「さて、明日も学校だし俺はそろそろ退散しますね、今日は楽しかったです、ご馳走様でした」
八幡はそろそろ頃合いだと思い、そう言って立ち上がった。
ここまでは普通に楽しい時間を過ごせており、その事に不満そうな者は誰もいなかった。
「別に朝まで付き合ってくれてもいいのよぉ?」
「そういうのは伊丹さんにお願いします、すみません!」
八幡はそう言って楼里をけん制すると、他の者達にも挨拶をしてその場を立ち去っていった。
「残念、逃げられちゃったわ」
「もうちょっと話したかったけど、強引に引き止めるのもちょっとね」
「そうそう、レイさんの目が光ってるわけだしね」
「しかしリアルでも好青年だった」
「おうよ、八幡君はいい男だぜ!」
「むふっ!」
八幡を見送った六人は、どうやらねこやの閉店時間まで飲むつもりのようだ。
「しかしなるほど、あの子をみすみす逃す手は無いわよね」
「だから一年後に前倒しなんだね」
「レイさん、頑張って!絶対投票するから」
「ええ、人生を賭けてでもやり遂げてみせるから、応援お願いね」
「もちろん!」
「まあ私達の為にもなる事だしね」
「問題はそれだけの甲斐性が伊丹にあるかなのよねぇ」
「今から教育するべき」
「ま、まあほどほどにな」
「むぅ………」
八幡のいない所で、陽乃は自らの為に着々と計画を進めていく。
八幡はそのままソレイユ本社ビルを出て、マンションに向かおうとした。
と、正門前で、八幡は二人の男性に声を掛けられた。
それは意外にも、ヤサこと綾小路優介と、バンダナこと武者小路公人であった。
「あれ、お前ら、こんな所で何してるんだ?」
「あ、兄貴!」
「兄貴がねこやにいらっしゃるって聞いたんですが、
さすがに社長と同席するのはちょっとアレだったんで、ここで待ってました!」
「そうなのか?悪いな、何か気を遣わせて待たせちまって。で、話って何だ?」
「あっ、はい………」
「実は俺達今日、あいつらと久しぶりに飲んでたんですけど、
そこでちょっと熱くなってやらかしちまって………」
「その事を兄貴に謝らないとと思って………」
「ふ~ん?」
二人が言う《あいつら》というのはおそらくロザリアの元取り巻き連中だろう、
八幡はそう考え、落ち着いて話してもらう為に、二人をマンションの部屋に招く事にした。
「分かった、俺の部屋で詳しく話を聞こう。それじゃあこっちだ」
「あっ、はい!ありがとうございます!」
「お供します!」
二人はそのまま八幡の後に付き従った。
同時に八幡は、移動中に優里奈に電話を掛け、部屋に誰かいないか確認する事にした。
『もしもし、八幡さん、どうかしましたか?』
「おう優里奈、今からマンションの俺の部屋に、
優介と公人を連れてって話をするつもりなんだが、今部屋に誰かいるか?」
『ええと、今は私と詩乃ちゃんと理央さんがいますよ』
「そうなのか?」
『はい、今日は詩乃ちゃん、狩りのギリギリまでバイトしてたみたいで、
この部屋からALOにログインしたんですよ。理央さんはその付き合いですね』
「そういう事か………それじゃあ悪いがそういう事だから、二人にもそう伝えておいてくれ」
『分かりました、露出を控えるように伝えておきますね』
「ははっ、そうしてくれ」
八幡はその優里奈の言葉を冗談だと思い、普通にそう返したが、
電話を切った後、本当に冗談だったのかと少し悩む事となった。
「………まあいいか、なぁお前達、今部屋に、詩乃と理央と優里奈がいるらしいんだが、
あいつらに話を聞かれても構わないか?もし嫌なら少し外してもらうぞ?」
「いえ、平気です」
「というか、姉さん達に出て行けなんて言えないですって!」
「姉さん………達?」
八幡は何の事か分からずに目をパチクリさせたが、そんな八幡に二人は即答した。
「詩乃姉さんと」
「理央姉さんっす」
「え、何、あいつらってお前ら的にそんな感じなの?」
「ええ、もちろんっす!」
「俺達、まだまだひよっこですから!」
「そ、そうか」
八幡は、こいつらまさか、あの二人にいじめられたりしてないだろうなと不安になったが、
さすがにそんな事はしないだろうと思い直した。
「まあいいか、それじゃあ行こう」
「はい!」
「お時間をとらせちゃってすみません!」
三人はそのまま部屋に向かい、優里奈がそれを出迎えた。
「八幡さん、お帰りなさい………って、あれ、八幡さん、もしかしてちょっと酔ってます?」
「さっきまで姉さんや晶さん達に付き合ってたからな。まあ大した事ない」
「そうなんですね、あ、お二人とも、こんばんは!」
「こ、こんばんは、優里奈お嬢!」
「お嬢、こんな夜中にすみません!」
二人は優里奈に対して、最敬礼状態でそう挨拶をした。
「へ?………お嬢?」
優里奈は恥ずかしそうに目を伏せたが、優介と公人は平然とした顔で頷いた。
「はい」
「お嬢はお嬢ですから」
「そ、そうだな………」
(きっとそういうものなんだろう、うん)
八幡は、まあこの二人もすっかりソレイユに馴染めたって事だよなと肯定的に思いつつ、
同時に興味が沸いたので、別の事を二人に尋ねてみた。
「なぁお前ら、ちなみに明日奈の事は何て呼んでるんだ?」
「「
「………小猫は?」
「「姉御です!」」
「で、詩乃と理央が………」
「「姉さんです!」」
「だよな、他にお前らに絡むのは………ああ、かおりは?」
「「かおりさんです!」」
「普通かよ、じゃあウルシエルは?」
「「ウルシエルです!」」
「そこだけ呼び捨てなのな」
「「はい!」」
「っていうか、お前らよくそんな綺麗にハモるよな………」
八幡は、こいつらの人間関係が垣間見えて少し面白いなと思いつつ、二人を中に案内した。
「それじゃあ二人とも、中に入ろうか」
「「はい、お邪魔します!」」
二人は再び綺麗にそうハモると、おずおずと部屋の中に入った。
「ハイ、二人とも、今日はどうしたの?」
「「詩乃姉さん、こんばんは!」」
「八幡が和人さん以外の男をこの部屋に入れるのって、何げに初めて?」
「「理央姉さん、こんばんは!」」
(こいつら、教育されてんなぁ………)
八幡は苦笑しながらソファーの真ん中に腰掛け、
二人は詩乃に促され、向かい側のソファーに座った。
その詩乃は当然のように八幡の隣に座り、
理央は優里奈を気にしつつも、これまた八幡の反対側の隣に座った。
優里奈は人数分のお茶を入れた後、八幡から見てテーブルの右側の面のソファーに腰掛けた。
これは入り口と台所にすぐ向かえるようにと、優里奈が配慮した結果である。
「さて、それじゃあ話とやらを言ってみなさいな」
「おい詩乃、何故お前が仕切る」
「何か問題でも?」
「いや、まあいいけどな」
(本当にこいつは何でこんなに強気なんだろうなぁ………、
まあでも弱気なこいつってのは想像出来ないけどな)
八幡はそう思いつつ、チラリと詩乃の横顔を見た。
詩乃は目ざとくそれに気付き、少しニヤニヤしながら八幡の顔を見返してきた。
「何よ八幡、私の事が好きすぎて、つい見ちゃうみたいな?」
「何でそうなる」
「だって私の顔を、物欲しそうな顔で見ていたじゃない」
「いや?お前は相変わらずだなって思っただけだ」
「まあ好きな子相手に素直になれないのは分かるわ」
「本当にお前のその自信はどこから来るんだろうなぁ………」
「私はただ、事実を言ってるだけだけど?」
「へいへい………」
そんな詩乃を、優介と公人が賞賛する。
「さすが姉さん、パねえっす!」
「いやぁ、シビれますわ」
「ふふん、八幡は私には敵わないのよ、よく覚えておきなさい」
「「はい!」」
「覚えなくていいからな」
八幡はそう言ってお茶を口にすると、そろそろ本題に入るように二人に促した。
「さて、それじゃあ聞こう」
さすがの詩乃も、その言葉に居住まいを正す。
「あっ、はい」
「さっき言った通り、今日はあいつらと飲んでたんですよ」
「元タイタンズハンドのメンバーと、だよな?」
「です」
「いつも適当に世間話をしたり、ALOでの愚痴をちょこっと言うくらいの、
ゆるい飲み会なんですよ」
「でも今日は最初から、ちょっと雰囲気が違って………」
「いきなり俺ら、『お前ら、ヴァルハラの奴なんかと仲良くしてんのかよ』って」
「ああ、遂にバレたんだ」
「そうなんすよ、理央姉さん」
「でも一応その時は、上手い事誤魔化したんです」
そう言って二人は、その時の状況を詳しく説明し始めた。