか?」
「今日なんだけど、これからモノトーンの元メンバーで飲みに行くから、
私はこの後の打ち上げは欠席してもいいかしら?」
「あ、そうなんですか、もちろん構いませんよ。
この全員が集まる機会なんて滅多に無いでしょうしね」
「ありがと、それじゃあ行ってくるわね」
「はい」
「もし間に合うようならハチマン君も来てくれていいわよ?」
「あ~………分かりました、どこで飲んでるかだけ連絡入れといて下さい」
「ええ、分かったわ」
ソレイユ達は、そのまま仲良く去っていった。
ヴァルハラが出来る前の世代の最強メンバーか、と感慨深く思いながら、
ハチマンはそんなソレイユ達を見送った。
「さてと、それじゃあヴァルハラ・ガーデンに戻るかな」
「ハチマンさん!ご一緒してもいいっす………いいですか?」
「ん?アスタルトか、お前もまだ残ってたのか?」
「実は経験値を振るのに夢中になってたら、置いてかれました………」
「あはははは、それじゃあ一緒に戻るか」
「はい!」
こうして珍しい二人組が、一緒に歩く事となった。
「アルン冒険者の会はどうだ?楽しいか?」
「少なくとも七つの大罪にいた時よりは、楽しいっす………です」
「素の話し方でいいって、もうロールプレイしなくてもいいんだろ?」
「あ、あざっす!正直丁寧な話し方って肩がこるんですよね」
「だよな」
ハチマンは、アスタルトは実は意外と親しみやすい奴だったんだなと、好意的に感じた。
「そういえば七つの大罪はどうなったんだ?」
「地道に経験値稼ぎから始めたみたいっす、
さすがにヴァルハラとの差を思い知らされたんじゃないかと」
「ああ、まあまだまだあいつらに負ける気はしないからな」
「それもまあ、今日みたいな狩りを見せられると、
その差は縮まらないだろうなって気はしますね」
「今日は特別だからな、歌姫二人のお披露目会だ」
「ああ、それですそれ、ハチマンさんは、歌姫ってのの存在を、どこで知ったんですか?」
「ん~………」
ハチマンはそう問われ、どこまで話していいのかアスタルトの顔をじっと見つめた。
アスタルトはまだリアル知り合いではないせいで、ハチマンには迷いがあった。
「あ~!」
それを察したのか、アスタルトがハチマンにこう言った。
「禁則事項って奴なんですね、興味本位で変な事を聞いちゃってすみません」
アスタルトの勘の良さと、その某過去の有名作品的な表現を、ハチマンは面白く思った。
そのせいでアスタルトに対する好意が増したのもまた、間違いない。
「まあお前がいずれ、うちに入る事になったらその時話してやるよ」
「あ、その事なんですが、答えられなかったらいいんですけど、
ハチマンさんって、ソレイユの関係者なんですよね?」
「ふむ、何でだ?」
ハチマンは一瞬警戒したが、次のアスタルトの言葉で警戒を解いた。
「実は先日、俺さえ良ければソレイユに入らないかって誘われたっすよ」
「ほう?誰にだ?」
「本名を言うとその人に迷惑がかかると思うのでやめときますが、
俺の所属してるゼミの大先輩にですね」
「なるほど、って事は大学関係か」
「です」
ハチマンはなるほどと思いつつ、ゲーム内でのアスタルトの優秀さを知っている事もあり、
アスタルト本人が希望したら必ずソレイユで確保出来るようにこう答えた。
「それじゃあその人に、もしそうなったら俺に一言言ってくれって伝えてくれ。
そうしたらしかるべき対応を取らせてもらうさ」
「分かりました、連絡先は聞いたんで大丈夫です、あざっす!」
「もしそうなったら宜しくな、アスタルト」
「はい、いつか会える日を楽しみにしてますね!」
そのまま二人は古いアニメの話などをしながらヴァルハラ・ガーデンへと帰還したが、
そのせいもあり、この日ハチマンとアスタルトは、前よりも少し仲良くなった。