ハチマンとアスタルトがヴァルハラ・ガーデンに戻ると、
そこでは丁度、歌姫誕生お祝い会のが開始されようとしているところだった。
「お、ギリギリセーフか」
「やばいやばい、ハチマンさん、俺、仲間の所に行きますね」
「おう、それじゃあアスタルト、元気でな」
「はい、ハチマンさんも風邪とかひかないで下さいね!」
今回会場とされたのは、ヴァルハラの訓練場であった。
そこにテーブルが整然と並べられ、
料理や飲み物もユイとキズメルが頑張ってくれたおかげでしっかり準備出来たようだ。
驚いた事に、フレイヤも部屋から出てきて二人の作業を手伝ってくれたらしい。
「フレイヤ様、ありがとうございます」
「あら、別にいいのよ。お礼はハチマンから直接もらうから。
という訳で、今夜は私の部屋で朝まで一緒に過ごすのよ、いい?」
「すみません、この会の後、約束があるんですよ」
「………はぁ、仕方ないわね、今日のは貸しにしておいてあげるわ」
「ありがとうございます」
ハチマンは、基本言う事はエロ方面に偏っているが、
絶対に行動に起こそうとはしないフレイヤの事を、とても気に入っていた。
気に入って、という言い方は不遜なのかもしれないが、
ALOのNPCである以上、そういった性的な行動は起こせないはずのフレイヤの、
言動と行動の不一致さが実にかわいく思えて仕方なかったのである。
「さて、俺はどうするかな」
とりあえずハチマンは飲み物を手に取り、
壇上でインタビューもどきを受けているウズメとピュアの様子を、横から鑑賞する事にした。
「そもそも今回、歌姫という誰も知らなかったスキルを、
お二人が取る事になったキッカケは何だったんですか?」
「私が辻ライブをしていた時に、偶然歌唱スキルを得たのが最初ですね。
それからそれっぽい行動をとるごとに、関連スキルがどんどん増えていって、
それがハつに達した時に、統合されて歌姫スキルに変化したんです。
ちなみにその統合元となったのが何のスキルかもちゃんと見られるので、
多分歌姫というのは、それぞれが凄く個性的なスキル構成を持つ存在になると思います」
「おお、そんな事があったんですね」
ちなみにインタビュアーはコマチが行っていた。
コマチはその社交スキルの高さから、こういう事は実にソツなくこなしてくれる。
「それじゃあ一般の人も、努力すれば歌姫になれるかもしれないんですね」
「だと思います」
(それはどうかな)
それは確かにその通りなのだろうが、判断の基準になるのが聞き手だという事を考えると、
歌姫の基準が本物のアイドル、つまりはプロであるウズメとピュアになっているせいで、
今後、歌姫を目指す者達にとっては、最初の歌唱スキルを取る為の、
他のプレイヤーからの評価を受ける時のハードルが、
凄まじく上がる事になるだろうとハチマンは考えていた。
(まあでも、それを超えて出てくるプレイヤーは、本物って事になるのかねぇ)
ハチマンはそういったプレイヤーが現れる事を楽しみに思いながら、
何か面白そうな事はないかときょろきょろと辺りを見回した。
(………ん、あれはタンク連中か、今日の反省会でもしてんのか)
見るとホーリーを中心に、セラフィム、ユイユイ、アサギ、カゲムネや、
他のギルドのタンク達が集まっているのが見えた。
(うちとその友好ギルドのタンクは、乱戦慣れする事になりそうだよな)
今回いたのは、以前の同じような狩りに参加した事のあるタンクばかりだった為、
戦闘中の対応に関しては慣れている者が多く、
前回よりも戦闘がスムーズに行われるようになっていたとハチマンは感じていたが、
それだけではなく、理論的な部分でも、仲間達はこういった機会に成長してくれているらしい。
ハチマンはその事を嬉しく思いつつ、
こういった理論についてもMMOトゥデイ辺りに記事を載せてもらおうかと思っていた。
それは敵に塩を送る行為だが、それくらいしないと、
今後ヴァルハラに対抗出来るギルドが登場してこなさそうなのが困りものなのである。
「歌姫スキルに関しては、これで情報も広まるだろうから放置でいいか」
ハチマンは脳内で、どんどん懸案を片付けていく。
「あとはいらない武器の設計図もフリーで流して………」
そう考えた時、ハチマンの背中に誰かが乗っかってきた。
「ど~~~~~ん!」
「その声は………リナか」
ハチマンはそう言って振り向くと、そこにいたのは確かにリナであった。
「今日はリナジか、元気だったか?」
「もう完全にリナ達の区別がつくようになったのな、ハチマンは凄いのな!
リナ達は元気だけど、でも最近ハチマンが遊んでくれなかったのでちょっと寂しかったのな」
「そっか、悪いな、今年もここまでずっと忙しくてなぁ」
「まあリナは大人だから我侭は言わないのな、えらいのな!」
「ああ、えらいえらい」
ハチマンはリナをそのまま膝の上に乗せてあげた。
リナジは嬉しそうに手足をパタパタさせながら、ハチマンにこんな事を言ってきた。
「そういえばハチマン、あの『歌』ってのは凄いのな」
「その言い方だと、歌をそもそも知らなかったみたいに聞こえるんだが」
「知らなかったよ?」
「そうなのか?」
「うん」
(マジか、ユナもそうだがリナ達についても謎は深まるばかりだな………)
ハチマンは、いずれこの謎についても解明したいなと思いつつ、
しばらくリナと話す事にした。
「なぁリナジ、お前さ、あそこにいる銀髪の女の子についてどう思う?」
「銀髪って、ユナって子の事なのな?」
「おう」
「あの子からは何も感じられないのな」
「そうか」
「うん」
ハチマンはそのリナの言葉を、何も収穫は無かったのだと思い込んでしまったが、
その言葉に込められたリナの真意が分かったのは、かなり後の事である。
「リナちゃん、そろそろ帰るよ!」
「あっ、リツねぇね!」
遠くからリナを呼ぶ声が聞こえ、リナはハチマンの膝から降りた。
「それじゃあハチマン、またね!」
「ああ、またな、リナジ。他のみんなにも宜しくな」
「うん!」
こうしてリナは、リツと共に去っていった。
「リナちゃん、ハチマンさんと何を話してたのにゃ?」
「えっと、最後はあの子の事なのな」
「あの子って、ああ、あのユナって子かぁ」
「あの子、中身が無いよね、ねぇね」
「うん、ハチマンさん達とは全く違うね、
どちらかというと、ホーリーさんに近いのにゃ」
「きっとプレイヤーにも色々あるのな」
「かな」
リナとリツの間でそんな大事な会話が交わされている事もつゆ知らず、
ハチマンはのんびりと、大きく伸びをした。
「さて、姉さんにも呼ばれてたし、今日はそろそろ落ちるか………」
「あっ、ハチマン君、ちょっといい?」
「お?アスナ、どうかしたか?」
「あのね、ユナちゃんも歌が好きらしくて、可能なら歌姫を目指してみたいんだって。
で、ちょっとユナちゃんの歌を聞いてあげてくれないかな?」
「そうなのか?分かった、今行く」
ハチマンはアスナにそう答え、アスナの隣に並ぶと、そのままこう囁いた。
「アスナはユナの歌は聞いたのか?」
「うん、聞いたんだけど、ちょっと判断に困っちゃって」
「どの辺りがだ?」
「えっとね、確かに上手いんだけど、何か心に響かないっていうか………、
みんなは上手いって褒めてたんだけど………」
「なるほど、聞いてみるわ」
「うん」
会場の一角で、ユナが歌を披露していた。
そこに近づいたハチマンは、その歌声を聞き、アスナがおかしいと感じた理由がすぐに分かった。
「なるほどな」
「何か分かった?」
「う~ん、普通だな、普通」
「あれ、そっか、私だけ何かおかしいのかな?」
「あ~、いや、多分昔聞いた、SAOでのユナの歌が、アスナの基準になってるんだろ、
多分無意識にそれと比べちまってるんだと思う」
「あっ、そういう事?」
「多分バフの有無もあると思うぞ。アスナはユナの歌を、街中ではほとんど聞いた事ないだろ?」
「ああ~、確かにそうかも」
アスナはそのハチマンの言葉に納得した。
そもそもアスナがユナの歌を聞いていたのは、ハチマンと違ってほとんどが戦闘中の事であり、
そういう時はバフがかかっていた為、
アスナは戦闘で高揚した状態で、ユナの歌を聞く事がほとんどだったのである。
「なるほど、そう言われると納得出来るかも」
「だろ?」
「ただなんか、素直にユナちゃんの歌を楽しめなくなってるのが悔しいかも」
「逆に言えば、ユナの歌がもっと上手くならないと、アスナを感動はさせられないって事だな」
「そっかぁ、ユナちゃん、頑張って!」
アスナはユナに声援を送り、ユナもそれに気付いたのか、アスナに手を振ってきた。
「まあとりあえず、俺もそろそろ落ちるから、
アスナは可能なだけでいいからユナを見ててやってくれ」
「分かった、もう寝るの?」
「いや、近くで姉さん達が飲んでるらしくて、顔だけ出してくるつもりだ」
「そっかぁ、飲み過ぎないでね、だ・ん・な・さ・ま?」
「分かってるって、それじゃあまたな、アスナ」
「うん、また明日ね」
そうしてハチマンが落ちた後、アスナは他の者達と共にユナの歌を聞き続けたが、
結局ユナが歌唱スキルを得る事は無かったのであった。